「あの……いきなり何の用ですか?」
仕事である哨戒任務を終え、自宅に帰る途中であった犬走椛は、射命丸文のいきなりの質問に面喰った様子だった。
どこかで怪我でもしたのか、左目に眼帯を付けているのが気になったが、その様子は普段のものと変わりない。
「まあまあ、ちょっと質問に答えてくれたらいいんだから。
椛、あなたもここ最近の失踪事件については知ってるわよね?」
「知ってるも何も、……私たち妖怪の山の自警団がここ最近忙しいのは、その事件に対する警戒強化のせいですよ」
椛は肩に背負った大剣と楯を背負い直しながら、怪訝な表情で返した。
……これは単なる確認だ。問題ない。
――『妖怪連続失踪事件』
この事件の被害者(?)とされている妖怪のほとんどは力の弱い者ばかりであるが、まがりなりにも妖怪。普通の人間が犯人とは考えにくい。
よって、容疑者として挙がるのは必然的にある程度の力を持った妖怪か、ごく一部の人間に限られる。
だが、動機がない。
例えば、あの月の賢者が新薬実験のために妖怪を攫って……なんてバックストーリーがあれば新聞記事
としてこれ以上ないネタになるのだが、あの薬師がそんなヘマをするわけがない。
異変と言うには曖昧であるし、妖怪同士の問題では博麗の巫女も動かない。
他にも怪しいと思える所は文独自に調査を行ったのだが、結果は全て空振りだった。よって捜査は振り出しに戻る。
文は今、原点回帰の聞き込み調査を地道に行っているところだった。
「まぁ、私の知っていることはこのくらいです」
「ふむ……。やはり判明している以上の情報は得られませんか」
ここで話すのもなんですからと、二人は普段誰も近づかない空き地へと場所を移していた。
結果は、目新しいものはなし。これでは記事にはならないだろう。
お役に立てなくてすみません、と申し訳なさそうに答える椛に、文は思い出したかのようにもう一つの疑問を投げかけた。
「そういえば椛、最近家に誰かを住まわせてるんですか?
ここ最近、あなたが外出中にも部屋の明かりが付いていると知り合いの河童が話していたわよ」
その言葉に椛は少しだけ顔を赤らめると「はい」と照れくさそうに答える。
「私、恋人ができたんです。今はその彼と同棲していますから」
「うぇっ!? え、え……? えええぇええええ!!! 聞いてませんよそんな情報!?」
「言ってませんからね」
しれっと答える椛の表情はどこか得意気だ。その態度が妙に癇に障るが、それは置いておこう。
千年以上生きている文であるが、彼女は結婚どころか恋人さえいない。
しかし、だからといって色恋沙汰に興味がないわけではない。少女にとって恋物語とは、いつの時代も惹かれるものなのである。
「だ、誰!? お相手は誰なんですか! ヒントだけでもいいので、ぜひ教えてくれないかしら。というか教えなさい」
これはスクープだとばかりに沸き立つ文とは対照的な様子の椛。
別に隠したりはしませんよ、と懐を探って一枚の写真を取り出した。どうやら、それが件の恋人の写真らしい。
文は差し出された写真を受け取り、穴が空くほどにまじまじと見つめる。
「……………………………………。」
沈黙が、場を支配した。
「どうしました?」
「いえ、…その……。私には、首輪でベットに繋がれたいたいけな人間の少年にしか見えないのですが」
「そうですが、それが何か?」
「……………………………………どこから攫って来たの。怒らないから正直にいいなさい、椛」
ドン引きである。
ひくひくと痙攣する口元を自覚しながらも、椛を刺激しないように優しい声色を意識して問いかける。
「攫うだなんて、そんな野蛮な……。
山で迷っていたところを見回り中の私が見つけて、仕方ないから自宅で保護してあげたんですよ。
首輪は、暴れたり怪我したりしないように特注の物を頼んだんです。……そのシックな首輪、彼にとてもよく似合っているでしょう?」
「……………………………………。」
それは保護したとは言わない。拉致監禁という……!
どうしよう、怖くて泣きそう。ナチュラルに狂った人物がこんな身近にいたなんて、私聞いてない。
「……確認するけど、この子の意志は確認してるのね?」
「勿論です! ○○は私のことを愛しています、私が○○を愛しているように!」
即答だった。
頬をほんのり赤く染めながら、椛はくりくりと自分の髪の毛を指に巻きつけて語る。
「最初は、彼も戸惑っていたみたいでした。この左目も、○○が抵抗した時にちょっと刺されちゃって……」
そっと、左目を眼帯の上から押さえて、慈しむように撫で上げる。
文は思わず一歩後ずさりした。
「その時は私もすごく苦しくって、何で私のことをわかってくれないのか悲しくって、ついカッとなっちゃって……。
でも彼を滅茶苦茶に犯した後、同じように左目を舌で抉り抜いて上げた時に苦しむ彼を見て気付いたんです! これが彼の愛の形なんだってッ!!」
ひぃぃっ!? と、文の口から小さな悲鳴が漏れた。
「そ、それがどうして愛に繋がるんですか!?」
文の声は若干震えていた。正直怖いが、しかし記者としての好奇心が勝った。
椛は、何を言ってるんだといわんばかりに真顔で返す。
「だって、それが愛でしょう?」
もはや、文は何も言えなかった。何か言いたそうに、ぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のように口を開閉しているが、言葉が出てこない。
「私が苦しんでいる間、私は彼のことを忘れることはありませんでした。それは彼だって同じはずです。
痛い痛いと呻きながらも何度も何度も私の名前を呼んでくれた! これが愛でなくては何なのですか!? うふふふ……あははははははは、あーっはっはっはははははは!!」
文は、もはや椛の言葉を最後まで聞いていられなかった。
彼女が長い年月で培ってきた勘とでも言うべきナニカが、今や最大限で警報を上げていたからだ。
――この感覚はマズい! 掛け値なしにマズい!! 逃げなきゃ、…今すぐ椛から離れないと!
そう感じた直後、文は自分の直感そのままに、椛に背を向けて一気に飛び立つ。
しかし、気付くのが遅かった。
「がっ……? ……きゃぁぁあ゛あ゛あああ゛!!」
焼けるような熱さと痛みが背中を襲ってくる。
数秒遅れて、椛の持つ大剣で斬りつけられたのだと文は理解した。
「も、みじ……。そんな、……どうし、て……?」
「でもね、どんなに私の愛が深くても、○○は人間なんです。すぐに死んじゃうんです。……でも私、気付いたんです…!」
激痛に耐えながら逃げ出そうともがく文だが、追いついた椛に地面に組み伏せられ、斬られた背中を踏みつけられる。
そして気づいた。
椛が自分を見つめる、その目。
それはもはや同族に向けるものではなく、これから狩る獲物を見る眼つきだった。
「彼が私と同じになればいいんです。妖怪の血肉を食べて、○○が妖怪になればずっと一緒に生きられるんです! ああ、なんて素晴らしい! これで私たちの愛は永遠だわ!」
ゆっくりと降り上げられた大剣の刃が、彼女の頭上でギラリと残酷にきらめく。
悲鳴を上げる間もなかった。
「ただいま、留守番ばっかりさせてごめんね?」
「でも勝手に外に出ちゃ駄目よ? 最近は特に物騒で、妖怪を襲う奴がいるくらいなんだからね……。」
「さあ○○、今日の夕飯は鳥肉だよ」
最終更新:2011年06月05日 20:20