ある少女の元に弱った小鳥が飛んできました。
少女は鳥を保護する事に決めましたが、手元には籠が二つしかありません。
一つは広く自由に飛びまわれるが、他の動物もいるのでいつか食われるかもしれない籠
二つ目は狭く飛ぶ事が出来ないが、食べ物には困らず他の動物はいない安全な籠

少女が選んだ籠は…


小悪魔が、意中の相手をゲットして浮かれていた頃、紅魔舘の主は大変不機嫌だった。
「咲夜、フランはまだ見つからないの?」
「現在も捜索を続けてはいますが、残念ながら…」
報告を聞いてレミリアはフンと不機嫌そうに鼻をならす
「使えないわね、私が見つけろと言ったら三分で見つけなさいよ」
「屋敷内はくまなく捜索しましたが見つかりませんでした。それにあの男の姿もありません。もしやと思いますが…」
「フランが人間風情に誘拐されたとでも言う訳?」
「いえ、そう言う訳ではありませんが」
「じゃあ手に手をとって駆け落ちしたとでも?それこそ悪いジョークね」
咲夜に当たってもしょうがない事はレミリアも解ってはいた。
しかし感情と理性が必ずしも一致しないのは紅魔舘の主とて例外ではない、つまりそれだけフランが急に居なくなるのがレミリアにとって異常事態だとも言える。
なおも罵倒する言葉を吐こうとした時、メイドが一人部屋に入ってきた。
しかし口を開こうとした所で主の不機嫌なオーラに当てられ硬直してしまい、しょうがなく咲夜が用件を聞き出す。
「お嬢様」
「何よ?」
「○○様がいらっしゃいました」
「通しなさい、それから計画を実行に移すわ、準備をして頂戴、あなたは下がって良いわ」
妖精メイドを下がらせ咲夜が姿を消すと、部屋は静かになった。


少しして、そこにトントンと軽くノックの音が響く。
「入って」
レミリアが促すと部屋の中にトランクケースを持った男が入ってきた。
「こんにちは、レミリア様」
「挨拶は良いわ、それよりちょっとそこに立ちなさい」
威厳たっぷりの声でレミリアは○○に命令する。
「はい…?いいですけど何をするんでしょう?」
返答には応えず、レミリアは○○の傍に近づいて行く。
「レミリア様?」
長身の○○からはレミリアの顔はよく見えない。
表情を読みとろうとトランクを置き、しゃがんだところで
「うー☆」
「わわっ」
レミリアに飛び付かれた○○は後ろに倒れてしまった。
「レ、レミリア様?」
「うー、○○おそいよー」
「すいません、レミリア様、けど今回は迷わずここに来れましたよ」
「偉い?偉い?」
「はい、本当に助かります」
「なら、褒めて」
先ほどまでの威厳はどこかへ消し飛び、レミリアは頭を差しだしてくる。
広い館とはいえ、客人が迷わず来れるようにするだけで賞賛を求めるのは、多少図々しく思えるかもしれないが、○○は言われた通り頭を撫でる。
なぜなら実際にレミリアが割いた労力はそれだけのものであった。
なんと今回○○が来るにあたって、紅魔舘内部の至る所に案内看板を設置し、電飾を増やす等の大改装したのだ。
古風な洋館に「この先何メートル左折」「すぐソコ」と言ったカラフルな看板が並ぶ様はかなりシュールであったが、紅魔舘の主だけでなく○○も特に気にした様子は無かった。
いつまでも倒れているわけにいかないので、そっとレミリアを降ろし、○○は立ち上がる。
「それで、本日は何を作りましょうか?レミリア様」
「プリン!○○が初めて私に作ってくれた奴が食べたいわ」
「畏まりました」
そう言うと○○は早速準備に取り掛かかろうとするが、上着を脱ごうとした時に胸ポケットからリボンが零れ落ちそうになり、慌てて手で抑える。
「おっと危ない」
零れ落ちかけたそれは、普段レミリアが身につけているはずのリボンだった。
「危ない危ない、これが無いと帰れなくなってしまう」
それを持っているという事は、つまりこの○○こそがこの紅魔舘において、一カ所を除き全てフリーパスで入れる許可を受けた者であるという証拠であった。


元々外の世界で○○は修行中の菓子職人であり、雇われ人であったが真面目な人柄と、それなりの規模のコンクールに何度か入賞した事から
オーナーに気に入られ、留学の話を持ち掛けられたのだ。

留学から帰って十分経験を積んだ後は独立しても良い、その際は出資もしてやる。というオーナーの言葉に、いずれは店を持ちたいと思っていた○○は留学の話をうける事にした。
しかし、空港に向かうバスが事故により川に転落、なんとか這い上がった所で力尽き、気絶している所を散歩中のレミリアの気紛れによって拾われたのだ。
普段のレミリアなら人間が倒れていた所で気にも留めないはずだが、たまたまその日は機嫌が良かった事と、服装から外来人だという事が判った為、
暇つぶしに外の話をさせるために連れて帰って治療を受けさせる事にしたのだ。

手当てを施され、目を覚ました○○は、気がついた場所が病院のベッドでは無く古風な屋敷の寝室であり、目の前にはコウモリのような翼が生えた少女が立っていた事に大変驚いた。
更にその少女の口からここは元いた世界ではなく、幻想郷という別の世界だと告げられ二重に驚く事になった。
しかし体の痛みや薬品の匂い、そして夢にしてはあまりにもリアルな情景から、自分が現実にこの世界に来てしまった事を認めざるをえなかった。
まだ半信半疑とはいえ、この少女に助けられた事は間違いなく、それを知った○○は、是非少女に御礼がしたいと申しでた。
ならば暇つぶしになるような面白い話を、無ければ外の世界の話をしてほしい。そう訴える少女に○○はこう答えた。
「自分は学も無く、狭い世界で生きてきたので面白い話は出来ません」
代わりに一つだけ覚えたものがあるので調理場の隅を貸して欲しいと。

何をやるのか興味を覚えたレミリアは許可を出し、○○に調理場を貸した。
暫くして運ばれてきたのはなんと、なんの変哲も無いプリンだった。

これにはレミリアも軽い失望を覚え、一瞬テーブルをひっくり返しかけたが、ふと傍らの○○を見るとニコニコと笑っていたので、ぎりぎりの所でそれは留まった。
とりあえず一口だけ食べよう、そう決めたレミリアは手をのばし、スプーンを口に運ぶ。
プリンのかけらがその小さな口に入った瞬間、レミリアの視界が上下逆転した。

「…!?」

一瞬何が起こったか判らず呆けたレミリアだったが、すぐに世界が反転したのではなく、自分自身の視界が逆さまになっている事に気がついた。
そしてその理由がのけ反り過ぎた事と、原因は○○が作ったプリンであった事に…それだけそのプリンは旨かった。
「あ、あの、レミリア様どうなされました?もしかして」
お気に召しませんでしたでしょうか?と続きかけた言葉を、なんでもないわ、と先んじて止める。
改めてプリンに向き合ったレミリアは、マナーもへったくれもなくプリンに噛り付きたくなる欲求を必死に抑えながら、平静な顔を装って一口づつプリンを口に運ぶ。
暫くの間スプーンの音だけが部屋に響き、やがて完食と共に止まる。
スプーンを置いたレミリアの口からまず出た言葉は、味の感想ではなく、○○はこれからどうするのか?と言う問い掛けだった。
予想外の質問に○○は多少驚いたが、自分の事を心配してくれているのだと好意的に受け取り素直に答える。
「先ほどメイドさん、確か咲夜さんでしたっけ。少しお話させていただいたのですが、ここから少し行った所に人里があるそうなので、そこに行ってみようと思います」
「そう……ねぇ、○○」
「なんでしょう?」
「ここでずっと働いてみる気は無い?」
「!?」
驚愕する○○をよそに、レミリアは言葉を続ける。
「報酬はそうね…人里で一番大きな店の倍出すわ、悪い話では無いでしょう?」
レミリアの提案は唐突で多少強引であったが、間違い無く金銭的には破格の条件であった。
しかし…
「レミリア様にそこまで気に入っていただけるとは大変光栄です」
「じゃあ決ま…」
「しかし、申し訳ありませんがそのお話を受ける事は出来ません」
「なんでよ?この条件では不満なわけ?ならもっと出すわ」
「お金が問題なのではありません」
「じゃあ、何が不満なのよ?設備が足りないなら改装するし、気に入らない奴がいるなら私がクビにするわ」
「不満など一つもありません。ただ、先約があるのです」
「…先約?」
「はい、すぐにではありませんが私に店を持たせてくれる約束をしてくれた人がいるんです」
心底申し訳なさそうに○○は言葉を続ける。
「他に良い条件があるからと言って先約を一方的に破棄する事は、私には出来ません」
○○の返答を受け、レミリアは何か思うところがあったのか、少しして口を開いた。
「そう…なら一つ私からも約束しなさい」
「何でしょう?」
「これから最低週一回は此処に作りに来なさい」
「はい、帰るあてがつくまででよければ、必ずきます」
「とりあえずはそれで良いわ、じゃあ、これを持っていなさい」
レミリアが差し出してきた物、それは一目で上等な物だと判る以外は何の変哲も無いリボンだった。
「これは…?」
「通行証みたいな物よ。これを身につけておけば、人里から此処に来るまでにちょっかいをかけてくるような奴は居なくなるわ」
「なるほど、ありがとうございます」
「失くしたり忘れたりすると、身の安全は保証出来ないから気をつけなさい」
「わかりました。肝に命じておきます」
その後、人里にたどり着いた○○は、食堂に住み込みの仕事にありつくことが出来た。
こうして、普段は人里でアルバイトをしつつ、休みの日になると紅魔舘に料理を作りにくると言うサイクルで今に至る訳だが…
一見何一つ問題が無いように見えたがレミリアは一つ重大な事を忘れていた。

「おっと」
プリンを作る作業を続けていた○○は、軽いめまいを感じてよろめいた。
一瞬倒れそうになるが、その寸前に背中を掴まれたおかげで、なんとか踏みとどまる。
「大丈夫?○○、顔色悪いよ」
いつの間にか○○の背後に立っていたレミリアが、咄嗟によろけた○○を掴んだおかげで、○○は転倒を免れる事が出来た。
見た目は幼い少女とはいえ流石は吸血鬼と言ったところか、大人一人片手で支えた直後であるというのに顔色一つ変えた様子が無い。
「すいませんレミリア様、けど大丈夫ですよ。少し躓いただけです」
そう言って微笑んだ○○の顔は、幻想郷に来た直後に比べ、少しやつれて見えた。

レミリアが忘れていた事それは、○○が何の力も持たない普通の人間であるという事実であった。
普段回りの人間と言えば強さでいえば妖怪連中に全く遜色のない人間ばかりであったからとはいえ、これは手落ちと言う他無かった。
更に言えば、平日人里で働き休みの日は紅魔舘で料理を作ると言う事はつまり、休める日が一切無いと言う事である。
飛ぶ事さえ出来れば大した事は無い人里から紅魔舘までの距離でも、徒歩となると道中安全が保証されているとはいえ、かなりの負担である。
だが、○○は一度も休みたいとは申し出なかった。

義理堅い事は確かに美徳と言えるが、その一方で義理を重んじ過ぎるばかりに、時として損をしたり貧乏クジを引く事も、○○にとって一度や二度の経験では無かった。
そして今回も…


「ねえ、○○、今日は○○に食べさせて欲しいな」
完成したプリンを持って行くと、レミリアが風変わりな注文をしてきた。
「私が…ですか?」
「嫌?」
「いいえ、ただレミリア様が今日はとても嬉しそうなので、良い事でもあったのかなと思いまして」
○○の疑問ももっともであり、今日のレミリアは、上機嫌を通り越してどこかハイテンションであった。
「えへへ、わかる?わかる?今日はお祝い事があるの」
「そうなのですか、おめでとうございます」
○○は何のお祝いなのか尋ねようとしたが、その前にレミリアに制された。
「うー☆○○、プリンー」
「ああっすいませんレミリア様」
口を開けて待っているレミリアに、○○はプリンを掬って差し出す。
「うー☆美味しいよ、○○」
「そうですか、ありがとうございます」
自分が作った物を美味しいと言われれば、○○も悪い気はしない。
端から見れば、それはまるで雛鳥に親が餌を与えている様で、普段のレミリアであれば、人前で絶対に見せない姿であった。
「ごちそうさまっ☆」
「はい、お粗末さまでした」
「今日もとっても美味しかったよ○○」
「ありがとうございます」
「明日も作ってね☆」
「あはは、喜んでくれるのは嬉しいのですが」
明日は人里に戻らなくては、仕事がある。
そう告げようとした所でレミリアが先に口を開いた。
「今日のお祝いはね、○○がずっとここで働く事になったお祝いなの」
一瞬言葉に詰まったが、レミリアは冗談で言っている訳では無いことに気付いた。
しかし、相手が命の恩人でなおかつ恐ろしい存在とはいえ、それを理由に義理を欠く事は○○には出来なかった。
「レミリア様、前にお話させていただいた通り、それでは私が他の方に義理を欠く事になってしまいます」
だからその話は受ける事が出来ません。そう続けようとした所で、また立ちくらみを起こし、言葉に詰まる。

どれくらいの間か、○○の感覚では一瞬だったがレミリアから目を離した○○は、慌ててレミリアに向き直った。
「とにかく、私は…!?」
いつの間にか○○の顔の前にレミリアが近付いていた。
「どーん☆」
レミリアに飛びつかれて、○○は再び倒れる。
「そこの所はだいじょーぶ、なぜならね」
倒れた○○の上半身にレミリアが馬乗りになる。
「哀れな人間は、魔物に捕まって二度と出る事は出来ませんでした。となるの、そういう運命なの」
それなら○○が義理を欠いた事にならないから大丈夫よね。
○○の上で楽しそうにレミリアは言葉を続ける。
「逃げたければ逃げてもいいよ、私からは逃げられない、そういう運命だもの」
「レミリア様…どうしてこんな…」
「どうだって良いじゃない、○○は明日から私の専属よ。それから、これはもう必要無いわね」
そう言って○○から貸していたリボンを奪い取る。
「じゃあ今日は疲れただろうから、明日から頑張ってね、○○」
レミリアが指を鳴らすと、メイドが入ってきて、○○を起たせ連れていく。
連れて行かれる直前、○○が口を開いた。
「レミリア様」
「なーに?○○」
「私は最後まで義理を通すつもりです」
「そう、なら頑張ってね☆○○」
それきり○○は黙り大人しく連れて行かれた。
恐らく○○は脱出の為にあらゆる手を使うだろうし、今回の事でレミリアの事を我が儘な娘と見下すかもしれないし、憎む可能性もあるだろう。
○○の足音が聞こえなくなるまで一人うーうー踊っていたレミリアだが、突如動きを止め呟いた。
「これで、良かったのよね、こうしないと○○は…」
終わり際の呟きは、誰にも聞かれる事もなく、またレミリアは踊りを再開した。

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最終更新:2017年09月04日 23:28