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目と脳とが直結している。いや、ほんとにしているかどうかは別として、そんな気分だった。頭がごわんごわんする。ぼわんぼわんでもいい。とにかく、今にも世界が回りだしそうだった。いや、回りだしそうなのは私の頭の中だったのかもしれない。際限と、あてどない、この、行為に、早くも私の意識が焼けつき始めたのは、どうやら間違いないらしい。

「うー…」

苦し紛れにうめき声を漏らす。

部分部分では起伏の乏しいものの、トータルで見ると、意外とアップダウンのあなどれないこの地形も、体力を奪う一因かもしれなかった。

普段、何の気もなしに街道を行きすがら、ぼんやりと天気や陽炎と一緒に見てきた砂漠だったが、こうして少しずつ、舐め回すようにその只中を確かめながら行くのでは、文字通りに天と地の差があった。日はまだ高い。

 * * *

そもそも事の始まりは大学に一人の舞踏子が来たことにあった。その舞踏子は、訓練所で今か今かと今日の課題を待ちわびている彼女たちに対して、意地悪く笑いながら、言った。

「砂漠のバラを探してきなさい、できなければ失格」

一瞬でその場は騒然となった。

砂漠のバラとは、文字通り砂漠に見られる重晶石や石膏の綺麗な塊であり、かつてオアシスがあったところに見られる、一種の宝石であった。

重晶石や石膏自体は鉱脈から掘り出せば済む話で、それも優秀な資源鉱脈の乏しい共和国内においては、わざわざそんな形で探すようなものではない。藩国内の需要がないわけでもないのだが、それよりは、その希少な形状をこそ貴んで特産物とする方が圧倒的に多かった。

当然レンジャー連邦では、それを専門に掘り出して商売にしているハンターたちがおり、当然かつてのオアシスがあったとよく知られている地域に、砂漠のバラはほとんど残っていない。自然、小さな湧水の痕跡だけを頼りに探し出すことになる。これが専門のハンターたちでも難しく、いまや砂漠のバラを求めるには、危険を顧みずLOVE諸島を巡った方がまだマシだというのがもっぱらの定説になっていた。

「で、でも、教官! そんな」
「ヒントも何もなしにどうやって、かな?」

当然の抗議は、立てられた指一本で途中の言葉ごと奪い去られた。舞踏子の、未来予知である。

「それぐらいできなきゃ、ベテランとされる舞踏子になんて到底なれないの。さあ、つべこべ言わずにとっとと散る!
 期限は明日の日没まで、とってこれなかったら選抜失格、もう一度最初からやりなおし!」

 * * *

「くっそー、やらせることがめちゃくちゃだよ。藩国一周とかならまだしも…」

レンジャー連邦は、西国で、ここは昼の砂漠の真っ只中。暑くないわけがなかったけれど、そこはただの学生とは違って、既に正規のパイロット資格を取った身、それしきのことではへこたれなかった。というか、へこたれるわけにはいかないもん。

連邦では舞踏子はベテランパイロットの女性だけが取れる資格であり、その認定には独自の制服まで用意されている通りに、厳しい訓練をくぐりぬけてきていることが要求される。こと、それがアイドレス世界の住民である私たちのレベルでは、仮想飛行士のように、着替えようと思ってほいほいなれるものではないのだ。

かくいう私もここまで東都大学で演習と専門課程をくぐりぬけ、やっとここまでたどり着いてきている。既に、アメショーに乗るだけなら、部分的には許されてすらいる。

それなのに…

「あ・の、フィクショノートぉおお!!」

誰だか名前は知らないけれど、よくもこんな無茶な課題出して!

しかも、失敗したら即失格?

ここまで必死にやってきた私たちの苦労を平気で踏みにじって楽しんでるな、畜生。

ざすっ!

ざす、ざす!!

腹いせに砂丘を蹴飛ばす。

伯爵領であるとはいえその半分以上が人の住まない諸島や海によって形成されているレンジャー連邦の中心地は、そう広くはない。それでも、てのひら大ほどの砂に埋もれた石を探し出すには、充分すぎるほどに、広かった。

幸い期限までにはまだあと丸1日以上ある。早々に見つけてぎゃふんと言わせてやるんだから!

…それにしても、見つからない。砂漠のバラを見つけるにはまずオアシスの痕跡を見つけなければならないのだけど、それが見つからない。そもそも四方を海に囲まれているレンジャー連邦の領土内に、純粋な湧水が出てきているケースの方が少ない。くそ、ほとんどの湧水の痕跡は、汽水のものばかりだ。

「あっ!」

走り出して、ひざまずいて、懸命に砂を手で掻き出してみる。

…ない。

手袋をしていても指先が痛くなるほど掘っても、砂漠のバラは、その顔を現わしてはくれなかった。

今のでまたどれくらい時間が経ったろう? 少なくとも、汗だくになるくらい、掘り続けていた。

ぱん、ぱん。手袋から砂を払い、立ち上がって、また、歩き出す。

くじけるもんか、やっとここまで来たんだ。

私は舞踏子になってやる。

 * * *

夜になった。

砂漠の夜はとても寒い。日中は砂避けのためだったマントをきつく体に巻きつけて、おなかも丸出しにしないよう、しっかり保温につとめて作業を続ける。

そう広くない島内でのことなので、街道を行き交う灯りや、近くの都の街灯りが見えてこないわけでもなく、足元を照らすランタンの灯が届かないところでも、まるきり見えないわけではないというのが、ありがたかった。

はむ、もぐ、もぐ、ごくん。携行食の干し肉の炙ったのと、握り飯を手早く片付け、途中立ち寄ったオアシスで補給しておいた水を飲む。

「……」

本島の外での行軍訓練やサバイバル訓練も受けているので、これくらいのことではへこたれないはずなのに、足元の砂を必死に探りながら、ふと、遠くの街灯りを振り返ると、気力が削がれてゆくのを感じた。

こんなところで何をやってるんだろうというむなしさと、さみしさと、そういうものが、どうやら街灯りが見えるせいで、格段に増して感じられているみたいだった。

私はこんなに弱かっただろうか。

じ…と、ランタンを持つ手を見つめて確かめる。古びた白い手袋。もはやそれは古びて傷だらけで白とは到底呼べない色に染まった、白い手袋。

一歩一歩、歩いては、ランタンの灯りで照らし出して、進んでいく。

砂だらけになった顔を拭ってまた砂丘を蹴った。

静かな砂漠の夜に、それはぼすっとだけ鈍く響いて、それきりだった。

 * * *

深夜。

街道に人通りも完全になくなって、街の灯りもその大半が消えてしまい、自分で照らす領域だけが、視界。

ただ行軍するだけなら充分夜目も効くので(パイロットは視力も良くなくちゃ!)、こんな道なき道、へでもないのだけど、一つ一つ、ほんの小さな湧き水の痕跡がないかどうか、確かめては進んでいると、一向に進んだ気がしない。

「!」

は、と、よぎった光を目で追うために顔を上げる。

そこには同じようにして、互いにランタンの光を向け合う、候補生の仲間が立っていた。

 * * *

「こっちは駄目、様子もないし、あっても外ればかり」
「こっちも同じ…はーあ、こんなんじゃ、全員失格かもね」

ため息をつきながら私の隣で膝を抱えて座り込んでいるのは、同期入学の子だった。一度野外演習の時にペアを組んだことがあり、やけに射撃がうまいこともあって、その時は無事に好成績が残せている。彼女はそこそこやる奴だと思っているので、その彼女が言うんなら、こっちの方角には、あまり期待できそうもなかった。

見てみると、向こうも丁度おんなじことを考えていたみたいで、明らかに、少し疲れた顔をしていた。目や口元には、まだ、やる気が残っているのだけど、それ以外の部分の表情筋が、本人の意識しないレベルで疲れを隠せていない。

きっと私も同じ顔をしている、と、思うと、なんだか悔しかった。

「…ベテランの掘り師が探しても、一日二日でそうほいほい見つかるもんじゃないらしいじゃない。昔は、幻のバラって言って、一つ探すのに死ぬ思いをしたっていうし。きっとあのフィクショノート、全員落とすつもりなのよ。一人でも多くライバルを減らすために」

やにわに彼女が口を開いた。

「そうに決まってる。ヤガミか、ドランジか、アキか、それとも他の絢爛舞踏か知らないけど、これ以上ライバルが増えるのが嫌で、わざと無理な課題を出したのよ!
 だってそうじゃない!? こんなの、素人がやるならただの運任せ以外の何物でもないでしょ!?」

そうわめき散らしながら立ち上がって、手にしていたランタンを足元にたたきつける。じゅわ、と油がこぼれて砂に吸い込まれ、灯芯から揺らめいていた炎も、しばらくしたかと思うと、吹きかけられた砂で、あっという間に消えてしまった。

息を荒くして、肩を震わせて彼女はただ、立ち尽くしている。それを見上げることしかしない、私。

「私、抗議してくるわ。こんな運頼みのことしてても何の役にも立たないもの」

そう、言い捨てるように一方的に告げると彼女は、私の方を見ることもなく、東の方へ向かって歩き出し始めた。

それきり、彼女の姿を私が見ることはなかった。

 * * *

朝になった。

早くも昇ってきた日に悪態をつきながら、ランタンを腰にぶら下げて歩く。

明るい砂漠をずっと見つめながら歩いていると、また、頭と目が直結したような、ぼわんぼわんした、ぐるんぐるんした感覚に囚われそうになる。

終わりたくなかった。

こんなところで、終わりたくなかった。

 * * *

私がその人のことを知ったのは、今から大分前になる。といっても、最初にその人のことを知った人たちに比べれば、ほとんど新米の、駆け出しといってもいいくらいの頃だったろう。

その人はやさしかった。

その人は、愛敬があり、ユーモアがあり、それでいて、どこか不器用で、自分が愛されていることを意識せずにはいられなくなった途端に、その、愛敬も、ユーモアも、どこかに置き去りにしてきたみたいに、恥ずかしがるようになっていた。

しなければならないことがあるから、そのためにはどこまでも愚直に果たし続けようと向かい合い続ける。それなのに、愚直だから、いつも、つまづく。

可愛い人だった。

彼を守ってあげたいと思った。彼と一緒にいて、彼の作る未来が見たいと思った。

だから、舞踏子になろうと思った。

舞踏子になって、ドランジでも、アキでもない。ヤガミに。

会いたいと、そう、思った。

手袋は決意の証だった。

ここまで、来ました。握手をする時に、そう、歳月を、文字通り一手にこめて、ヤガミに見てもらうために、そのためだけに、入学する時に買ってそのままずっと着けていたものだった。

私は思うんだ。私たちアイドレス世界の住民って、いったい誰なんだろうって。

実体をよそに持った仮想飛行士たちとは、違う。私たちは、この中でしか生きられない。でも、じゃあ、私たちはどうやって生まれてきたんだろうって。

思うんだ。

私たちは、想いの、欠片だ。

仮想飛行士の人たちが、ううん、仮想飛行士の人だけじゃない、無名世界観を好きになった人たちの、想いの欠片が、いっぱい詰まって、そうして私たちはきっと生まれてきた。

だから、私もきっと、誰かのヤガミを好きだと想った気持ちの欠片。

みんなみんな、想いの欠片。

だから私はこんなところで終わりたくなかった。

でも……

「どうすればいいのかわからないよ、ヤガミ…」

しゃがみこんで、膝小僧に顔をうずめる。

自分一人の力で砂漠のバラを見つけなければ失格。今日の日没まで、あと、もう、6時間ほどだろう。日はまっすぐに私の頭の上を貫いていた。

どうしよう。どうすればいい。

ヒントはなし。オアシスの跡を探す以外、方法はないけど、大きなオアシスの跡は既にみんな発掘済みで、小さな湧水の跡を探すしかない。

砂漠のどこに水脈が走っているかなんて考えたこともない。専門家の人たちが知ってそうな、砂漠のバラがありそうな地形の特徴も知らない。探すために必要な道具も何もわからないし、できるのは、ただ、歩き回って、探すだけ。

泣きたかった。今、泣いていないのは、ほとんど意地だけだった。あのいじわるめがねはきっと私を見てこういうんだ。頭を使え、お前は一体なんのために舞踏子になる。舞踏子には、どうやってなるものだ…。

…あ。

ああ。

あーっ!!

「そうか!!」

思わず立ち上がって声が出た。

「未来予知だ!!」

 * * *

絢爛舞踏祭においては、ラウンドバックラー、通称RBと呼ばれる機体に乗って海中にひとたび飛び出てシールドを展開すると、そこはもう、相対的な互いの距離しかつかめない、不思議な感覚に突入する。

シールドは絶対物理障壁といって、詳しくはよくわからないんだけど、どこか別の世界とつながっている壁らしい。だから、その壁を張って防御体勢を作ったり、海中で高速機動を取ったりしていると、当然、こっちの世界のことは、壁にさえぎられてなんにも見えなくなる。最初に捉えたレーダーでの相対的な位置を、互いに探りあい、詰めていくしかなくなるんだ。

そこで使われるのが、舞踏子やホープ特有の、未来予知と呼ばれる能力。

先読み能力が鋭くなって発現したものと言われてて、これを使うことで少し先の未来が読めるようになる。相手の動きを読んで、相対距離を上手にゼロにし、魚雷や接近戦で、ずどん、というわけだ。

この予知能力、経験を積むことにより、あらゆることに応用が利くようになる。と、いうか、別に超能力じみたものなんかじゃなくって、勘がおそろしくはっきりと映像になって働く、くらいのものでしかない。

でも、そう…応用は、利くんだ。

「……」

私は砂に手を触れると、深く集中した。焼けた砂のまぶしい白で痛んだ目と頭に、ぎゅっとつむる暗闇が心地いい。

砂漠のバラを見つける未来、未来、未来……

違う。透視能力じゃないんだから、自分のほしい未来を望んでも見えるわけじゃない。思い出すんだ、出発前に見せられた砂漠のバラのことを。砂漠のバラはどこにある。湧水の昔出ていたあたり。湧水が出ていた跡って、どんな地形だった。昨日から丸1日、何度も見てきたはずだ…その地形は、どんな地形につながってた。どんな位置にあった。どこと、どういう、距離関係に。

頭の中で熱を感じる。脳内麻薬が分泌し始める。ふわーっと高揚感がある。知恵熱にも似てる。でもちょっと違う。右脳がどぎゅーんとイメージ発射、フル回転。

目を、開いて、ゆっくりとイメージのままに歩きだす。

一歩、一歩…やがて足が速まっていく。

脳がしびれる。走り出す。

集中して、頭の中にある映像と、地形とを重ねるように駆けていく。大丈夫、一日ぐらいの行軍じゃへこたれない、そんなにやわに鍛えてない。

一度走り出せばあとは早かった。頭の中にぼんやり浮かんだ映像と、重なる場所を、見つけては、掘り返し、そうして湧水の跡を見つけるにつれ、私の足は速くなっていった。私の頭の中にある映像は、くっきりと焦点を結ぶようになっていた。

未来予知は、経験を絶対化する、その、最後の扉なんだ。戦闘で相手の動きを読むのも、人が、どういう風に行動するかを読むのも、同じだ。

違うのは、見つめる相手が、人か、世界か、たったそれだけ。

私は人だ。世界は、人を含んでるけど、当たり前だけど、人じゃない。でも、世界は、ことに、そう、砂漠のバラみたいなものは、人と違ってほとんど動かないと言ってもいい。その動かないものが、今、どこにあるか…ありつづけているかの未来をつかむことが。

そして世界に予知を働かせられたなら、人にだって。

…そう、これは、舞踏子になるための一番大事な、未来予知の能力を手に入れるためのファーストステップだったんだ!!

がっ、と、指先に硬いものが当たる。これまでと明らかに違う。これまで何度もあった外れと違って、今の私にははっきり見える。そう、これが…

「あった…!!」

砂漠の、バラだ。

私の手の中でざらざらとした表面を、鈍く、日の光に曇らせ、なだらかに、バラの花弁が重なったような結晶化をした重晶石が、息づいていた。

 * * *

「…おめでとう、よく、見つけたね」

訓練所に戻ってみると、そこにはまだ、私一人しかいなかった。もうそろそろ夕暮れ時になる。仮想飛行士の人は、最初の時が嘘みたいにやさしい笑顔をしていた。

「ヒントは、って聞かれた時、ちゃんとヒント、出してくれてたんですね」

私がそういうと、ん、と、にっこり頷いて、彼女は笑った。

「砂漠は、地形とはいっても、すぐ、風で吹かれて姿が変わっちゃうの。だからその意味でも未来予知の能力を磨くにはもってこいの場所なんだ。あなたはいいセンスしてると思う」
「へへ…」

ほめられるとくすぐったかった。訓練所では、他の仮想飛行士の人たちも、勢ぞろいしている。今日、初めて見た、摂政ミサゴさんの舞踏子姿もあった。

みんな、こっちを見て、祝福するように笑ってる。口々に、喋りだした。

「私たちフィクショノートには、アイドレスを着替えることはできても、ううん、着替えられるからこそ、その設定に、重みを持たせることができないの」
「護民官から、舞踏子へ、なんて、並みの人間じゃできない変わり身だし、サイボーグから護民官なんて生身に戻れってんだから、こりゃーもう本来はまず無理な話だよな」
「そういう本来の設定上の重みがなくなってしまうのを防ぎ、ちゃんとこの国のイグドラシルが正常に育つよう、支えてくれるのは、君らアイドレス世界の住人にしかできないんだ」
「だから…」

と、最後に試験官の舞踏子の人が、歩み寄ってくる。ふわん、と頭を振り、髪留めを外して、ちょっとの変装を落とせば…ああ、それは、ああ…。

「いつもありがとう、~~さん」

それは私の名前だった。それを口にしていたのは、いつも式典や姿絵で見ていたはずの、藩王の、蝶子さん…!

「これであなたもやっと、この服に身を包めます。まだまだ先は長いけど、舞踏子仮免、おめでとう…!」

-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎