Eternal Punishment ◆Ee.E0P6Y2U
……ぼくは母さん以外にも多くの人間を殺したが、結局、母親殺し以外の罰は受けることができなかった。
ぼくを罰してくれる人、あるいは赦してくれる人はもはやいない。
ぼくの頭という地獄の中に、罪も罰も赦しも壊れて全て消えてしまった。
あるいはこれが罰なのだろうか。罪を抱えて延々と地獄を彷徨うことが。
帰りがけに買ってきたスターバックス・コーヒーを飲みながら、ぼくはソファに腰かけていた。
届いていた新聞紙やらチラシやらは日本語で書かれていて、ぼくにはまるで読めない。ただの記号だった。
高層マンションの一角、無機質な調度品と読むことのできない文字に囲まれながら、ぼくはカップを握りしめる。
スターバックス・コーヒーは何故かアルファベットが躍っていて、それだけぼくにとって意味のある言葉としてこびりついていた。
スターバックス・コーヒーは言語を越えて存在していた。なるほどこれが普遍性というものか。
「全ての人間には意識と無意識がある。そして、当然にしてその狭間も……」
そこにじわり、と滲み込むようにして彼はやってきた。
「……それを君の友人は地獄と呼んだそうだな。
地獄は頭の中にある。頭に詰め込まれた意識の中、それこそが地獄であり、罰であると……」
言葉が重ねられる。
奇妙な心地がした。その言葉は自然に、すっ、とぼくの意識の中に入ってくる。
だからそれは英語のカタチを被っているのだろうけど、しかしそれが英語であることがいささか面白い気がしたのだ。
言葉はただの音の塊ではない。
ぼくの脳内のモジュールに入り、意識内に意味を結ぶことで、初めてそれは言葉となる。
言葉はそれ自体にカタチはなく、音や記号に『乗る』のだ。
そうだからきっと彼も、言葉によく似た……
「慧眼だ。地獄は、這い寄る混沌は常に人の意識の中にある。
それからは決して逃れることができない。何故ならば、その地獄こそがお前たち人間だからだ」
……その声に乗って、言葉と共に彼はその輪郭を得た。
最初は空白だった空間に、インクを垂らすようにそれは浮かび上がった。
それは青年のカタチを取っていた。
東洋人だ。その服を見るに学生だろう。
特徴的なのはその髪型で、茶色がかった髪の両端がぴんと跳ねている。いわゆるメルティカットという奴か。
一見して彼はただの学生だった。
日本の学生のスタンダードというものはよく知らないが、街を歩けば似たようなものを見つけることは可能に違いない。
しかし、彼がただそれだけのものでないことは、その深く濁った瞳を見れば明らかだった。
その瞳は別段恐ろしい訳ではない。敵意が滲んでいるとか、凶悪な眼光とか、そういう訳ではなかった。
寧ろ誘っているかのようだ。
誘いながら――濁っている。
様々な色をぐちゃぐちゃに混ぜ、それでできた漆黒を更に歪めた結果できた、深く恐ろしい色。
そんな色を、彼の瞳は湛えているのだ。
だから分かる。
彼のこの姿はあくまで仮初の物に過ぎないと。
言葉に乗ってきたように、どこかしらから取ってきた仮面(ペルソナ)を被っている。
どこにでもいそうな学生の姿――それを、こんなものが被っている。
その事実が最も恐ろしいことのように、ぼくには思えた。
「ふふふ……」
だが、同時に――知っていた。
目の前で愉快そうに微笑む彼が、決して遠い存在ではないことを。
「私をそれほど恐れていないようだな。
お前は知っているようだ。なるほど、だから私を呼んだか。
生に意味などない。答えに意味などない。故に闇があり、影がある。
その真実をお前は知っている。知って――絶望している」
彼が彼たる言葉を聞きながら、ぼくはコーヒーを置いた。
そして、その瞳に広がる深淵と対峙した。
「ぼくは母を殺した」
ほう、と彼は愉快そうに声を上げた。
「母は馬鹿みたいな事故で一度死に、そして蘇った。
適切な処理と機械――戦場でぼくらが使うものと同じだ――を使って、チューブに繋がれ母は『死』を免れた。
それが『死』であるかを、ぼくに決めさせるために、だ」
彼は言葉を挟まない。ただ愉しそうに嗤ったまま、ぼくを見据えている。
だから、ここで喋っているのは、言葉を吐いているのは、ぼくしかいない。
「医者は生命には影響がないと言った。しかし意識については言葉を濁した。
生命とは何か――なんてことは問わなかった。要するに脳の機能モジュールのうちの大半が喪われていた、ということだ。
喪われていたが、しかし問題なく機能しているモジュールも存在した。
それが果たして人の意識足り得るものであるかは分からなかった。少なくともその医者は知らなかったようだ」
だから決めたのはぼくだ、と言葉にして告げた。
「ぼくは母の治療を打ち切った。それが死んでいると、生命でないと、わたしはそこにはいないと、ぼくは決めた」
意識と無意識には狭間があると彼は言った。
そうだ。その通りなのだ。
意識という奴には曖昧な部分が数多く残されている。
脳死という形で白黒ついた時代はまだよかった。ここまで脳の機能を解体してみせても、意識の輪郭は見つからない。
「なるほど君はそうやって母親を殺した。
それが――『罪』であると」
愉しげな言葉に、ぼくは頷く。
こくり、と小さく、しかし迷うことなく。
「そう、それは『罪』だった。だから――そう、救われたんだ。
『罰』を受けることができた。
なぜならばそれはぼくが選んだからだ。ぼくが母親を殺した。
過去とか、遺伝子とか、どんな先行条件があったとしても、人は自由だ。
そうである筈なんだ。人の意識というものは。
だからこの『罪』はぼくのものだ。誰かに背負わされたのではなく、ぼくが選んだものだと肯定できた。
――してくれた人がいた」
罪を犯したものには、贖うべき罰が与えられる。
それは当然のことである筈で、救いでもある筈だった。
「でも、それ以外のことは、駄目だ。ぼくには結局『罰』が与えられなかった。
国の殺し屋として、アメリカの為に働いて、数多くの人を殺した。
ビッグマックやドミノ・ピザを喰い散らかす為に、ぼくは数多くの人を殺した。
だが――それは果たして『罪』だったのか? それは国の為のことで、国が選んだことで、ぼくが選んだ事ではないのでは?
そんな考えが、ぼくの『罪』を隠してしまい、結局『罰』と一緒にどこかに行ってしまった」
分からないままぼくは生きて、それで終わってしまった。
ルツィアの脳は炸裂弾頭に打ち抜かれ、マシュマロのように膨れ上がり、最後は真っ赤に飛び散った。
赦してくれるかもしれなかった人を、ぼくはもう喪ったのだ。
「では『罰』を求める為にお前はここに来たと」
「あるいは、そうかもしれない」
「紅い月の噂……その言葉に乗って、私は此度の戦争に呼ばれた。
だが――残念だったな。私ではお前を赦すことはおろか、『罰』を与えることもできん。
何故ならば私は、曖昧で仕方がない、しかしどうしようもなくそこにある、まさしくそういうものだからだ。
私が居る時点で、お前の『罪』に『罰』が与えられることはない」
彼はぼくに向かって言葉を放つ。
愉しげな微笑みを崩さぬまま、
「ぼくはある意味で君という存在を知っている。
君は地獄の住人だ。君がいるのは、つまりはここだ」
そう言ってぼくはとんとん、と己の頭蓋を叩いた。
骨を通して脳が揺れる。そこには人の意識が機能するのに必要なモジュールが詰まっているはずだった。
アレックスは言った。敬虔なカトリックである筈の彼が、こともあろうに脳こそが地獄であると、そんなことをのたまったのだ。
「君が本来いるべき場所があるとすれば、それは脳の中だ。
意識と無意識の狭間に住まう、ネガティブマインドの象徴。
あらゆる人の中には君というモジュールが組み込まれている。
虐殺の文法と同じだ。君を発明したのは、ぼくたちで、ある意味で君はぼくだ」
その言葉は存外つまらなさそうな声色に乗った。
濁った瞳の中にはぼくが映っている。その顔を見つめながら、ぼくは言うのだ。
「だが君だけが全てだとはぼくは思わない。
結局のところ、それだけでは複雑化していく状況に適応できなかったからだ。
そこで人は、愛だとか思いやりだとか、そういったモジュールも発明した。
君がネガティブマインドだとすれば、それはポジティブマインドだ。
きっとその両方が、脳という地獄には搭載されている。それが進化というもので、人というものだ」
ゲーム理論のシミュレーションでも明らかなことだ。状況が複雑化していけば、利他的にならざるを得ない。
結局のところ、大局的にはそれが最もリターンが大きいからだ。
そこで良心というものが発明され、遺伝子にプログラムされることになった。
「だからぼくは別に君を恐れたりはても、否定はしない。
君は虐殺の文法と同じだ。いやそのものだと言ってもいい。
人間が進化の過程で手に入れた、今となっては時代遅れのモジュールに過ぎない。
あるいは人が増えすぎた時にはまた使えるかもしれない。
淘汰し、虐殺することが、種の為になるとき、そういう時が君の出番だ」
それはもしかすると今かもしれない。
使い捨ての紙コップが、テーブルの上でこてんと倒れている。
彼はしばし黙っていた。
ぼくの言葉を受け、何も発してないまま嗤っている。
しん、と世界が静まり返った。
言葉はない。言葉もまた人が発明したモジュールの一つだ。
偉大な発明だ。それがあるからこそ、ネガティブマインドを生むことができた。
「くくく……」
不意に、彼が静寂を破った。
それは嗤い声であった。
はっーはっはっはっ、と愉悦に震えるかのように、彼は哄笑していたのだ。
「面白い。面白いな……このようにして私を解体して見せる者がいるとは。
全てを受け入れた上で諦めないこと……それをこういう形で体現するとはな」
受け折りだ、虐殺の王からの。
愛する国の為に、そう言って虐殺の文法を発明した王の顔を思い出しながら、ぼくは平坦な口調でそう言った。
「知っている。知っているからこそ、愉しいのだよ。
お前は私に敗北することがない。私という存在を理解し、解体し、打ち倒せる。
お前にとって私はただのモジュール……虐殺の器官に過ぎないからだ。
そしてだからこそ――お前は絶望しているのだ。
お前の『罪』と『罰』は私でさえ捉えることができん。
赦されることも罰せられることもない地獄に、永遠に閉じ込められる。
それがお前の絶望であり、願いだ。そうだろう?」
ぼくは何も言わなかった。
ただ息を吐いた。結局この言葉を吐いているのはぼくなのだろうな。
諦観に似た感情がぼくの意識に広がり、無意識に消えていった。
「力を貸そう」
彼は言った。
この戦争に勝ち抜くために、ぼくと共に戦うと。
愉快そうに、ネガティブマインドの象徴はうそぶいた。
それはきっと、ぼくの行き着く先がよほど彼好みのものであったからだろう。
そして彼は名乗った。
彼は『名』を持っていたのだ。
なるほど彼はある意味で誰でもあり、誰でもない。
そんなものは存在としてあり得ない。存在する為には、何かしらの『名』の皮を被らねばならないのか。
その『名』はぼくにしてみれば全く聞き覚えのないものだった。
しかし彼にとっては何か意味があるものであったらしい。
何故ならば……
「私は――周防達哉だ」
その『名』を口すること自体が愉しくて愉しくて仕方がない――
とでも言うように、彼が嗤っていたから。
【クラス】
ライダー
【真名】
周防達哉(ニャルラトホテプ)@ペルソナ2罪/罰
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷D 魔力A 幸運A+++ 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
騎乗:A+
……その噂は現実になる。
街に散乱する言葉に、たわいない風聞に、それは『乗って』やってくる。
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
【スキル】
人間観察:EX
人々を観察し、理解する技術。
人類の影であるニャルラトホテプは、本人が否定したい、隠したい部分も含めた全てを把握している。
しかしその性質故に、希望や創造性を決して認める事はない。
変化 A
文字通り、「変身」する。
本来ニャルラトホテプに明確な貌はなく、ありとあらゆるものに変化することができる。
が、周防達哉の仮面を被っているため、ライダーが変身できるものは限られている。
……天野舞耶を始めとする彼の縁者と下記の「月に吠えるもの」にライダーは変身できる。
【宝具】
『影・尊き日輪の輝き(アポロ・シャドウ)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:100人
周防達哉の仮面を被ったことで得た宝具。
周防達哉のペルソナ『アポロ』の対となるリバース・ペルソナを行使することができる。
炎と核熱の魔術に長けているが、神聖系に弱い。
『月に吠えるもの(ニャルラトホテプ)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:100人
周防達也の仮面を外すことで自らの化身の一つである『月に吠えるもの』へと変化する。
普遍的無意識に存在する、神や悪魔の姿をした人格となる。
禍々しい異形であるが、本来ニャルラトホテプは無貌であり、この姿もまた一側面に過ぎない……
『這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:1000人
人々の普遍的無意識の世界に潜むニャルラトホテプという存在そのもの。
『意思』というものが全ての意味を持つ普遍的無意識の世界が存在する場合、ニャルラトホテプは全能の力を持つ。
それはニャルラトホテプが望めば世界の創造すらも容易く可能とするほどである。
ニャルラトホテプは全ての人間が抱え持つ影そのものである、正しく人間の考える『邪悪の権化』である。
人が己の中の影を見つめ続けない限り、ニャルラトホテプは悪意によって願望を叶え続ける。
すなわち、世界以外を嘲り笑うニャルラトホテプそのものが最悪の形で顕現し続ける『万能の願望器』なのである。
……この宝具を使うことで「噂は現実になる」
サーヴァントシステムを越えた行使はできないが、ライダーは「言葉」に乗り、現実に干渉する。
【人物背景】
『ペルソナ2罪/罰』の黒幕にしてラスボス(厳密には『異聞録ぺルソナ』においても)
全ての人類が意識の最底辺に抱え持つ普遍的無意識の元型。
ニャルラトホテプは人間のダークサイドが凝り固まった存在であり、ポジティブマインドの集合体であるフィレモンと名乗る存在とは表裏一体の関係にある。
フィレモンは強き心を持つ者を導き、ニャルラトホテプは弱き者を奈落へ引きずり込む。
この二者の対立は、人の内包する矛盾の象徴に他ならない。
ニャルラトホテプは全ての人間が抱え持つ影そのものである為、人が人である限り絶対に滅ぼせない。
本来は無貌であるが、サーヴァントであるが故に仮初の貌(ペルソナ)が必要になった。
そこでニャルラトホテプが選んだのは、かつてその在り方を最も愉しみ、弄んだ一人の青年の名であった。
【マスター】
クラヴィス・シェパード@虐殺器官
【参加方法】
不明
【マスターとしての願い】
『罰』を求める……?
【weapon】
拳銃とかあるかもしれない。
【能力・技能】
人に原始的に備わっている虐殺器官。
それを呼び起こす文法のデータ。
言葉に乗せることで、現実に人は虐殺をする。
【人物背景】
『虐殺器官』の主人公にして語り部。
アメリカ情報軍・特殊検索群i分遣隊大尉。
数々の特殊任務を経ていくうちに、ジョン・ポールと交錯する。父の銃自殺、そして交通事故により脳死状態に陥った母の生命維持装置を止めた過去を持つ。
映画と文学に明るい。言葉が好きであり、母親から「ことばにフェティッシュがある」と評されたこともある。
無神論者であり、カトリックを信仰するアレックスとは対照的であるが、「罪」や「神様」といった話はしていた。
だが、アレックスの「冒涜的なジョーク」を聞いた事が無いため、クラヴィスはアレックスのことを厳格なカトリックだと思っていた。
虐殺の王、ジョン・ポールを追う任務に就くうち、彼は人の意識に虐殺の器官が刻まれていることを知る。
ジョン・ポールは言語で虐殺の文法を流し、アメリカの平和を守ろうとしていた。
結局はその彼も倒れ、母についての記録に自身の言葉を見つけられなかった彼は、虐殺の文法を英語に使った。
結果アメリカの社会は崩壊。英語を話すあらゆる人間が殺し合う、虐殺の時代が訪れることになった。
最終更新:2015年01月25日 07:14