痛い……
痛いよ……
「さて、貴方は何度言っても聴かないようね?」
身体中が痛みだす。焼けるように熱い。
僕の身体には魔術の術式が張り巡らされていて、僕は人間の形をした本になって、何ヶ月もこうして過ごしている。
「いだい……さい…ごめん…なさい…ごめんなさい…」
僕がこあさんに話し掛けたから?
僕が心から謝っていないから?
僕がパチュリーさんを怖がっているから?
僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……僕が……
全部僕のせい…?
「その言葉は本当かしら?」
パチュリーさんは優しかった。
些細なことで家出をして、夜になるにつれ妖怪に襲われる恐怖が増し、泣き出しそうに道なき道を歩いていると、何処とも知れないお屋敷に着いてしまっていた。
辺りはもう暗くなっていて今から引き返すだけの勇気はなくて、お屋敷の人が優しい人でありますように…ただそれだけを祈りながら訪ねることにした。
結果は僕の予想を超え、暖かく迎え入れてくれた。
門番の人は気楽そうに寝ていたけど、体を揺らすと起きてくれた。
いきなり頭を撫でられた僕は驚きと安心感で涙が出てきて、それはいつまで経っても眼から溢れ出していた。いつまでそうしていたかは覚えていないけど、ふと上を見ると、頭にナイフが刺さって泣いている門番さんが居た。その後ろには、銀色の髪をした人が居た。その人が言うには、このお屋敷の一番偉い人が見るに見かねて入れても良いと言ってくれたらしい。
お屋敷の中はとても綺麗で、美味しいご飯を食べた。
その後に招かれたのが今僕が居る図書館…ちょっと暗かったけど、優しいパチュリーさん、おっちょこちょいだけど優しい小悪魔さん。読みたい本を小悪魔さんに訪ねればすぐに持ってきてくれて、パチュリーさんの膝の上でお話を聴かせて貰った。
急に家族を思い出して再び涙が溢れ出た。そんな僕をパチュリーさんは抱きしめてくれた。
「はい……」
身体に伝わる熱は和らがない。
まだ信用されてない。
どうすればいいだろうか……
「お願い…します……」
「もう頃合いでしょう…許してあげるわ」
頭が撫でられると今までの痛みが消え、代わりに不思議な暖かさが身体中を包み込まれた。
少し前は恐怖なのに、お仕置きが終われば優しいパチュリーさん。僕はどうすれば良いのだろう……
「パチュリーさん――」
「敬称を撥(は)ねなさいと言い聞かせている筈よ」
「パチュリー…」
「そうよ、いい子ね」
「ありがとうございます」
「いい子には甘い甘いホットミルクのご褒美よ」
目の前にホットミルクの入ったマグカップが差し出される。きっと温かくて甘いんだろうな……
パチュリーさんを待たせてしまうと痛いことをされる。ゆっくりとパチュリーさんの膝の上に座る。
いつ決まったのかは覚えていないが、此処が自分の席で、これからも変わらないのかな……
いつまで待ってもマグカップは渡されない。
「パチュリー?」
「あら、待たせたかしら?」
「いえ、ごめんなさい……」
「謝らなくていいのよ」
優しく頭が撫でられ、口の前にコップが差しのべられる。
このまま飲めば良いのかな……
「パチュリー…??」
「飲みなさい、冷めてしまう前に」
「……」
本当は食べたり飲みたくない、飲んだ後で何度も出したことがあるから。
でも、頑張って飲まないとお仕置きされる……
「んぐ…」
美味しい…けど、傾けられるのが早くて飲みきれない……
「飲みきれ――ぐふ…パ――ぐえ…無理」
「飲みなさい。残すような子にはお仕置きよ」
お仕置き……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ ……
「飲…みま……した」
「敬語、遣っているわね」
「あ……違い――」
乾いた音が一回、そして僕は床に打ち付けられた。
頬がじんじんと痛みだしてくる…無意識に頬を押さえる。嫌だ、怖い。
せめて、うずくまれば……
「ごめんなさ――あぐ!?」
パチュリーさんの顔を見ようとした瞬間脇腹を蹴られた。
「ごめん…な……許し――いだ…い」
身体中が焼けつくように熱くて痛い。
「ゆる……」
「きちんと覚えられないような子にはもう少しお仕置きよ」
じんわりと踏みつけられる。熱さの上に刺すような痛みまで……
「もう…や……」
身体が動かない。
もうやめて……
「そう……」
終わった……
「はぁ…はぁ……」
身体中の力が抜けていく…
「――これで、最後よ」
「え――ぐぇ!?」
完全に力の抜けたお腹を思いきり踏みつけられた。
「――っく…ぁ……おぇ…おぇえぇ……」
さっき飲んだホットミルクが逆流して床に吐いてしまった…
「何をしているのかしら…」
目の前が真っ暗に………
暖かな日差しが空いっぱいに広がり、日を浴びて少し火照る身体に草や樹の匂いを含んだ穏やかな風が気持ちいい。
「さぁ、あの木陰で休みましょう」
「ま、待ってください…」
「私も少し待ってほしいです~」
パチュリーさんに日傘をさしながら歩いているので少しふらついてしまう……
小悪魔さんは荷物を持っているので自分よりも遅い。
「は――ひっ!?」
小悪魔さんがいつものように転びそうになる…
「もう…仕方ないわね……」
魔法で荷物だけが浮かされ、結局小悪魔さんは転んでしまう。
「酷いですよパチュリー様~」
「下は草だから大事ないでしょう」
「あはは、小悪魔さん、草が髪についてますよ」
「ふえ~ん…もう、お二人とも笑わないでください」
楽しいな……
「あはは――――は…」
ここは…図書館?夢?あぁ……草原なんてなかった…小悪魔さんも優しいパチュリーさんも居なかった……
「おはようございます」
「こあ…さ――」
そうだ、パチュリーさん以外の人と話したらお仕置きだった……
「大丈夫です、今パチュリー様は用事で出掛けていますから。お腹空いてませんか?」
ずっとなにも食べていないからすごくお腹は空いている。
僕は本なのに……
「はい」
「当然ですよね…それと、ごめんなさい、いつも話しかけるのは私なのに……」
「大丈夫です。痛いけど、大丈夫です」
「ありがとうございます…はい、トーストで、ジャムは勝手につけたけど、大丈夫?」
「ありがとうございます」
甘くて美味しい。
「もう食べちゃったんですね」
「ごめんなさい…美味しくて、なにも食べてなくて……」
「謝ることなんかないですよ。その私こそ――」
「邪魔するぜ~パチュリーは居ないみたいだな。今日も本を借りてくぜ」
誰だろう……でもパチュリーさんは勝手に本を持っていたら怒るから止めなくちゃ。
「あの…本を、勝手に持っていかないでください」
「誰だ――ってなんだその刺青は……」
「えと…刺青じゃなくて、契約の印で……あの、本を持っていかないでください」
「全身に張り巡らせる契約印なんてないぜ。お前はたぶん契約じゃなくて呪いをかけられているんじゃないのか?」
話している最中にも本が持っていかれている……本当は話すのも駄目だけど、本を持っていかれたらもっと痛いお仕置きをされるかも知れない。
「パチュリーさんはそんなことしません。お願いします、本を持っていかないでください」
本の入った袋にしがみついてお願いする。
「中々手強いな」
小悪魔さんも本が持っていかれないようにお願いするのかな……
「……で、……君をお願いします」
「分かったぜ。最近パチュリーの様子がおかしいとは思っていたけど、まさかそんなことまでするなんてな…」
「あの……お願いします」
「いいぜ、今回は本を持っていかない。その代わり、お前を借りるぜ。それでも良いなら手を打つぜ」
僕を……でも、パチュリーさんにはいつも怒られているし、きっと邪魔な本だと思われているから行った方がいいかも知れない……
「いい……です」
「よし、じゃあお前を死ぬまで借りてくぜ」
「え――わっ!?」
いきなり抱えられて箒の上に……飛んだ!?
「お前、名前はなんていうんだ?」
「僕……僕は○○」
「そうか…良い名前だな。私は霧雨魔理沙、宜しくな」
「はい…でも、外に行くって書いてもいいですか?」
「そこは小悪魔に任せてるから安心するんだな」
ごめんなさいパチュリーさん。最後まで勝手に出ていきます。
「じゃあ、えと…宜しくお願いします」
魔理沙さんの箒につかまって、僕は紅魔館から居なくなった。
最終更新:2011年07月09日 22:02