痛い ◆Ee.E0P6Y2U
それは舌に乗せた途端に広がる、一瞬の甘さ。
冷たく鮮烈で、あっという間に溶けてなくなってしまう。
ひとときの慰み――
◇
東京のどこかの話。
別にこれはどこでもよくて、出て来る人物も誰だっていい。
何故ならこれは怪談だからだ。細かい話は誰も気にはせず、聞く奴は出て来る“オバケ”のことばかり気にしている。
まぁだがここではそれは東京で、そんで出て来るのは女だ。
彼女は東京をぶらぶらと歩いていた。別にどこへいくでもなく、ただ暇だからぶらぶらと……
そこにヘンテコな物売りが近づいてくる訳だ。
「お客さん、とびっきりのアイスクリームはいかがですか」
……とな。
彼女はその姿を見てぽかんとする。
何故ならそいつは顔を緑色のメイクで覆っていて、目の回りには大きなハートマークが書かれている、妙な奴だからだ。
そいつは道化師なのである。
奇天烈な格好をした、妙ちきりんなピエロが突然現れて、ずい、とアイスクリームを差し出した
「いかがですか?」と。
当然彼女は顔を歪ませながら、苛々と言い放つ。
「悪いけど、私、アイスクリームって大っ嫌いなのよ。昔それですごく嫌な思いを……」
が、その途中で、はっ、とする。
そこに目の前に自分と道化師以外の、別の誰かが居たのだ。
それは可愛らしい女学生だった。黒く、上品な香り漂う制服を見にまとい、彼女は微笑んでいる。
お嬢様、という奴だろうか。そんな彼女が何時の間にか現れていて、そして、
「美味しいです」
……アイスクリームを食べているのだった。
コーンに乗ったミント色のアイスクリームを、彼女は目元を緩ませながら食べている。
その姿を見たとき、彼女は何故か、どき、としてしまった。
まだ十代半ばであろう彼女が、どういう訳か貧しい者を慈しむ女神のように見えてしまったからだ。
「どうです?」
彼女が何かに打ちのめされていると、ここぞとばかりに道化師がカップを差し出してくる。
ふわりと冷気の煙が立った。その中にはペパーミントグリーンのアイスクリームが、ちょこん、と入っている。
おいしそうではあるが、何てことのないただのアイスクリームだった。
仕方なく彼女はそれを買ってしまう。
値段自体は大したことないし、目の前の少女が食べる姿には何か心惹かれるものがあった。
それにこの道化師もそんなに悪い奴ではなさそうだし、
「えっ……!」
そして、驚きの声を上げる。
口に入れた瞬間、ミントの甘さがあっという間に舌に広がっていった。
その味わいは濃厚かつ繊細で、それでいて心の奥に、ずん、と力強く響いてくるのだった。
……それは覚えのある味だった。
かつて子どもの頃、彼女がまだアイスクリームを大好きだった時代、
母親に「こんなものばかり食べてはいけません」と激しく注意された時に食べていた、その味だったのだ。
(いやでも、これ……あの時のアイスクリームよりずっと、ずっと……!)
驚いて顔を上げて、彼女は再度、はっ、とする。
そこにはもはや誰も居ないのだ。
涙のメイクをした妙ちきりんな道化師も、一緒にアイスを食べていた筈の女学生も、どちらも忽然と姿を消している。
ただ彼女の手にはなおもカップが握られている。
ペパーミントのアイスだけはそこに確かにあり、しかしそれもじわじわと溶け出していて、その柔らかな結合を永遠に失っていく……
こういう話だ。
どういうことかというと、別にどうってことはない。
だからこれは怪談なのだ。
世の中にオバケがいる。そいつは魔術師で、世界の敵で、しかし誰からも顧みられなかった。
あの死神さえも、彼を見逃した。何故ってそれは彼が愚か者だったからだ。
ただそれだけの……
◇
浅上藤乃はかつて痛みを奪われた。
殴られようと、針で指を指そうと、何も感じることができない。
そうしているうちに、世界がどこにあるのか、実感できなくなった。
こつ、こつ、と杖で道を確かめながら藤乃は街を歩いていた。
頭上には澄み渡る空があり、様々な人が行きかっている。
紅い月に惹かれてやってきた街は、一見して彼女の知る街と変わらなかった。
彼らの存在を何となく把握しながら彼女は歩く。視力は大分落ちてしまったが、それでも視えない訳ではなかった。
「魔術師さん」
歩きながら、藤乃は話しかけた。
すると『なんだい』と声だけが響き渡った。
しかし彼女の周りには誰もいない。魔術師と呼ばれた人間は、どこにもいなかった。
「さっきのアイス、美味しかったです」
だが彼女はそう話しかけるのだった。
視えない筈の彼女には、しかし彼の存在を感じ取ることができたのだった。
『そうかい、そいつは良かった。
君は茫洋タイプだからね。どんなアイスがいいのか具体的な答えがない……』
「茫洋……ですか」
『そうだ。痛みに鈍感か、そうでなければそもそも痛いってことがどういう訳か分からないタイプだね。
……玲や仁と一緒だ』
魔術師は滔々と語る。その声色は陽気なものだったが、しかしどこか寒々としたものがあった。
つらく哀しい、しかし決して忘れることのできない、とうに過ぎ去ってしまった思い出を語る時のような、一抹の寂しさがそこにはあった。
藤乃はそこにいる筈の彼と共に歩きながら、その言葉を考えた。
痛み、と彼は言った。
鈍感か、さもなくば痛みが分からない。そう彼は分析したのだ。
……それは事実的を射ていた。
つい最近まで、藤乃は痛いということは知らなかった。
世界と自分を繋ぐ痛みという架け橋を、彼女はずっと見失っていた。
痛いから、自分がここにいると分かる。世界がそこにあると分かる。
それを知らなかった藤乃は、痛みを取り戻したとき、罪を犯した。
痛い痛い痛い――それが愉しかった。
初めてのことだったから。痛みというものが分かっていなかったから。
今でも、世界に痛みが広がるようになっても、それは変らなかった。
じんわりと掴むことができている。しかし、戸惑ってもいる。
――そう。私は、茫洋としているのですか……
でも、痛みはある。
それを魔術師は言い当ててくれた。
『うんうん、とにかく気に入ってくれてよかった。
アイスなら何時でも作ってくれるからさ。好きな味を言ってくれよ』
……そう無邪気に言う彼の姿は視えない。
見るだけでなく、視る――藤乃の異能の感覚を持ってしても、その姿を見つけることはできなかった。
陽気で、そして哀しい道化師の姿はどこにもない。
いや彼は絶対にどこかにいるのだ。
しかし、目を背けてしまう。
何故って、それは……
「痛いから、なんですよね」
ぽつり、と藤乃は言った。
痛い。痛いから、人は魔術師を認めることができない。
痛み。それが――キャスター・ペパーミントの魔術師の起源。
人の痛みを我が物とし、痛みと同化する能力――人は痛いということを直視できない。
痛みの起源に覚醒した彼は、もはや誰の目にも止まることはない。皆が皆、痛みからは目を背けてしまうから。
かろうじて自分が彼の存在を掴むことができるのも、マスターとサーヴァントという関係があるからだ。
そしてきっと、藤乃の痛みがとてつもなく茫洋としているからだ。
「魔術師さんは、痛いからアイスクリームを作っているんですよね」
それを分かった上で藤乃は魔術師に声をかけた。
彼の姿を探した。ともすれば見失ってしまいそうになる彼を、求めた。
彼のアイスクリームは、痛みを癒す。
痛いということを、かちん、と凍らせてしまう。
それは痛みに苛まれている人にとって、この上ない救いだろう。
だから求められたアイスクリームを、彼は作るのだ。
『僕は……』
「分かっています。でも、魔術師さんは――十助さんは本当は違うんですよね」
痛みを癒す。
凍らせて、アイスのように柔らかなものに包み込んでしまう。
そういう起源を、彼は生まれて持った。
……しかし逆なのだ。
彼自身は寧ろ正反対のことを望んでいた。
痛みを凍らせることは、結局逃げることでもある。
それは確かに心地いいかもしれない。痛いということを恐れ、忘れてしまえば、それではもう何もできなくなる。
痛みは心の中にあるのに、それからずっと顔を背けて、ただただ曖昧に笑う。
そんなことを、彼は望んではいなかった。
彼は何時だって――痛みと向き合って欲しいと、そう願っていた。
痛みをちゃんと視て欲しい。痛みをほったらかしにするのではなく、痛みを感じること。
その想いを胸に、彼はずっと、ずっとアイスクリームを作ってきた。
だって彼には痛みが分かったから。
……痛みをこの世から取り除ける力を持った人が、その実誰よりも痛みを大切に思う人だった。
言ってしまえばそれだけの、ボタンを取り違えたかのような、おかしな運命だった。
『藤乃はさ』
不意に彼は口を開いた。
『痛くて、痛みがあって、よかったと思うかい?』
そう問いかける彼の胸の中は、果たしてどんな想いがあったのだろう。
栄光も没落も、父親も友人も、過去も未来も、全て消え失せ、最後には死神――世界の抑止力からも忘れ去られた。
そんな彼は、それでもアイスクリームを作っている。
不意に人が痛みと向き合う時、彼はオバケとなって浮き上がる。
それは哀しくて、きっと、とても痛い――
「私は」
藤乃は立ち止まり言った。
彼女の視界は暗い。ほとんど何も視えはしない。
それでも、そこにある筈の痛みと向き合った。
「痛みが良く分かりません。茫洋としているから。
でも痛いから、世界にいることができる。
だから、私はいま痛いんだと思います。その痛みは、きっと大切なものなんです。
もしかするとそれは黄金(きん)の色をした……」
そういったとき、
――不意に魔術師の姿が視えた。
緑の肌に涙のメイクという
妙ちきりんでヘンテコな、おかしな道化師だった。
それはアイスクリームがたくさんつまったクーラーを抱えていて、藤乃を見つめている。
彼は笑っていた。
涙のメイクを施し、泣きそうな顔をしながらも、しかし陽気に笑おうとしていた。
それが何とも、歪で、哀しくて、それでも彼は笑っているのだった。
「いるかい?」
そう言って彼はカップを差し出した。
その姿は何時かまた消えてしまうだろう。痛みをずっと見ていることなどできない。
彼の姿も柔らかに消え失せていく。
まるでアイスクリームのように……
【クラス】
キャスター
【真名】
ペパーミントの魔術師@ブギーポップシリーズ
【パラメーター】
筋力D+ 耐久D 敏捷B+ 魔力A 幸運E- 宝具EX
【属性】
中立・善
【クラススキル】
アイスクリームを作る。
彼はアイスクリーム作りの天才である。
アイスクリーム作りに適した環境を作り上げる。
露店からフランチャイズまで、その形態は多岐に渡る。
【スキル】
人々を観察し、理解する技術。
一目会っただけでも、その人物のアイスクリームの好みが何となく分かる。
……それは心の歪みをを花として捉える能力に似ていた。
瞬間的に筋肉を倍加させる。
その気になれば驚くほどの速さで駆けることができる。
宝具により、誰からも認識されなくなり、忘れられる。
同ランクの『気配遮断』と『情報抹消』の効果を得ることができる。
更にこのスキルにより付与された『気配遮断』は攻撃態勢に移ってもランクが落ちない。
これにより彼は誰からも忘れられる。ただしサーヴァントとして記録されている以上、聖杯戦争においては一時的に存在が浮かび上がることもある。
また人としての痛みを知らない存在には機能しない。
【宝具】
『そのアイスクリームは、痛い(ペパーミントの魔術師)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
魔術師の作るアイスクリームは絶品である。
たとえ甘い物が嫌いでも彼のアイスクリームを前にしては涎を垂れ流すだろう。
人によっては「生きてて良かった」だなんて思うかもしれない。
美味しい美味しいアイスクリーム……それが彼の宝具である。
……魔術師の作るアイスクリームは人の痛みを消す。
生きている限り誰しもが抱え、どんな人間も目を背けざるを得ない、かといってそれで逃げることができた訳ではない。
その痛みを、彼のアイスクリームを食べたものは消すことができるのだ。
結果として、彼のアイスクリームを食べた者は誰も傷つけなくなる。
痛みを恐れ、誰の心にもお互い触れ合わなくなり、あらゆる努力が消失する。
そうして穏やかに世界は終わる。『世界の敵の敵』である死神をして最大級の世界の危機と言わしめた能力である。
――故にどれだけちっぽけでも、どれだけ穏やかでも、この宝具は対界宝具なのである。
『運命の失敗作(きつかわとすけ)』
ランク:E- 種別:対人宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:1000人
軋川十助はアイスクリームを作るのが好きだった。
誰に頼まれるでもなく、幼いころから彼はずっとアイスクリームを作ってきた。
職人としての栄光と没落を経ても、それは変らない。
その生き方、運命の中心となる力こそが十助のもう一つの宝具である。
彼は人の痛みを我が物とする能力を持っていた。
「痛み」そのものとなり、誰にも認識されないまま世界を殺すことだってできた。
彼の作るアイスクリームは人の痛みを癒し、結果として痛みごと消してしまっていた。
……しかし、実のところ彼は誰よりも痛みを分かって欲しいと思っていた。
それがアイスクリームを作り続けた理由であり、そこに込めた願いだった。
痛みを消す才能を持ちながら、彼の願いは全く逆のところにあったのだ。
なにもかもがまっすぐにはいかない。死神にさえ見逃される。そんな、運命の失敗作が軋川十助である。
――故にどれだけ恐ろしくても、世界を破滅に導きかねないとしても、この宝具は対人宝具なのである。
【人物背景】
出典は『ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師』
統和機構の合成人間で「ノトーリアスI.C.E.」(悪名高い失敗作の意、I.C.E.はIncomplete Errorの略)と呼ばれる失敗作。緑色の肌をしていて血が青い。
経緯は不明だが、軌川典助に幼少の頃から保護されていた。彼の外見の問題から典助は自分の家の部屋から全く外に出さなかった(もっとも、このことは本人も納得していた)。
その為か世間知らずで子供っぽい性格だが、アイスクリーム作りには天才的な才能を見せる。
そこを寺月恭一郎に見込まれ、アイスクリームチェーンメーカーの社長になる。
その後、起きた様々事件を乗り越えたこと(事態に巻き込まれたようで、実際には彼の持つ「運命」の強さが全てを巻き込んでいた)で精神的に成長をみせた。
華奢な身体つきをしているが、その外見に反して驚異的な再生能力と怪力を備えている。
痛みという感情について強い拘りがあり、それを起因とした「人が自分自身で見ないようにしてきた心の痛みと同化する」能力を持つ。
これはシリーズの中でも最も強いMPLS能力の一つ。
ブギーポップは彼を”世界の敵”になりえる危険人物として監視していたが、彼に「世界に対して能力を行使する気が無い」ことを見抜き、彼を見逃した。
死神すら裁かれないという事実を知り、生まれて初めて心の痛みを知り、涙した。
それは彼が初めて流した涙だった。親しい者が死んでもどうすればいいのか分からなかった彼が、やっと涙することができた。
……その後世界にはまた一人オバケが増えたという。
どこかの街で誰かがヘンテコなメイクをした物売りからアイスクリームを買う。
それはとても美味しいが、はっ、としたときもうその物売りはいない。
ただ、それだけの話に……
【マスター】
浅上藤乃@空の境界 未来福音
【参加方法】
不明
【マスターとしての願い】
不明
【能力・技能】
その異能。その瞳を通して全てを凶げる
【人物背景】
『空の境界』の登場人物。中ボス兼ヒロイン?
礼園女学院の生徒。黒桐鮮花の友人。荒耶宗蓮が両儀式のために用意した3つの駒の一人。
宗蓮曰く「死に接触して快楽する存在不適合者」。起源は「虚無」。
鮮花に「誰も憎まない娘」と評されるほど温和で穏やかな性格。
しかし、それは周囲に隠している無痛症によって外部の刺激および自らの身体を感じることができないために生への実感が無く、感情の抑揚そのものが乏しいためだった。
結果として、他者の痛みに共感する形でしか生への実感を得られなかったことで、感覚を取り戻した後は残虐に相手を殺して喜び・快楽を得るという暴走を招く。
視界内の任意の場所に回転軸を作り、対象の強度に関係なく“曲げる”能力「歪曲」の持ち主。作中では“超能力”として扱われているが、
藤乃の場合はある程度人為的な手が加えられているため、正確には魔術(魔眼)と異能(超能力)の中間。理論上は左右どちらか片方にしか曲げることができないが、
藤乃の場合は異能の回線を複数持つため、左右どちらにも曲げることができる。また、後述の理由・方法によって無理に能力を封じられていたことで、
より強大な能力へ発達させることになり、終盤では透視能力(千里眼)まで発現させ、橋の全景を視界に納めることで巨大な橋をもねじ曲げた。
しかし、橋を曲げた代償として失明している(原作中では明言されていない。作者は「そこで彼女は視力を失っています。橋壊しの代償として」と解説している。
また、『未来福音』において、視力はほとんど失ったと描写され、杖をついて歩く姿が描かれた。
最終更新:2015年07月30日 04:28