どこにも無粋な奴らはいるものなんだな。
帰還派の集団を見かけたときの第一印象は決してよくなかった。実情を知らなかったとは言え随分冷めた目で彼らを見ていた。
もうこの幻想郷に安住しようかなと考え始めてる私にとっては理解できなかった。
外での生活と言う物にあまり好感を抱いていなかった私にとってこの幻想郷のノスタルジックさは私が一番好きな雰囲気だった。
しかも水も空気も食べ物、そして酒にいたるまで全部が美味かった。
衣食住が維持できればあとは旨い物を肴に酒をやれるくらいで良い。そんな私にぴったりな時間の流れがここにはあった。
幻想郷の裏の顔を知るまでは。
こっちに来て早数ヶ月。生活の基盤も整い月見酒に酔える程度の余裕も出てきた、だが・・・
「流石に飽きてきたな」
「それは1人酒にかい?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったから。しかも女性から。
自分でも分かるくらいに変な声を出しながら振り向くと。すぐにその声の主が人ではないことが分かった。
額から伸びる一本の大きな角が目に付く。「鬼?」
「あぁ、そうさ鬼だよ」
ほろ酔いの顔で大きな徳利を片手に、もう片方の空いた手で額の角をコンコンと弾く。
考えてみれば妖怪の類と話をするのはあの時が初めてだった。それまでは知識として知っていただけだった。
「それとも酒自体にかい?だったら本当に美味い酒を飲めば考えも変わる」
「いや、1人酒の方だ」
「そいつあ良かった。見た感じ酒は嫌いそうじゃ無い飲み方だったからね」
快活で豪快な感じもしてそれに。
「隣いいかい?」
「もちろん。と言うかアンタみたいな美人ならこっちからお願いしたいくらいだ」
綺麗な人・・・ではないんだよな。理解は出来ても何となく納得できなかった、ただの人間より人間らしい気がして。
「ほぉ、怖くないのかい?あたしは鬼だよ」
「木っ端妖怪なら声なんてかけずにすぐに取って食うはずさ」
「声をかけるってことは、ある程度は話が出来るってことだろうよ」
「口八丁で騙くらかす為に話しかけたのかもしれないよ?」
「ははは!こっちに来たばかりの外来人に目ぼしい金目のものなんて無いよ」
残念なことに彼女との会話は非常に楽しかった。こっちではまだ友人も少なかったから余計に。
「それもそうだなぁ!中々話の出来る奴だねぇ。私の名前は星熊勇儀だアンタは?」
「○○だ」
それがアレとの初対面だった。
それから数日たったある日の朝。
「おはようございます・・・えっと○○さんですよね?」
近くに住む私と同じような境遇の彼が始めて向こうから声をかけてきた。
「おはよう。アンタから声をかけてきてくれたのは初めてだな」
名前は△△。線が少し細そうだがそれ以外は付き合いも挨拶程度だったから特段語るところもなかった。
それでも向こうから挨拶をしてくれたのは嬉しかった。これを機に少し世間話するくらいの仲にはなりたかった。
「昨日、川辺で誰かと話をしているのを見かけて」
「あぁ、星熊勇儀さんの事か?」
彼女の名前を出すと△△は少し顔を歪ませた。
確か彼は幻想入りしたときに妖怪に襲われたとは聞いている。そのせいかな?
「まぁ、あんたの言いたい事もわかるがそこら辺は人間と同じだろう」
「人間にもどうしようもない馬鹿はいる。多分それは妖怪も同じで話せる奴と話せない奴がいる」
「そうじゃなきゃ、紅魔館だっけ?あそこではアンタも働かんだろう」
「まぁ・・・な。じゃあな、○○さんそろそろ行かないと遅刻する」
「そうか、引き止めて悪かったな。行ってらっしゃい」
そう言って彼は紅魔館の方へ行った。
彼とはそれからも挨拶を交わし多少の世間話をする程度の仲にはなれた。
しかし彼との会話は所々要領を得なかった。それがどうにも気になって仕方が無かった。
しかし彼は恐らく紅魔館の誰かから借りたのであろう書物を朝と無く夕と無く暇があれば開いていた。
何故彼の読む本が紅魔館の物かと推測したのかと言うとその本の装丁にあった。
黒かったり赤かったり何か陣の様な物が書いていたり。おおよそ外の世界の書物には見られないデザインだ。
随分年季の入っていそうで高価そうな物ばかりだった。
ああ言うのを魔道書というのだろうか?
最初は彼と彼の雇い主は仲がよいのだなと思っていた。実際は違ったのだが。
彼は知識欲で縛られていた。この幻想郷では好奇心は猫を殺さない。好奇心は猫を縛る罠だった。
そして彼はそれを自覚していたが好奇心に負けていた。
「今度地底に遊びに来ないかい?あんたの都合が良い時でいいからさ」
星熊勇儀とも仲が随分よくなりいつもの川辺で酒を飲み交わしていた時だった。
不意にそんな事を言われた。種族は違えど女性相手からのお誘い多少は嬉しかった。
その日は雨が振りそうだったのでお互い早々に帰路に着いた。帰り際地底の名酒を貰い上機嫌だった。
地底なら今日みたいに天候に左右されずに飲めるよな・・・そんな事を考えていた
家に帰れば、何かもめているような雰囲気だった。
(あぁ・・・また無粋な連中がいる。酔いが醒めるよまったく)
帰還派の連中だった、彼らは△△の家の前で何事か言い争っていた。
「あんたも分かってるだろう△△さん!」
「その本を渡してくれ!鎖を断ち切るのは今しかない、今なら間に合う!」
「あんたら何をやってるんだ!!」
見た感じと聞こえてきた声から察するに彼らは△△から本を奪おうとしている。
無粋な奴らに酔いを醒まされて少々イラついていたため久しぶりに大声を出した。
「アンタは・・・!」
「そうだ・・・鬼と飲んでる」
「勇儀さんはお前等みたいに無粋な人じゃあねぇよ!!」
間違いなく彼らは星熊勇儀の事を話題に出していたそれで俺は更に激昂した。
「人・・・人だって!?アレだって他の妖怪と大差ないさ」
「会って話もしていない貴様等に何がわかる!!」
「危ない!!!」
言い争いにまったく関係の無いようなタイミングと言葉が△△から聞こえた。
聞こえたと認識するのとほぼ同時か少し早いか俺の体は宙を待っていた。それは言い争っていた彼らも同じだった。
起き上がりさっきまで立っていた場所を見ると、帰還派の連中が立っていた場所に何か得体の知れない……魔獣? とでも言おうか。
とにかく雑魚妖怪をもっと凶悪にしたような物が鎮座していた。
「
パチュリー!聞こえているだろう?私は大丈夫だ。だから手を引いてくれ」
「あんたらも、帰った方がいい、そして私を引き込もうとは考えるな。命がいくつあっても足りない」
さっき宙をまったのは△△が私を助けてくれたのか・・・?
「くそ・・・!くそ・・・!!」
1人が逃げ帰る。
「・・・!アンタ!!その酒瓶鬼から貰ったものだろう!?」
「なっ・・・!離せ!離せぇ!!」
「アンタはまだ間に合う!今から俺たちの所に来い!アンタはまだ知らないんだ!!」
「離せといっているだろうがぁ!!」
もう1人が目ざとくも私の持つ酒瓶が鬼からの物と気づく。
そしてそれを奪い取ろうとするが、無論私も抵抗する。
だがしかし、不利な戦いではあった彼はこの酒瓶を奪い去る必要は無く割りさえすれば良いのだから。
結局奮戦むなしく酒瓶は割られてしまった。
恐らく俺の生涯で初めての事だったろう、勢いに任せて誰かを殴ると言うのは。
酒瓶を割ったもう1人が逃げ去るときに何かを言っていたようだが頭には入っていなかった。
魔獣は・・・ちょうど煙と化している時だった。
煙のように消えたではなく本当に煙になって消えていった。そもそもあれは生物の範疇なんだろうか。
△△とは何か話したかったが。こちらが話しかけようとするときにはもう戸を閉めて中に入ってしまっていた。
雨も降ってきたが割れたガラスをこのままにしておくのも危ない。まだ小雨だったので急いで片付けてその日はもう寝床についてしまった。
「○○さん、少し散歩でもしながら話さないか?」
昨日の雨も上がってはいたが、少々重い気分で朝食を終えた頃△△が戸を叩き声をかけてきた。
「昨日はすまなかった・・・酒瓶の事も」
「アンタは悪くないよ」
「あの時・・・魔法を、パチュリーから教わった魔法でやろうとしたんだが。生憎私はまだそこまで上手く無いから」
長屋の集中する場所から少し外れた、川辺を歩きながら昨日の事を話す。
「それより・・・昨日のアレはやっぱり魔法なんだな」
「あぁ、好奇心に打ち勝てずに・・・ね」
「もう人を半分くらいやめてるけど後悔が無いんだよな。不思議と」
「・・・・・・?」
「○○さん、アンタは人のままでいたいか?」
「・・・何を?質問の意味がよく分からないんだが?」
「星熊勇儀から・・・鬼になろうと言われてなれるか?少しの後悔も無くなれるか?」
「自分が軽く監視されてたと知ってもなれるか?」
言っている意味がまるで分からなかった。
「ただ・・・彼女達は寂しいんだそれだけは分かってくれないか?」
「その様子だと多分納得は出来ないだろうけど」
「妖怪は人間以上に精神的な生き物なんだ」
「この幻想郷じゃ他人との交流ってのが少なくなりがちだし」
「元から住んでる人間も畏敬や畏怖の念はあっても話し相手となると・・・ちょっとね」
「だから・・・どうか彼女達を嫌わないでやってくれ。文化が違うんだよ」
正面から2人の女性が見えてきた1人は赤毛で宙をパタパタと飛んでいて。
もう1人は紫の髪をしていて△△の姿を確認すると小走りになって駆けてきた。
「パチュリー!」
「△△!やっと決心してくれたのね」
「喘息は大丈夫なのか?」
「ええ、今日は雨上がりで埃も少ないからまだ調子が良いの」
「そうか・・・それは良かった。○○さん」
彼は私の方に振り向くと懐から手紙を取り出した
「こっちは○○さんに・・・内容はさっき話したのと同じような感じだけど」
「もう一通は昨日の彼等に、多分また来ると思うから会ったら渡して置いてください」
「じゃあ、お元気で」
人が飛ぶ姿と言うのは不思議なものだな。
幻想郷に来たとき飛べる人間がいるとは知識では知っていたが。実際に見ると理解が追いつかず妙な気分になる。
渡された手紙を開けると確かに、さっき言った事をもっと細かく解説してくれていた。
そして彼があまり他人と関わらなかったのは過保護な自分の嫁の暴走から自分以外の誰かを守る為とも最後に書いていた。
恐らく帰還派の彼等への手紙も。文面は違えど似たような内容なのだろう。
だが私に渡された手紙は明らかに何枚か多かった。
その内容は私を戦慄させるには充分な内容だった。
文面から推し量るに彼は最後までこの事実を私に伝えるのを迷っていたそうだが・・・
勇気を持って伝えてくれた事に感謝したい。
この幻想郷では妖怪と人間は絶対に相容れない。それだけは嫌と言うほど分かった。
色々な記録から妖怪やそれと同等の力を持つ彼女たちが意中の相手を射止めるための暴挙が記されていた。
彼は知識としてこれらの事実を知ってほしかったのだろう、確かに例外はある。
だがその例外も他と比べればマシな程度にしか感じられない。それぐらい彼女達の行動は常軌を逸していた。
もしこの手紙があの鬼に見つかったら。△△の身が危ない。
そう判断した私はすぐに細かく破り裂いて飲み込んだ。少し喉に引っ掛かるがそれくらいなんて事はない。
すぐに逃げなければ。手紙を飲み込みながら家へと走る。
家に着いたとき人影が三つ見えた。帰還派の彼等か!?ならそのまま彼等の隠れ家に案内してもらおう!
だがそのうちの1つは私の望まないものだった。
星熊勇儀・・・!!??なぜこんな朝早くに!!??
足元には昨日私から酒瓶を奪おうとした彼が転がっている。もう1人は完全に腰が砕けている。
転がっている方も間接がおかしな方向に曲がり苦悶の形相を浮かべピクリとも動かない。
多分彼はもう・・・・・・
「○○よかっ「後ろのアンタぁぁぁ!!立てぇぇぇ!!」
あの鬼が私に駆けようとするが私はそれを振り払い後ろの腰が砕けた方に怒鳴り活を入れる。
それで心がこっちに戻ってきたのか何とか立ち上がってくれた。
良かった・・・!命が繋がるかもしれない・・・!!
「あっ・・・あんた・・・・」
「走れ!走ってくれ!スマナイ!!俺の方が間違っていた!あんた等の仲間になる!」
「だから助けてくれ!!!」
「こ・・・こっちだ!!」
声が裏返りながらも生への執念で彼は走りこちらを導いてくれた。
そうして私はこの幻想郷の裏の顔を知った。そして私はこの地獄からの脱出を心に誓った。
「昨日はもうあのままあの2人を始末しようかと思ったわ」
「実際そのつもりで飛び出したんだけどね」
「まぁ・・・貴方が私とここで暮らしてくれると決心してくれたから特別に許してあげたけどね」
「でも・・・○○さんの事を好いてくれている鬼はどう動くかしらね?」
本をめくる手が止まる。どういうことだと問いかけずにはいられない。
間違いなく不穏な状況にある。○○よりも帰還派のあの二人が心配だ。
「ふと考えたのよ。もし△△が危ない目に会っていてその情報を持っている人物がいたら」
「私なら間違いなく情報を得る為に何でもするわ」
「でも私は知ってるけど教えないなんて意地悪したくないし・・・」
「だから伝えたわ、あの後の一部始終を星熊勇儀に」
血の気が引くのが分かった。恐らく近いうちにあの2人は。いやもしかしたらもう既に。
特に取っ組み合いの末酒瓶を割った彼は・・・・・・
だからといって今の私には何も出来ないが
最終更新:2011年05月28日 21:21