「……はぁ、○○さん、帰って来ないかなぁ」

とある日本屋敷の縁側で物思いに耽る半透明の少女。
そう、彼女は生者ではない。
半年前に持病が酷くなり死んでしまった存在だった。

「……○○さん、行方不明になったままだし……」

彼女には、好きな男性が居た。良く屋敷の外を通る○○という青年だった。
この一帯でも名前のある良家の娘である彼女に、何ら隔意も無く話しかけて来た人だった。
病気の身と身分故に友人が非常に限られていた彼女にとって、気さくに話せる少ない友人だった。

「会いたいよぉ、○○さんに会って」

いや、少女は彼の事が好きになっていた。恋していた。
病状が悪化して自分が死ぬ前にもう一度会いたいと願っていた○○。
不意に屋敷の前を通らなくなり使用人に尋ねて見たところ、友人と神社で肝試しをしてた時に行方不明になったとか。
それから気落ちの部分もあって彼女は程なく他界したが、今も尚現世に姿を留めている。
それは、○○に会いたいから……もあるが、もう一つ願いがあったからだ。

「○○さんと、あの世に一緒に逝きたいなぁ……うふふ」

それは○○を連れてあの世に逝きたいからだ。
彼女の愛読書の中に有名な怪談である「牡丹灯篭」というものがある。
恋い焦がれて死んだ病身の女性が、愛する男の元に夜な夜な通い憑き殺すという愛の物語。
恐ろしいながらも切ない物語を彼女はよく自分に当てはめて夢想したのだ。こんな恋がしてみたいと。

「……! ○○さん……!?」

それから暫くして、何時ものように外を伺っていた彼女は屋敷の前を通る○○の姿を見たのだ。
慌てて追いかけ、そっと真後ろをつけてみる。願って病まなかった彼の家に、遂に行けると胸を躍らせて。
意外な程彼の家は近かった。そして夕食を両親と共にする彼の話を聞くと、ほんの数日前に神隠しから戻って来たらしい。
少女は歓喜した。やっぱり○○は戻って来てくれたのだ。これで心おきなく来世へ彼を連れて赴ける。
考えが悪霊じみているような気がするが、恋する少女は全く気にしない。

家に帰って部屋に飾ってあった牡丹燈篭を手に取り、駒下駄を履く。
燈篭は原作通りに使用人か誰かに持たせたかったが、今から○○以外を憑き殺す時間が惜しい。

「本当は原作みたいに何度か逢瀬してからにしたいけど……待ちすぎたからいいよね?」

というか、幽霊と人間でどうやってエッチしてたのかしらん?と疑問に思いながら彼の家に向かう。
カランコロンと鳴る下駄の音と、ぼんやりと自分の霊気で灯っている牡丹燈篭が雰囲気を出していた。
○○の家に着き、彼の部屋へと向かう。
原作通りであれば、御札が貼ってあって幽霊は入れないのであるが、誰かに目撃されている訳でもないので対策などある訳なし。
そして彼女は今夜中に○○をあの世に連れて行くつもりである。邪魔などしようがない。

「○○さーん、迎えに来たよっ、一緒に死に……」

引き戸を開けた少女は、思いっきり固まった。

彼の部屋の床には、既に事切れた彼の肉体が転がっていた。
そして自分と同じ幽体になった○○が気絶した状態で桜色の髪の女亡霊にすりすりされているではないか!

「ちょ、あ、あなた私の○○さんに何を」

激昂して叫びかけた彼女の言葉は、

「恋路を邪魔するものは斬ります」

視界の隅に現れた白髪の少女と、自分の身体を切り裂いた白刃によって遮られた。


ピチューン、という音が少女が現世で聞いた最後の音であるかどうかは定かではない。


どっとはらい

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最終更新:2011年05月15日 02:24