ジョニ子は思っていた。

かつて御先祖様も、こうして船に揺られてこの海を渡ったんだろうか。ああ、ああ、潮騒の調べが喉を誘う。潮風はべっとりとしてちょっと苦手だけど、名付け親の小奴さんと一緒に久しぶりに旅が出来るのが嬉しいな。ふぁらふら、首まわりに着けた羽飾りもそよいで気持ちいい。

歌おうかな。歌いたいな。歌おうかな。歌っちゃおう。

「にゃあーん!」

 * * *

豊国ミロは思っていた。

この金色の毛並みの猫、可愛いなー。犬は犬でチャーミングに可愛いけど、猫はコケティッシュに可愛いな。ああ、それにしてもいい天気。こんな日差しはこの国に来て初めて浴びたよ。日焼け大丈夫かな。それにしても、冒険だなー。ああ、違った、冒険じゃないか。でも、それにしてもいい天気。

あれ、しちゃおうかな。だめかな。しちゃいたいな。しちゃおう。

「やっ、ほーーー!!」

 * * *

「2人とも、元気ですねえ…」
「ジョニ子~~~、変身しないの~~~?
 あ、ミロさんミロさん、髪、いじってもいいですか?」

ざざぁーん…

ざざぁーん…

潮騒と港を背に、よく晴れ渡った空の下、三人と一匹を乗せた小船が、帆を風に受けて滑るように波間を渡っていた。

いずれもこの地方特有の砂避けのマントではなく、日焼け対策に薄いヴェールを被っており、健康的なおなかをさらしたその服装は、彼らがレンジャー連邦の民であることを示している。

連邦の技族・マグノリア、吏族・小奴、猫士・ジョニ子、そしてつい最近遠国よりこの国へ渡ってきたという、一際色の白い、豊国ミロ。いずれも妙齢の女性であった。

「フィールドワークしてもいいかな」

との発言を受け(というかそもそもそれ以前に歓迎会としてたっぷり鍋だの何だの既にあれそれやっていたという事情もあったが)、彼女らは、豊国ミロの藩国巡りを兼ねて、レンジャー連邦の本島の周りにある、LOVE諸島の調査に繰り出している最中である。

豊国の着た、舞踏子の青と黒を基調にした、スカートのスリットも麗しい制服が、海にはよく似合っていた。

レンジャー連邦の歴史は古い。内乱を経て今の形に育つまでにも、多くの歳月がこの国を形作っている。その連邦の、伝説や遺跡を研究したいと、豊国は思ったのだ。

「~♪」

ジョニ子の歌声をBGMに、早くも遠景の見えてきたLOVE諸島の最初、L島のスケッチをとりながら、彼女は期待に胸躍らせた。

今日はL島にあるという洞窟には入れない。冒険するための準備が出来ていないからだ。でも、噂では、洞窟の中には秘宝が眠っているという。秘宝があるということは、それを隠した誰かがいるということだ。どこまで噂に実態が伴っているか、それが少しでもこの調査によってわかれば、噂の伝播した経路や変形の度合いから、この国の伝説のあり方が推測出来る。そうすれば、研究に着手出来る。

と、スケッチする視界に、漁船が横切る。

筋骨たくましい赤ら顔の男たちが、意気揚々と大漁旗を掲げて戻ってきている最中らしかった。

彼らはこちらに気がつくと、

「おおーい、あんたらフィクショノートだろー!
 向こうの島に用事かー!」

と、声を張り上げて尋ねてきた。

「うん、ボクたちはL島に行くんだよー!」

銛を持つ手で手を振り返して来る男の姿に、改めて異国の風情を感じ入る。

「聞いたか、ナッシュ! あのお嬢ちゃんら、L島に降りるってよ!」
「おう、あそこは変な動物が多いから、気をつけて行けよー!」

ありがとー!と返事をしてから、ふと、気になった。

変な動物?

まさか、根源種族とか、幻獣じゃないよねえ……。

 * * *

上陸地点は漁師が使う灯台のすぐそばだった。仮屋を使わせてもらおうという意見もあったが、一行は少し分け入ったところでキャンプを張ることにした。

鬱蒼と緑が生い茂る様は、他のどの島にもない光景で、それを堪能したくなったためだ。

「本島以外は未開発だから、普段はここまで誰も来ないんです。私も初めて来ました」

テント用の杭を地面に打ち込みながら、マグノリアの解説を聞く。

「確か南都大学に四島にまつわる伝承がまとめられていたと思います。詳しいのは、ええと…」
「楠瀬さんがO島の研究をしてたはず、かな」

楠瀬とは吏族仲間の小奴が言葉を引き継いだ。

「他に、青海さんが博学だから、何か知ってるかもしれないなぁ」

ジョニ子が森のそよぐ音と共に歌っている傍らで、小奴は薪を割りながら、そうも言う。この人物、普段は彫刻家なので、こういう仕事には割合慣れているのだ。

がぁがぁ…

時折、鳥のものらしい奇怪な鳴き声が、彼女たちのいる開けた岩場まで響いてくる。薄気味が悪いとまでは思わなかったが、最近は、御時世が御時世だけに、少し、緊張しないでもなかった。

それを2人に告げると、

「舞踏子のアイドレスは感覚が特に鋭いですからね」
「何かあったら頼りにしてますよー」

と言われた。

未来予知に引っかかるものはなかったので、とりあえず安心して夕食にとりかかる。

この国の食糧事情は現在、さいわい以前に比べてかなりよい。携行食も自然とよいものが支給されていたので、その夜は、なかなかに楽しい晩餐となった。

また、今回はたまたま最初国を違えていたとはいえ、3人とも、元々が旧知の仲であったため、話はよく弾んだ。

そうして、あっという間に夜は更けていった……。

 * * *

くるるぽーくるるぽー。

最初にその鳴き声に気がついたのは、やはりジョニ子であった。

猫なので夜行性ということもあったし、森に来て感受性が少し研ぎ澄まされていたということもあった、なにより、にゃおにゃおと、みなの眠りを妨げないよう、なんとかして静かに歌えないものかと四苦八苦していたことが、大きかった。

くるるぽーくるるぽー。

「…にゃ?」

鳩…では、ない。ふくろう。違う。妙に音がみよんみよんしている。鳥というよりは、爬虫類の奏でる音質に似ている。

てふてふジョニ子は音のする方へと歩いていった。

そして、この鳴き声を最後に、その夜は戻ることがなかった。

「みゃー!」

 * * *

ぎゅんむー。

小奴は、寝ぼけまなこで手近にあったやわらかいものを抱き寄せた。ジョニ子~、ジョニ子~。

一緒に寝る時は、いつもそうする癖があったので、妙に手ごたえがおっきいなーと思いながらも、それに疑問は抱かなかった。

「あ、あの…」

腕の中から声がする。あれ、ジョニ子人型かな。それにしてはなんだか珍しい。「あの…」だなんて声をかけるなんて。あれ、そういえば布団…あ、寝袋か。そっか、昨日はキャンプで…


!!

「ま、マグさん!?」
「お、おはようございます…」

腕の中には、マグノリアがいた。

 * * *

しゃこしゃこしゃこ…

歯磨きしながら豊国は現状確認した。

「なるほど、それで猫士が戻ってきてない、と…困ったねー」
「困ったも何も、猫士は国の保有だから…」

青くなる小奴。こんなところで貴重な猫士を迷子にしてしまったと知られたら、ただでさえ心労のたたっている藩王や摂政にあわす顔がない。

不安を掻き立てることに、今日は天候まで珍しくも曇りがちだ。森の中ということもあって、やや、薄暗くさえある。朝なのに。

「心配ですね…」

マグノリアも口をすすぎながらつぶやいた。

「まあ、ジョニ子ちゃんもあれで立派に猫士だから、万が一ってことはないと思うけどー…」
「うん、訓練も受けてるから。
 …とりあえず、今日はジョニ子の捜索からにさせてもらうね」

異議なし、と、三人は頷きあってから、アイドレスに着替え始めた。

 * * *

「じょーに子~」
「じょに子やーい」
「ジョニ子さーん」

がさがさがさ…

森を、どんどんと分け入りながら、進んでいく。

思った以上に森は深かった。

ところどころの獣道だけが唯一の頼りで、三人とも、灯りを絶やさないよう、互いを見失わないよう、懸命に注意を払っていた。緑が濃いと、こうも空気まで違ってくるものか…普段は乾いた砂漠の空気や潮風に慣れていたので、蒼蒼とした森の香になおさら不安を掻き立てられながら、三人は進んでいった。

ここだけ緑が豊かなのはなんでだろう。そもそも、レンジャー連邦は海にこれだけ近いのに砂漠が広がっているなんて、不思議だと思ってたんだ。

豊国の心にあれこれと、今は不要な考えがちらついた。

もうすぐ、島の中心部にあるという洞窟に着いてしまう…まさか。

そう思った瞬間のことだった。

くるるぽーくるるぽー。

「…?」
「なん、だろ…これ」

くるるぽーくるるぽー。

妙にみよんみよんとした、鳥にはありえない伸び方の鳴き声が、三人の耳に飛び込んでくる。

みゃみゃーお、みゃーお。

「!!」

くるるぽーくるるぽー。
みゃおみゃおみゃー。

唱和するように、猫の歌声が聞こえてきた。

「ジョニ子…!」
「あの子ったら、もー…!」

慌てて鳴き声の方へと駆け出す。心配をかけて、一人で勝手に鳥?と、セッションなんかしてー。

音が近い。どんどん近くなっていく。間違いない。こっちだ。

ざざ…っ!

飛び出した先に、それはいた。

 * * *

「…と、いうわけで、大慌てで戻ってきたもんだから、結局詳しい調査はできなかったんです」
「うーむ…これが、ねえ」

青海は珍しく神妙な顔で、鳥篭の中に閉じ込められた、その動物を見つめていた。

くるるぽーくるるぽー。

楠瀬も、珍しそうにのぞきこんでみる。

くるるぽーくるるぽー。

「……なんだこりゃ?」
「レンジャー・エル・インコ。通称カメレオン・ソング・バード。ジョニ子さんも災難でしたね…」

なでなで、小奴が抱き上げた脇の間に顔をつっこんで出てこないジョニ子の背中を撫でてやりながら、マグノリアは説明した。

「L島特有の生物の一種で、様々な動物にくっついてるノミを主な捕食対象としているようですが、この能力のおかげでこれといった特定の共生関係を作らないとか…」
「ジョニ子にノミなんかいないもん!
 ああ、もう、一日も経たないうちに治るってお医者さまは言ってたけど…」
「それにしても……」

と、みんなで鳥篭の中を見つめる。

「歌声を盗む鳥なんてねえ」

にゃー。

鳥篭の中で、ジョニ子の鳴き声で鳴いている、すまし顔のへちゃむくれ鳥。

 * * *

くるるぽーくるるぽー。

駆けつけた三人がL島の洞窟前で見たものは、にゃおにゃおと歌う奇妙な樹上の鳥に、かしかしと木に爪を立てながら抗議していた、ジョニ子の鳴き声。

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年02月21日 02:57