物語を書くと言う事は答えを求めるという行為に等しい。運命に抗うなどと格好の付き易い言葉をこの間は使ったがね。
人は、常に「どうすればいいか」の答えを求めてもがいている。その答えを持つものも、少ない、とは言わない。が、その答えを、信じ続けるのは、とても疲れることなんだ。信じ続けられても、それを行い続けるのはとても疲れる。人は、一人では生きていない。心は、往きて還り、初めて心になる。どうしても、一人になる、苦しい時というのは、やってくる。それをしなくてもいい人間というのはとても恵まれているよ。人に恵まれているというのは最大の宝なんだ。それは、どんな努力よりも大切にすべき至宝だよ。あなたは一人じゃない。それだけで戦える。
それが、運命に抗うということの意味さ。
今、君の抱いている疑問はなんだろう。君が求めようとして見つけられないでいる答えはなんだろう。
答えはいつだって対話の中にしか生まれない。世界と向き合えば、そこに言葉が生まれる。この青くやわらなるつややかな葉は、そうして実ってきたものだから。
愛でてあげてくださいね、あなただけの言葉。
それでは今日も始めましょう。答えを見つける物語。
自分が、どんな答えを求めているかを知るための旅路を。
どうぞ。
* * *
アイドレス。手に触れる。私を纏う衣。
目に映るものすべてが目で感じたもの。耳や、肌では、滅多に感じられない。
感じたと錯覚させるのは脳。
電網適応。
儀式魔術。
よく、わからないし、多分、能書きはいらない。
感じるままに泳げたかどうかが、いつだって大事な気がしていた。
果ても知らない世界の中で、あてどなく運命に翻弄される。
ゲーム。
宇宙があって、世界があって、そこにたくさんの人がいて、争いあって、殺しあって、当たり前のように現実がある。
仮想するのは誰だろう。当たり前だね。仮想でも、現実は現実なんだ。だから、そこは、僕らの知る世界とよく似ている。僕らの知る世界と、よく似た言葉で、形作れる。
はぁ…。
吐息が漏れる。
指先が冷たい。
ここがまだ、どこか手さぐり。
くるくる、思い出の中で振り返る。初めて本を読んだ時の気持ちに似ているかもしれない。お母さんに本を読んで聞かしてもらっていた頃の、名もない自分の意識の頃に。
懐かしいなあ。あの本は、どこへいったんだろう。まだ、あるのかな。捨てられちゃって、溶かされちゃったかな。燃やされちゃったかな。流されちゃったかな。
言葉という、たった一つの入口で、僕らは違う世界に飛び込んだ。
いつからだろう。
言葉を、入口だと思わなくなったのは。
自分の手足のように感じていたのは。
言葉に入らなければ、言葉は書けない、聞けない、聞こえない。
とんとん。ノック。きいっと蝶番が軋む音。
どんな扉を想像するだろう。僕は木製の焦げ茶色したレバー式のドアノブつきの奴を想像する。ひょっとしたら、扉じゃなくて、窓や、洞穴や、ゲートやアーチ、滑り台のてっぺんに見えている人もいるかもしれないね。
ここが始まり。
ぷるんと粘度の高い、でも、決して肌にはさらさらとしてくっつかない、ゼリーかゼラチン質に身を沈めているみたいな気分。
ここはまだ、入口の始まり。いつもは気付かず通り抜けていた感触を、じっくりと、思い出しながら抜けている。
次に感じるのは温度。
あたたかい、つめたい、すずしい、あつい、そういう温度の感じ方ではなく、ただ、気持ちいいか、そうでないか、その二つだけの気温。
心が感じる世界の温度。
ぱつんとジェリーから手を出してのばす。感じる。
気持ちいい世界がいいな。気持ちいい世界にしよう。気持ちいい世界ってなんだろう。気持ちいいってなんだろう。
手が、んっとのばされたり、きゅと考え込むように握られたり、おずおずと、広げて世界をいろいろ感じようとしたり、指の腹に意識が集まったり、ぎゅる、ぎゅる、手首を回して、腕の腹、裏、表、自分の腕がどう動くのか、改めて確かめて感じてみたり、手の演技。
自分がそこにいると思わなければ、わからなければ、わからないことはいっぱいあるし、わからないことも、いっぱいある。
心に姿を与える。心が動いたということは、姿が動いたということ。他人に触れたかどうかわからなければ、それは心がそこに入っていないだけということ。
心のありかたが人それぞれなんてうそだ。
心は、感じたようにしか、存在なんてできない。自分の心のことしか誰だってわからない。だから、そんないいわけをして、自分の心と向き合おうとしなければ、いつだって誰の心もわかりゃしない。
ちゃぷちゃぷ泳ぐ。
気持ちいい世界は、少なくとも、感じたことが、はっきりとはわからない世界なんかじゃないってことだけは、ここまで確かめてみて、わかった。
じゃあ、次は、なんだろう。
焦らない。
いっぱいあるね。
焦らない。
一つ一つ、見てみたいものを手にとって飽くまで眺めてみる。愛でてみる。すべすべ、ぷにぷに、ふにふに、がぶり。
耳をあててもいいし、唇でさわってもいい、心臓や脇の下にあてて、違う温度で感じてみてもいい。とにかくさわってみる。いろいろなところで、感じてみる。
そうか、と思う。
深いところまでわかるのが望む世界なのか、と思う。
わからないのは、わからないから、わからないし、わからない。わからないものなんて、わかりたくないから、わかれない。それじゃいつまでたってもどうしようもない。
わかりたいんだな、と、単純に思う。
自分がいて、世界がある。
対話の形。
たったそれだけのすべて。
アイドレスってなんだろう。
アイドレスってなんだろう。
イントネーションを変えてみる。
唇に言葉を乗せてみる。
フ、と吹けば、なんにも感じることなく吹っ飛んでいってしまうようなちっぽけな言葉。ただ一文にも満たないみじかな言葉。
音が、満ちる。
喉が震える。
体に広がる。
脳がしびれる。
ちゃんと、心が感じている。だから体が感じている。
普段は何も感じないで感じたつもりでいる言葉。
丁寧に、丁寧に、拾い上げてみる。
アイドレス。
I_Dress.
見て、感じた以上のことはわからない。
見て、感じる以上のことはわからない。
仲間がいて、みんな分かれて、集まって。
そこで生活するために生活する。
泳ぐ。ちゃぷ、ちゃぷ。
生活するのは楽しいだろうか。生活しないよりは楽しいだろうな。生きるのって楽しいですか?生きるのって楽しいですね。生きるのってどうですか?生きるのってどうだろう。
わからねえよ。
そういうこと。
いつだってたゆたってる。それは気持ちいいだろうか。それは必ずしも気持ちいいとは思わない。
気持ちいいかどうかだけで世界を判断していいのだろうか。動物化するポストモダンなんて話もあったっけ。気持ちいいことだけつなげて生きていけたらなんて許されないと、どこかの昔が昔の昔に言ってた気がする。
じゃ、気持ちいいの、きらいですか?
俺は好きです。
そういうことなんだと思う。
居心地のいい居場所を作るためのゲーム。
居心地のいい居場所を守るためのゲーム。
居心地のいいと、思える世界を作るためのゲーム。
居心地のいいと、思える未来を作るためのゲーム。
アイドレス。
まあ、進んで居心地悪いところに行こうとしたり、作ろうとしたりする人はいないもんね。
それは望んで進むから居心地がいいんだ。臨んで進むから居心地がいいんだ。心が望めば世界に臨む。望む世界を臨むため。だからそれは、居心地がいい。
あんまり難しいことを考えていない。難しいことを考えても、難しいだけで、難しくなんてならないから。難しいことを考えれば難しいことができるなんていうのは錯覚でうそだ。難しいことも簡単なことも、ただ考えなければ、それはうそだ。
心に聞くこと。世界と対話すること。これまで自分が育ってきて、見聞きしてきた世界と対話すること。
当然違う。みんな違う。誰もがばらばら。同じ世界なんてひとっつもない。だから、考えが違ってていいし、考えが違うことを、認めても、認めなくてもいい。
どうでもいい。
人が何を考えているのかを考えるのはばかばかしい。その人がどういう人なのかを考えるのはとてもいい。
自分の中に、世界が増える。ワンクッション置いたらどうせなにもわからなくなるんだから、ただ、目の前にあることだけを考えればいい。
目の前は、世界だ。
心が置いた世界。
心が向いた世界。
いつの間にか全身が漂っている。こぽり、気泡が口から漏れて、水面に上がる。
上だろうか。下だろうか。右だろうか。左だろうか。それとも、中だろうか。外だろうか。どちらが、水面だろうか。
自分がどんな格好をして、どこを向いているかはまだわからない。
一つ一つ、世界が目の前にやってくる。ワンクッション置いたものじゃない。ワンクッションを飛び越えたもの。
別に理屈じゃないんだから、それの構造がどうなっているかなんて考えなくていい。自分が今何と向き合っているのか、それだけわかれば、それでいい。
そうすれば、構造上の向こうだろうが彼岸だろうが、どこだって目の前にすることが出来る。それが心のあるということ。それが心の向き合うということ。
向き合ってみた。
まだ、周りを包む透明な膜があるように感じられる。丸い丸。丸い膜。透明な。
破ってみたい。破ってもいいのだろうか。
思う。
アイドレスってなんだろう。
みんなといること。
それだけだと思う。
みんなといると、心が動く。あっちこっちを振り向いてるうち、たまーにどこを向いているのか、どうしてそっちを向いているのか、筋を違えたみたいによくわからなくなったりすることもあるみたいだけど、でも、みんなといっしょにいる。
それだけのこと。
物語がある。うねってやってくる。それに立ち向かう。
いつものこと。
生きてるということ。
それだけのこと。
根っこはどれも同じなんだなあ。思う。
わざわざそんな根っこから確かめなくても。思う。
ううん。確かめておくのは、大事。
確かめないと、確かじゃない。確かじゃないと、確かでいられない。あいまい。あやふや。崩れていく。
自分がゼリーか、ゼリーが世界か、わからなくなる。
90年代だなあと思う。わからない人はわからなくてもいいや。わかる人だけわかればいいや。それに多分90年代じゃなくったっていつだってそういうことは考えられて感じられて考えられてきたんだろうから、やっぱりわからなくったって、わかったって、どっちにしても問題はないや。
自分を確かめるために向き合うのですか。それだけの理由で向き合うのですか。それっぽっちで向き合うのですか。
そんなことのために。
うん、と僕は頷く。
出来ないことがあれば出来るようにしたいのは当たり前だと思う。出来るようにしたいことをがんばるのは当たり前だと思う。出来ないといやなことを出来るようにしたいと思うのも、当たり前だと思う。
出来てる人だけ無視して進めばいい。そんなもの、出来なくてもいいと思う人だけ諦めればいい。あなたはあなたです、僕は僕です。いっしょにしないでください。
うーん。透明な膜がなかなか破れない。
どんどん内側から叩いてるのだけど、弾力性があって破かれない。
手を、触れてみる。
アイドレスってなんだろう。
息を、止めてみる。
体の境界線がとけて感じられる。
はあ、と、息の塊が零れ出る。
少し、力が抜ける。
ただ生きて死ぬだけでいいと思う。でもただ生きて死ぬだけの間に、どうせなら楽しく生きたいと思う。どうせ楽しくなんて生きられないと、楽しく生きようとして何度も何度も何度も何度も裏切られた、ら、それでも、やっぱり、諦めて生きて死ぬよりは、楽しく生きて死ぬほうが、楽しいように思える。
何のために生まれて何をして喜ぶ。
生まれてきて、ずっと、死にたいと思ってるなら、でも、それでも、生きてるっていうんだから。
しょうがないよな、人生。と、思う。
笑ってそれを言えるかどうかが多分一番大きな分岐点なんだと思う。妥協点なんだろうか。発見点なのかもしれない。到達点だったりするんだろう。きっと。
で、アイドレスってなんだろう。
両足で立つ。
どこに立ってるかわからないけど、とりあえず、立つ。
生きる土台だけ据えたので、とりあえずそこの上に立ってくるくると回りながら世界を漂う。
どうやら物語世界らしい。どうやらゲーム世界らしい。物語で、ゲームだから、読まなければ進まないし、やっていればいつかはクリアがあるらしい。読み終わらなくてもクリアしなくても物語もゲームも終わることは出来るけど、終わりが気になってるから、ここにいる…の、かな?
それは面白いということなんだと思う。
四則演算ではないから面白いが50あったってつまらないが120湧いてこないとは限らないし、つまらないが2000あろうが1の面白さも消えたりしない。
ぺたぺたと、足元を触る。地面だ。
感じながら世界を作る。感じながら世界を作ることで知っていく。感じながら世界を作ることで知っていくうちにわかっていく。感じながら世界を作ることで知っていくうちにわかっていくのは、この世界がなんなのか、だ。
すなわち。
アイドレスってなんだろう。
リューンで出来てるんだかなんだか知らないけれど、リューンで出来てるんなら、きっと出来ているのはリューンでなんだろう。
だから、世界を作っているのはリューン。
ぱん!と手を叩く。光の粒子が散る。青い、妖精の粉みたいな光の散り方。
世界はリューンだ。
ぱん!と手を叩く。音波がリューンに波形を与えて世界を揺らす。
これが、音か。
ぱん!と手を叩く。叩いてそのまま離さない。手を広げれば、そこにはほら、一本の小さな木の芽が。
これがイグドラシル。
そっと地面に植えてやる。途端に根を張りそれは巨大に膨れ上がり、天高く、雲の向こうまでその梢を隠していった。あまりにも太く巨大なその幹は、目にしても、それが何かわからない。それが何か、わからなくなってしまった。
わからないから、そこにはない。
樹は目の前から消えた。ただ、根を張られた大地だけが残り、貫かれた大空と雲と光だけが残り、そうしてそこに、世界が育った。
歩いてみる。何でできているかもわからないへんてこな大地。何があるかもわからないへんてこな未知。
輝く光の壁がある。ちょうど、ドアぐらいのサイズの壁だ。というか、ドアなんじゃないだろうかと思うような、光の壁だ。
壁の、前と後ろを見比べて見る。何も変わらない。前と後ろにそれぞれ広がる風景を見比べてみる。何も変わらない。
光に、飛び込んでみた。
さあっと髪の毛が銀色を帯びる。肌が、濃くなる。装いが、姿を現わした。
世界はそれだけで砂と風と、そのような大地になっていた。
ここはどこだろう。
アイドレスに興味を持つ。
相変わらず、風景は変わったけど、変わらない風景ばかりが広がっている。どこへ行っても変わらないのだろうか。
さく、さく、さく。素足を砂で焼かないよう、サンダルを履いた足で歩いていく。どこかへ行きたい。
穴がある。
黒い、黒い、渦のような穴。人、一人がすとんと落ちていけそうな黒い穴。
足元に見つけたそれをじっと見る。なんで黒いんだろう。何にも見えない。
とりあえず、不気味だったのでまたいで通った。
迷子の穴かな。こわいなー。
突然、思い出す。
同時に世界が瞬時に再生する。
そうか、ここは。
* * *
いつだって、自分が誰であるかは思い出すしかない。かつて自分が誰であったかを思い出すしかない。今、自分が誰であるかは、それは誰にもわからない。
今は昔の延長線上なんかじゃない。
今は、
……
変わり続けた、その、結果でしかない。変わり続けた結果の最新であって、最先端ではない。先なんかどこにもない。
だから、いつだって、自分が誰であるかは思い出すしかないんだ。
俺でも僕でも私でも、誰でもいい。肌は白くても髪は黒くても土は苔むしていてもなんでもいい。
ここまでたどってきた道のりが教えてる。
ここは電網適応アイドレス。
ようこそ、そして。
…そして。
―その続きに言葉はなかった。
広がるのは、ただ、世界であった。
あなたはただ立っている。
* * *
Congratulations!!
This is the end of the world in your mind.
Welcome to Epilogue of Prologue.
- The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年02月21日 03:03