「何やってるですか、華一郎?」

いそいそと摂政室で飾り付けを行っている黒衣の文士へ、その猫士候補の少女は大きな目をぱちくりさせながら尋ねた。

「んー? ミサゴさんが帰って来るから、その準備だよ」

街から買ってきたらしい小物を、ああでもない、こうでもないとあちこちに飾りつけながら、愛想のいい優男風の笑顔で、なおざりに少女に応対する華一郎。

「パーティーに行く準備はしなくていいですか?」
「俺はほら吏族っていうより文族だから、ここらで一つ自分の中での存在定義のためにも、国内同時中継用のパーティーだけでも小説か何かやっておいた方がいいかなーと思ってさ。せっかく準備しておいたドランジお帰りなさいの流れも一発だけとはいえ書いてあったことだし」
「ふーん…」
「ミサゴさんも帰ってくるし、サクさんも帰ってくるし。それに、ドランジファンの新しい人も来るらしいしね。ここらで空気をぱーっと明るくしておかないと」
「そういえばドランジいるのにファンの人が新しく来るのはこれが初めてですね」
「なんだい唐突に」
「みんな国に愛着があっていいなと思っただけです」

くい。がしゃーん。

「あーっ! こら、何だいきなり!」
「暇なのです。愛着して」
「暇なら訓練でもしてればいいじゃないか!」
「山下も小奴もみんな忙しくて相手にしてくれないのです。構え」
「いやそれにしたってやり方というものがだなあ!」

あーあ、もー…と、昇り竜の布飾りが留めてある、摂政愛用の倒れたマント掛けを起こしながら華一郎はぶつくさと作業を再開した。

「クロロ、ごめんなさいは?」
「…いやぷー」
「いやぷー!?」

しぎゃーん。振り回されて、効果音の一つも立ちそうなくらいに脱力する華一郎。

「華一郎、ミサゴが帰ってくるから楽しそうですね」
「暇ならパーティーの準備でも手伝ってきてくれよ」
「仕事したくないです」
「なんだその堂々とした無職宣言は」
「正規の猫士ではないので就労義務はないのですよ。いいから構え」
「まったくこの子猫と来たら…」

はあ、とため息をつく華一郎。

甘えん坊なところがあるこの猫士候補は、普段はその長くて綺麗な髪をいじるのが楽しいらしい小奴の部屋に行っては満足して帰ってくるのだが、その小奴がパーティーの準備で忙しく、時間というものが問題にならないほどの暇をもてあましていた。

このたび護民官長として一躍藩国の根源力リーダーとなった楠瀬に、ちゃんとそれらしい格好をさせなきゃ、と、パートナーである猫士のじにあが世話を焼いたり、誰かが「そういえば舞踏会って男性が女性をエスコートするものだから国内から誰か連れていけても物語的にOKなんじゃないかなあ」などといった発言をして乙女心をやきもきさせられたり(言ったのは華一郎だ)していることからもわかるように、どたばたとした戦後の慌しい日々も過ぎ、今はイグドラシル育成の季節。

新アイドレス獲得と吏族ダンスパーティーのために、寮が作れないとはいえ今後冒険などで正規猫士の枠が増えた際に備えて訓練されている猫士候補にまで声をかけていた華一郎も、当然猫士に指示まで出して進めていたその怪しげな活動を一時中断している。

それで、暇をもてあましたクロロは、こうしてすることもなく遊んでいるのだった。

「作業がないなら誰か手伝ってきてくれよ」
「やーでーすー。愛着しろ。構え」
「あ、こら腕にぶらさがるな、重い。俺は文弱の徒だぞ」
「ひよわですねー」
「おう、俺は自慢じゃないが舞踏子並みには華奢だからな。どうでもいいが重いからそろそろ腕から離れてくれると助かるんだが」
「ほんとに自慢じゃないです。あと、重い重いと乙女に言ってはいけないのです」
「何が乙女だそんなこと自分でもちっとも思ってないくせに。あー重い、重いぞー」
「そもそもこんな少女を部屋に呼びつけておいて2人きりで何をするつもりだったですか、華一郎。は、いや、まさか。誰か、助けてー」
「呼びつけた覚えはない。暇なら訓練しててくれ」
「義務があるわけではないのでいやなのです。ぷう。ひよわな華一郎の方こそ訓練が必要なのです。えい、えいー」
「こ、こら、揺らすな!」

ばたーん。

「城さーん、頼まれてた買い出しの費用なんですけど、このビンゴ表って何に使うんですかー?」

こんこん、とノックと共に声がして、オーク製の頑丈な扉が開かれる。

「……」
「……」

少女の上に、覆い被さるようにしている華一郎と、目が合う双樹。

「いやん」

クロロが恥らいながら、面を伏せた。

 /*/

一日も経たないうちに年端もいかない猫士(候補)の女の子を密室で押し倒したと王宮中に噂が広まった華一郎は、双樹くんめ、どうしてくれようと理不尽な恨みをこめながら、牛肉と豚肉のパティを厨房内でこねくり回していた。頭には、似合わない白のコック帽。

「ほんっと華一郎ってそれ似合わないよねー」
「笑うか手伝うかどっちかにしてくれ、愛佳ちゃん」
「きゃー押し倒されますわー、ハニー様助けてー」

こちらはクロロと同じくらいの年頃でも、正規の猫士である愛佳。白くミルキィな髪と、こんがりした濃い肌の色と割烹着とが、不思議に似合う、きゃいきゃいと花も恥らうばかりの可愛らしい美少女だ。こちらはキッチンの高さに背がつりあわず、踏み台を使ってたまねぎをみじん切りにする作業をしている。

はー…と、頭を抱える華一郎。運勢でも悪いのだろうか。確かに設定上の年齢は今年で厄年だが、まさか噂が噂を呼んで居場所がなくなるとは思わなかった。うーん、おかしい。俺は確かこんなポジションのキャラではなかったはずだが。それともあれか、小説に出したキャラの男女比でも偏ってたか。だってしょうがないだろ活動してる人たちが女性のが多いんだもんそりゃあ書く上でも偏るさ。しかしだからといって俺は別に女好きではないぞ。いや、男が好きだったりしているわけでもないが。双樹くんと仲がいいのはそういう理由からではないぞ。ああいやなんだこの自爆思考は誰か助けろ。そもそも悪いのは俺じゃなくて……

「ぷう。あんまりお肉をこねすぎると粘り気が出ておいしく焼きあがらないのですよ」

こいつだ。と、したり顔でこちらも踏み台に乗っかりながら偉そうに自分へと指示を飛ばしているクロロのことを、華一郎は見やった。

ねー、と愛佳と一緒にやたら仲良く声をハモらせているが、とんだ爆弾娘だ。髪を結わえて頭に給食帽(どこから調達したのか、あのシャンプーハットみたいにちゃんとゴムの入った奴だ)をかぶっていると、表情こそちょっと読めない顔立ちをしているものの、ただの子供にしか見えない。

ナニワさんとこのモンタくんで似顔絵に悪戯してやろうかなどとレベルの低い復讐を考えながら、はいはいと生返事を返すと、はいは一回です、と、ぴしゃりとやりこめられる。ああそれにしても腹が減った、いつもならのんびり食堂で給仕を待ちながら優雅に本の一冊でも読み耽っている時間帯なのに、なんで俺はこんなことをさせられているのだろう。

「ハンバーグ下手だとミサゴに嫌われますよ」
「やかましい! そもそもミサゴさんは関係ないだろ!」
「えー?」

ぷぷー、と口元を抑えて笑いをこらえる仕草を見せるクロロ。この年頃のこういう女の子がよれば集えばこういう発想になるのは当たり前らしく、どうにも苦手でしょうがない。しかも子供なので遠慮というものも知らないし。

「ではお帰りなさいで歓迎するのはサクですか?」
「二股ー、ひゅーひゅー」
「はいはい、いいからてきぱきオーブンの温度見る。猫舌だからって生焼けの料理出したらみんながおなか壊すからね」
「「はーい」」

まったく…とぶつくさ呟きながら華一郎は添え物のグラッセを仕上げてしまう。いつもなら気合いを入れてばしっと美味そうに描写するのだが、実際自分が腹が減ってると、甘くてうまそうなにおいとつまみ食いの誘惑(意地でもこの年少二人組みの前でそんな弱みを見せるような真似をするわけにはいかない)と戦うだけで精一杯だった。

「かぼちゃのポタージュ出来ましたわよー」
「わー、愛佳ちゃん上手ですねえー」
「えへへー、今日は新鮮な生クリームが手に入ったからねー」

背景のようにがらがらーっと出来た料理を端からワゴンで運ぶのは、猫士のにゃふにゃふ、人間モード。猫士たちは身奇麗なのでノミなんて間違ってもいたりはしないが、毛が舞うと不衛生とのことで、厨房に猫の姿で入るべからずとの規則があるため、こちらも割烹着姿だ。こちらは華一郎のコック帽と違い、もすーっとした眠そげな顔立ちによく似合って可愛いと評判である。

ぺちぺちパティから空気を抜きつつ、そもそも俺は白が似合わんのだ、名前だってジョウであってシロではないのだぞ、どこぞのわんわんの宰相でもあるまいし、などと心の中で愚痴りながらみんなの朝食を仕上げてしまうと、じゅうー、と、一度表面を軽く焼き固めてからオーブンで改めてハンバーグに火を通す。

ああ、アスパラガス食いてえ。バターの甘い香りについ誘惑されて、つまみ食い。

「こらー、華一郎!」
「味見だ味見、鬼の首を取ったように怒るなよ」
「しぶちんな顔をしてもクロロはごまかされないのです、つまみ食いは厳禁なのです」
「いやしーんだから、まったく!」
「へーい…」

ま…、と、やりこめられながら笑う。

こうして遊んでいられるのも、無事にみんなで帰ってこれたからこそ、だよな。

「今日も平和で一番かねー」
「なんですか、急に」
「当たり前のことを大声で」
「なんでもないよー。さ、みんな腹をすかせて待ってる、早く運ぼうぜ」

ぽん、と2人の肩を後ろから叩きながら、華一郎はアツアツの肉汁と油の入り混じった音を立てるハンバーグの満載されたワゴンを押して歩き出す。おなかがすいてるのは華一郎なのです、なにをいうか育ち盛りめなどとつっこみの応酬をやりあいながら、よく、晴れた、青い空の日差しが斜めに漏れ来る大食堂へ。

さあ、今日も一日始まりだ。

『いただきまーす』

 /*/

-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

 /*/

註:クロロちゃんの設定はこちら。あんましもったいないんでつい使っちゃいました、ごめんなさい~

http://www4.rocketbbs.com/741/bbs.cgi?id=ty0k0&mode=res&no=86

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年03月29日 22:38