時は前回のラストから少しさかのぼったところから始まり、進んでいく。

 * * *

場所は、飛行場。各員がそれぞれにI_Dressを身にまとって、電網の中へと飛び立つ四人と四匹を見守っていた。

こと、ドランジの駆る流星号が飛び立つ姿は荘厳で、I=D運用のアドバイザーとして呼ばれただけあって、最後になるかもしれないこの瞬間まで、みなの手本となるべく、見事に模範的な操縦を見せていた。

ちなみにこの流星号の中には、I=Dに搭乗して飛び立った蝶子と浅葱とは違い、現地まで乗っていく足を確保できなかったミサゴが、部隊の集合場所まで同伴させてもらっていくことになっている。

彼女が必要最小限のI_Dressだけしか身にまとっていなかったのは、もしも耳やしっぽのある状態で、そんな状況下に置かれてしまったら、自分を抑える自信がなかったからだという。

随分前の話にもなるが、かつてドランジがセプテントリオンの手に落ちていた時の様子を思い出すに、それも無理ない話だよなあ、と、華一郎などは納得したのであった。

「…行っちゃいましたね…藩王たち」
「後は、信じて待つだけ、か…さあ、一足先に戻って仕事を片付けようか」

そういって、華一郎は双樹ら仲間たちと共に政庁へと戻り、今日という日ばかりは仲間の安否を確かめるべく、速報を待ち受けて会議室に詰めることにした。

 * * *

それからほどなくして、会議室ににゃーと歓声があがる。ついに藩王らが参加していた部隊の動きがあったのだ。

「やった!
 自動成功、さすがはドランジ&舞踏子コンビだぜ!」
「これでひとまず藩国は無事、と…親征の多い国でハラハラしますよ、本当に」

青海と小奴が手を叩いて喜んだ。

残るは摂政、ミサゴのみ。

一人、別働隊としてアルトピャーノ・玄霧藩国の調査・治療チームに加わり、猫士として尻尾を第三の手として活躍させることになるであろう彼女の安否が気遣われる。

ちなみに合同ACEユニットは岩田裕。

藩王と摂政、ある意味ポジションを今だけでも交代できたら、さぞしあわせだったことであろう。現実とは往々にしてままならない。

「それにしても、最後で気合を入れなおしていたみたいだったし、我等が摂政殿のなさることですからのう」
「うん、きっと無事に戻ってきてくれますよね」

ビッテンフェ猫と山下が頷きあう。

このビッテンフェ猫という中年男、入国早々にやんちゃを連発しているが、これが彼なりの愛情表現の仕方なのであって、決して仲間のことをぞんざいにしているわけではなかった。

それゆえに、仲間の無事、ことに、さすらいの身を慮ってくれた藩王の無事を聞いて、とても無邪気に喜んでいた。

「それがしも、捨て身であってよければ此度は出征できたものを…!」
「駄目ですよー、命は大切にしないとー」

にこにこしながらそんなビッテンフェ猫のことをいさめる豊国。同じ新規入国者同士ということもあって、気軽である。

「なんの!
 それがしの命で足りるならば、大義のために命の一つや二つや三つや四つ!」
「命は、義のためにはないけど、義は、命のためにあるんだよー。だから、そんなこと言ったら駄目ですよー」

にこ、にこ。

にゃおーん、と猫士が鳴く。

ぽん。

お茶菓子のそばぼうろが、テーブルの上に広げられた。とぽぽぽぽ、と、各人の空いた湯飲みに茶が注がれる。

「どちらにせよ、今は待つのみ」
「待つ身はつらいですね…」

同じパイロット仲間である藩王と浅葱を信じて送り出すのみであった、アスカロンと山下であった。

「……」

マグノリアは、猫士たちと一緒に、窓の外から空を祈るように眺めている。

ぽり。

そばぼうろを齧りながら、みな、心の中では手に汗握って、テンダイスリブログを注視していた。

「あ、また速報」

歩兵部隊突入の報が入る。

共和国大統領、タマ。その肩書きは伊達ではなかったらしく、現場では極めて困難な判断が待たれている模様であった。

「亜細亜ちゃん、また、これを見て、心を痛めてないといいけどな……」

ぽつり、虹ノが言った。

みなもその言葉に、一様に表情を重たくする。

義が、あっても、なくても、戦いは人の心をすさませる。それでも―――

「大丈夫だよ」

豊国は言った。

「誰かを助けるための、大切なことをしていると、きっと、わかってもらえるよ。きっと……」
「豊国さん…」

帝國の、とある藩王がタマに捕らえられているとの情報が、そもそもの今回の発端であった。かつて帝國に所属していた過去を持つ豊国にとって、複雑な気持ちは否めなかった。

誰かの命を助けるために、誰かの心を傷つけるかもしれないということ。

それでもやらなければならない時が、あるということを、彼女は知っていたから。

『あっ、歩兵部隊生還しました!
 出てきてます…なんだろう…なんだ…え、偽物?』

途端にみなの姿勢が前のめりになった。レポーターも前のめりになって、熱く唾を飛ばしながら現場の状況を伝えている。

『いまだタマ大統領も是空・たけきのこ両藩王も発見されていません。繰り返します、タマ大統領、両藩王ともに発見できず。
 どうやら第二班の砲撃時に隠れたか、逃走した模様と思われます。現場では邸内の捜索隊指揮官であるレンジャー連邦摂政・砂浜ミサゴ嬢の判断が待たれます…』

「「「ええええー!!!!?」」」

連邦国民一同の、目玉が飛び出た。

 * * *

一方その頃という言葉があった。

まさにこの場合は、それだった。

電網世界の時間の流れは通常とは異なる。ありていにいってしまえば、バレンタインが、TPOをねじまげた。

邸内突入前、突然昔作っておいたハンバーグが冷凍でドランジの頭に降ってきたのを見て、ミサゴはあたふたするやら、ドランジの頭を心配するやら、賞味期限を心配するやらしていたが、やにわにそっと、どこから取り出したのか、チョコを両手に握り締め、駆け寄った。

TT作戦?

TT作戦の再来?

えっと…ちょうど、瀧川くんもいるし。

あれ、でも、えーと。

むしろ彼女の頭の中がワールドタイムゲート一直線であった。時が、一気に一年近く吹っ飛んだ。

公式には、この続き、見たければ15億と称されているが、世には公には残らないもう一つの歴史というものがある。

この続きはこうだ。

頭を抑え、涙目でチョコとミサゴを見たドランジは、差し出されたものをそっと手でさえぎって、こう言った。

「ありがとう。でも、その贈り物は君が無事に帰ってきた時、受け取らせてもらうよ」

自分でも、うまい言い方ではないとドランジにはわかっていた。だが、この舞踏子ならざる舞踏子を、このまま行かせてしまうわけにはいかないと思ったのだ。

ミサゴはしばらく口をぱくぱくさせたまま、感極まったあと、彼が言わんとすることの意図を読み取って、毅然と隊のみんなへと振り返った。

「みなさん!
 これより第五班、タマ共和国大統領私邸に突入、全力を挙げて是空さん・たけきのこさんならびにその他の人たちを救助します!
 まだ、タマの妨害があるかもしれませんけど、必ずみんな、無事に、帰りましょう!」

是空さんには、一度命を救われている。それに、ここまで来たら、誰も死なせないほうに賭けてみたい。

仲間たちの頷きと共に、突入が開始される。

ドランジはそれを見送ると、頭のこぶをさすりながら、手元に残った冷凍ハンバーグを見つめた。

それにしてもこれは、チョコレートより前に食べておくべきだろうか。食べ合わせ的に。

 * * *

どっ!!

会議室が歓声で沸き立った。タマ、確保、是空、たけきのこ、両藩王救出成功。繰り返す、タマ、確保、両藩王は無事、両藩王は無事。

「城さん、どこ行ってたんですか!?」
「ふ、ちょっとな。ていうか名字で呼ぶなって」

なぜかやたらぜはぜは言っている華一郎に抱きつきながら、双樹は喝采を上げた。

この2人、だけではない。どこで準備していたのか祝賀会用の垂れ幕を早くも広げ始める豊国や、飾りつけに精を出す小奴、マグノリアなど、先ほどまでのどきどきから一転、会議室はお祭りムードであった。

「めでたい!」
「めでたいなあ!!」

ビッテンフェ猫と青海が顔を見合わせて喜んだ。

「あっ、摂政出てきたよー!」

テレビを指差す山下。

みな、食い入るようにして身を乗り出した。

画面上に映る、護民官姿のミサゴと、ドランジ。

 * * *

「…………」
「…………」

どうしよう。いいのかな。どうしよう。

どきどきする心臓。手の中には、チョコレート。

周りでは、戦闘終了にあわせて早くも処理が行われ始めていた。

戦火に晒された無数のアメショー、砲撃でえぐれた大地、運び出されていく負傷者、ありとあらゆるものが、ムードもへったくれもなく、せわしなく動いている。

どうしよう、他のファンの人たちだって、いっぱいいるのに…。

帽子を脱いで、ぎゅっと胸にあてた。顔が上げられるようで、上げられない。

突入していた時とはまるで質の違う緊張が体を縛っていた。しんこきゅう、しんこきゅう。はー…。

とっ。

「されるのはいつものことでも、これを、君にするのは初めてになるかな…」

近づく足音にはっとして、目の前を見る。

大きな手の、見慣れないハンドシグナル。ううん、違う。見慣れないけど、よく、知ってる。

本艦ただいまそちらの帰還信号を確認。

「……!」

ぱぱ、ぱ。手信号。着艦許可求む。

ぱ、ぱぱ。手信号。着艦不許可。

「……?」

もう一度繰り返す。着艦許可求む。着艦不許可。

頭がぐるぐるした。じーっと何度も相手の手を見つめる。

そして不意に、手の中にあるもののことを、思い出す。

「…好きです」

手渡される、チョコレート。

おそるおそる顔を上げたその先は、微笑むドランジ。

「着艦どうぞ。おかえり、よく、がんばった」

 * * *

テレビを見ながら、猫士のじにあが楠瀬の腕にくっつき、にゃっ!と言う。

「はっぴーばれんたいん、だにゃ!」

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年03月01日 00:32