何が出来るだろう。

身にまとうアイドレスを眺めて思う。

小手先じゃ駄目だ。

敵の前に立ちはだかれるだけの、強いボディと、性能と、そして何より力が必要だ。

理性は意識を教導する。執着がへこたれそうになる背中を蹴っ飛ばして叩き起こす。

アイドレス世界で重要なのは、何だ?

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レンジャー連邦特有の黄色い砂が入り混じった潮風の中を、大小2つのでこぼこシルエットが並んで歩いている。大小なのに、並んで歩いているということは、片方がよっぽどの早足か、片方があわせているのか、そのどちらかなわけだが、この場合は両方が正しかった。それも、早足な小柄の方に、慌てて後ろからあわせて追いかけるというようなあまり見られない組み合わせで。

「小笠原行き延期かー…せっかくの水着がなあ」
「ていうかそれどころじゃないですし」

シルエットは、藩都の国立大学生、法官志望のクラディスと、文族志望のミードであった。この2人、状況がどんなになっても会話の内容が変わらない。

チビで先輩で文学科から転科した長髪の、きかん気の強そうな顔立ちをした、言い換えれば、それだけまだ幼い印象を残した方が、クラディスで、中背細身で後輩で法学科から転科した目立たない顔の、言い換えれば歳のわりにやや老けたところのある方が、ミード。

2人は過日の小笠原分校設立に際しての制服デザインコンテスト会場で、半ば否応なしにクラディスの方が立案した海水浴がポシャってしまい、暇を持て余している真っ最中だった。

正規のアイドレスを着用して下働きする国民ならともかく、まだまだ学生の身では、この共和国全土の危機に対して、なんら貢献することが出来ない。それなのに予定通り学校が春季休業期間に入ってしまったので、予定通りに第五世界の海でバカンスを過ごすことが出来そうにない彼らは、予定外の暇を持て余してしまっているというわけで。

結局、こうしてやることもなく藩都をぶらぶらと散歩しているのが現在の彼らの状況だった。

「あーあ、こないだのレポートの結果は散々だったしなあ…」
「法官団の活動に関する効率性提案の奴ですか。あれは先輩のタイトルのつけ方が滅茶苦茶だったんだと思いますけど」
「そうかあ? わかりやすくない?」
「『まとめて裁いて切り身でドン! ~お気軽実演法官ショー~』はナシだと思います」
「そっかー、なしかー…」
「先輩ほんと文族志望やめてよかったですね」
「うん」
「あれここは普通『俺のセンスがないっていうのか!!』とか食ってかかる場面じゃ!?」
「そういうこだわりいまいち持てねーから文族見習いやめたんだよ」
「はあ…淡白ですねえ」
「教授連みたく話が長いよりはいいだろ」
「それは、まあ、日常会話ですし」

雑談しながらショッピングモールを通り抜ける。

共和国全体が物資不足ということで、例によって並ぶものに華々しい贅沢品はあっという間になくなってしまっていたが、今度ばかりは事情が違う。

つらーっと、洒落たウィンドウショッピングのつもりか、クラディスは、店ごとに店員へ「よ」という馴れ馴れしい挨拶をしては、にやりと笑って頭の後ろで手を組みながら、ミードの方を振り返った。

「へっへー、我が国もいよいよこれで富裕層に仲間入りだな」

先の大規模な整理事業に伴い、天領から大量の資金がこの国にも支給されることになったのだ。その総額、想定だがおよそ60億にゃんにゃんは下らないと見られており、国家予算が80億にも達さんという、国庫は藩国史上二度目の潤い方を見せようとしていた。

しかも、一度目は借金込みでの潤い方だったので、純粋な資金額だけでいえば、今回がダントツということになりそうだ。

「別に国が潤ったからって、僕らの財布まで潤うわけでもないじゃないですか…」
「気分の問題だよ」
「無駄遣いしないでくださいよ、今月厳しいんですから」
「へーい」

全然やる気のない同居人の返事に、はぁ、と頭を抱える。

こつ。

「?」

うつむいた視線の先に、誰かのつまさきが見えて、ミードは顔を上げた。

「よっ」

そこには白い仮面をつけた、クラディスよりも馴れ馴れしそうな人物が、立っていた。

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「…………」
「…………」

もっとも賑わいのある北都ほどではないが、藩都にも繁華街というものはあり、その中の一店舗、『キャロル』という学生御用達の店で、2人とその人物は静かに珈琲を飲みながら対面していた。

「頼みたいのは他でもない、アイドレスの研究だよ」
「報酬は?」
「ちょ、クラディス先輩…!
仮想飛行士の方ですよ!? そんな失礼な」
「いいんだ知り合いだからね。といっても結構前に一度話したきりだけど」
「それにアルバイトならまずはそこから確認するのが先だろー。時給すか、それとも出来高?」

当然仮面をつけたまま珈琲を飲むなんて器用な芸当は出来ないので、外して素顔で風味を楽しんでいたその黒衣の男、城華一郎(じょう かいちろう)は、クラディスのその質問に気前よくうなずいて見せると、指を三本立てた。

「出来高で300万にゃんにゃん」

ぶふぉお!!

耳慣れない単位の金額に、立てたその指へと茶色いカプチーノのしぶきを吹き出すクラディス。

「日給もつけよう。これは俺のポケットマネーから出るので、そうだな、二人合わせてせいぜい2万にゃんにゃんか。期限は2週間以内で頼むよ、ずるずる引き延ばされると結構困るんでね」
「ちょ、て、いうことはこれ、国からの正式な依頼ですか!? 待ってください、いくらなんでも大学のチームへの参加報酬ならともかく、全部僕らだけでっていうのは無茶がありすぎますよ!」
「出来ないと思ってる相手には頼まないよ。それにこれはどちらかっていうと俺の個人的な要望でもあるんだ、ちょいと二人を取材させてほしくってね」

そう言うと、頼むよ、と片目をつむって押してくる。

「け、研究っていうと、今度取得する予定の、イグドラシル育成に関連したものですか?」
「んー、ま、それもあるっちゃあ、あるんだが…」
「歯切れ悪いっすね、後ろ暗い仕事なら勘弁してくださいよ」
「ちょっと説明が難しいだけだ、そう慌てなさんなクラディスくん…額がでかいのは、フィールドワークをしてもらうことになるからだ。もちろん実費はこちらに請求してもらって構わないから、領収書はそこらへんしっかりとな」

ことにしばらく藩王が留守をするんで財布を預かる摂政はそういうのに厳しい方だからな、と念押しをしながら、華一郎は、砂避けマントの内側からごそごそと紙の束を取り出してきた。

「現在他の主だったアイドレス国民やその他の国民にもランダムで出来る範囲の調査協力をお願いして回ってるんだが、一番手が空いてたのが君らだったんだ。ほいこれ読んで」

手渡されたものを、顔を寄せ合ってテーブルの上で広げてめくってみる。表紙には『国土調査依頼のお願い』とあった。目次には、各都や各島ごとに細かく分けられて、地名がびっしりならんでいた。

「なんすかこれ?」
「具体的に言えば、こっちで支援するんで情報解析のための手伝いをしてほしいんだよ」
「今更国土調査って…」
「新しい観点がちょいっとばかし見つかってね、それにこれをやるなら主旨上どうしても君らの方が都合がいいんだ。ま、かいつまんで言えばアルバイトの間だけあちこちに行ってキャンプして、日中は手順に従った作業をして、レポートにまとめて提出してくれって感じだから。いい春休みの間の暇潰しになるだろ?」
「…………」

ぺら、ぺら、とめくって一枚ずつ確認するミード。その一方でクラディスは、怪訝そうな顔で華一郎の顔を見つめていた。

「返事は明日でいいよ。とりあえず今日はそいつ持ち帰って検討してみてくれや」

すいません、お勘定ー、と立ち上がって去ろうとした華一郎の手を、はっしと掴む、手。振り返ると、熱いまなざしでクラディスが彼のことを見つめている。

「どうしたクラディスくん」
「ここの、払い」
「ああ、心配しなくても俺が…」
「もう一品だけ頼んでもいいか?」

すぱーん!!

紙の束でクラディスの頭をはたくミード。

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翌日早朝。王宮前に、2人の姿があった。呼び出されて出てきたらしい、白い仮面姿の華一郎の姿が、門の内側から現れた。

「早いね」
「とりあえず、今日からさっそく活動しておきたいもんで」
「手持ちがないんですよ」

にやりと笑って格好よく決めようとしたクラディスの横からミードが身も蓋もない事実を付け足す。あははははと肩を揺らして笑う華一郎。

「いいだろう、まずは10万支給しておくんで、しっかりと必要な準備を整えてから行ってくれ」

にゃあーん、と、猫士の誰かの、朝食の催促だろうか、頭上から声が降ってくる。現金を手渡しながら、三人揃って王宮を見上げた。

「随分と気前がいいんですのね、華一郎」
「愛佳ちゃんか!
まー、これもネタとお国のためと思えば安いもんさ。それより早いね」

窓をばたんと開けて、きらきらと朝焼けにミルク色の美しい髪をなびかせているのは、若き猫士・愛佳であった。それからクラディスとミードの方を見ると、妙ににこにこと嬉しげに笑う。

「その2人がそうですの?」
「さーねえ。ただ、確率は高いんじゃないかと思ってるよ」
「??」

文字通り頭越しに交わされる会話の意味がわからなくて、2人の学生は思わず顔を見合わせる。

「そっちの準備はどうだーい」
「ばーっちり!! ですわっ」

ぶいっ、と、ハートマークと一緒にちっちゃなVサインを出す愛佳。この頃成長期に入ったのか、とみに表情が大人びて見える瞬間があって、思わずその色気に、どきっとする若者たち。

「それじゃー楽しみにしてますわねー…ああもー翡翠さん、私、朝ごはんのシリアルはミルクかけたてのカリカリでってあれほど言ったのに」
「スープ上になっているものが栄養吸収の効率の観点から見てもよいと思うが」
「心の栄養は食感も大事ですのよ…」

なにやら中で引き続き騒がしく語り合っている様子を残しながら、窓がぱたんと閉じる。遮光性が高い二重のガラス戸の紋様に、きらきらと朝日が散光し、珍しく澄んだ大気に色を添えていた。

「…まあ、今のは気にしないでくれ。こっちでも同時に進めてることがあってね、完成したら君たちにも改めて知らせるから」
「は、はあ…」
「まぁ、俺らはお給料さえもらえれば問題ないんで」
「うん、頼んだよ」

にっこりと、仮面の下で笑ったらしい気配を見せて、華一郎は2人を送り出した。

この国の一日が、今日も始まろうとしていた。

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情報。

集束。

連結。

生起。

『ぱぁん!』

王宮の地下深くに描かれた、世界樹を模した一つのセフィロート。

その中心点に置かれている一冊の白い書。

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-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年03月29日 22:35