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「奈っ津子、奈っ津子、最強の子~♪」

角材を担ぎながら土方姿で黄色い安全メットをかぶって歩いている華一郎の姿を見て、摂政ミサゴは不思議そうに小首をかしげて近寄った。

「あの、何してるんですか?」
「…………」

首が、

そのまま、

ぐるーん。

ひゃっ。思わず胸の中で小さく驚く。

「何って、決まってるじゃない」
「な、なんですか…?」

おずおずと聞き返したミサゴに対して、その男はこう答えた。

「家作り」

 * * *

これはまだドランジが逗留すると決まったばかりの頃。みなが無邪気に摂政の夢が叶ったことや、動員に成功したことに喜んでいた頃の話。

「えー、それじゃあ、お城の中にお部屋作るんですか?」
「そう!
 一番の客間を改造して、ドランジ専用の部屋にするの!」

勢いこんで頷いた藩王蝶子の傍らで、当時はまだ名前もなかった猫士・愛佳がくなーとあくびして鳴いていた。遊び部屋が取られる、と思ったのかもしれない。

「しばらく泊まっていってくれる間だけでも粗相のないようにしないと…あーでも、お部屋の内装とか、どんな雰囲気が好きなんだろうね、ドランジさん」
「さー…こればっかりは、ミサゴさんに聞いてもわかりそうにないし…」

楠瀬が困ったように笑って相槌を返した。

ううん、と蝶子が首を横に振る。

「ミサゴちゃんならきっとわかってるわ、それくらい」
「そ、そういうものなんですか?」
「楠瀬さんだってふみこさんの部屋の様子、考えたことないわけじゃないでしょ?」
「あ、ほんとだ」

でしょー?とにっこり笑って、蝶子は、

「なるべく長い間、いてもらえるといいね」

 * * *

そんなやりとりをしてからもう、随分の歳月が流れたように感じられる。ずうっとゲームをしている日々というのは、専門家やプロの人たちでもなければ、滅多にない経験だ。それが、時間の感じ方を引き延ばしていた。一瞬たりとルーティンワークの発生しない、手作りネットワークゲーム、アイドレスだからこその感じ方なのかもしれない。

「絵を描いて、絵を描いて、絵を描いて…」

指折り数える蝶子。いっぱい絵を描いた。いっぱい文章も書いた。いっぱい藩国も整理した。いっぱい走り回った。自分でやったこともいっぱいあったし、自分でやらなかったこともいっぱいあった。

どれもこれも、この国を建てたからこそ経験できたことだった。

つらいことも、たのしいことも、いっぱいが、いっぱい。

「で…だから、ドランジさんの家を作ってる、と?」

はい、と目の前で頷く右腕摂政のメガネ向こうの瞳を見て、彼女はしみじみため息をついた。

なんで文族の人が土方姿で木造住宅を作ってるのかしら。

話を聞いたところによれば、国民の一人、城華一郎は、共通一次試験会場から帰ってくるなり突然港に行って輸入されてきた木材を買い取り、のこぎり、とんかち、安全メット、手袋、安全靴に、タンクトップ、なぜか温泉のマークが入った手ぬぐいまで買い揃えて、街の外れに家を作り出したのだという。

その理由が、

「いや、だってドランジも瀧川一族だし、やっぱりこういう家が落ち着くんじゃないかなー、と」

と、いうことらしかった。

「夜明けの船風に作ってある、お城の中の部屋でもいいと思うんですけどねえ…」
「なんでも男には自分の城が必要だとか言ってました」

ドランジさんを引っ張り出して、手伝わせたりしてなければいいんですけど…と、ミサゴは頬に手を当て腕を組み、はあ、とため息をついた。

蝶子もつられて、はあ、とため息をついた。

うーん、最初のうちは普通の人だと思ってたんだけどなー。

 * * *

かっ!

乾いた音が砂上に響く。ぎこ、ぎこ、ぎこ。突き立てたのこぎりで木材を切り、鉋をかけ、とんてんかんと組んでいく。

ふー。額の汗を両肩にかけた手ぬぐいで拭う。実にいい汗、いい笑顔。

そもそも西国人は砂漠に住んでるからどうしても石造りの家になっちゃって、ちょっとさみしーんだよなー。

ドランジの庵を作って、で、ついでにそこをドランジが使わなかったら、みんなの遊び場にしちゃおう。

地下室とか、いろいろ掘ったりして。

そんなよからぬことを考えながら、せっせせっせと傍目には勤勉に働く華一郎。つい先ほどまで受けてきていた試験のことなどもはや頭になかった。と、いうか、猫士のアイドレスも、吏族のアイドレスも、護民官のアイドレスも、今は、この男の頭の中に、なかった。

フィクショノートの頭の中にないということはすなわちアイドレス世界で情報を認識していないということであり、自然、彼の格好は、西国人の日に焼けた肌、灰色の髪と、ただそれだけの特徴しか残していなかった。

いやー、やっぱり頭使ったあとは体動かすに限るよなー♪

「奈っ津子ー、奈っ津子ー、最強の子ー♪」

ああ、思えばなっこちゃんも不器用だったなー。

学生のアイドレス取った国、どっか今度のアイドレス獲得で、なっこちゃん取らないのかなー?

亜細亜ちゃんは、ほねっこさんとこが取りそうだけどなー。どうなるんだろうなー、みらのちゃんはうちにいるし。いるし、っていうか、いるらしいし。

ぎーこ、ぎーこ。しゅ、しゅ。

ちなみにこの男、建築のことは何もわかってない。ただ適当に王立図書館から借りてきた、東国人の家の作り方(あやしい)などを読んで、その挿絵どおりに試してみているだけだった。

木造の平屋を作った、と書いて、その前で落成式でも何でもやれば、あとは情報が勝手に集まってちゃんと家らしい形を作るのだろうが、作っている過程こそ大事なのだ、とかいう理由で、突っ走っていた。

「…受験ノイローゼ?」

ぽつ、と猫士・ジョニ子が呟いた。

どがっしゃーん!!

木材がひっくり返される。図星だったらしいにゃあ、とか思いながら、ジョニ子はまた、砂の奏でる歌に耳を傾けた。

積みあがった木材の山に背を預けてこうしていると、舞う、風の一つ一つが、音色を奏でているようだった。ド・レ・ミ、ではない。ペンタトニックでもない。それは自然の区切らぬそっけないほどの味の音階。

でも、耳には心地よい。

「…♪」

細い朗々と流れる歌声で、詩もなく師もなくただ声を張って歌う。

「奈っ津子、奈っ津子、最強の子ー♪」

途中で混じってくる変な歌も、大工作業のたくましい旋律に相まって、音色を、乗りこなすにはちょうど面白い波を作ってくれている。

ジョニ子の歌には形がなかった。

いつでも流れる自然の音に、周りの音に、あわせて、その、突然な変化や、突拍子もないでたらめな合奏の間に入って歌うのが、大好きだった。

歌っていると、いつも思う。

愛(アイ)は、ここに。歌の中に。

あると思う。

音と音とをつなぐ歌、空間と空間を渡る歌、それが、目には見えない、何もない、空気だけの世界を満たしていくと、あっという間に人の心に伝わっていく。

歌は、いいにゃあ。と、ジョニ子は思っていた。

人型をしている今は、あでやかな金色の髪と、美しい長衣をくるぶしのところまで羽織っている、一人の美麗な女性であった。

音が、あれば、どこにでも行って、どこででも歌う。

それが、レンジャー連邦の猫士・ジョニ子という猫だった。

 * * *

「…で、なんで僕が駆り出されてるんだ」

炎天下の中、汗だくになりながら大八車を引いているアスカロンは、そう、ひとりごちた。

修行か。修行ならいい。だが修行といって言いくるめられていいように手伝わされるのは修行ではないような気がする。少なくとも、心の鍛錬が足りていない。ううむ。

「家を作るには、ほら、いろんなものとか入り用だし!」

の、華一郎の一言で、屋根を葺く瓦やら臼と杵やら、米俵やら、なんだかやたらに重たいものばかり固めてくくって山盛りに乗せてある大八車を引っ張り出してから、もう小一時間は立とうとしていた。

レンジャー連邦の本島は広くない。

広くない。だが。

「仮想飛行士にもできることとできないことがある気がするが……」

これで往復何度目か。本来、数tトラックで満載して運んでくるような量の資材を人、一人で牽引するには、ちと、荷が、文字通りに重過ぎる。

「あ、アスカロンさん。瓦、これで終わりでしたよ」
「…そうか」

のそのそと眠たげな、ともすれば目つきの悪いようにも見える、猫耳の青年が、空の大八車を入れ違いに運んできていた。

「あと、少しですね」
「うん、そうだな。これが終わったら、どうだい、アイユエニーで食事でも」
「いいですねえ」

にこりとその青年、猫士・にゃふにゃふが、口元をいっぱいに笑ませてうなずいた。

「じゃ、また」
「うん」

そういって、すれ違っていく。

…猫士が音を上げずに頑張っているのに、先にパイロットである僕がまいるわけにはいかないな。

ふ、と笑ってアスカロンは背すじに力を入れなおした。

腰、腰!

ぐぐっと、体全体で運ぶようにして大八車を引いていく。

この男には、行住坐臥すら、武の鍛錬であった。

 * * *

「…で、あとどれくらい掘ればいいんですか、城さーん」

暗闇の中、ヘルメットの照らす灯りだけだけが、双樹真の砂で煤けた顔を浮かび上がらせていた。

「きりきり働くにゃー!」

彼の豊かな肩の上にちんまり乗っかりながら激を飛ばす、きらきらと金色の瞳をその暗闇の中で輝かせる、雄の黒猫、夜星。

上から声が降ってくる。穴蔵の中なので、わんわんと無駄に声がこもって反響した。

「そうだねー、まあ、もうちょいってところだよー」
「さっきからそればっかじゃないですか!?」

ざっくざっくとショベルで砂を掘り出しながら、少し進んだかと思えば、とんてんかんと周りが崩れてこないように補強を入れ、そうして少しずつ拡張した地下空間の中で、汗だくになりながら双樹はため息をついた。

「ほらほらー、ため息ついてないでがんばろーよー」
「そうだにゃー!」

すっ、すっ、すっ、と、上に掘り出した砂を積んだ籠が、上にロープで引っ張りあげられていく。ごくごく、頭上でなにか喉を鳴らす音。

「あ、ずるーい!」
「名字で呼ぶのやめてくれたらわけてあげるよー」
「そんなー…じょ、じゃなかった、華一郎さーん」
「ははは冗談冗談、ちょっくらここいらで休憩でもいれようや」

ふぅ、と一息。

縄梯子を登って地上に出る。

うーん、空気が…どちらにせよ乾いてるから、あんまりおいしいとは言えなかった。

「~♪」
「あ、ジョニ子ちゃん」

下ではよく聞こえなかったが、両腕を広げ、胸を張り、おなかにきゅっと力をこめているらしい、その猫耳の美麗な女性は、今もなお、とめどなく流れる風のように、光のように、朗々と声を流して歌っていた。

ほいっ、と麦茶のボトルが投げ渡される。ごく、ごく、ごく。ぷはー!

「それにしてもなんで全部人力なんですか?
 資材とか、軍用ジープとか、トラックとか、使えばいいのに」
「秘密基地というのは手作りだからこそ楽しいんだよ、双樹くん」
「ドランジさんの家なんじゃあ…」
「そうともドランジさんと俺たちの憩いの庵だ。これが完成すれば、私立レンジャー学園ごっこも自由に出来る!」
「いつもお城の中でしてるじゃないですか…昼夜問わず」
「あれは対ソックスハンター用の罠に引っかかるので危ないからやめた」
「ミサゴさんがやたら気合入れて設置してましたよね。しかもドランジさんに見られないよう、せっせと夜中に」
「ハンターと風紀委員会の長きに渡る戦いの歴史は、そうやすやすと途絶えることはないのだろう…そもそも、そのドランジさんの先祖からしてソックスハンターだったしな」
「あー。ソックスロボ」
「イワッチとか、なぜか復活してるみたいだしなー。ソックスハンター大集合とかあったらどうしようか」
「根源種族のアラダが違う意味でまた泣きますよ」
「うーん、駄目かなあ。ソックス。どこかでアイドレス派生してきそうなんだが。風紀委員会もあることだし」
「…………」

この人はこの人で、青海さんと同じくらいへんてこなんだなあ、と、双樹は思った。伊達に青海さんから大将なんて呼ばれてるわけじゃないんだなあ。良いんだか、悪いんだか。

あ、そういえば。

「ねえ、城さん」
「なんだい」
「庵って言ってましたけど、名前はもう決まってるんですか?」
「うん。まあ、ドランジさんに直接意見を聞けたらよかったんだが、あいにく俺らが書くのはフィクションだからねえ。まあ、アイドレスそのものがフィクションではあるんだけど」

おおっと身を乗り出す。ジョニ子も、歌いながら、ふわっとこちらに視線を向けた。

「舞龍庵、かなー」
「舞踏子の舞と、ドラケンの龍ですか」
「うん。墨でどーんとよさげな木に彫って書くの。書院造だぜ!」

…華一郎さん、書院造って、こんな砂漠で、こんな作り方して作れるんですか、と、双樹は前歯の後ろまで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

まあ、フィクションだし。

なんとかなるの、かな?

「…おーい、僕にも一杯お茶をくれないかー?」
「あ、アスカロンさーん!」

 ふうと大八車を置いてこちらにやってくるアスカロンへと、手を振りながら、双樹はお弁当の包みを広げ始めた。今日はマーブルちゃんのお手製なんだよな、何が入ってるのかな?

 * * *

「…………」

頭が痛そうに、城の一角から街外れを見つめる、美しい青年が一人。

ぴょこんとその頭には猫耳が美しく翻っていた。

 * * *

「出来ちゃったよ、おい……」

どーん、と、岩を置き、樹を植え、和風の庭を縁側に備えた立派な庵が、今、彼らの目の前にはあった。

荒い、樹の板の上に、墨で描かれている闊達な字。

『舞龍庵』

一筆、どうしても願って、ドランジに書いてもらった題字だった。

砂漠を臨む街外れに、瓦葺きの庵が一軒、びょうびょうと吹きつける砂塵避けを施されて、奇妙に枯れた味を出しながら、そこに、建っていた。

中からは、早くも誰かのどたどたと転がる音。

「わーい」
「藩王!?」

がびーん!

畳の上で転がっている、蝶子がいた。その横には、ちょこんと嬉しそうに座ってる摂政の姿まである。

「い、いつの間に…」
「だって、アイドレスの中だとなかなかこんな風に寝っ転がれる場所なんてなかったし…」
「やっぱり和風はいいですよね」

奥からお盆を持ってわらわらと女性陣がやってくる。

「みなさん、お茶が入りましたよ~」
「ばりばり…」
「あ、こら、畳で爪研いじゃ駄目でしょー!
 うーん、猫士ちゃんたちはどうも物珍しいみたい」

笑って小奴が座布団に座る。

「そうですねえ…アイドレスの中だけだと、畳なんて初めてでしょうし」
「あれ、そういえばマキアートくんは?」
「お城で頭抱えてましたよー」
「ツンデレだからなあ…今更仲間に入れなくてさみしがってるんだろうなあ…」
「誰か迎えに行きました?」
「あ、さっきじにあが行ったよ」

わいわいわい。

「うーん……」

と、一人唸っているのは当の華一郎であった。

「どうしたんですか?」
「いや、ていうか、誰かつっこめよ!この異常なシチュエーションに!」
「だって」
「日本家屋も風通しがよくて涼しい家ですしねえ」
「エキゾチックだよね」
「雨戸閉めたら、意外と中に砂が入らなくて快適だしー」
「やっぱり日本人に生まれたら、畳かなあって」
「あ、私今フローリングの家ー」
「へー、ここが噂の地下室…」
「あっこら先にあけちゃいやー!?」

ぽむ、と、華一郎の肩に手を置き、アスカロンがやたらにいい笑顔をしながら言った。

「連邦のみんなの適応力を甘く見たのが敗因だったな」
「のぉーーーーーーー!!!!?
 俺の、俺の秘密基地計画がーーーー!!!!」

一人、絶叫が砂漠に木霊する。

…なお、この庵が実際にドランジ氏によって使われたかどうかは不明である。

-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年02月21日 03:02