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「聞いたか? 今回の試験結果」
 「ああ、それよりも大統領だ。こりゃ広報をそのまま信じざるを得ないにゃんこたちはともかく、フィクショノーツが黙ってない」
 「荒れるか」
 「荒れざるを得まいよ」
 「来るな」
 「嵐が」
 「夜かもしれんぞ」
 「夜ならよいさ。望むところだ」

ぱくぱくと、ちゃちで可愛い影絵が2つ、同じ声。

 「夜を知らねば朝は来るまい。ひとたび世の理より外れ出て、当たり前の如くに昼夜のめぐりを過ごせなくなったものにとって、それは必然のことなのだ。知らねばよかった、何事もなく平凡に生きられればよかったと、そう呟くものが多い時ほど我等が必要とされる時なのだ」
 「つまるところ―――……」

ぱっくりと、影絵を作る人影の、唇が亀裂のように開いて笑う。

 「仮想という名の願いがね」

 * * *

 『I_Dress、私は空を、飛べるだろうか?』

 * * *

ぱたん、とノートパソコンを閉じる。

ばかばかしい。何の気まぐれでこんなサイトを読んでしまったのかがわからない。もっとばかばかしいのは、こんなつまらないものを読み続けてしまった自分だった。

恥ずかしい。

……どうして読んでしまったのだろうか。

読むものがほかになかったからだろうか。

考えても答えは見つからなかった。

 * * *

 「遅れてごめんなさい」

パイロット兼、整備士のI_Dressを身にまとい、ハンガーへと降り立つ蝶子。

そこには既に残る三人のパイロットたちが搭乗準備を進めていた。

 「昨夜も突貫作業でしょう。誰も別に責めちゃいません」
 「そうですよ。それより、ほら、いつものあれ!」

山下と浅葱がねぎらうように出迎える。アスカロンも、すっと歩み寄って手袋を外した。

頷き、蝶子が最初の文句を唱え出す。

 「私の指は銀の指―――」

 * * *

フライトプランはこうだった。

祭りのクライマックスとして、4機のアメショーが藩国中の空を編隊飛行する。

ただ、飛ぶのではない。ドランジにあやかり、特別にチューンナップしたエンジンから、金色の粒子をたなびかせる。星にはなれないが、そこにある星を誰もが見てはくれるだろう。

花火を打ち上げたりするよりは地味だが、ドランジ祭りに花火を打ち上げたってしょうがない。好きなものに、好きという気持ちを伝えることが、今回の一番の目的でもある。

 『ようこそドランジさん祭り』

それが今回のお祭りの、正式な名前なのだから。

 「見てくれてますかねえ、ドランジさん」

地上に残ったパイロット以外の10人は、それぞれ機体が飛び立つのをニャーロード上から見送ると、三々五々に散ろうとしていた。

その前に立つ、人影。

 「――――!?」

 * * *

白いボディ、赤い胸。人型機動兵器アメショーは、綺麗に隊列を揃えてレンジャー連邦上空を既に飛んでいた。

情報子の密度は安定している。コンディション・オールグリーン。機体もすべて異常なし。伊達に器用さと感覚が優れているわけではない。問題なんて起こるものか。

山下は景気づけに通信回線を開いた。

 「こちら3号機、浅葱さん、この間はよく眠れたかい?」
 「ええ、おかげさまで」

浅葱は自機のコ・パイロットを現在勤めている猫士・にゃふにゃふとの昼寝のことを思い出す。あったかい。アイドレス世界の日差しは体をじかに射すことはないけれど、気持ちがあったかくなると、心がぽかぽかしてくる。この国は、いいな。

浅葱は同僚のアスカロンへと通信回線を開く。

 「こちら4号機、アスカロンさん、気分はどうですか?」
 「悪くない。陸戦仕様のアメショーが、空を飛んでいるというのも不思議な感覚だね」

アスカロンはこの数日間のことを思う。このためだけに、武装をオミットし、軽量化を重ねてわざわざ飛行仕様に仕上げてきた愛機。テストフライトまで含め、舞踏子たちがよく働いてくれた。

空を飛ぶ、猫か。

考えてみると、ひどく滑稽なフレーズだが、祭りの時のお遊びぐらいには、そんなに悪くないだろう。

最後にぐるりと通信が一巡するよう、アスカロンは蝶子の乗る1号機へと回線を開いた。

 「こちら2号機、藩王、今夜は星がよく見える。高いところから見上げる星空はいいものだな」
 「―――」

応答がない。

 「通信機の故障か?
  ――藩王、こちら2号機、応答願いたし。藩王、藩王、蝶子さん――?」

その時突然1号機が見知らぬ機動をとった。低い、穏やかな男の声が響いてくる。

 「こちら1号機、オールグリーンだ。少し慣れるのに手間取ったせいで応答が遅れてすまない」

 * * *

 「みんな、予定変更です」

人影は、蝶子だった。驚いて空を見上げる一同。

 「藩王!
  え、あれ、でもアメショー…」
 「どうしても、この国の空を飛んでおきたいとおっしゃる方がいまして、こっそりお譲りしてきました」

にっこりと笑う蝶子。

 「しかし、そんな簡単にアイドレスなんて乗りこなせるわけが……」

その言葉をさえぎって、蝶子はひとさし指をぴんと立てる。

 「1人…正確には、あの人たちなら、どんなものでもすぐに乗りこなせます」
 「まさか…!!」

振り返る華一郎。ただ1人、ミサゴだけが既に空を見上げていた。

 「道理で時間に正確な藩王が遅刻したと思ったら…」
 「それだけではありませんよ」

にっこり笑い、背後の道を示す蝶子。

 『!!』

そこには、ずらりと並ぶ、舞踏子たちがいた。

 「あの人のためのお祭りなら、私達がいない道理はないかな…って」

舞踏子の言葉のあとを引き取るように、蝶子は悪戯っぽく笑いながら手袋を外してみんなに言った。かかげたのは、ひとさし指。

 「さあ、お祭りのフィナーレを飾りましょう!」

 * * *

 「…ドランジさん!?」
 「すまんな。だが、どうしてもこの国のことを直接この目で確かめておきたかったのだ」

フィクショノートたちは知っていた。エースユニットは、戦いが起こればそれに出陣し、そしていつかは去っていってしまう。それにしても、ドランジがわざわざやってきた国の地形までその目で確かめておこうとしていたとは、誰も予想だにしていなかったのだ。

機体は基地上空で鮮やかな機動を描き、他の3人をまるで挑発するかのように動いて見せる。

 「せっかくの空だ。ただ、飛ぶだけではつまらないだろう」
 「え…」

浅葱が聞き返す。はっと山下が勘良く合点がいったような顔になり、にやりと笑った。機体の安定を保ちながら続く言葉を待つアスカロン。

 「フォーメーション飛行だ。ポジションを決め、それぞれが一定時間ごとに1つずつポジションをずれていきながら、国中を飛んで見せよう。パイロットの腕を見せて、守られている人たちに安心を与えるのがアクロバット飛行の本来の目的でもある。出来るな?」

ドランジが、いつになく挑発的な口ぶりでみなを誘った。

 「ドランジさん、それならちょうどいいフォーメーションがあります」
 「なんだ?」

山下が、待ってましたとばかりに口を開く。

 「それは……」

 * * *

内輪同士で集まって、自分たちだけで楽しんでいる様子をさも立派な大規模ゲームだといわんばかりに報じているのが気に食わなかった。

ちょっと興味を持ったキャラクターたちも、一向に出てこない。そもそもあちこちで設定に矛盾があるらしいというのが、平然とゲームを進めている様子からはまったく伺えなくて、知った時にはげんなりした。

つぎはぎだらけのゲーム。それを楽しんでる馬鹿な人たち。見てるだけでうんざりするような気分になった。

けれど、何故だろう。それをあざ笑えない自分がいる。

考えると、おなかの中がぐるぐるした。

痛い。

ぐしぐしと、銀縁眼鏡を外して目を拭う。

殺伐とすればいい。どうせ自分勝手に遊んでるんだ。自分勝手に潰しあえばいい。犬も、猫も、ずたずたになって、潰れてしまえ。

歯を食いしばりながらモニターをにらみつけた。

モニターは何も答えない。

ぐるぐるする。気がつけば、膝の上まで夜のスープが浸していた。

錯覚だ。

夜なんてない。朝も、昼も、夜も、ここには何も来ないんだ。

関係ない。そこにある世界と関係さえしなければ、朝も、昼も、夜も、何にも来るはずがないんだ。

正義。勇気。愛。恥。

やかましい。

どの面下げてどの口がそんな恥ずかしい言葉を吐き散らしてるんだ。

ここにそんなものはない。そんなものは全部、あんたたちが喜んで騙されてる幻想だ。

現実を、見ろ。

見なくていいものを見せられたせいで無駄に気分が悪くなった。腹いせに、一番ばかばかしそうなサイトを荒らしてやる。

レンジャー連邦。

何もできなくてもいいからみんなで集まって何かをしよう?

くだらない。名前もブログで何度も見かけた。ここにしよう。

せいぜい苦しめばいい。

僕はクリックを押した。

 * * *

 「――本当に僕たちでも使えるんですか?」

不安げに双樹が人垣を押し分けながら蝶子に聞いた。

場所は、既にオアシス公園。藩王以下10人は、新たに藩国へ参加した仲間、豊国ミロと合流しながら、周りに建物もなく、一番見晴らしのいい公園で星を見ようと集まっていた国民のにゃんこたちに道をあけてもらい、静かな夜色をその水面に湛えるオアシスをぐるりと取り囲もうとしていた。

 「大丈夫。ファンタジーかもしれないけれど、想いは必ず意味を持ちます。たとえ実際に効果がなくても、やることに意味はあると、私は信じてます」

藩王は、自らの補佐に摂政ミサゴについてきてもらいながら、他の9人とは別に、ざぶざぶとオアシスの水の中へと足を踏み入れていった。白い正装が水面の揺らめきと星明りの照り返しで、青く輝いて見える。

にゃーにゃー。

物見高く周りを取り囲むにゃんこたち。藩王様、藩王様、いったいこれから何をするんだにゃー?

蝶子は微笑んだ。

 「星は、そこにあると。見上げてもらうためにも開いたお祭りでした。けれど、準備を進めるうちに、気付いたんです―――」

ひとさし指を見つめ、思い出す。

俺は、星になる。あの時聞いた大事な言葉。

 「星は、みんなです。みんながお互い星なんだと、気付くことが出来たなら、一緒にいるだけで、いつでも星を見上げられます。何をしていても、星がそこにあるのだと、忘れることはなくなります。
これから私たちは空に指をかざします。みんなも一緒にかざして唱えてください」

既に、多くの舞踏子たちも、都同士をつなげるニャーロード上で、それぞれの都の住人たちに伝えながら、準備をしていることだろう。

名をつけて、世界よそうあれと、祈り、願い、そのために行うことが、魔術なら。ほんのささやかな力でもいい、魔力よ、私に宿ってみんなを束ね支えるための、力に―――!!

 「蝶子さん」

ミサゴが言った。

 「ファンタジーでは、ないと想います。アイドレスは、仮想飛行士の飛ぶ世界です。想ったことは、たとえそれが仮のことで、現実には存在しない、しえないようなことだとしても、幻ではなく、仮にだけれど、でも、ちゃんとそこに、あると想う、から」
 「…ありがとう、ミサゴちゃん」

改めて、辺りを見回す。不意に公園内で灯されていた炎が消えていった。

 「星を見るなら暗い方がいいでしょ、藩王」

公園の内側に一番近いところに陣取っていた青海が機械の体で手を振った。

 「スタンバイ、OKですよ。いつでもどうぞ、藩王様」

ビッテンフェ猫が言う。

全員、白い、レンジャー連邦の正装に身を固めて待っていた。

頷く蝶子。

そして、唱え始める。

 「――かつてこの国は不和と憎しみで出来ていました。敵対しあう国同士が、顔を見合わせるだけで憎しみをわけもなく深め合う、悲しい時代がありました。
  けれどそれは、この国の夜です。
  夜に終わりはやがて来ます。愛を唱えて結ばれようと、憎しみを超え、互いを見詰め合った一組の男女が、ついにこの国に現れました。二人の恋は、恋のまま、悲恋に終わったと物語は伝えます。
  けれどそれは、違うと想う。
  彼らはこの国に愛を遺しました。遠い昔からのいくつものボタンの掛け違えを、取り戻すことが出来るのだと、そんなものを、飛び越えて互いを見つめあうことが出来るのだと、彼らは私たちに教えてくれました。
  今また、この国に……いえ、この、アイドレス世界に、夜が来ようとしています。この国のみならず、みんなが夜におびえ、心痛め始めています。
  私たちは愛を信じ、信じることを信じて愛する、レンジャー連邦の民です。みなさん一人一人の心の中にある愛の名にかけて、愛に、できることを確かめましょう。
  そのために私たちは、もう一度、心の中に見上げる星を、今こそその手で指差し掲げます」

 天高く、かかげるひとさし指。その指が銀色に輝く。

 「私の指は銀の指。宿れ、星の精霊よ。

  私の指は銀の指。宿れ、愛の精霊よ。

  私の指は銀の指。宿れ、風の精霊よ。

  私は―――星になる!」

 * * *

その時、藩国上空からの映像に、不思議なものが映りこんだ。

街の明かりがすべて消え、かわりにハート型の島の中央から、ふわりと銀色の輝きが広がり始める。その輝きは、街同士をつなげる街道に沿ってどんどん広がっていき、1つの大きなハートを描いた。

ふわり。

白銀の輝きが、空へと舞い始める。

各地で互いに手をつなぎあい、寄り添いあい、掲げた指から、一つ一つ、小さな白い輝きが、空へと向かって舞い上がり始めた。

その街道のところどころには舞踏子と呼ばれる、絢爛舞踏を愛する女性たちがおり、そのハートマークの中心には、それらの想いを束ねて掲げる、11人のフィクショノートたちがいた。

夜に、輝きが生まれた。

 * * *

 「これは―――!」

白銀の星々の海の中を泳ぐようにして飛びながら、アメショーの中でアスカロンが驚きの声を上げた。

 「フ――――」

眼下の光景を見ながら、ドランジは微笑む。人知れず、ひっそりと見知った懐かしい感触の白い輝き一つ一つへと向けてハンドシグナル。

君は素敵、さ。

 * * *

白銀の空を、4機のアイドレスが駆け抜ける。その機体からたなびく尾のような金色は、互いの位置をゆっくりと交換しあいながら、まるでその先頭は龍の頭のようであり、夜空に金色の龍が、どこまでも、どこまでも、長々と飛んでいるように、夜空を刻んだ。

そしてその光景のすべてを、偶然のように目にしていた1人の名もない少女は気付く。

――何もなかったのは、僕が何も信じていなかったからだ。夜ばかりが僕の足元を浸していたのは、僕自身が、星になりたいと、想っていたからだ。それをずっと自分自身からすらも、隠してた。

変わろう。自分が何もしないままで、世界が変わってくれるなら、きっとそこには夜は来ない。朝も、昼も、夜も、風も、雪も、雨も、何も来ることは、ないんだろう。痛みに鈍くなれるかわりに。

他人を、世界を眺めてばかりいるのはもうごめんだ。

僕も、何かをしよう。

ノートパソコンを閉じる。

所詮仮想は仮想でしかない。現実じゃない。

けれどそれは、確かに誰かが想ったことの結果で、確かに誰かがそこにいるんだ。たとえ、仮にでも、願ったからこそ、そこにあるんだ。

夜すら来ない世界はごめんだ。

 * * *

静寂の中、仮想飛行士たちは祭りを終える。

祭りの終わりを指でなぞる。

まだ、祭りの終わりが終わっても、祭りそのものは終わらないだろう。アイドレスの世界は情報の世界、仮に想ったすべてが、形を成し、声をあげ、指をかかげることが出来たなら、それは幾重にも塗り重ねられて育ってゆくべき、大事な想いの樹の枝葉なのだから―――

 * * *

イグドラシルは今日も脈動する。

フィクショノーツの想いを吸い込み―――

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年03月01日 00:20