こーん、こーん、こーん……

天井の高い軍用ハンガーの中では、音がこもりづらいくせに、良く響く。

動員に人員を割かれている今は、軍の施設といっても人影もまばらで、休憩のチャイムの代わりにそのまま現場の判断でぱらぱらと作業場から散っていた。

「や、お疲れ」

1人の舞踏子が、近くのオアシスの木立で休んでいた、つなぎ姿の整備士、兼、パイロットの女性の前にやってきて、そういってボトルを投げ渡す。

見慣れないボトルに、彼女はこねくりまわしながら、珍しそうに蓋を開けた。

「これは?」
「コーヒーよ。チリペッパー入り」

ふーん、と途中まで聞き流しつつ中身を口に流し込み、ぶほっ、と、乙女らしからぬ勢いでむせこむ。

「な、なにを…」
「へへー」

にこ、にこ。

舞踏子は、笑いながら「してやったり」とガッツポーズ。

「仲間の舞踏子はみんな未来予知してスルーしちゃうか、そうでなくてもみんな、さんざん夜明けの船で鍛えられてるから、勘で気付いちゃうんだ。やった。あなたが久しぶりの犠牲者だよ」
「みんな…ろくなことしてきてないんですね」

はー…と、げんなりしながらつなぎの女性は答えた。悪びれずに舞踏子は彼女の前で、にっこり微笑む。

「えっと…ごめんなさい、あなたなんて名前だったっけ?
 私はコヒメ、舞踏子のコヒメ。よろしくね」
「私は、パ整子の…パ整子でいい気もしてきました」
「最近、みんな舞踏子に拡張しちゃったもんね」

笑いながらコヒメが相槌を打つ。そうして彼女の隣に座った。

「それでもあなたの名前、聞きたいな。聞かせてくれる?」
「…はい」

コヒメの笑顔に、つい、つられて笑顔になる。

「私は…アスミです。パ整子の、アスミ」
「うん、アスミちゃん、よろしく!」

ぎゅっと握手。これもつられてしまう。思わず、微笑んだ。

2人は昼下がりの木漏れ日の中、並んでお弁当を広げ始める。コヒメのは、やっぱり見たことがない料理で出来ていた。

じっと眺めているのに気がついたのだろう、すっとコヒメは弁当を差し出す。

「食べてみる?」
「いいの?」
「うん」

おそるおそる…と、いった風体で箸をつける。なんだろう、これは、んー…なんとなく、なぜか蟹星雲を思い出す。

「銀河料理」
「え?」
「それ、銀河料理のオムレツ」
「銀…河?」
「そ」

んっ、と伸びをするコヒメ。何故だか、とても懐かしそうに笑っていた。

「あー、懐かしいなあ夜明けの船」
「ほんとに懐かしがってたんですね…」
「ん?」

にこっと笑うコヒメ。

「なんだか、裏表ないですね…羨ましいな」
「そう、かなー。そんなことないよー、案外いろいろ考えてるよ」

ぱくっ。オムレツをつまみながら、屈託なく、また、笑う。

「そういえばアスミちゃんはどうして拡張アイドレス取らなかったの?
 ほかに取りたいものがあったとか? 例えばテストパイロットとか、名整備士とか」
「んー…」

ちちちちち……

何気なく見上げた梢で、小鳥がさざめいていた。

空は、青く、いっぱいに白い雲が流れていて。

今日はなんだか、暑いというより、あったかかった。

「他になりたいものが…っていうより、舞踏子に、なる理由がなかったから、かな」
「小さかったり、元気だったり、魔術的なのも?」
「うん」

小さく頷き、今度は持参の麦茶のボトルを開ける。まだ少し、口の中がチリペッパーで辛かった。

「舞踏子になって、誰に会いたいとか、そういうの、私はないから。だから、まだ、いいかなって…」
「そっかー…」

すっ、とコヒメは手を上にあげた。その指先に、米粒がある。

ぱたたた…

小鳥が梢から飛び降りて、それを、人差し指の上にとまりながら、ついばんで、また、ぴょこぴょこと指の上を歩き、残りがないか、くちばしで指をつついて確かめる。

「あ、こら、いてて…もー、しょーがない子だなあ…」

するとコヒメは、アスミの見ている前で、どこから取り出したのか、ちっちゃな包みを手の中で広げ、そこからクッキーを小さく割って、その小鳥に差し出した。

小鳥は、さすがにクッキーの破片はついばみきれずに、粉だけを指の皮膚ごとちゅくちゅくとついばんでいくと、それで満足したのか、また梢の上へと飛び上がって、さえずり出した。

じ…と、コヒメを見つめるアスミ。

「ん…?」

不思議そうに見返してくる。

「コヒメさんは、誰に会いたくて舞踏子に?」
「ああ…うん、私はね。私は、みんなに、かな」
「みんな?」
「そう、みんな」

食べる?と差し出されたクッキーを一緒につまみながら、二人はぼんやりとオアシスの水に、何で生じたかはわからない波紋が起こっているのを、しばらく見つめていた。

「…夜明けの船、楽しかったなあ」
「私、は、乗ったことないんです…どんな風だったんですか?」

ぽーん、と、足を草の上に投げ出す。

「そうだねえ…」

んー…、と、またしばらく、会話が止んだ。

かたかた、ぽす。お弁当の蓋を閉じて、しまいこむ。

また、オアシスを見てみると、もう、波紋は小さくなって、終わりそうになっていた。

「今よりは、ずっと退屈で、でも、楽しかったよ。毎日、みんなと一緒にいられたから。毎日、毎日、どこへ行っても、誰かしら、いたからね。あそこだと」
「そう、ですか……」
「今もそうだとは思うけどね」

はい、とも、うん、ともいえなくて、こくん、とアスミは頷く。

「みんながいっぱいいるのが楽しかったんだ」
「はい」
「みんながね、いっぱい、いるの……」

まぶしそうに笑う、コヒメ。

「最初は、誰が、誰かもよくわからなくて。やっぱりその時もいろいろあったけど、でも、一緒だったからねえ……」
「みんなと、ですか?」
「うん」

ぽす、ぽす、ぽす。草を平手で叩いて、んー、と伸び。

「それが楽しかったから、私はまた、ここに来ようと思ったんだ」
「ここ…アイドレスに?」
「うん。ゲームに」

ちりんちりーん。

細かな金属音に、ふと振り返る。

パ整子のトレードマークでもある、おっきなスパナが、風に吹かれて砂にでも打たれたか、小さな小さな音色を弾けて立てていた。

銀色の輝き。白く目を焼く、まばゆい太陽の光。

おそるおそるアスミは聞いた。

「アイドレス…は、どうですか?」
「楽しいよ」

間もなく返事はすぐに返ってきた。

そして、じっと、にっこり、アスミを見つめながら笑う。

「いろんな国があってさ。いろいろやることがあって、一人一人、絶対違うプレイングになる。どうやったって同じプレイングなんか絶対できない。それが、楽しい」
「強いん、ですね…」
「昔憧れた人たちに比べれば全然」

にっと笑うコヒメ。

「多分、強い、ってさ…」
「はい…」
「未来予知ができるとか、どれだけがんばれるかとか、そういうこととも、関係ない気がする」
「はい…」

じっと、噛み締めるように、アスミは繰り返し、頷いた。

「信じるのって、強いよ。人と人をつなぐかなめだもんね」
「はい…」

ぴ、と、やにわにコヒメが人差し指を立てて見せた。

「…?」
「私は、今と昔をつなぐ、かなめなの。これは魔法」

そういって、指を木漏れ日にかざす。

「私は昔楽しかったことを覚えてる。私は昔楽しかったことを忘れない。
 私は、今、楽しいということを感じてる。私は、今、これからが同じように楽しくなるかもしれないって信じてる。絶対っていう風には、べったりとは信じられないけど、でも、信じてる。
 だからこれは魔法なの。昔と今の私をつなぐ、魔法……」

そういって、指と、指を、ちょこんと目の前でくっつける。

「そうすれば、たとえいつか1人になっても、私は私と手をつないでいられるでしょ?
 そうすれば、私は1人じゃない。だから、これは魔法。嘘のような、本当の」

こーん、こーん、こーん…

また、ハンガーの中から、高らかに音が響いてきた。

天井が高いので音がこもりづらいくせに、よく、外まで響いてくる。

すっくとコヒメは立ち上がり、おしりのあたりを綺麗にはたいた。

「ごめんね、ちょっと長話。その上ファンタジー」

ぺろっと舌を出す。

「さ、午後からまた作業だね。動員がどうなったかはわからないけど、みんなが帰ってくるまでに、また、きちんと整備をしておかなきゃだもんね」
「はい…!」

アスミは立ち上がった。そして、今日、初めて自分から、笑った。

ん、よし。

コヒメが、そう言って笑ったみたいに見えた。

スパナを担ぐ。暑くて腰まではだけていたつなぎに袖を通す。

2人が駆け出した後、木漏れ日が、ゆらゆらと水面を照らし、そしてまた笑顔が始まって―――

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年02月21日 02:58