外来人の流入が一時期増加し、その後落ち着き十数年が経過した頃。
最近ではあまり姿を現さなくなった外来人の青年が1人、幻想郷に紛れ込んできた。
○○と呼ばれる青年は運良く人里近くに出現し、特に危険な目に遭う事もなく里へやって来た。
明治期と思われる建築物の造りや古めかしい服装の人々は近代に浸ってた青年の好奇心を否応にも擽った。
そして、それが故に気付かなかった。
彼を見る複数の好奇に満ちた視線に。
「いやいや、本当に助かったよ。全く見知らぬ場所に放り出されてどうすればいいか解らなかったんだ」
「これも私の務めだからな。久し振りとはいえ、外来人が里に訪れたのだ。守護者たる者が前に出なければなるまい」
「守護者? 君が?」
「正確に言えば私の母だが……一応守護者ではあるぞ。母が産休中なのと私が修行中なだけで」
青を基調にした服を少女は誇らしげに胸を張る。
見た目が十代半ばかそこらなので、あまり迫力は無いように青年には感じられたが。
複数の視線の内、幾つかが動き出した。
残りは興味深く、または幾分醒めた目で青年と少女の様子を窺い続けた。
「それで外来人が来た時に行う質問なのだが……今すぐ神社から外の世界に戻るか? 一度戻ったら二度と来れないけどな」
「うーん、そうなのか~」
二度と戻れない、と聞いて悩み出す青年を横目でちらりと青服の少女は窺っていた。
「戻れないんだったら、少し見て回ってからの方がいいかな?
聞いた話では、外の世界では見られないものがあるみたいだしね」
横目で窺っていた少女の口端に喜色が僅かに浮かぶ。
獲物が餌に食いついた! と言わんばかりだ。
「そ、そうか、ならば暫く我が家に逗留しないか? 外界から来たのであれば父も喜ばれるだろう。
観光案内も私が「待ちなさい」「ちょっと待った」」
2つの声が青服の少女の言葉を遮り、青年は声の方を振り向いた。
隣りにいる少女がいる辺りから微かな舌打ちのような音が聞こえたが気のせいだろう。
「慧音殿が仕事を為せぬ今、あなたが持ち場から離れてどうするのです? 彼を案内する役は私が引き受けましょう。
ささ客人殿。我が両親がお仕えする白玉楼へ参りましょう。今は季節外れ故桜は見れませんが園庭は一見の価値がありますよ」
そこには腰の辺りまで伸ばした白髪の美少女が立っていた。
緑色のワンピースを着て、長さが異なる二振りの日本刀を背負ってる。
そして何より……何か白いものがふよふよしてた。
「ふふん、案内ですって? 外来の人間が冥界など行ったら肝を潰して外界に逃げ帰ってしまうわよ。
郷の案内は私にお任せなさいな。母様と父様が作ったこの郷で最も美しい花畑にあなたをご招待するわ。
泊まる所も最近家を新築したから空き部屋があるし。寒々しい白玉楼より居心地は保証するわよ」
そんな彼女をせせら笑うようにして対の向きに立つ緑髪の癖毛な美少女。
ワンピースを着て何だか茄子っぽい傘を肩に担いでいる……傘がピクピクしてるのは多分気のせいだろう。
「ふざけるな! お前達は何を勝手な事を言っている。里に助けを求めて来たのだから私が責任を持つのが道理だろう!」
「だから、あなたにはお役目があるでしょう。私が彼を案内をする役目を買って出ているのです。何の問題があるのですか?」
「道理だの問題だの知った事じゃないけど、彼が困ってるじゃない。だからずばっと私に全部任せて……」
座った目付きで口論を始めた三人を見てた青年は不意に訪れた突風で後ろに大きくよろめく。
ストンと腰を下ろしたのは、人里の茶屋の前に配置された腰掛け。
「え、アレ、何だ?」
「まぁ、落ち着きなさいな。お茶でも飲んで……本当は母直伝のミルクティーを淹れてあげたいんだけどね」
金髪の美少女がニコニコと笑いながらお茶を差し出してくる。
彼女の指に填められた金属の輪から延びている極細の糸のようなものが青年の身体に絡まってる気がするが……気のせいだろう。
「そうそう、あんな路上で口論している人達はほっといて、代わりに私の取材を受けてくれませんかね?
ああ、そのお茶は少々混ざりものがあるので飲まない方がいいと思いますよ」
反対側にいる背中に黒い羽が生え、古めかしいカメラを手にした黒髪の美少女がにこりと笑う。
「あらあら、母娘揃ってのパパラッチがよくも根拠のない誹謗中傷を言ってくれるわ」
「あやや、あなたもいい加減母君に習って誰かを糸で操ろうとするのはいい加減止めた方がいいんじゃないでしょうか?」
青年を挟んでギシリと空気が軋るような音を立てたような気がする。
何だか危機感を抱いた青年が思わず立ち上がろうとすると、ガシリと両足を何者かに掴まれた。
「なっ……!?」
反射的に足下を見た青年は思わず絶句した。
茶屋の腰掛けの下から仰向けの状態で半分顔を出した金髪の少女が、ぎらついた緑眼で青年を見据えながら両足を掴んでいたからだ。
「争奪戦を受けているのに気付かない鈍感な貴方が妬ましい……。
父様よりも更に鈍感っぽそうな癖に私を一目惚れさせた貴方が妬ましい……」
青年は取り敢えず、精神の保全の為気絶しておく事にした。
子は親の背を見て育つ、正に格言である。
最終更新:2011年05月06日 03:34