紫病みでござる。
「そう、帰るのですね…。」八雲紫は悲しそうにつぶやいだ。
○○「ああ、向こうには家族がいる。私の帰りを待ってる筈だ。」
「……霊夢に帰らせる準備をしておく様に伝えますわ。」
○○「ありがとう、紫。」
私は幻想郷に来ると仕事を貰った。最初は忙しく帰ることを考える暇もなくどんどん日が過ぎて行った。
幻想郷に慣れ、紫や霊夢、魔理沙や幻想郷の重鎮とも仲良くなった矢先に、ふと、自分の家族の事が気にかかった。
自分はこの土地で生きて良いのか、このまま家族を放っておいて良いのか、自問自答の日々を繰り返した。
幻想郷は楽しい。しかし、妻や子供達の事を思うと帰らなければならない。そう自分の結論が出た。
帰る前日、博霊神社で私の見送りのための宴会が行われた。幻想郷の重鎮たちが酒や肴を持ち寄り、
何時もより静かな宴会が始まった。
魔理沙「もう少し一緒に居たかったんだけどな。」魔理沙は杯に酒を入れながら少し寂しそうにつぶやいた。
○○「君と居ると窓ガラスの弁償やら門の修理やら大変だったよ。私の下の娘に似て、御転婆なんだから。」
私は微笑みながら杯に入った酒を一口含んだ。この異郷の地で出会った人妖との別れを惜しむように。
霊夢「○○さんには子供がいたのね?」
○○「ああ、娘が二人ね。霊夢は上の娘とそっくりだよ。」ふぅんと興味なさげに相槌を打つ所が本当によく似ている。
次の人も、その次の人も私との思い出を語り、そんな事もあったなと思い出話に更けていった。
杯に酒がなくなり徳利を取ろうとすると、手元から隙間が開き、杯に酒を注いでくれた。
○○「紫?」
自分からだいぶ離れたところに紫は居た。こっちは見ておらず、虚空を見ていた。
私は厠に行くと嘘をつき、紫のもとへ足を運んだ。
○○「紫、どうかしたか?」名前を呼ぶとこちらを振り向き、少し驚いた様子で応えた。
紫「あ、○…○○。」何時もなら胡散臭い微笑みで返してくるが今日は違った。
○○「先ほど私の杯に酒を入れてくれただろう?」私には妻も子供も居る。要はこれは不倫なのだ。
○○「何か用事が有るんじゃないか?」私と紫の暗黙のルール。恋人の紫が他人にばれないように手元に隙間を作ること、私はそれを頼りに紫に会いに行く。
紫「今日が…今日が最後の日だから、あなたと一緒に呑みたく…なって。」少し顔を俯かせてつぶやいた彼女は、潤んだ瞳をしていた。
○○「分かった、静かな場所で呑もう。連れて行ってくれるか?」紫はこくりと頷くと隙間に入っていった。
私は紫の後を追い、隙間に入った。
隙間に入ると、何時ものように無数の目が私と紫を見据えていた。
○○「紫!」ピクリと少し反応して紫の歩みが止まる。
紫「何かしら?」何時もと変わらないようで、少し余裕のない声で応えた。
○○「私が悪かった!家族が居ながらその気にさせてしまって…だから、もう終わりにしよう。」
紫「なっ何故!?私なら外でも会いに行けるわ!」怒りと哀しみが入り混じった感情を紫は私に向けた。
○○「それでは私が幻想郷を忘れることができない。
少しの間だが君を一生愛そうとも所帯を持とうとも考えた。
だが、それでは駄目だ。やはり人間は人間と、妖怪は妖怪とだ。」
紫「あなたが私を棄てるのは種族が違うから?それとも不倫関係だから?」
○○「違う。私が所帯を持っていたからだ。もし、私が独り身ならっ………。」
紫「独り身なら……何?」期待の眼差しで私を見る紫。
君と所帯を持ちたかった。
翌日、○○は幻想郷から姿を消した。
元の世界に帰ったのだ。
私が家に帰った後は、言わずもがなテレビの取材やインタビュー等で忙しくなった。
それ故に家族との時間が作れない日々が続いてしまった。
半年を過ぎたあたりから取材がこなくなり、元居た職場にも復帰した。
これで夢にまで見た家族の時間が過ごせる。そう、やっと安息の時間が訪れたのだ。
しかし、いきなり大仕事が舞い込んできた為にまたもや家族の時間が失われてしまった。
大仕事に没頭するあまり、時間の感覚が分からなくなってしまっていた。
いつの間にか上の娘は二十歳に、下の娘は十八歳になっていた。
これでは戻ってきた意味がないではないか。
下の娘が二十歳になった年に私は妻と別れた。
お互いに仕事と家事で反りが合わず結局離婚という道を選んでしまった。
すでに紫と別れてから十数年以上経過していた。
仕事を続けながら再婚相手を探した。だが会ってみても感情が湧いてこない。
やはり絶世の美女と、八雲紫との日々が忘れられない。
私は幻想郷を探しに出かけた。今なら彼女と所帯が持てる。
あの日の言葉のように。
__________君と所帯を持ちたかった__________
どれくらいの時間がたったでしょうか、あの人の重荷は外した。時間の感覚の境界を弄り、夫婦の絆も疎遠にし、
私との思い出を忘れないように記憶も弄った。後はあの人が自力でこの幻想郷に来てくれれば。
さあ、もう直ぐ…もう直ぐですわ。
最終更新:2011年05月06日 03:40