「あー君らにちょっと頼みごとがあるんだが」
「行くなら北国と森国とどちらがいい?」
「ちなみに行く場所はるしにゃんかジェントルにゃんにゃんなんだが」
「るしにゃんはいいよー王猫のアルフォンスちゃんがかわいいよー」
「ジェントルはねー、んー、なんといっても他にない元わんわんだからねー、珍しいものがきっとたくさんあると思うよー」
「どっちがおすすめかって言ったらちょっと迷うんだよねー君らの中でどっちがいいか決めてくれないかなー」
「決まったら教えてねー、出張費ちゃんと文族予算から計上するから」
「よろしくねー」
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そんなわけでジョニ子とドランはジェントルにゃんにゃんにやってきていた。
同じ旅行へ行くなら珍しいところへ行きたいというジョニ子の意見が採用され、ドラン少年も、同じ星見司関係の調べ物なら、先に星辰の塔へと登ったジェントルにゃんにゃんの方が今頃情報の整理も落ち着いていてよいだろうという結論からのことだった。ついでにドラン少年に限って言えば、紳士鼠であろうが紳士猫であろうが、紳士とはその生き様を言うのであり、亡命をしてまで為すべきことを果たした彼らについて、興味があった。
「~♪」
さくさく一面の銀景色を踏みしめながら、防寒装身具で固めたジョニ子はラララと歌う。この国は、絶技・国歌を制定している。そう、音楽ホールがあるのだ。そこで、歌を、聞くのも歌うのも、彼女は楽しみにしていた。まあ、もっとも勝手に歌っちゃいかんとは思うので、夢は片方しか叶わないとは思うのだが。
山形に錨を下ろした彼らの故国・レンジャー連邦よりもさらに北限、青森に位置するジェントルにゃんにゃんの風景は、リンクゲートを抜ける関係上、このルートでは針葉樹林に垂氷している厳しいものである。立ち入り禁止の森と、農村との間を抜けるため、低い山を乗り越える必要があった。
街はまだ、遥かに遠い。
「ねえドランくん、絶景だねえ」
「……」
着慣れないもこもこの厚着に足を取られているドランは、この能天気な発言にどう返事をしたものか決めかねて、結局は沈黙を貫いた。この女性に限っては相槌を打とうが打つまいが、いつでもご機嫌そうなので問題ない。
そもそも、と、ドランは思った。
猫は暖かいところ向けの動物で、ツンドラ地帯や氷河期にホワイトタイガーとかサーベルタイガーとかもいたかもしれないけれど、基本的にこういう場所は、やはり犬向きなんではなかろうか、と。
ざく、ざく、ざく。先日の出兵の折に誰ぞ通ったのだろう、踏み固められた雪の頂を、やっと折り返して拓けた景色にため息をつく。
先はまだまだ長かった。
「~♪」
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一方こちらは長野のるしにゃん王国。南下して向かう関係で既に王宮へとたどりついていたレンジャー連邦の猫士のマキアートとヒスイは、正規の入国手続きを終えて、早くも取材を開始していた。
「さすがは星見司の国だね…図書館も立派なものだ」
「ここなら確かに答えがあるかもしれないか……」
2人の青年が、ひこひこと猫耳を立てて物珍しそうに樹を模した建築物構造を内側から眺めている。
彼らが選んだのはジョニ子・ドラン組と分かれての調査行であった。依頼は同じ、対話と情報の世界における相関関係において、ある特殊な事例が発生しうるかどうか。
「まあ世界の謎についてはわからんことだらけだから多分無理とは思うけど、それでもひとつよろしく頼むよ」
とのことなので、勉強のつもりで来ていたのだが……
「…………」
「……ま、まあ、正規の図書館にはない、か。仕方ない」
星見司の情報がほとんどなかった。
そもそも星見司の能力は、常人とは異なる視力を得ることにある。本当は、たとえばこの国なら星見台と呼ばれる施設にある天文台で日夜観測を続け、星の光のゆがみから事実を割り出すという、余人からすれば到底理解しがたい行程を踏んだ上で得た真実は、その上常に変動しつづけている世界の中にあって、一定の書物にして収めるよりは、一人一人が確かな能力を持ち続ける方が大事ということなのだろうか、これまでにも基礎的な知識以外、実はあまり広く知られてはいない。そこまで本格的に興味を持つものも、少ないのだ。
居座って他の本を読み始めそうな雰囲気のヒスイを引っ張ってマキアートが、何で僕が、とぶつぶつ文句を言いながら、すいませーん、と、あちこちの人に聞いて回ってそのことをようやくつかんだ時には、もう日暮れ前だった。
「明日、回ってみるとしよう」
「そうだね」
宿を求めて退館した2人は、改めて周囲に広がる肥沃な土地に、感慨を抱いた。
そして、入国する際に通過した、根元種族の人型兵器・オズルが出現したという絶望の荒野のことを振り返ってみて、戦慄する。
始めは、風景が祖国であるレンジャー連邦とよく似ていたのであまり気にすることもなかったが、これだけ自然が豊かな地にあって、ここだけがぽっかりと砂漠化しているというのは、やはり、異常以外の何物でもなかった。
この調査行には対根元種族の方法を得るというような目的はなく、それは本国に残っているフィクショノートたちが必死で己と国土を鍛え上げ、イグドラシルを育てて得ようとしているものであって、今回の彼らとは何の関係もなかったのだが、それでも、意識は自然とそのことに向かわざるを得なかった。
「アラダ、か…僕らには見ることすら叶わない、異端の存在」
「異端なのはどちらかといえば俺たちの方だろう。数だけで言えば、向こうが圧倒的だ。そのあまりの数量に、彼らはこれまで世界中で死したものたちの可能性そのものなのではないかという噂すら立っている」
「なるほど、そりゃあ今生きてるものよりはこれまでに死んだ人間の方が遥かに多いだろうからね。しかもその理屈でいくと、戦いが長引けば長引くほど僕らの不利になる。なにせ、仲間までも敵に回っていくことになるんだから」
今夜は北部の居住地区に宿を求めよう、と、西へ西へひたすら夜道を向かう二人。
「噂がもし本当ならば、仕組みを見つけて絶つしかない、と、いうことにもなるな……」
「それこそ星見司の出番というわけか。ふん、アラダといえど倒せば殺せる、死者だって二度は甦りはしないだろうよ。戦って勝つ、方法はいつだってこれだけさ」
「…………」
「……急に、黙るなよ、まったく……」
「そうじゃない」
「?」
見ろ、と言わんばかりにヒスイの指が、夜道を指差した。
「――――」
そこには嘘のように青い小さな猫が、てくてく、こちらを見ずに別の道から合流して歩いていた。
猫士か。マキアートの鼻が、特有の情報の余韻を嗅ぎ取りヒスイの方を見た。
ヒスイはその名の如く翠色に輝く瞳を頷かせて、緊張したように、立ち止まる。
「あー、もし、そこの人。もし間違いでなければ、僕たちはレンジャー連邦の猫士なんだけど、少し調べたいことがあってこの国に来てるんだ。話を聞かせてくれないだろうか?」
黙って柔和に人当たりよく微笑みさえすれば、マキアートの容姿はほとんどの猫や人間に好印象を与える。目一杯の友好の意もこめたつもりで、声色もやさしく語りかけて、相手の反応を待ってみる。
「――――」
その青色に青い小猫は、ちらりとこちらを振り返ると、そのまますたすた行ってしまった。
「あ、ちょっと…!」
待て、と、追おうとするマキアートの肩をつかみとめるヒスイ。
「なんだよ…せっかく見つけた話し相手だろう、追いかけるぐらい…」
「目を、見なかったのか」
深い夜をまなざしながら、ヒスイは呟いた。
「あれは、何かを待つ瞳だ」
俺にはわかる。そう、日夜、水平線と蜃気楼のかなたを見つめ続け、同じく何かを待っている、俺には。
そして俺にとってその何かとは何なのか、まだ、わかってはいない。だが、あの猫士の瞳には、確かに見つめているものの姿が浮かんでいた。
「だから、そっとしておいてやれ」
「…ふん」
もう一度マキアートが振り返った時にはもう、その小さな姿はどこかへ消えており、追いかけることは不可能なようだった。
「いつもあんたはよくわからないことを言うよな」
「わかることだけを言うのが大事なら、この世に言葉は必要ない。感じたことを、表わすためにも、言葉というものはある。たとえ自分自身にとってさえ、意味がわからなかろうと、それは必要なことだ」
やれやれ、また始まった…と、肩をすくめながらマキアートは、旅の相方に早く宿に泊まって今晩の食事にありつこうぜと催促をする。
頷きながら、ヒスイもその場を後にした。あの猫士と、語り合うことが駄目ならば、せめて名だけは聞いておければよかった…と、そんなことをふと感じた自分に微笑みながら。
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この日は奇しくもほぼ同時刻に街へとたどりついた両組は、ひとまず強行軍の疲れを癒すためにたらふくおいしいものを食って寝た。(肉がおいしかったー♪とはジェントルにゃんにゃん組のジョニ子の言である。わんわんもこれだけはいいところがあるじゃないと見直す発言だったのだが、もうここもにゃんにゃんだとドラン少年に突っこまれて銀月夜に一人哀歌を歌ったり)
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「華一郎さん、華一郎さーん」
「おうにゃふにゃふくん、珍しいな、ちょっと落ち着け」
どうどうどう、と階段を駆け下りてきた、もったり顔の青年の勢いをいさめながら、白い仮面の黒衣の男が応答する。
レンジャー連邦王宮地下。手元には、情報ウィンドウを開いたノートパソコンがあり、なにやらかちゃかちゃと楽しそうにせわしない。
「今ちょっとデータ観測中でな。おう、おう、おう、そう返してくるか、なるほど…!」
「何やってるんですか?」
「ちょっとチャット」
「へえー…じゃなかった、ジョニ子さんたちと、マキアートくんたちからそれぞれ手紙が来てますよー」
そういって差し出された絵葉書を受け取る。ちなみに封筒による書簡ではないのはこの男が依頼する際に「報告書は絵葉書でお願いね」と頼んだ純然たる趣味の結果だ。
銀敷き景色に金色麦穂の幻想的な絵葉書と、神秘的な湖畔に金髪縦ロールの白いゴスロリ少女が佇んでいる絵葉書。その、両方に、同じ内容の答えが入っていた。
『自分たちで調べた限りでは不明。おそらくこれまでのケースから見ても100%ありえない。が、アイドレスの仕組みに限って言えば不明点も多いため、ご指摘のケースなら、一考する余地はあるかもしれません』
「ほう、ほう、ほう!」
手を叩いて喜ぶ男。
「そうでなくちゃ!」
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-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎
最終更新:2007年03月29日 22:37