目の前で
目の届かぬ所で
事態は進み
波紋は確定してゆく
空を裂くような轟音
鼓膜を
肺を
心を
大地を食らう破壊の一撃
爆風を防ごうと防御態勢を取る人々の中で
男は茫然と立ち尽くし
ただ、涙を流していた
何も出来なかった
何も…しなかった
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レンジャー連邦、整備所。
そこに併設された弾薬庫の中で双樹は放心したように弾薬を磨いていた。
「…ほら、いざと言うとき埃で弾づまりしたら困るじゃないですか」
そう言ってすでに二日は弾薬庫に籠もっている。
脳裏に過るのは世界忍者国の事。
見る事すら。
近づく事すら出来ない自分。
どんなに思っても
どんなに憎んでも
何も出来ない自分がここに居た。
俺の想いは重すぎる。
決して届く事なき永遠の幻想。
想いを飛ばす事が出来るほど、俺の羽は強くはなかった。
そう気付いた。
気付いてしまった。
今まで、強くなる。
頑張ると散々言っておきながら欠片の力も持たないこの身。
コレに何の意味がありましょうや。
そして何よりもう一つ。
憎みきれないと言う事実。
アレはタマとは違う。
タマは根元から悪だったがボラーは違う。
むかつくが。
嫌いだが。
憎めない。
きっと価値観が違うだけ。
何かを憂いているだけ。
あのロジャーの行動を見事と言えるボラーを悪とは思えない。
憎めばきっと戦える。
この足で立って歩いていける。
俺が何をしなくても、ボラーはきっといつか死ぬ。
俺じゃない誰かがきっと根源種族を打ち果たす。
たぶんそのくらいには奴らは恨みを買っている。
でも、それはハッピーエンドなのかな…。
本当にそれしかないのかな。
わからない…わからない…。
双樹は弾を磨いている。
防塵加工を施したこの弾薬庫でもっとも意味の無い作業をしている。
くるくる
くるくる。
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ため息一つ。
「いつまでも…こんな事しているわけにもいかないよな…」
俯いて、立ち上がる。
周りには磨き抜かれた弾薬の数々。
曇る物など一つもなく、同時にそれは双樹の無駄仕事の終わりを指し示していた。
ため息二つ。
扉を開き歩きだす。
薄暗い弾薬庫に籠もっていたせいか、朝の日差しすらその目を突き刺す。
―もうこんな時間だったのか…
無駄な作業と無駄な思考は双樹から時間という感覚を奪っていた。
ため息三つ
いけないと思いながらもでる溜め息に情けなさが沸き上がる。
―誰か…来てないかな…
ふらふらとした足取りで会議室へと歩きだした。
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俯きがちの目線に映ったのは純白の仮面。
虚ろに笑う道化の仮面。
双樹には痛みを堪える何かに見えた。
双樹に気付かずに何か小さな飾りを壁に取り付けている。
小さな小さな金の龍をかたどったレリーフ。
「城さん…?」
声がうまく出ない。
擦れるような小さな声。
そう言えばここ三日なにも口にしていなかった。
喋ってもいなかったし。
案の定双樹に気付か無いまま去っていく華一郎。
あの戦闘以来、何かを為そうと動き回って居るらしい。
―邪魔をしちゃいかんな
双樹はそう思い、声をかける事をやめた。
―しかしひでぇ状態だな…俺
コレで死なないんだからアイドレスって丈夫だよなと一人ごちる双樹。
ハードが上質と言う事は駄目なのはソフトの方か。
―とりあえず、水を飲もう。
/*/
早朝
まだ誰も居ない食堂で水を飲む。
感覚情報:CoLd
伝達区分:hL
充足部位:DrY
―……感情が巧く働いて以内らしい。
―ん?
―居ないらしい
―言語障害かよ…
アイドレスは魂に纏うもの。
故に心、想いがその性能を大きく左右する。
仮想飛行士が電網へと発つその時に知る基本中の基本だ。
―感覚変換が働いていない。
データをデータとして捉えている。
―そうだよな…ゲームなんだよ…コレ
無機質に情報が脳内に送られていく。
ゲームと言う事を思い出しはっとする。
―何で泣くんだ?ゲームで俺は
仮装
下層
仮葬
―くそっ
うまくいかない変換にいらだち窓へと向かう。
「何やってるにゃ!」
突然の声。
「えっ?」
振り替える双樹。
そこには珍しく人型の夜星。
黒い詰め襟に、黄金に燃えるような瞳が映えていた。
「夜星…いや、別に何もしてないよ。…うん。何もしていない」
双樹はそう言って夜星の横を抜けて歩きだす。
「真…」
「ん?」
グシャッ
鈍い音をたてて双樹の頬に夜星の拳が打ち込まれた。吹き飛ぶ双樹。
「バカだバカだと思っていたが…ここまでとは思っていなかったぞ」
がらりと雰囲気を変えて夜星が呟く。
「夜星…?」
倒れたまま夜星を見上げる双樹。
つかつかと歩み寄り双樹の腹を爪先で蹴りぬく夜星。
痛み、くるしさ、衝撃の情報が体を巡る。
体か勝手に咳き込む。
「真…何を腑抜けている」
2発目。
「お前は…仮想飛行士だろう?」
3発目。
蹴りぬかれるそのたびに込み上げる胃液を必死に押さえる双樹。
「なぜ立ち上がらない?」
4発目。
「ん?悔しくは無いのか?ただの!」
5発目。
「データの!」
6発目。
「塊に!」
7発目。
「こんな事をされて!」
8発目。
「悔しく…無いのか…?」
夜星は泣いていた。
ぐしゃぐしゃに顔を歪めて。
「夜星…」
虚ろな瞳で夜星を見上げる双樹。
「…勝手にしろ!」
夜星はクルリときびすを返しその身を猫へと変じると駆けていった。
「…ごめん…夜星…」
よろよろと立ち上がり呟く双樹。
視界の隅に揺れる白。
―てるてる坊主…
―誰が作ったんだろう…ここ最近は晴れていたはずなのに
―明日天気になれ…?
誰かの決意だろうか。
晴れ渡る空に揺れるてるてる坊主。
風が一陣。
ふわりと揺れる。
双樹は少し心が平らぐのを感じた。
―そうか…お前が願うのは夜明けなんだな…お前が払うのは心の暗雲なんだな…
―みんな…戦っているのか…己が心と。
痛む体を引きずり歩きだす。
―夜星…夜星に謝らなきゃ…
感覚変換がいつのまにか復活していた。
動きを痛みが阻害する。
―夜星…
【続く】
(文責:双樹真)
最終更新:2007年03月29日 22:36