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「短編:おかえりなさいの裏側で。」(2007/02/21 (水) 03:01:11) の最新版変更点
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ん・ぱん。拍手。
ん・ぱん。記憶。
ん・ぱん。鼓動。
ん・ぱん。理澄。
ん・ぱん。血潮。
* * *
『 I_Dress、私は飛翔する 』
* * *
パターンB-2、タイプF。座標、06-011a。情報宇宙に瞬く星々の輝きが爆発的に密度を帯びて、銀色の長い髪が生まれる。Blue,Black,Blue。深淵の闇と蒼とが意匠を象り、艶めかしい丸みを帯びて、薄墨色の輪郭がつま先から虚空に生え伸びた。ぱつんと細いベルトが現出する。
渦を捲いて集束するしなやかな肌色。きゅ、とくびれた腰が、スリットの深いミニスカートとジャケットの間に現れた。ちんまりと低い鼻、快活な形に開かれた唇、青い瞳。ヒールとガーターベルト姿の、一人の女性が西都に降り立った。それは女と呼ぶには若く、少女と呼ぶには瞳の輝きが成熟しすぎていた。その瞳はまるで一つの銀河であった。
コヒメ=ウタカワ。舞踏子。名もなき国民の一人としてレンジャー連邦を賑やかす、エキストラである。
一人、まなざせば、一つ、世界が想と層を重ねる、それが情報世界アイドレスの構造。もう、この国には、幾重もの、過去と、今との想いが積み重ねられ、層状に歴史と人格が出来上がりつつあった。
西都付近に広がる開拓部を見渡す。
ナツメヤシ、オレンジ、せせらぐ水。タマ大統領を成敗した時の人、ACE・ドランジ氏の歓迎祭の折には、彼を舞踏子のみんなで案内した場所でもある。市街にほど近いところにある研究用の大学温室には、どこかの2人組が持ち込んだとかで、うねうねうごめく小さなカカオマスの株が見えていたが、同じチョコレートでも、美味とされるこいつが届けられなくて、ドランジ氏にとって実によかったというべきだろう。
一定の間隔をおいて整然と組み立てられた農業区と、そこでぽつぽつと忙しげに働いている人たちをいつまでも眺めているのは飽きなかったが、今日という日をそのように過ごすつもりはなかったので、コヒメはおもむろに大学へと足を向けた。
少し、大股すぎる足取りで、一歩。
踏み出す間に、足元の砂がしゅるしゅると沸騰して、滑るように彼女の体をそのまま風より早く運んでいった。はは、楽チン楽チン。
昔は介入する側だったけれど、今、こうして仮想飛行士に介入してもらってその力を借りてみると、実に快適だった。
海辺やオアシスに近づいたこともあって、空気は肌に絡むような湿気を大分帯びていた。
「ごめんくださーい」
そういえば、ここだって西部といっちゃ西部なんだから、このあたりの開発を進めている今って、西部開拓時代だよねえと、妙に間延びしたことを考えながら、彼女は大学を訪れた。
* * *
一方東部ではドリームチームの帰還を祝おうと、早くも気が早い住民たちが押し寄せていた。
「はんおー!」
「きゃー! 摂政さまー!」
「ドランジー!」
「浅葱さーん!」
お祭り好きなにゃんこたちのことだけあって、歓迎祭、戦勝パレードに引き続いての祝賀会を、さっそく開いてしまおうという腹づもりらしかった。
港から、出撃した猫士たちへと祝いの鰤が届いたり、とりどりの飾りつけが飛行場に運びこまれる。
「バレンタインも終わったばっかりなのに、みんな元気ですよね…」
その様子をハンガー内から見守っていた、つなぎ姿にひときわ目立つマフラー、等身大ほどもあるスパナを担いだ女性が、微笑みながら、つぶやいた。
アスミ。姓はない。いまだ己の心が属する相手を知らぬ、パ整子(パイロット+整備士の女性)であった。
現在は単座型の小型戦闘機『RF』シリーズの手入れをしている最中であり、主力のRC-22に比べて手がかかる機体ではあったが、それだけに、愛情もひとしおであった。正式なI=Dではないために日の目を見る機会は少ないが、アスミはこれらの機体が好きだった。
ずっとこの国の歴史を守ってきたのは、支えてきたのは、この機体のような、名もなき戦闘機を丁寧に設計し、開発し、整備し、運用してきた人々だからだ。
「…………」
ガン・ブルーの機体の肌に、ほおずりをする。磨き上げられた装甲についているオイルが、頬に付着した。
かまわない。どうせ整備汚れでべとべとなんだから、それならこの子をもっと可愛がってやりたい。
そうやって、愛情をこめて機体表面に抱きついていると、不意に時計の針がカチリと鳴った音が、耳に飛びこんできた。
「もうそろそろ、休憩かぁ…」
ほう、と、ため息ひとつ。
テンダイスリブログで昔見た、女は、雷電を甘やかしすぎるあまり、人としての道を踏み外して殺戮を行わせることがある、という話も、よく、わかる。
情が深すぎるのだろうか。
面を上げれば、外ではまだ、ひっきりなしに大勢の市民が行き交っている雑踏と喧騒が聞こえていた。防砂のために厳重なフィルタリングと二重のロックがかけられたハンガー内では、その音もほとんど耳に入らない程度のかすかなもの。
今日の午後からは学科の教壇に立つ予定があった。パイロット志望の子たちを面倒見てやらねばならない。
人が苦手というわけではなかったが、人に、ものを教えるという行為自体に苦手意識がある。自分のような半端なものが、人にものを教える資格があるのだろうかと、ためらってしまうのだ。
「ごめんね、ちょっと行ってくるね」
そう言って戦闘機の鼻先辺りを撫でてやると、アスミはよいしょ、とケーブルをまたいで小走りにロッカールームへ向かいだした。
* * *
南部にある藩都は静かなものだった。元々一番の繁華街は港のある北部にあり、また、祝賀会のような賑やかなものに顔を出すものたちはこぞって東都へと出かけてしまっているため、残っているのは静かに学問や業務に励む、精勤なものたちばかりだったのだ。
ここ、王立図書館では、いつものようにページをめくり、メモを書きとめる音だけが、BGMとなっていた。
「…………」
ぺらり。黒衣の男が、法学のコーナーでページを繰っている。
既に日は傾きかけており、窓の外では、遠く陽炎が茜色と立ち昇っていた。
「ふむ……」
* * *
北都は例によってお祭り騒ぎに備えている。
* * *
ん・ぱん。拍手。
心に波。
ん・ぱん。記憶。
揺れる。
* * *
ん・ぱん。鼓動。
高鳴り。
ん・ぱん。理澄。
跳ねて。
* * *
ん・ぱん。血潮。
満ちた。
* * *
ん・ぱん。拍手。
心に波。
ん・ぱん。記憶。
揺れる。
ん・ぱん。鼓動。
高鳴り。
ん・ぱん。理澄。
跳ねて。
ん・ぱん。血潮。
満ちた。
ん・ぱん。ん・ぱん。拍手はつづく。
ん・ぱん。ん・ぱん。記憶がゆれる。
ん・ぱん。ん・ぱん。鼓動がふれる。
ん・ぱん。ん・ぱん。理澄がおこる。
ん・ぱん。ん・ぱん。血潮がからむ。
心に波が生じる。
木霊は返らない。
汗が、浮かんできた。
心と体の動き重なる。
波が、心に、満ちた。
ぱん!
自分と自分が手と手を叩く。
それは今と昔をつなぐ魔法。
今日もどこかで舞踏が始まる。
* * *
―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎