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ふぁら、ふら…

音もなく足跡が、刻まれてはその上をまたすぐに雪が覆い尽くし、幾度繰り返しても、変わらない。

ただ注がれて日溜まりがかりそめの姿を取ったみたいに、光の糸がすべてをゆるやかに編みこみながら染みこむように落ちていた。重さもなく、冷たさも、そして暖かさも感じさせないその雪は、なぜだろう、どこか悲しくなるやさしい感じを、その中に抱かれているものたちへと覚えさせた。それでいて、なぜ悲しくなるかを気付く事ができない、自分でも遠い、感情のとばりの向こう側。それこそがこの雪のやさしさで、それこそがこの雪の無慈悲さだと、気付くものは、ひとにぎり。

無数の細い光、そのすべてはとても目に捉えられぬほど繊細に折り重なっていて、

青い空も、肌を押すような熱気も変わらないまま、やさしさが世界を染めていた。

悲しみを慈しむこと知らぬ雪化粧が心を染めて鎮めていく。

世界はYESとは言わない。ただ物言わずそこにあり、その身に宿す法則にしたがってすべてを動かすだけだ。

「……長靴穿いて来て良かったですね!」

その無数の光の糸の中を、すり抜けるように白亜の建物へと進む一行がいた。南国リゾートを楽しみに来た、南天たちである。

「口から白い息が出ない上に暑い」
「校舎に行けば、少しは涼しいでしょう」
「皆さん、暑いのも寒いのもダメなんですねえ」

口々に感想を述べる同行者たちへと南天は、初めて来たリゾート地にやや高揚しながらコメントをつけつつその建物の玄関に入り、傘をたたんで雪を払い落とした。

建設目的同様、学び舎らしからぬ遊び心を携えた南国風の校舎は、似合わない雪化粧をまといつけながら四人を迎え入れる。空調の効いた快適な場所に来て、はじめて彼らは自分たちを取り囲んでいた熱気の強さに、改めて辟易すると共に気付くのだった。

窓の外では、こころなし、よりやさしく降るようになった雪が、空の青を美しく透かし、相も変らぬ時を刻んでいる。

緑の濃い風景を貫いて、熱も、冷たさもなく、重みさえもない、やさしいものが、満ちている。

もう、膝のあたりまでかさは増しており、本来の小笠原とは大分表情が変わっていた。むわっとする先ほどまで感じていた外気と、今目にしているこの違和感だけが、この光景の異常さを体感させてくれる唯一のサインであり、絵や、音や、言葉などといった情報によって形作られているこのアイドレスの世界では、ただ一つ、その、「雪が降っているのに暑い」という認識をふとした拍子で流し見するかしばらく時を置いて見失ってしまえば、もう他には何も、異常に気付くためのよすがはなくなってしまう。

大気の匂いも、濃い。本土とは明らかに違った、かすかに甘い香りが空調越しにも流れ込んで来る。

熱も、陽射しも、風も、吐息も、なにものも、その雪の軌跡を変えることは出来なかった。

果ても境目もない、光の糸に、どうすることもできず、ただ、編みこまれてゆくしかない。

語らいの微笑みも、未来も融かしていくかのように、しんしんとただ光は世界に染みこむ。

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先生の部屋の前あたりまで来たら、仕事しているのとは違うキーボードやマウスの音がしていたから、ちょろちょろと、室内に漏れるモニターの光が気になって用も無くうろついてみる。

「おいで、亜細亜」
「…!」

そわそわしながらドアを開けた。案の定、モニターはアイドレスにつながっていた。

このところテストがあって自分のパソコンから接続するのを控えていたから、吹雪先生がこうして誘ってくれるのはとても嬉しかった。

話している相手はどうやら後ほねっこ男爵領の人らしく、どうして私がこの国に来てくれたのか先生に聞いている。

『それで、辺鄙なほねっこをですか?吹雪先生も亜細亜ちゃんを追いかけて?』

この人は藩王の火足さん。ちょうど一緒にいる南天さんの描いた絵だと、すごくやさしそうな人で、少し先生みたいな感じがした。

「あんまり人がいなくて落ち着いてたから」

絵のこととあわせて、先生に伝える。

『今御一緒なのですか(笑)技族としてはそれは嬉しい>イラスト』

モニター上に浮かぶ文字。目を見ると、先生はこくりと頷いた。アイドレスは僕のだけど我慢してねと断りを入れながら、片手で交代のための挨拶を入力しつつ席をあけてくれる。もちろん、断る理由なんてなかった。

どきどきしながらキーボードを叩く。どうしよう、これでいいかな。気を落ち着かせるために、文末にちょっと絵文字を入れてみた。

『こ、こんにちは。お世話になってます☆ミ』
『今日和、亜細亜ちゃん』
『気持ち悪いな。そのアイドレスだと』
『やあ、亜細亜君、お久しぶりだね』

わっと返事が返ってくる。慌てながら返事した。

『スミマセン!テストがあって!』
『いや、この間の戦いでは都築さんの元で活躍してたみたいだね。話を聞いて嬉しかったよ。元気そうで何よりだ』

藩王さんが落ち着いた感じで話してくれる。この人の、こういうところが私は好きだった。先生と似て、ちゃんと話を聞いたり、したり、してくれる。

他の人もいっぱいやさしい。ついつい嬉しくなってあれこれ話していたら、口が滑ってトーゴさんに意地悪な質問をされてしまった。ははは、と笑いながら、真っ赤になってる私の肩に手を置いて先生が微笑みかけてきた。こくんと、やっとの思いで頷く。かわりながらキーボードを叩く先生。

ぱたたっとモニターを離れる。椅子をどいてもまだ顔が熱い。ぎゅ、と唇を噛んで落ち着こうとしても駄目だった。

「あらあら」

笑いながら先生の奥さんが来て、嬉しそうに頭をなでてくれた。

「う~~~…」

私は恥ずかしくなって、ぎゅうっとその腰に抱きつく。先生の奥さんは、とても足が長くて綺麗な人だ。どうやって先生と知り合って、結婚したんだろう。考えると、恥ずかしくなって、うーうー唸りながら、まただだっこみたいにぎゅうっと私は先生の奥さんに抱きついた。

頭をなでる手は、とても暖かかった。

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「笑いはせんが、あきれはする。まあ、お前の家に預けたのは悪くはなかった」

亜細亜の話になった。

吹雪はゲームで亜細亜を育てるつもりらしい。

それもよかろうと思う。

ゲームも所詮現実の写し絵だ。亜細亜のように歩みの遅い子には、その写し絵の中から育っていくこともよいだろう。人間の能力を必要としないゲームには快適さだけがある。だが、そのようなゲームでなければ、人間はゲームからでも育つ。ゲームデザイナーというものは、PTAからすれば、まさに天敵のような職業だ。子供が費やす意識も意義も、不当なところから現れて、真っ向から勝負し奪っていくのだから。

世界は何も言わない。ただ、法則に従い動いているだけだ。

法則は変わらない。だから世界は選択する。人は育ち、世界を踏破し学習していく。その答えは、YESなのだ。

目をつむれば、青い光の降り注ぐ小笠原が見える。

時が、ゆるりと遅れ出す。

諦めぬ、人の心があればこの時もやがては再び動き出すだろう。その時が、いつになるかはわからない。ニューワールドの閉鎖が避けられないことはほぼ確実だ。

次のアイドレスまでに、はたしてどれだけのプレイヤーが答えを見つけるだろう。

過ぎし日々の、すべてにYESと選択できる瞬間が、はたして訪れるだろうか。

――次は、亜細亜の成長だ。

あの子がYESと選択する瞬間を見守ろう。

トーゴは最後の数分、プレイヤーたちとのやりとりを吹雪に任せ、そのようなことを考えながら、閉ざされた回線に余韻を浸った。

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~南天様ご依頼SS:小笠原の勉強会:前夜~

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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎