涅槃に渦巻く紅い欲と赤い厄 ◆0lntQpQ3/6
「厄いわね」
赤い瞳が紅い月を眺めていた。
■
「ねぇ、みどろさん」
最近転校してきた、不可思議な少女が居た。
頭脳明晰、容姿端麗……しかし、どこか、精神的な寒さを感じさせる少女。
少女の名は深泥といった。
長く美しい前髪によって、どの角度からでも左目が隠れて見える。
普通、長い黒髪は不気味な重さを感じさせるが、みどろにはそれがなかった。
ただ、なにか作り物のように美しさがあった。
ひたらすらに、不思議な少女だった。
「みどろさんって、雛人形に詳しいって聴いたけど……本当?」
少女は雛人形の、いわば、コレクターであった。
富豪である親の財力に物を言わせ、雛人形を買い集める。
仏蘭西人形はもちろん、他の日本人形でも満足できない。
ただ、雛人形だけを求めていた。
「ええ」
「そうなんだ!」
「雛人形の原型は、流し雛と言ってね、自らの穢れを祓い人形――――今で言う雛人形に預けて、河に流すの。
一種の厄祓いね」
厄祓い。
自らの内に纏う『良くない物』を自らの外に出すための儀式だ。
鞄に教科書を仕舞いながら、みどろは語り続ける。
「人形、すなわち人の形を模したものは、元々代替物なの。
こけし人形が子供を亡くした親が子供の代わりにつくった物、あるいは成仏できるための形代だったり……
古墳に埋められる埴輪などもそうね」
「そういうのはいいの!」
少女は止まらないみどろの語りを遮る。
みどろは目を丸くして、あら、とだけ言った。
「私は雛人形が好きで、その、そういうのには興味はないから」
そう、と薄く笑った。
酷薄な笑みとは、このことを言うのだろう。
恐怖を覚えたが、不思議と親しみの持てる笑みだった。
それを、悪魔の笑みというのかもしれないが。
「ねえ、みどろさんは知っている?」
「話の流れからすると、例の国宝の話かしら?」
「そうそう!
いいよねぇ……見に行かない? 私、友達とそういう話したいんだ!」
近々開放される国宝の雛人形。
時期を照らしあわせ、雛人形の話題を振ってくることから、どこに着地させたいのかは明白だった。
みどろは薄く笑った。
少女の瞳の中にある欲望を見逃さなかった。
「それもいいけど、貴方、欲しくない?」
「えっ?」
その欲望を唆すように、みどろは口にした。
少女は戸惑いながらも、頬を緩ませた。
どこか、おねだりが成功した少年のような顔だった。
「世界最高の雛人形……そんなものが、欲しくない?」
「えっ、いや、えっ? 何言ってるの、みどろさん」
「フフ……目がそう言ってるわよ」
願望はあるが、現実味がない。
そう告げる瞳に、ただ笑みを返す。
少女は求めていた。
現実から離れているものを。
感づいていた。
それがみどろにあることを。
「貴方、本当はどんなことをしてでも欲しいんでしょう?
最高の雛人形が……それこそ、何をしてでも……」
顔を近づける。
不気味さと、興奮が胸の内を支配した。
「良かったら、私の家に来ない?」
一言だけ告げて、教室を出た。
少女はその背中を追った。
目の前の少女は違う。
初めて出会った時から、そう思っていた。
現実的に言うならば、恐らく、自らをも超える大富豪なのではないだろうか。
そういった選ばれたものだけが持つ不思議な魅力を、自分は感づいているのではないだろうか。
「そういえば……」
そこで、ふと気にかかったことが思い浮かんだ。
「みどろさんって、何時転校してきたんだっけ?」
■
「凄い……この、この雛人形……!」
少女の予想は的中した。
みどろの邸宅は、豪奢と呼ぶのも憚れるほどの豪邸だった。
その中に眠っていたもの。
それは、少女が自身の目を疑うほどの出来の雛人形が眠っていた。
「これでもまだ世界最高の雛人形ではないわ。
流し雛にもせずに置いてるから、厄は溜まりに溜まってるけどね」
そう言いながら、みどろは紅茶を差し出す。
しかし、少女は紅茶には手を出さずに雛人形を眺め続ける。
自分の持っている多数の雛人形が、玩具に思えるような出来だった。
「これより、凄いのがあるの……?」
「私にはないわ……でも、貴方なら手に入れられるかもしれないわね」
「えっ?」
ふふ、とみどろは笑った。
背筋に悪寒が走った。
「必要な物は、貴方の持つ全ての雛人形よ。
どうやら、厄を貯めに貯めこんでいるようだしね」
「私の雛人形……?」
「その雛人形で、魔法陣を描くの」
だが、同時に黄金の色を見た。
その先にある、最も欲するものを見たのだ。
「紅い月の伝説は、知ってるかしら?」
■
「貴方はこの棒を持って、ただ、『廻れ、廻れ』と唱え続けなさい」
「まわれ……?」
「棒に刻んでおいた梵字と合わせて、流転の意味を持つ呪言よ。
雛人形にかぎらず人形は元々――――」
「あっ、そういうのは、もういいから」
語り始めようとするみどろの言葉を遮り、さっさと始めようと言った。
こんなことには興味が無いはずだった。
だのに、この儀式を行う気にはなっていた。
その先に、自分が求めるものがある。
少女は、みどろの雰囲気にのまれていた。
みどろは、ふふ、と笑った。
少女は、知らずに口を曲げていた。
狂気が伝染していた、あるいは、眠っていたものが目覚めていた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には涅槃で淀みし深泥なる欲の主。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
みどろの呪言と同時に、風が強く吹く。
しかし、円を描くように並べた雛人形は微動だにしない。
少女はそのあまりにも異様な光景に体を震わせ、ただ、ひたすらに『廻れ、廻れ、廻れ』と唱え続ける。
みたせ みたせ みたせ みたせ みたせ
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
呪文を唱える。
『廻れ、廻れ、廻れ』
呪文に応えるように、雛人形が揺れ始めた。
『廻れ、廻れ、廻れ』
ガタガタと、雛人形が揺れ始める音を聴きながら、ひたすらに唱え続ける。
『廻れ、廻れ、廻れ』
恐怖はなかった、狂気だけがあった。
「―――――Anfang」
「――――――告げる」
「――――告げる。
汝の欲望は我が下に、我が災厄は汝の剣に。
業を流転させ、涅槃の姫に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
その時、目を疑う光景が現れた。
新月の夜、月が浮かぶはずのない空に、満月が出ていた。
ただの月ではない。
まるで、血を浴びたような、紅い月。
雛人形が、雛人形に照らされていた。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
――されど汝はその身にこの世の災厄を纏いし臨むべし。汝、穢れの渦を巻きし者。我は彼の渦を観つめる者――
「我が名は、涅槃姫みどろ。
我が涅槃よりの叫びに応え、紅い月よ。ここに姿を――――
その瞬間だった。
手に握ったあらゆる梵字の刻まれた鉄の棒を、少女はみどろの頭へと叩きつけた。
紅い月が見えていた。
月が放つ赤紅の光に照らされた、年代物の雛人形。
少女は、その雛人形に心を奪われていた。
『世界最高の雛人形』を手に入れるという願いを忘れたわけではない。
ただ、目の前の雛人形こそが『世界最高の雛人形』だと認識しただけなのだ。
棒を投げ捨て、雛人形を抱えて走り始めた。
扉を開き、階段を駆け下り――――ることが出来なかった。
脚を踏み外したのだ。
少女は、階段を『滑り落ち』る。
その際に階段の段差に頭をしたたかに打ち付け、悶え撃つ。
悶え打ちながら、拳を壁へと打ち込んだ。
その衝撃によって、脆くなっていた木製の手すりの一部が崩れ落ちた。
手すりは少女の外部はやわらかな、しかし、内部は硬い眼球を貫く。
肉とも呼べるやわらかな部分だけを抉られ、痛みだけが残る。
赤い涙を流しながら身悶えていると、手すりの横壁が壊れる。
そのまま、彼女は階下へと落ちていき、死んだ。
「ふふ、言ったはずだったのに……」
そんな中を、コツコツと古びれた旧校舎の階段を叩きながらみどろが降りてきた。
先ほどまで頭から流していたはずの血は、すでにない。
「この人形は、『厄が溜まってる』って」
フフ、と笑ってみせた。
本来ならば、ここでこの話はおしまい。
今日もまた、欲望に溺れた人間が厄に落ちただけの話。
しかし、みどろは一つ、別の話を介した。
笑みをそのままに、みどろは新月の空を眺めた。
そこには、一つの紅い月。
「厄いわね」
赤い瞳が紅い月を眺めていた。
■
「あらあら」
「あんまりよろしくないなぁ」
「私は万全の準備をしただけよ。
もしも相性というものがあるのなら、彼女にとって貴方は最高の英霊だったわ。
願いという意味では、彼女、本当に『世界最高の雛人形』を欲していたもの」
嗤いながら、みどろは口にした。
彼女に否はない。
強いて言うならば、人が欲望に溺れていることを知っていただけだ。
無数に厄を溜め込んだ雛人形たちの厄を、自らの持つより強い厄を溜め込んだ雛人形へと移す。
それを媒体に厄神を呼び出し、聖杯戦争を勝ち抜く。
魔術師ではない少女を勝たせようと思うのならば、正攻法では無理だ。
ならば、変質的に、しかし、無敵になり得る英霊を呼ぶしかない。
厄を貯めこみ、一時的にでも無敵の力を持つものに。
「あんまり関心しないわねぇ」
「フフ」
「私は厄をもたらすんじゃなくて、引き受ける側。
マスターとは反対なのにさぁ」
「あら、そんなことはないわよ」
笑った。
瞬間、キャスターのサーヴァント――――厄神様・鍵山雛はみどろの左目を見た。
紅い月のように、赤い瞳だった。
「貴方、厄いわね」
【クラス】
キャスター
【真名】
鍵山雛
【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E~A++ 幸運E(A++) 宝具B
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
陣地作成:A
厄神として、自らに有利な陣地を作り上げる。
人々が抱える厄や不幸を自らへと呼び寄せることが出来る。
道具作成:-
道具作成のスキルは持たない。
【保有スキル】
無辜の怪物:C
本人の意思や姿とは関係なく、風評によって真相をねじ曲げられたものの深度を指す。
雛の場合は“災厄への恐れ”である。
自らの厄を押し付けることに恐怖と敬意が捧げられている。
信心深い人間ならば、自然と雛への敬意と、厄を押し付けたことに寄る後ろめたさを抱く。
弾幕:C
自らの魔力を一つの形にして、弾幕を創りあげることが出来る。
弾幕ゲームでは、弾幕の美しさ自体も意味があるが、今回は弾幕ゲームではない。
【宝具】
『災厄の断片(アンリ・マユ;アバター)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:上限なし
厄を貯めこむ程度の能力。
この宝具はすなわち、人々から押し付けられる人々の厄そのもの。
雛は流れてくる厄を自らの力へと変えることが出来る。
他の人々は不幸を避ける事が出来、鍵山雛は自らの力を蓄える。
鍵山雛の信仰される厄神としてのあり方そのものである。
人々が幸福になればなるほど強くなる。
【weapon】
弾幕
【人物背景】
普通の神ではなく妖怪の一部、信仰を求めない(『東方求聞口授』)。
「悲劇の流し雛軍団の長。厄払いで払われた厄を集めては、周りにため込んでいく。
その為、彼女の周りには素人目にみても判るぐらいの厄が取り憑いている。
彼女の近くでは、如何なる人間や妖怪でも不幸に会う。
しかし、彼女自体は決して不幸にはならない。
厄が再び人間の元に戻らないように見張っている(『東方風神録』キャラ設定.txt)。
近くに居るだけで人間も妖怪も不幸にするが、悪意はまるで無い。
むしろ人間に対しては友好的な方で、厄を溜め込むのも人間に厄が行かないようにする為。
この神について余り言及しても不幸になるという。
彼女に対するタブーは「見かけても見てない振りをする事」「同じ道を歩かない事」「自分から話題に出さない事」等多数ある。
それを破ると厄が降りかかる。
その場合はえんがちょ(人差し指と中指を交差させて「えんがちょ」と叫ぶ)しかない(『東方求聞口授』)。
【マスター】
みどろ@涅槃姫みどろ
【マスターとしての願い】
代理よ、代理。
【weapon】
ふふ。
【能力・技能】
厄いわ。
【人物背景】
永遠の転校生。
【方針】
この東京、厄いわね。
最終更新:2015年01月16日 10:50