滅亡因果のメシア/喧嘩人形、戦争する ◆GOn9rNo1ts
――――神が世界を五分前に創造された可能性を、誰も否定することは出来ない。
――――ならば、神が世界を五分前に変容させた可能性を、いったい誰が否定することなど出来るだろうか。
――――『運命石の扉』が今、静かに、しかし確かに
――――魔神によって、抉じ開けられる。
◇ ◇ ◇
赤い緋い紅い月が、天上で煌めいていた。
人類によって生み出され消費されていく叡智の光が燦々と照らす電気街。
彼の地が放つ明るさ/賑やかさ/喧噪に紛れながら、しかし空だけは、天だけは、己が領域だとでも言わんばかりに。
悠然と、超然と、判然と、下界を見下ろしていた。
そんな、神様のような月の下。
バーサーカーは、キレていた。
もともと、バーサーカーは暴力が、争いが好きではない。
というか嫌いだ。大嫌いだ。この世で1,2を争うくらい嫌いだ。俺に争うと言う言葉を使わせるな。
平和に何事もなく一生を過ごせれば世界の真理も金銀財宝も不老不死も何一ついらない、そんな無欲で控えめな人間だ。
だから、彼がサーヴァントとして召喚され、聖杯によって戦争の
ルールを刻み込まれた直後、彼の脳裏に浮かんだのは「殺す」というシンプルな二文字だった。
マスターが漫画の中に出てくるような陰湿悪質魔術師野郎だったら?殺す。
聖杯獲得のためにきりきり働けとのたまうヤツだったら?殺す。
バーサーカーが欲しくもない聖杯のために力を合わせて行こう、などと的外れなことを言い出したら?殺す。
というか人を狂戦士(バーサーカー)呼ばわりとは殺すどこのどいつだ殺す聖杯か殺す座とやらに戻ったらしこたまぶん殴って殺す!
殺す。
殺す。殺す。殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!
だから、バーサーカーが目の前のマスターを即座に殺さなかったのは、ソレが女だったからというだけでしかない。
バーサーカーはよっぽどのことがない限り、女には優しい。自分よりも年下ならば尚更だ。
人を殺せるスタンガンを向けられようとも即座にキレない程度には、フェミニストだ。
少年時代に味わった、甘酸っぱさとは程遠い苦々しい初恋の思い出。
その頃から、彼は自分の強さと女の脆さを理解していた。
「うーん、成功して良かったあ」
そんなバーサーカーの憤りと抑制に全く気付くことなく、もしくは狂戦士(バーサーカー)はみんなこんな感じだとでも思っているのか。
とあるビルの屋上で。立ち入り禁止の看板の内側で。彼女(マスター)は大きく伸びをする。
地に足がついてることを確認するようにぴょんぴょんとジャンプ。それに合わせて、二本の三つ編みが尻尾のように跳ねる。
ジャージにスパッツ、運動靴といった動きやすさだけを追求したようなファッションを身にまとった彼女は、いかにもスポーツ少女といった出で立ちだった。
(こいつ……本当にマスターか?)
間違いないはずだ。魔力のパスは確かに彼女から繋がっている。
事故ということもあり得ない。理由はバーサーカーの下、正確には床にある。
即席で書かれたと思われる、サーヴァント召喚儀式に用いる魔法陣だ。
バーサーカーは正規の手順、魔法陣やら詠唱やらによって呼び出されたのだ。
しかも、その詠唱にご丁寧に
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者」
とわざわざ付け加えたあたり、相当にバーサーカーのクラスをご所望の様子である。
しかし、それらの事実が、目の前の快活そうな少女となかなか結びつかない。
血なまぐさい魔術師どもの儀式であるはずの聖杯戦争と、噛み合わない。
「…………」
困惑で怒りを打ち消された形になったバーサーカーは、ひとまず『静観』という方法をとることにした。
口下手で、初対面の相手と上手くいった試しがほとんどない彼にとって、相手の出方を見るというのは一種の処世術となりつつある。
――もっとも、そうして最初は大人しい態度をとっていることで相手に舐められてしまっていることを彼は未だ分かっていないのだが。
「これからよろしくね、バーサーカー。って言っても、理性がないのがバーサーカーだよね」
理性はあるがな。
言葉には出さずに、静観を続ける。
こちらの理性がないと思っているのなら、それはそれで好都合だ。このあとの動きで彼女を見極められる。
バーサーカーが大嫌いな類の人間か、そうではないかが。
「じゃあ、ちょっと待っててね。準備してくるから」
おう、よくわからんが行ってきな。
言葉には出さずに、静観を続ける。
しかし、バーサーカーはそこで妙なものを見つけた。
簡単に言えば、人工衛星。しかし、まさかビルの屋上にそんなものが鎮座している道理はあるまい。
しかもマスターはその衛星らしき何かに堂々と乗り込み、我が物顔でなにやらゴソゴソしているではないか。
正しく彼女にとっての『我が物』なのかもしれないが、それにしたって、どうして年端もいかぬ少女がこんなものをビルの屋上に持ち込んでいるのか。
奇妙なマスターに加えて更なるハテナマークを頭の上に追加したバーサーカーは――考えるのを止めた。
どうせ考えたところで分かるものではないだろう。もともと、頭脳労働は専門外だ。
「お待たせ!この中狭いからあんまり大きなものは持ち込めなかったんだけど、これで準備は完了だね」
何やら荷物をまとめて、駆け足で戻ってくるマスター。
やけにゴテゴテというか、少なくとも女の子が小旅行に行く荷物とはとても思えないそれら。
来る聖杯戦争に向けての備えだろうか。それにしたって、なぜ自分の家や隠れ家などではなく、こんな分かりやすく怪しそうな衛星(?)に。
……まあ考えるのはやめたので、もはや彼女の荷物など、どうだっていいことにしておく。
「それじゃ、一緒に世界を救おうね。この聖杯戦争を――ぶっ壊して!」
そうか、それがお前の願いというやつか。
そうだな、一緒にこのクソッタレな聖杯戦争をぶっ殺そうな。
言葉には出さずに静観を続け…………
…………うん?
流石に、バーサーカーは考えるのをやめるのをやめた。
あン……?
「あン……?聖杯をぶっ壊すってお前、今なんつった」
「……あれ?今喋らなかった?」
「あ」
………………。
「「どういうことか、説明してくれる(か)?」」
◇ ◇ ◇
『もしもし?』
『ああ、その反応は、やっぱり気付いていたんだね』
『はじめまして、でいいのかな。それともお久しぶり、といった方が良いかも』
『おかりんおじさ……岡部さんの思っている通り』
『あたしの名前は阿万音鈴羽』
『橋田至の娘で、ラボメンの一人』
『そして、』
『貴方が気付いたダイバージェンスメーター数値「6.666666」』
『そんなあり得ない世界線、Z(ゼータ)世界線からタイムマシンでやってきた、未来人ってやつだよ』
『時間がないから、手短に言うね』
『今回、貴方は何もしなくていい』
『というよりも、何もできないと言った方がより正確』
『何故なら、この世界の貴方は観測していないことが確定しているから』
『聖杯戦争も』
『紅い月も』
『何も観測出来ないまま「大破壊」に巻き込まれるだけの運命だと、定められているから』
『他ならぬ、未来の貴方自身の観測によってね』
『だから「今回」は、あたしじゃないといけない』
『岡部倫太郎でも、橋田至でも、椎名まゆりでも、牧瀬紅莉栖でも、駄目』
『この世界線でこの時代に貴方に観測されなかった私、阿万音鈴羽でしか、聖杯戦争には関われない』
『その結末を、変えられない』
『だから貴方に電話したのは警告のため』
『少なくとも一週間、そのダイバージェンスメーターの数値が変わらなかったら』
『逃げて』
『出来るだけ遠くに、出来れば国外に移住できればベストかな』
『とにかく「東京」から、離れて欲しい』
『無茶なことを言ってるのは分かってるよ』
『あたし?あたしのことは……気にしないで』
『…………ごめんね、心配かけて。でも、仕方ないんだ』
『出来るだけのことはしてみるけど、どこまでやれるかは全くの未知数だから』
『あたしがイレギュラーとして参加するだけで、何か変わるのかもしれないし』
『逆に、もしもあたしが優勝しても、聖杯そのものを破壊できても、何も変わらないのかもしれない』
『でもさ』
『頑張るよ』
『頑張って、未来を変えるよ』
『頑張って、世界を救うよ』
『ごめん、もう時間がない。早くこちらでサーヴァントを召喚しないと、席が埋まっちゃうかも』
『……ありがと』
『さよなら』
『………………………』
『おかけになった電話番号は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりませ』
◇ ◇ ◇
かつて、戦争があった。
冬木より生まれ、東京より始まり、魔王より齎された戦争。
英霊が、怨霊が、御霊が、そうして人間が。
斬り、穿ち、貫き、駆け、術し、潜み、狂いながら。
競い、争い、奪い、与し、騙し、背し、猛りながら。
紅い月を見た主(マスター)と従者(サーヴァント)おおよそ十数組が、敵対者の一片の一粒まで消滅せしめんと、殺しあった戦争。
血を魑で清め、骨を絶ち肉を喰らい、魂を魄で塗りつぶして、都を地獄へ変えた戦争。
どんな願いも叶うという、神の子が作りたもうた器をめぐる戦争。
そんな戦争があった。
そんな戦争があった、として。
果たして、
被害が―――「行方不明事件相次ぐ。カルト集団による暴走との噂も」
破壊が―――「我が国の重要文化財が焼失したというこの痛ましい事態は、私といたしましても誠に遺憾でありまして」
余波が―――「そういやあいつ、最近見ないな~。アカウント変えたのかな」
余震が―――「来るな……来るな、来るなバケモノオオオオオオオ!!!…………ぁ」
悲劇が―――「ママ、もう朝だよ。なんでパパはおはようしないの?ねえ、ママ」
総面積509,949,000km²もの世界を内包する青い星において、2187.42 km²ぽっちしか存在しない戦場、『東京』だけで収まるなんてことが、ありえるだろうか。
例え再現された世界だとしても、例え裏側の世界だとしても、たとえレプリカの世界だとしても。
『其処』で行われた戦争が、現実に全く影響を与えないなんて慈悲を、親切設計を、やさしさを、聖杯モドキが持ちあわせるはずがあるだろうか。
そもそも、この聖杯戦争を執り行おうとした誰かの目的は、なんなのか。
怨念と怨念と怨念と怨念が混ざり合い穢土と化した魔都、『東京』で、彼もしくは彼女はいったい何を行おうとしていたのか。
答え合わせには未だ早い。
戦争は未だ準備段階。こんなところでネタバラシなど、ルール違反にも程がある。
だから、結論だけを簡潔に伝えよう。
理論も公式も途中式も何もかもをスキップして、最終解だけをズルして教えよう。
地球におけるたった0.0004%の地域を舞台に起こった十数人による戦争は、その後
世界100%、総人口70億超を、滅ぼした。
◇ ◇ ◇
「だからあたしはここに来たんだ」
そういって締めくくられた彼女の説明は、バーサーカーにとっては正直言ってワケノワカラナイものだった。
「つまりお前は未来人で」
「うん」
「未来はこの聖杯戦争が原因で滅びかけてて」
「うん」
「それを変えるために、タイムマシンに乗って過去にやってきたと」
「うん、その通り」
頭が痛い。
いつからこの世界は青ダヌキが闊歩するような理論が罷り通るようになってしまったのか。
「なんでバーサーカーだ」
「だって、サーヴァントが聖杯を欲しがってたら、あたしの目的を隠したまま一緒に戦わなきゃいけなくなるわけでしょ?
あたし、そんな器用じゃないし、人を騙すってことも好きじゃないし……」
「だから、いっそのこと狂化してて理性のない狂戦士(バーサーカー)っつーことか」
「その、ごめんね。まさか理性のあるバーサーカーなんてイレギュラーが発生するなんて思わなくて。
……でも、私自身がイレギュラー因子ならこうなることもありえるのかな……」
「本来ならありえないはずのマスターだとか、さっき言ってたアレか?」
「うん。この聖杯戦争は本来、『紅い月』を観測した者たちによって行われるものだってことが調査で判明してたんだ」
「だから私は、絶対に『紅い月』に呼ばれるように裏技を使った」
「んだよそりゃ」
「順番を入れ替えたんだよ」
「『紅い月』に呼ばれてサーヴァントを所有するのではなく」
「サーヴァントを予め召喚しておくことで、『紅い月』に聖杯戦争参加者だと認められるようにしたんだ」
「そうでもしないと、魔術師でもない私が関われるかどうか怪しかったから」
「ふーん……」
「だから、そろそろ『紅い月』からお迎えが来ても良い頃だとは思うんだけど……」
そこで鈴羽は、目の前のバーサーカーが何かに引っかかっている顔をしていることに気付いた。
喉の奥に魚の小骨が、という時のちょっとしたイライラ感というか。
どうにもスッキリしないと、その面持ちが語っている。
「こまけえ話は置いとくとして、だ」
「全然細かくはないんだけど……君は何が気になってるの?
聖杯は欲しくないんだよね。あたしの話がまだ信用できない?それなら」
「なんで、お前なんだ?」
それはある意味、当然の疑問だった。
「お前、鈴羽だっけ?魔術師でも超能力者でもなんでもねーお前が、どうして選ばれた?」
救世主として。メシアとして。
阿万音鈴羽は不適合者ではないか、と。
「タイムマシンの関係者だからか?だからって、お前ひとりでここまでやってきたわけじゃねえだろ。
元締め、おかりんおじさんとやらはどうして、自分じゃなくてお前に行かせた」
「そいつが無理でも、他に誰かいなかったのかよ。お前が自分で志願したのか?どうして誰も止めなかった?」
「殺し合いだぞ」
「おかしいだろうがよ。ガキが踏み入れて良いような場所じゃねえだろ、聖杯戦争ってのは」
その言葉は、年長者としての心配から来るものだったのだろうが。
目の前の少女は聖杯戦争にはそぐわない、と最初の印象を引きずってのものなのだが。
バーサーカーは、地雷を踏んだ。
「母さんはあたしを産んですぐ、死んだ」
ぽつりと、そう漏らす。
「母さんの命を奪ったのは大破壊以降に流行った『不治の病』だって聞いてる」
一度溢れ出した言葉は、止め処なく流れ続ける。
「父さんは『喰われながら』タイムマシンの設計図をあたしたちのもとに転送してくれた」
自分の生きる意味を確かめるように。
「まゆりお姉ちゃんは生き残るために屑どもの『捌け口』になりながら、死ぬまで私を育て続けてくれた」
あるいは、懺悔のように。
「紅莉栖先生は『教団』の連中に捕まっても、拷問されても、最期まであたしたちの計画を外に漏らさなかった」
それが皆の、愛すべき『ラボメン』たちの最期。
「他のみんなも、死んでいったよ。ある人はあたしを庇って。ある人は敵を道連れにして。
みんな、みんなみんな死んだ。殺された。――――全ては『シュタインズ・ゲート』のために」
世界は破滅に向かい続け、計画は止まらず、そんな中で鈴羽は生きてきて。
「おかりんおじさんはことあるごとに言ってたよ。『お前が生きていてくれて良かった』って。
誰が死んでも、消えても、あたしの前では涙一つ見せずにそう言って抱きしめてくれた」
鈴羽は知っている。
岡部倫太郎は、誰にも見つからないところで人知れず涙を流していたことを。
誰よりも仲間を愛し、だからこそ本当は他の誰でもない己の手を汚して、自分を犠牲にして、世界を救いたいと思っていたことを。
それでも、彼自身の観測が絶対であるが故に、より『選ばれる』可能性の高い阿万音鈴羽を選ぶしかなかったことを。
かつて『シュタインズ・ゲート』への切符を届けてくれた彼女に、賭けるしかなかったことを。
だから。
「あたしじゃないといけない。みんなの遺志を継いで、みんなを救うのは、あたししかいない」
強い、強すぎる瞳の色だった。
何もかもを飲み込むような、絶望さえも塗りつぶすような。
明るさの裏に秘めた、阿万音鈴羽の使命感。
『運(さだ)められた子供』としての、義務感。
「あたしは失敗しない。失敗できない。腕がもげても足が削げても死ぬことが分かっても、最期まで足掻いて、死んでも未来を変える」
それは、既に強迫観念の域に達していたのかもしれない。
スイッチが、入る。
「失敗しない」
肉親も愛する人々も全て奪われて。
「失敗しない失敗しない失敗しない」
縋る『よすが』が、救いの糸が。計画の終着点が。
「失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない」
世界でここにしかないと理解していたから。
「失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない」
彼女はそのために生きてきて。
「失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない失敗しない」
そのために、死ぬのだから。
「おい」
次の瞬間、鈴羽は空にいた。
「は?」
突風を伴った身体が、タイムマシンに乗っている時と似ているような、違うような、浮遊感とGに満たされる。
自分のいた場所、ラジ館の屋上が見る見るうちに視界から離れて行って。
ある時点から、逆風と共にどんどんその光景が近づいてきて。
上昇して、落下していることを理解して。
ようやく、鈴羽は『投げ飛ばされた』ことに気付いた。
ぐんぐん伸びていくように錯覚するビル群。さようなら、さようなら。もう会うこともないでしょう。
対照的にどんどん迫る来る地面。こんばんはコンクリート、ファーストキスがあなたとだなんて猛烈にお断りだ。
現実逃避しかけた脳内がぐらぐらする。風切り音が痛い。叫ぶ。何も聞こえない。
落下。
高さ的に。
死
「よっと」
がくんという衝撃と共に温かい何かに包まれた、と認識した瞬間、世界は落下を止めた。
お姫様抱っこ。バーサーカーの腕に抱えられたのだと気付くのに、少々の時間がかかる。
死にかけたという体験より、ようやく意識の方が天高くから戻ってきた。
投げ飛ばしたのはバーサーカー。受け止めたのもバーサーカー。
つまり、赤ん坊を喜ばせるために行うことがある、所謂たかいたかーいをサーヴァントレベルで行われたということだ。
「落ち着いたか」
「な、な、なにすんのさ!落ち着けるわけないでしょ!」
「怖かっただろうが」
「こ……怖くなんかないもん!あたしは一人前の戦士で」
「自分の命は、大事にしろよ」
そんな当たり前のことを言うためだけに、彼はこんな暴挙に出たのか。
絶句する鈴羽を尻目にバーサーカーは彼女を下ろし、立たせて、ばつが悪くなったのか、後ろを向きながら。
「おめえの覚悟だとかなんとか、その辺は分かったよ。ただ、さ」
煙草に火をつけ、紫煙をくねらせる。
サングラスの奥の瞳は寂しそうに遠くを見つめていた。
「お前にだって、大切な人ってやつが一人や二人、まだいるんだろ?
じゃあ、簡単に死んでもいいなんて言うんじゃねえよ」
それは――――違う。
いないよ。
この世界で、この時間軸に。
あたし――阿万音鈴羽という名のイレギュラー(存在するはずのない存在)を大切に思う人なんて、いないよ。
そう言いかけた、その時。
バン!と。
扉が開かれる音がした。
「ふぅーっはっはっ!!!!」
「なん、で」
扉の向こうに
存在はずのない存在が、いた。
「バイト戦士よ、貴様、の、単純極まりない行動パターンなど、ふぅ、ふぅ、この鳳凰院凶真の前ではグェッホッホッホ!」
息切れ、咳き込み、かっこわるい。
恐らく、汗水垂らして全速力でここまでやってきたのだろう。
普段は運動なんてしていないくせに、こういう時だけやたら頑張るのが、彼だ。
何も変わっていない。いや、これから先、何も変わらなかったというべきか。
「バイト戦士、いや、ラボメンナンバー008!阿万音鈴羽よ!」
よたよたになって力尽きそうになりながら、それでも精一杯虚勢を張って、狂気のマッドサイエンティストは確かにこちらを見て、言った。
阿万音鈴羽という存在を認めて、観測して、言った。
「待っている!」
「『東京』で、待っている!」
一週間経とうが、一ヶ月経とうが、一年経とうが。
いつまでも、いつまでも。
帰りを待っている。
お前には帰る場所がある。
ただそれだけを伝えるために、岡部倫太郎はやってきた。
たった一本の、わけのわからない電話を信じて。
彼に出来ることはないかと必死に考えて考えて考えて。
鈴羽がバーサーカーを召喚している間に、みっともなく走り回って。
鈴羽がバーサーカーと話している間に、ラジ館の警備の目をかいくぐって。
会ったこともない別の世界線のラボメンのために。
伝わるかも定かではない思いを伝えに、やってきてくれた。
「もう、馬鹿だなあ……」
耐えきれず、夜空を見る。
綺麗だ。都会の光に紛れながらも、星々は確かに輝いている。
今まで下しか見ていなかったから、分からなかったけれど。
この世界は、あたしたちが守りたかった世界は、こんなにも。
「ねえ、バーサーカー」
「あたしにはこれだけで十分だよ」
意識が引っ張られる感触。
『呼ばれている』のだと分かる。
時間がない。語らいの時間も触れ合いの時間も、何もかもが足りない。
だから、ここで彼に、岡部倫太郎に返す言葉は、一つしかない。
さよなら、ではなく。
ありがと、でもなく。
「いってきます!」
帰ってくるための、言葉。
見上げた月は、紅く染まっていたけれど。
今まで見たどんな景色よりも、美しかった。
◇ ◇ ◇
人が飛んでいた。
バタフライエフェクトという現象がある。
初期の極めて小さな差が後に無視できないほど大きな差となることを表す現象のことである。
ブラジルでの蝶の羽ばたき一つがテキサスで竜巻を巻き起こす、というような例えから名づけられた現象のことである。
とある小さな娘が我儘を起こすことで、最終的に街一つの在り様を歪めてしまうような。
とあるボーイミーツガールが失敗に終わることで、最終的に皆の人生を幸せにするような。
とある男の子の性別が女の子に成り替わることで、最終的に世界の命運を変えてしまうような。
とある男が一つのプログラムを開発してしまうことで、最終的に世界を滅ぼしてしまうような。
そんな、一見にしては嘘のように思える現象が、理論が、世界には確かに存在している。
阿万音鈴羽が狙ったのも、それだ。
もしもマスターが違ったら。
もしもサーヴァントが違ったら。
もしも脱落者が違ったら。
もしも優勝者が違ったら。
もしも。もしも。もしも。IFの積み重ね。蝶の羽ばたきの繰り返し。
その果てに『シュタインズ・ゲート』に辿り着ける可能性があるのならば。
その先に『大破壊』の起きない未来があるのならば。
試す価値はあると。
そのために、阿万音鈴羽はここにいる。
閑話休題。
人が飛んでいた。
蝶の羽ばたきというよりは、竜巻に巻き込まれた被害者のように。
人が、ぶっ飛んでいた。
ぶっ飛んだ人は空中で皮ジャンとその下のシャツを、チャラチャラしたアクセのついたズボンとその下のパンツを、ついでにヅラを。
魔法のように、奇術のように、剥ぎ取られながら。
最後は全裸ハゲになりながら、錐揉み回転を繰り返し、地面に激突する。
着陸ではなく、激突である。
航空機が空港へ優雅に舞い降りるのと、炎上爆発しながら街のど真ん中に突っ込むのくらい違う。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
いかにもガラが悪いですよとアピールに余念のないファッションの男たちは、みな一様に口をあんぐり開けていた。
先ほどまでの威勢はいったいどこに消えたというのか。
彼らの仲間が迎えた凄惨な最期を見届けるかのように、着陸した沈黙がひっそりと舞い降りる。
「よお」
沈黙を破ったのは、奇しくもこの事態をその名の通り「巻き起こした」竜巻その人であった。
「もっかい言ってみろよ。なんだっけ。
「人の縄張りで何勝手にイチャイチャしてんだ淫乱ビッチ」だったか?
「バーテンの格好しながら野外で特殊プレイしてる変態野郎」だっけか?
「金と女置いてけ、俺たちが有効活用してやる」だとか「そのクソダサいコスプレを汚されたくなきゃ失せろ」なんかも言ってたっけなあ」
ふぅ、と息を吐く。すぅ、と息を吸う。ただの深呼吸。
だが、その一連の流れに男たちは「死刑執行のために斧を研ぐジェイソン男」を幻視した。
「まあ、その、アレだ。お前らは俺と、鈴羽と、このバーテン服を送ってくれた俺の弟を傷つけてくれたわけだ。
お前らは想像力を働かせたことがあるか?働かせたことがないなら今働かせろ死ぬ気で働かせろ死んでもいいぞむしろ死ね。
お前らの言葉で傷ついた相手が自殺するかもしれない、ってさ。想像したか?想像できたか?想像しろ。
つまりお前らは俺と、鈴羽と、弟と、三人を殺そうとしたってことだよな?
殺そうとしたなら殺されても文句は言えないよな?正当防衛ってやつだよな?」
チンピラの因縁付けにしても、あまりにも頭が悪すぎる理論。
だが、誰もがそれに反論できない。反論した者から死刑が執行されるだろうことを、男たちは本能で感じ取る。
一方、止めなければいけないという思考が馬鹿馬鹿しく思えるような怒気を横合いから感じながら。
鈴羽が先ほど受けた「たかいたかい」など、バーサーカーにとっては準備運動のようなものなのだと、今更に思い知りながら。
「血管がぶちぎれた時の音」を、鈴羽は確かに聞いた。
つまりだ。
「三回ぶち殺す!!!!!!」
男たちの不運は、挙げればキリがない。
「や、やっちまえ!相手は一人だ!囲んでぼこっちまヴぉぐぅぁ!」
「俺たちクリムゾン・ゲッコウのバックにはソウカイヤがついてるって知ってんだろうなテメエ!」
「あれ……いま俺ナイフ刺したよな、なんで3ミリしか刺さらゴキュ」
この世界において彼らが集合場所としていたのが深夜のラジ館屋上だったこともそうだ。
たまたま彼らの集会がある日に、如何かにもなよっとした男が女を連れて先客として存在していたこともそうだ。
リーダー格の男にとって鈴羽の外見が好みだったこともそうだ。
彼らがブクロではなくアキバを活動拠点としていたカラーギャングだったこともそうだ。
召喚されて以来、バーサーカーが鈴羽に発散するわけにもいかないイライラを溜めこんでいたこともそうだ。
ただ、男たちにとっての唯一の幸運といえば。
「だめだ、俺ぁもう逃げる!命がいくつあっても足りねえ!」
「おい!早く階段降りろ!下まで行っちまえばこっちのもうぐぇごぼぅぁ!!」
「……おいおい。屋上からここまで何メートルあったと思ってんだ……?」
「なんで……嘘だ……こんなもんありえねえ……自販機、だぞ」
嘘のようで、冗談のようで、にわかには信じがたいことではあるが。
「うわああああああああああああああああ!!!」
バーサーカー。
狂戦士。
『自動喧嘩人形』
『池袋のフォルテッシモ』
そして『池袋最強』にして『池袋最凶』である彼は。
「死いいいぃぃぃぃぃぃぃねええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
『平和島静雄』は今まで、喧嘩で人を殺したことがない。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
平和島静雄
【パラメーター】
筋力B++ 耐久A+ 敏捷D 魔力E 幸運C 宝具C
【属性】
中立・善(狂)
【クラススキル】
狂化:E
通常時は狂化の恩恵を受けないが、その代わりに正常な思考を保つ。
但しダメージを負う、もしくはコミュニケーションを行う際に幸運判定を行い、失敗した場合は筋力と耐久のステータスが上昇し、暴走する。
簡単に言えば、キレると制御不能になる。
【保有スキル】
池袋最強:D→A(東京・池袋近郊のみ)
池袋で最強の存在だという平和島静雄の知名度により、筋力と耐久にボーナスを得る。
池袋において知らぬ者のいない「敵に回してはいけない存在」である、という逸話により東京、特に池袋近辺では非常に強い効果を発揮する。
一方、現代において生身で自販機を投げ飛ばす人間など見たことのない者からすれば眉唾ものでしかないため、東京以外では僅かな効果しか得ることができない。
自動喧嘩人形:D
売られた喧嘩を買わずにはいられない沸点の低さ。戦闘回避の判定の際に、著しく成功率を下げる。
その代償として、静雄が「喧嘩」と認識した行為に対して魔力消費を極力抑える効果もある。
平穏な生活を望む静雄にとっては忌み嫌うべき不名誉な通り名だが、池袋における知名度補正に呪いとして付随されている。
戦闘続行:B
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘を可能とするスキル。
平和島静雄は刃物で切られようが銃弾を撃たれようがビルの屋上から落下したフォークリフトが直撃しようが、全く怯むことなく戦闘を行い続けた。
勇猛:B
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、格闘ダメージを向上させる。
ただし狂化時にはその勇猛さを失うため、意味を失うスキル。
平和島静雄は妖刀・罪歌との戦いの中で怒りに狂うことなく『全力』を出し、痛みによる洗脳を完全に無効化した。
力量偽装:C
サーヴァントとして見抜かれていない場合のみ相手マスターからパラメーターを隠蔽し、
更に通常行動時はサーヴァントとして気取られることなく存在できる。一種の気配遮断。
チンピラはもちろん、名のある殺し屋や殺人鬼にさえも一見は長身のひょろい金髪チャラ男としか見られない静雄の特性。
【宝具】
『一世代での進化(平和島・静雄)』
ランクC 種別:対人宝具
突然変異とさえ称される平和島静雄の肉体そのもの。
サーヴァントのステータスに換算して筋力Cランク以下の対人攻撃を無効化し、それ以上の攻撃もダメージを大きく軽減する。また、回復速度も上昇する。
「キレると筋肉のリミッターが外れる」という特殊な性質により幼い頃より骨折などの怪我を繰り返した結果、
肉体も彼の全力に耐えられるように「進化」し、異常な頑強さと回復力を誇るようになった。
彼が池袋最強と呼ばれる所以となった宝具。
但し、平和島静雄にはサーヴァントとしての神秘性そのものが著しく欠けているため、ランクCレベルを超える攻撃はサーヴァントによるもの以外でもダメージ判定を受ける。
『都市伝説・自販機を投げる男』
ランク:D 種別:対人宝具
自販機を投げ、道路標識を振り回し、車をサッカーボールのように蹴り転がすことさえある、
並外れた怪力を生かした「なんでもあり」な静雄の戦闘スタイルが逸話として宝具と化したもの。
彼が武器として扱うものは何であれ、ランクD相当の宝具としてみなされる。
また、彼が扱うものがランクD以上の神秘を持つものであっても、静雄にとっては「単なる武器」として扱われるため
その神秘性は損なわれランクDの宝具としてしか見なされない。
【weapon】
自分の身近にあり、大きかったりリーチがあったりするものを好む。使用方法は投げたり振り回したり。
犠牲者としてはポストや自販機、標識やガードレールなどが挙げられる。
【人物背景】
池袋で借金の取り立てをしている長身、金髪、サングラスが目印の青年。細見。
池袋で最も「喧嘩を売ってはいけない男」池袋最強とも渾名される。
前述の宝具にあるように、キレると体のリミッターが解除され、凄まじい怪力を発揮する特異体質。
更に非常に短気であるという性格も災いし、幼い頃からトラブルが絶えなかった。
本人は暴力や喧嘩を非常に嫌っており、髪を金髪に染めたのも「黒髪だと舐められて喧嘩を売られる」という先輩のアドバイスに従った結果。
キレさえしなければどこにでもいるような気のいいアンちゃんであり、自分より年下の者に対しては面倒見のいい一面も。
【マスター】
阿万音鈴羽@STEINS;GATE
【マスターとしての願い】
此度の聖杯戦争が原因と目される「大破壊」の阻止。
【weapon】
未来から幾つか武器を持ちこんでいる。
しかし、サーヴァント召喚儀式の道具も持参していたため、それほど大きなものは持ち込めていない。
【能力・技能】
基本的には鍛えた人間程度。バイト戦士。
Z(ゼータ)世界線からの参戦という都合上、此度の聖杯戦争に参戦する他作品によっては原作では持ちえない知識、能力を持っている可能性もある。
【人物背景】
聖杯戦争によって引き起こされたと目されている「大破壊」の影響により人類が滅びかけているZ世界線からタイムマシンでやってきた未来人の少女。
性格は基本的にSTEINS;GATE本編とあまり変わっておらず、単純明快で人が好い。
また、この時代に順応するために選んだ服装がジャージにスポーツブラ、スパッツにスポーツシューズといった格好から分かるように、体を動かすことが大好きなスポーティ少女。
ただ、自分のために死んだ仲間たちのことを思ってか、時たまその面持ちに影を見せることも。
【方針】
「大破壊」に繋がりそうな事象への介入、阻止、排除。
最終更新:2014年12月31日 16:55