「6口か7口か、まあ、多い少ないといっても、せいぜいがこの程度の増減さ。だから騙されてはいけないよ。誰がなんといおうが、我等は共に和す誇りある猫にして、これはアラダを打ち倒すための騎士団を結成する戦いなのだから、陰謀も、欲も、別に渦巻いてなんかいやしないさ。
覚えておきなさい、生徒諸君。人は誇張にすぐ踊らされる。踊らされただけなのに、それでもうすっかり訳知り顔をして安心したがる。それは屈服だよ。諦めですらない。我等が信じるのはこの青き旗、にゃんにゃん共和国。仲間を信じなさい。信じてから、裏切られた時、初めて疑いなさい。
常に前に立ちなさい。背後に回ってはいけない。裏をとろう、裏をかこうとしてはいけない。我等は車座にて共に手をつなぎあうのがもっとも強い国家なのだ。そう、猫は、丸くなって、初めてその真価が発揮されるというものなのだよ。
慈悲を持ちなさい、慈悲は唇より出でれば腐れ落ち、皮膚より向こうに溢れれば傲慢となる。慈悲を持ちなさい、生徒諸君。それは心にて許すことを言うのです。許しは相手が伏して請うた時に与えるものではありません。それは既に終わったことを示すために為すことです。慈悲とは、相手の意を汲んでやることです。語り合おうとする前の大事な心の体勢作りのことを言うのです。
己を出せば傲慢となる、己を出さねば怯懦にて怠惰。慈悲とは勇気の対にて伴侶。人の前に立つ勇気を持ちなさい。信じることは、勇気です。いつまでも後ろに隠れていてはひなどりのままで、いつまでもななめに構えていては子供のまま。人の前に立とう。口やかましいし、そんなものはお前だけの信条にしておけと言う向きもあるだろうが、私があなたに教えられるのは、これだけです。人の前に立つということがどういうことかわからなければ、真正面に立つことだけを、常に考えなさい。簡単なことです、難しく考える必要もないほどに簡単です。相手の目を見て話せるかどうか、相手の目を見て話すことを想像できるかどうか、それだけです。
…さあ、今日の授業もそろそろおしまいだね、出席票を前に回してください。少し小話が長くなってしまった、来週は建国時におけるイグドラシル選択の話の続きからやろう。それから、そろそろ発表を始めるから、各班は草稿を研究室の下に挟んでおいて。以上、おつかれ、かいさーん!」
* * *
からんからーん…
黒板の横に垂れ下がっているひもを引いて、授業の終了を告げるベルが鳴った。どやどやとかばんの中に筆記用具をしまい立ち上がる、どっと弛緩した、雑談、のび、あくびの入り混じった喧騒が巻き起こる。
「発表、ねえ…」
ここはレンジャー連邦国立大学、法学科、護民官学2Aの教室。
「予定通り南国人のイグドラシル研究でいいんじゃないですか?」
気乗りのしなさそうに、教室真ん中ややうしろらへんに並んで座っていた二人が、机の上にノートを広げたまま、立ち上がりもせず話し合っていた。周りはどんどん消えていくが、彼らと同じように、今日これからの予定を話し合ったり、発表についての確認を短くやっておいたりと、ぐずぐず教室に残っているものたちも、少なくはなかった。
「馬っ鹿、そんなのマジメにやってられるかよ。これまでさんざんまとめておいたろ。そんなのより今は旬があるだろう」
「旬?」
どうやら先輩と後輩らしい間柄の彼らは、ようやっと片付けを始めながら、立ち上がる。
先輩風の青年が、にやりと笑った。
「展覧会巡りさ」
* * *
大学からほど近いところにある王城前では、表通りに特設会場が開かれていた。昨夜などは会場となっている表通り全体がすごい人ごみでごった返していたのだが、さすがに平日昼間ともなればそれも大分収まっていたが、それにしても、会場への人の出入りはまだ大変なものがあった。
その顔ぶれも、普段は見かけない北の職人街から来ているような、熟練工から、やはりこれも北の都から来たのだろう、学生達の顔ぶれが、随分と目立っていた。
ちなみに、何故彼らがそれを判別できたかといえば、たまたま彼らが先日それらの人々のいるど真ん中を取材して歩いてきたからであった。
「へえー…」
会場内は、ずらりと制服が展示され、それぞれの国の展示ごとに、華やかにショーアップされていた。
「な? 来てよかったろ。
文章ばっか書いてても立派な文族にはなれないもんだ。もっといろいろ見て回って見識を深めないとな」
「いや…それにしてもいいですよ、これ。国内じゃ、レンジャー派の作品ばかりですからね。うわー、わんわんのデザインまである!! これ、いいのかなあ?」
「さあ、別に国交を持とうってわけじゃないんだし、それくらいのことでいちいち文句いったりしないだろ。第一俺らみたいによく見てないと、普通気付かないぜ」
しげしげと物珍しそうにしている後輩をさておき、制服を着ているモデルを食い入るように見ながらそう答える。うーん、中身があるのとないのじゃ、やはり違うな。
「あ、こっちで投票受け付けてますよ」
見れば、出口付近で投票用紙を配っているらしいキャンペーンガール…?の、姿がある。疑問系なのは、女性にしては体格もよすぎるし、喉仏も出ていたからだ。
「おねがいしまーす…くそう、なんで俺がこんな羽目に。恨むぜ双樹くん」
配りながらぼやいている。
「なんかの罰ゲームかな」
「なんにしても目に毒ですね。スイカに塩の原理かも」
「ああ」
なるほど、と手を打つ。
そんな光景はさておき、特設会場はかなり広く、
ドランジ歓迎祭の式典やパレードもかくやという規模になっている。会場内のあちこちで屋台や喫茶店も開かれており、大層立派な仕立てだった。
一つの国の展示に、それぞれモデルが歩くステージがあり、これを機にとばかり、各国の紹介や案内までしているものだから、賑やかこの上ない、国内のイベントにはない、ならではのごった煮感があった。
「いよいよ小笠原上陸かー…アイドレス国内から出発となると、さすがに緊張するなあ。文族の描写のルールとかもやっぱり相当変わってくるのかな、第五世界と第七世界だし」
「さーねえー…そもそもなんで学校なのかな」
「ちょうどいいじゃないですか、俺ら学生だし」
「あ、それで学生なのか」
「?」
などと謎な会話も交わしつつ、2人は場内を練り歩いていく。
どの制服も、一工夫、二工夫しているものから、あえてオーソドックスで攻めているもの、あるいは着ているモデルが抜群にかわいいかっこいいものなど、見ている限りでは到底甲乙などつけがたい様相を呈している。実際、謎のキャンペーンガールもどきから投票用紙を手渡された人たちは、目にした人物の姿の怪奇さだけではなく、そのことでも悩んで足が止まっているようだった。
その展示数、実に100以上。朝の会場から来て、ずっとここにいるらしい、専門の方たちなどもいて、この催しの注目度がよくわかろうというものだ。
2人もまた、興味のおもむくままに会場を回っていた。
「あ、あれカジュアルでいいですね。どこでも着られそう」
「小笠原って南国だろ? 移住する分には鍋の国あたりが都合よさそうだよな」
「もう先遣隊出してるみたいですよ…うわー! これすげー! なんだこれ!?」
「凝ってるなー…はてない国、どこの地方だろ。わんわんかな?」
「民族衣装っぽさもあっていいですよねー。あ、鍋といえば」
「おお、さっき見たあれな。ステージでっけえの!さすが大国は違うよなあ。デザインも洒落てるし」
「あ、俺この制服がいいなあ」
「それモデルが可愛いだけだろ、何騙されてんだよ」
「ちぇー、先輩だってさっきベルト付きの緑の制服の子見てたじゃないですか」
「おう、ありゃーかわいかった。だがかわいさだけじゃないぞ、制服との調和やデザイン性もちゃんと考慮して評価してるんだからな、俺は」
「俺だってそうですよー…ほら、あれなんかいい!」
「スマートだなー。ん、あれ、瀧川くんじゃね? ACEユニットの」
「あ、ほんとだ…白、似合うなあー」
「そういやあうちの国はどこでやってるんだろうな」
「あっちですよ、あっち!
ほら、フィクショノートの人たちがドランジさんと一緒にトークショーやってる!」
「さすが地元」
「他の国でもおんなじ風にやってるんですかねー」
「さー、どうだろうなー。一応今は渡航できるけど、まだちょっとどこもばたばたしてるから、そんな雰囲気じゃないしなー」
「俺、緑の服好きみたいです。あれもいいなあ、ほら、あの、ピーターパンみたいなの」
「ああ、でもそりゃ制服としてどうだ?」
「うーん、みんな着るものですもんねえ…その点でいくと、よけ藩国さんのあの三つなんかちょうどいい感じに標準的ですよね。うわー、あれ、デザイン性も高いなあ」
「夏場だから色があんまり濃いと暑くならね?」
「あ、そっか…」
「ほら、やっぱりアルトピャーノのこれみたいに機能性が高いのが一番だろ」
試着いかがですかー、などとにこやかに係りの人が勧めてくる。他のものもまだ見て回りたかったので、体の前に置いて似合うかどうかだけ確かめて、2人はまたその場をあとにした。
「夏っぽい青さがよかったな、あれ」
「体も動かしやすそうにラインが入ってましたしねえ」
「シンプルイズベストってことなのかな、結局」
「さあ…でも、それを言ったら大分候補が絞られてきちゃうじゃないですか」
「元々そのために投票してるんだろ。お前だって実際に着るかもしれないんだから、着るのめんどくさそうだったり、自分の趣味じゃなかったりしたらヤだろ」
「そりゃ、そうですけど…ううん、難しいなあ…」
「ぽんぽん切っちゃえばいいんだよ。あーこれだから文族志望は優柔不断でいかん。その癖頑固でこだわりばっかり深いし」
「わ、その言い方はないじゃないですかー!
だいたいね、先輩だってね、モデルがかわいいところばっかり見すぎですよ! 独断と偏見に過ぎるじゃないですか! それでも法官志願なんですかー?」
「多様な主観と確かな客観が司法には求められるのだよ。うむ、見ろ、あの制服。法律っぽいだろ」
「ただデザイン性と機能性が両立されてるだけじゃないですか…あ、でも確かにあれもいいなあ。色がうまくあしらってあって。ね、海と白と黄色って、いい組み合わせですよね」
「その両立こそが司法に求められる観点の両立と重なるのだ」
「うわーこじつけくせー…」
さすがに喋りっぱなしで乾いた空気の中を歩くわけにもいかず、2人はここで一旦会場内の喫茶店の出店に腰を落ち着けた。
「コーラ一つ」
「ミルクティーお願いします」
はーい、と、藩国デザインの制服姿で給仕しているウェイトレスさんが愛想よく応じる。へそだしが、チャーミングだ。
喋りながら見て回ったせいだろう、まだ、会場の半分も見て回っていないのに、昼過ぎに来たはずだったのだが、少し、日差しの色が濃くなっていた。
小腹が空いたなあと思い、追加オーダーを入れる。
「それにしても大きな催しですねえ…天領の援助でも出てるのかな」
「共和国議会が財政の建て直しにかかってるって噂だからな、今回の小笠原投錨も大方そのクチなんだろうよ。一大イベントにして、イグドラシルにたっぷり栄養をやろうって寸法なのさ」
「イベント経過数量による、イグドラシル育成理論、ですか」
「そもそもイグドラシルの苗ってどこから来てるんだろうな。そうほいほいと植林植樹できるようなもんでもないだろ」
「るしにゃんやジェントル、よけ藩国さん待ちですかねえ…あ、世界忍者さんとこもか」
「星見司の塔、建てるって噂だぜ、よけ藩国」
「やっぱり藩王落ちたりとはいえど、伊達ではない、ってことですか。あ、そういえばACEユニットからは消えるのかな、どうなんだろう?」
「さーねー…とにかくあっしらにゃあ関わりのねえことでござんすから」
おまたせしましたー。
イベント価格ということを知らない、連邦の良心的な出店が出す、本格ドネル・ケバブにかぶりつきながら2人は会話を再開した。
「…これ食い終わったら、どこらへん見て回る」
「トークショー見ていきません? せっかくデザインした技族の方がじきじきに来てくれてるんですし」
「おう、じゃあそうすっか」
もく、もく、もく。舌鼓。
「…うめえな」
「量も良心的ですよね」
「でも、ケバブにミルクティーって、合うかぁー?」
「合いますよ。紅茶なめてるんですか。甘ったるいもの飲んでる人に言われたくないですよ」
「馬鹿、お前、暑いところといえばコーラなんだよ。汗の出方がハンパじゃねえんだから、ほんと。糖分一緒に毎回補給してねえと頭フラットアウトするんだって、マジ」
「お茶に砂糖とかでもいいじゃないですか」
「炭酸のゲップは鉱山労働者が肺に入った毒気を少しでも抜くためにだな」
「なんで急にトリビアですか」
「コーラいいじゃん、コ~ラ~」
「くねくねしないでくださいよ気色悪い!…うーん、どの制服になるんでしょうねえ…」
「さー、なあ…」
けぷ。
食べ終えて、人心地つくまで、小休憩。
「元々新たな土地に馴染むための企画だしな。現地の人にそんなに奇異に思われない、普通っぽいが通ると思うぜ、結局は」
「でも、それだとデザイン賞とかなくていいんですかね。すごいのあったじゃないですか、単体で見るだけなら。えーと…FVB? わんわんかな、とにかく、あのデザインなんか、現地に馴染むったら抜群だと思いましたよ、帽子含めて機能性もよかったし」
「おしりがかわいかったよな、変にえろすぎたりしないで」
「どこ見てるんですか!?」
「冗談だよ。あれは確かによかった。でも、制服っていうと、みんなが着るものだろ。みんなに似合う、普遍性っつーのかな、そういうのがないとな、どうしてもな。その点で言うなら組み合わせだけはぴか一だったのがあったろう、あれなんか文句ないと思うぜ」
「ナニワさんとこの?
あそこはさすがですよね、通販といい、モンタくんといい、企画力がずばぬけてるというか」
「うひょー俺もモンタくんしてもらいてー!」
「テンション高っ!? しかも急にだしっ!!」
「よくつっこむなあ。疲れない?」
「疲れます。てか喉乾く…すいませーん、おかわりお願いします」
「こっちもねー」
はーい。
ぺこりと笑顔で会釈するウェイトレスに、2人揃って笑顔で手を振る。そして、にらみあう。
「人のこと言うわりにはなんだよな、お前」
「一緒にしないでください、ただの愛想です」
「つめてー! おねえさーん、この人つめたいでーす!」
「こんなところで大声出さないでください恥ずかしい!」
「いいじゃんいいじゃんー」
「恥ずかしい人だなあ…はー…」
午後が、ゆっくりと過ぎていく。
* * *
夜の帰り道。2人の足取りとは逆流するように人々が続々と押し寄せてくるのをすりぬけて、彼らはぷらぷらと家のある街外れに向かって歩いていた。
「結局、先輩はどれに投票したんですか?」
「当選した奴にだよ」
「もー…」
はあ、とため息をつく後輩。自分が投票したのは、とても一般受けしそうにはなかったが、好きだからいいやと思っていた。愛こそすべて、愛ゆえに。我等誇りあるレンジャー連邦国民なり。なんちゃって。
そんなことを一人考えていると、急に声をかけられた。
「おう、そういえばよ」
「はい、なんですか?」
振り返って見た先輩の顔がまたにやりと笑っていたので、ああ、どうせまたろくでもないことを考えているのだろうなと思いながら、聞き返す。
「一つ、いい奴があったよな」
「はあ?」
意味不明な言い回しに思わず声が裏返った。
「こう・・・ぱっつん!ってなる奴。ありゃーよかったなあ、ああいうの、確か他にもあったろう」
「ああ、ゴム入りの奴ですか。水着型の…」
びし。指差す。
ぎょ。指差される。
「次回は海だ」
「っ、マジでーーーーーー!!!!?」
木霊する悲鳴。
「だってせっかく小笠原行くのに泳がない理由がないだろ」
「ここでも泳げるじゃないですか、いつでも!」
「いい水着があって、いい海があって、それが未知のものなら、泳がなきゃあうそってもんだろう。なあ?」
「ううう、悪夢だ……」
俺、泳げないのに、と、頭を抱えてしゃがみこむ。かかか!と先輩の笑い声が夜空に響いた。
「安心しろー俺も泳げねえ!
だから死ぬ時は一緒だ!」
「なおさらたち悪いですよ!?」
「立ち向かう勇気を持ちなさい」
「ぜってーそれ違うし」
「大丈夫、俺の心には慈悲がある。腐った奴」
「自分で言っちゃってるし!?」
「泳ごうよぉ~」
「はー…もう、しょうがないなあ…」
どうせこの人、俺が一緒にいかないと機嫌悪くしてすねるし。
「はいはい、わかりましたよ」
「ほんと!? うっひょー、お前好き!!」
「俺は嫌いです」
「根暗だよなお前って」
「ほっといてください!」
やりとりを、吸い込みながら、夜は深まっていく。
雑踏からはまだ、当分逃れられそうになかった…。
- The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年02月24日 19:07