「一応峠は越えたけどまだ油断は出来ないわ。
 肋骨は全て骨折、片方の肺は穴が開いてるし、四肢の筋肉の断裂と酷い有り様ね。
 全治6ヶ月、その間は絶対安静よ。」
「そうですか……」
「それとまだ話があるわ。」
「何でしょうか?」
「貴方、何時“人間を辞めた”のかしら?」
「え?そ、そんなこと無いですよ。」
「…その反応を見ると図星のようね。火事場の馬鹿力とは言うけど女性一人抱えて此処まで全力疾走、
 その癖息が上がっているようには見えない、普通なら有り得ない話よ。全て洗いざらい話しなさい。」
「…分かりました、実は……」



~二年前~

幻想郷に1人の青年が迷い込んだ。
夜中コンビニの帰りに近道で雑木林を自転車で突っ切っていたがなかなか抜け出せない。
夜も白み始め、ようやく抜け出せたと思ったら人里に着いたという。
名前を○○と言った。
彼は帰還を望んでいたがその時は霊夢は長期に渡る有事であった為、
仕方無く暫くの間は外の世界で働いていたバイトと同じように花屋に住み込みで働くことになった。
最初の内は早く帰ることばかり考えていたが段々と楽しく暮らせるようになり、
帰ることが出来るようになってもズルズルと先延ばしにしていた。
そんなある日の事、1人の妖怪が花屋を訪れた。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「あら、久し振りに来て見れば珍しいこともあるものね。

見た感じ外から迷い込んだ人間かしら?」

「えぇ、多分その類だと思います。(人間? 異星人でも迷い込むのか?)」
「此処に来てからどれくらい経つのかしら?」
「丁度3ヶ月くらいかと思います。」
「そうなの。名前はなんていうのかしら?」
「自分は○○って言います。」
「○○ね、気に入ったわ。私は幽香、風見幽香よ。」
「は、はぁ、どうも、風見さん。」
「幽香でいいわ、それとその植木鉢と球根をお願いね。」

これが俺と風見幽香との出逢いだった。
あれからちょくちょく来るようになり、花言葉を教えて貰ったり、外の世界に居た頃の話をしたりと親しくなっていった。
ある日、何時ものように幽香と話した後、休憩時間に茶屋で一服していた時に霊夢に会った。

「あら、○○じゃない。元気にやってる?」
「霊夢さん、まぁぼちぼちやってます。って勝手に他人の団子を食べないでくださいよ…。」
「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし。」
「減ってるようにしか見えないんですけど…。」
「まぁ、あんたに話しかけたのはただの世間話では無いわ。あんた何時外の世界に戻るつもりなの?
 腰を据えるならまだしも長引くと帰り難くなるわよ?」
「それはまぁ、その内に。」
「煮え切らない態度ね。まぁいいわ、もう一つは幽香の事よ。」
「幽香さんの事ですか?」
「そう、ここ最近通いつめてるけどあんたは大丈夫なの?その、殺されそうになったとか…」
「ハハハ、まさかそんな物騒な事がある訳無いじゃないですか。」
「ハァ……、余り知らないようね、念の為に幾つか言っておくわ。

見た目は殆ど変わらないけど幽香は列記とした妖怪よ、それも最強の部類に入るわ。
今は丸くなってはいるけど昔は凶悪な妖怪として恐れられていた。当然その時から恨みを持つ妖怪は腐る程いるわ。
彼女と関わることであんたも狙われるかも知れない、それに彼女に悪気が無くても何かの拍子にあんたに怪我をさせることだってある。
見た目は人間でも単純な筋力は数十倍はあるからね。まぁ悪い事は言わない、なるべく深く関わらない事をお薦めするわ。」
彼女は言うだけ言った後、御馳走様と言葉を残し、去っていった。

「最近よく聞かれるのはその所為だったのか…。少し距離を置いたほうがいいのだろうか…。」

そしてある事件が起こった。
○○が花屋の主人に頼まれた配達の時のことである。
途中で妖獣に囲まれた幽香に遭遇した。
その群の親分と思われる妖獣が幽香と何か話している。

「貴様、やられた仲間の恨み、忘れたとは言うまい!」
「突っかかってきたのはそちらの方でしょう?私はただ降りかかってきた火の粉を払っただけ。
 部下を統率出来ない親分なんてたかがしれるわね。」

親分がその言葉に黙るのと入れ替わりに下っ端の一匹がしゃしゃり出た。

「そんな偉そうな口きいてられるのも今の内だぜ。お前最近里の花屋で親しい人間がいるそうだな、
 俺達に逆らえばどうなるか分かっt」

その時、○○は自分の目の前で起こったことが理解出来なかった。
脅しを掛けていた下っ端妖獣の口を幽香が傘で刺し貫いていたのだ。

「がっ、こぉっ…」

穿たれた妖獣自身も何が起こったのか分からず肺から空気を漏らすだけだった。

「て、テメェ!」

もう一匹の妖獣が牙を剥き襲いかかるが幽香は刺さったままの傘を薙ぎ払うように放り、
左手で襲いかかる妖獣の頭を鷲掴み、そのまま地面に押し付けるように叩きつけた。
グシャッという嫌な音と共に赤い飛沫が地面と左手を染め上げる。
そして静かに、忘れることが出来ないような声でこう言った。

「今度同じ事を言ってみろ、一匹残らず明日の朝日を拝めると思うなよ?…」
「…野郎共、ずらかるぞ…」

親分の一声で群れは散り散りに逃げていった。

「…ふぅ、あいつらはは何時になったら身の程をわきまえるということを覚えるのかしら?
 ってもうこんな時間なの!?早くしないと○○が家に来ちゃ…」

懐中時計を見て○○が家に配達に来る事を思い出し、
慌てて振り向いて幽香は絶句した。
自宅で会う筈の○○が呆然と立ち尽くして幽香を見ていたのだから。
咄嗟に左手を後ろ手に隠すがすでに遅い、
恐怖に目を見開いた○○の表情は一部始終見ていた事を表していた。

「あ、あぁっ!」
「○○、違うの、これは…!」
「く、来るなぁ!」

○○は四つん這いになりながらも一目散に逃げていき、幽香は拒絶されたショックで膝から崩れ落ちるように座り込んだ。

「そんな、○○…」

あの件以来二人が会ったのは一週間経った後だった。

「こんにちは○○…」
「…こんにちは風見さん。」

彼女はおずおずと挨拶したが○○は引け腰でどこか余所余所しい。
その目には明らかに風見幽香に対して畏れの感情を抱いていた。

「ねぇ、○○…」

幽香の呼びかけにビクつきながらも○○は応答する。

「何でしょうか?」
「お願いがあるの。私を、私を畏れないでほしいの。」
「え?」
「確かに貴方に自分が妖怪であることも隠していたし、周りが言っていたように昔は暴れまわっていたのも事実。
あの時の出来事だって一度や二度だけではないわ。」
○○は幽香の赤裸々な告白にただ黙って聞いていた。

「でも、人里に危害を加える積もりなんて毛頭無いし、この花屋を気に入っているのも本当、
 そして、貴方に一目惚れしたのも本当なのよ。」

突然のプロポーズとも取れる言葉に○○は唖然とする。
いつの間にか○○との距離を詰めた幽香はしなだれかかるように抱きつき、

「だから…、お願い。私を嫌いにならないで…。精神の影響を強く受ける妖怪は想い人に拒絶されるだけでも手足をもがれるよりも辛く悲しい事なの…。」

涙ながらに訴えた。
しかし○○はまだ信じることが出来なかった。
幽香の言っていることが本当だと分かっていても。
そこで○○はある事を思い付いた。

「一つだけ、条件があります。」
「条件?…」
「私が外の世界に帰る前に今まで危害を加えてきた者達全員に許しを貰って下さい。」
「許しを貰う?」
「俺自身は風見さんと違って簡単に怪我をするひ弱な人間です。
 ましてやあの時のような状況に置かれたらひとたまりも無いでしょう。
 その気持ちに偽りが無ければやってくれますよね?」
「本当に、本当に帰る前にやり遂げたら私のことを受け入れてくれるのね?」
「えぇ、約束します。」

「どうだ?獲れたか?」
「いや、まだだ、最近の魚は賢くなってやがる。そっちはどうなんだ?」
「小鹿が一匹、コレじゃ腹の足しにもならん。」

妖怪の山の渓流にて幽香に仲間をやられた妖獣の群れがたむろしていた。愚痴を言い合っている時、誰かが近づいてきた。

「誰だありゃ? あぁっ、風見だ! 風見が来たぞ!」

途端に群れに緊張感が走る。幽香はそんな事にもお構いなしに親分に対峙する。

「何しに来た!俺達はまだ何もしていない!」

しかし幽香の行動は予想を裏切るものだった。

「今までの事は全てすまなかった!申し訳ない!」

両の拳と額を地面に付けた土下座姿で謝罪した。
「あの後に許して貰おうなんて虫の良すぎる話であることは重々承知の上だ、頼む、けじめを着けさせてくれ・」

困惑の中、内の一匹が顔面に蹴りを入れた。

「ふざけるな、ハイそうですかと許すと思うな!」

連れるように他の妖獣達も暴行を加えていく。唯一親分だけが何もせずに黙って見ていた。

「ハァハァ、どれだけ頑丈な体をしてやがるんだ。」

幽香は所々服が破れ、あちこちに傷が付いていたが、土下座をしたままで一切動くことは無かった。

「もうそれぐらいにしておけ、これ以上やっても不毛なだけだ。」

親分は未だに土下座を続ける幽香に向き直った。

「風見幽香、これまでの件は全て水に流す。その代わりもう二度と関わるな。」

その言葉を残し群れは去っていった。

「先ず一つ目…」

ふらふらと立ち上がり、まだ残っている過去のいざこざを全て清算する為に次の場所へ歩いて行った…。

幽香と○○が約束を交わしてから半年が経ったある日、○○は何時も通りに開店の準備をしていた。

「何だかんだいって先延ばしにし過ぎたよなぁ、そろそろ本気で帰る準備をしないと。」

そんな事を考えながら引き戸を開けると、

「ゆ、幽香!どうしたんだその姿は!?」

全身傷だらけの幽香が俯きながら立っていた。○○の言葉を聞くや否や○○に向かって倒れ込むように崩れ落ちる。

「おい、しっかりしろ!一体何があったんだ!?」

幽香を抱きかかえ、必死に叫ぶ。

「何って、半年前の約束を忘れたの?あの約束の後直ぐに謝罪して回ったわ、勿論一筋縄じゃ行かなかった。
 この怪我は今までの報復よ、でも貴方の事を思うだけでいくらでも頑張る事ができた。
 ○○、約束は果たしたわ、私を受け入れてくれるなら、その唇を私に頂戴?」

○○の首に腕を回し、顔を近づけ幽香はは唇を重ねる。
多少鉄の味はするものの、求める様なキスに○○は離す気にはなれなかった。
そして何時の間にか固い異物のような物が幽香の口から○○の口に送り込まれ、キスで呆けていた○○は思わず飲み込んでしまった。
それを確認すると幽香は唇を離した。

「今○○が飲み込んだのは私の力の全てを吹き込んだ種よ。○○は私が余りにも強過ぎたから怖かったんだよね?
今の私は普通の人間と大して変わらないわ。」
「どうしてこんな事を…」
「私と貴方の仲を引き裂くくらいなら、こんな力なんか要らないわ…。でも私は○○がどんな姿になっても愛せるもの。」

○○はその言葉に涙を禁じ得ない。

「はぁ…暖かいわ、愛しき人に包まれるのは良い…もの…ね……」

眠るように目を閉じ同時に若葉のような緑髪が淋しげな茶色へと変色していく。

「おい、ウソだろ? …幽香ぁ……」

悲しみの余り顔を埋めるが何かがおかしい。
死んだにしては体は温かく、何より心臓の音がまだ聞こえている。
幽香はまだ死んでない、まだ間に合う……!
愛する者を抱き、使命を帯びた表情で、人間とは思えぬ早さで、
○○は永遠亭へと駆けていった…。



◆幻想郷縁起妖怪録

花に見初められた外来人
■■○○
:能力
 ありとあらゆる植物を操る程度の能力
:種族
 妖怪
:危険度
 高
:人間友好度
 高
:主な活動場所
 人里

人里には酒屋に八百屋、本屋に雑貨屋などありとあらゆる店が存在するが、○○は花屋に勤める妖怪である。
彼は元々外来人であったがどういった経緯かは不明だが、風見幽香と暮らすようになった頃には既に妖怪化していたという。
その際幽香にも変化があり、二人の間に何かがあったと思われる。

◆能力
その名の通りそこらに生えている雑草から樹木まで何でも生やすことができる。
本気を出せば1時間で誰もが驚くような巨木も生やせるようだ。

◆目撃報告例

今度店を新装開店するから飾り付け頼むよ。
(匿名希望)
仕事の依頼ならここではなく直接店のほうでしてもらいたい。

そろそろ夢幻館に戻るように言って下さい。
(鎌を持った少女)
幽香自身は戻る気は無いようだ。

この前有事の時に慧音と一緒に駆り出されたのを見たわ。
(霊夢)
力を持つ故よくある話である。

◆対策
これといって滅多な事が無ければ穏和なので警戒する必要は無い。
但し同居人である幽香に危害を加えてはならない。
彼が鬼の様な形相で報復に来る為悪しからず。
全盛期の幽香とほぼ同等の力を持つ為倒すのはまず無理である。


牙の抜けた花妖怪
■■幽香
:能力
 植物と会話する程度の能力
:種族
 ここでは一応人間とする
:危険度
 低
:人間友好度
 普通
:主な活動場所
 人里

旧姓「風見幽香」
強者として恐れられていた花妖怪本人である。
しかしその実力は過去のものとなってしまい、今は里の人間と大差変わらない位にまで弱ってしまった。
前述の○○と同じく同居し始めた頃には既にこの状態となっており、二人の間に何かがあったと思われる。
また肉体にも変化があり、髪は緑から茶色に変わり、妖怪は精神に重きを置くが今の幽香は肉体に重きを置いている。

◆能力
会話することでその植物の気持ちや健康状態が分かる。
正直な所全盛期と同じくらい迫力に欠ける能力である。

◆目撃報告例

貴方はそれで幸せなの?
(霊夢)
本人が幸せなら幸せなのだろう。

この技は誰に返せばいいんだよ…
(魔理沙)
そもそも返す気はさらさら無いだろう。

なんかアイツ詰まんなくなったわね。
(天子)
この天人だけには言われたくない。

◆対策
特に取る必要はない、相手は只の人間である。
強いて言えば危害を加えないこと、○○が報復に来る。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年07月09日 21:51