西の都 大地への挑戦状


レンジャー連邦。
国土の多くが砂漠のこの国にとって、砂嵐はさほど珍しい気候異常ではない。
家が傾くくらいの激烈な嵐も、まぁ、5年に一度は吹くこともある。

なので、この砂嵐が異常なのではなく、このサボテンもぶっとびそうなドデカイ嵐の真ん中で、しかも砂漠の真ん中で、しかも真夜中に、声の限りに罵り合ってる2人の男が異常なのである。

耳を澄ましてみよう。

「だから言ったろう!向こうの支柱を立てないから、風の力を受け流せずに吹き飛んだんだ!!」
「うるせぇ!!お前がそんなひ弱な腕で基礎を作ったからだろうが!!」
「なんだと!?僕の腕力を問題にする前に、君の頭脳がはじき出した構造ではやはり明らかな問題点が5つ・・・」
「あーうるさい!お前の話は小難しくて頭が痛くなるんだよ!!」
「ふん!一体全体どんな教育を受けてきたんだ?あーやだやだ。これだから腕力バカは・・・」
「だまれ!この頭でっかち!!」
「痛っ!な、なぐったな!!!」
「わははは!当然のむく・・・・グヮ!!」
「はっはっは!アホには天の罰が・・・あべし!!」
「うるさい!」
「こ、このぉ、もう許さんぞ・・・・」

……あ、もつれ合って「元」小屋(現、瓦礫の山)に突っ込んでいった。
どうやら2人とも、命だけは、助かりそうである。

「四都物語」

~其の一  西の都「大地への挑戦状」~

嵐の一夜が明けた。

西の都はレンジャー連邦でもいわゆる「田舎」である。
この都市には特産となる産業がない。
水産業でも工業でも観光業でも、他の都市に勝るものは一切ない。
この都市の住民は細々とした漁業、連邦の他の都市のように沿岸部の緑地を精一杯活用した農業。住民のもっとも大きな収入源は他の都市への出稼ぎ。若い者達は一刻も早く故郷を出て他の都市で働くことを誰もが望む。
そんな街だった。

市街地では昨日の嵐が嘘のような晴天の下、男たちは家の修理、子供たちは飛んできた品々の自慢大会、母親達は炊事・洗濯・井戸端会議と、それぞれが嵐の後の晴天を楽しんでいる。

角材を4本、軽々とかついだ若者が大通りを行く。
「わーいゴリラーゴリラー」
「誰がゴリラじゃ!!」
不機嫌で壮絶な表情になっているわりに、愛嬌が感じられる。
「いい加減諦めて、うちに弟子入りしろ。まだ遅くはないぞ」
「・・・・すまねぇな、おっちゃん」
5本目の角材も担ぎ上げると、若者は砂漠へと向かった。

「はぁ・・・・」
郵便局と銀行が一体化した建物から出てきたメガネの青年は、空を見上げて一つ大きくため息をついた。
公務員時代に貯めた預金は底を見せ始め、研究のための原料あつめも難しくなってきた。
「・・・・へっくしょん!」
太陽を見てるとくしゃみがでるなぁ・・・・。
青年は肩を落とすとトボトボと砂漠へ向かった。

砂漠の夜は冷える。
レンジャー連邦でも例外ではなく、夜は繁華街や街の中心部以外からは人影が消える。

1日かけてどうやら小屋は出来たようである。
焚き火を囲む二人の顔からは、さすがに疲れがにじみ出ているがムッツリ感は若干薄らいでいる。

「なぁ、マット」
スープをすすりながら、筋肉質な若者が口を開いた。
「前から聞きたかったんだけどよ・・・・ってオイ、聞いてるのか」
メガネの青年はたきをくべる手を止めて顔を上げた。
「あ・・・あぁ、すまないフライ。なんか言ったかな?」
「ん・・・まぁ、たいした事じゃないんだけどよ・・・・お前の家って、その金持ちだろ?」
マットと呼ばれた青年はやや表情を曇らせて応えた。
「そうでもないよ。西の都だからそうなのであって、連邦全体から見れば・・・」
「あぁ!まぁ、でも金持ちの分類じゃねぇか!」
フライは手を振ってマットの長話を遮ると、火を見つめながら言った。
「俺の聞きたいのはよ、ここら辺じゃー金持ちの家のお前が、なんでこんなところで汗水たらして農業してるか知りたいんだよ。」
「・・・・家が金持ちじゃ農業しちゃいけないのか?」
「いや、そうじゃないけどよ・・・なんつーか、他の金持ちの家は北や藩都に出て行くことしか考えてねぇし、お前、大学でて国に勤めてたこともあるじゃないか。それなのになんでって思ってさ。」
「・・・・フライ、この国で年にどのくらい餓死者がでるか知ってるか?」
「・・・ぶっそうな話だな・・・・」
マットは火を見つめる目に大きな憂いをともしながら話した。
「・・・・連邦は先王の時代に内乱が収まったばかりだ。まだ国として幼すぎる。当然、外交力も弱い・・・・そのうえ、連邦内に農地に適した土地は非常に少ない。」
―幼馴染とはいえ、こいつのこんな顔見るのは初めてだな。
「僕は公務員として、連邦内や他国を見てきたが、とてもじゃないがこれ以上うちの国に食料を分けられるような国はない・・・。」
スッと立ち上がれば、砂漠のかなたにどこかの都市の明かりが見えた。
「僕の子供達・・・・そのまた子供達のために、僕らがやらなきゃいけないんだ。」
砂漠の夜を風が吹きぬけた。
「フライ・・・」
不意に名前を呼ばれて、フライは顔を上げた。
「ん?」
「えぇと、その、僕だけ語るのもどうかなと・・・」
照れ隠しにか、マットはやたらとメガネを掛けなおす
「10年ぶりにあった幼馴染の一言で、何も言わずここまで協力してくれるなんて普通じゃできないだろ?その・・・理由をさ、いい機会だから聞きたいなと。」
フライは神経質な幼馴染の動作を見ながら、微笑み、口を開いた。
「うちはさ、俺が生まれてすぐに親父が死んだんだ。」

「出稼ぎに出てた東の都から知らせがきて、母ちゃんが随分泣いてたのを覚えてるよ。それ以来、なんとか母ちゃんにはいい思いをして欲しいと思って働いてきたんだ・・・」
「・・・・お前のおふくろさんて・・・」
「あぁ。母ちゃんも2年前に死んじまったよ。」

しばらく、焚き火の音だけがその場を支配した。

自嘲気味に笑うとフライは口を開いた。
「・・・・医者の見立てじゃ苦しまずに逝けたらしいし、それだけが救いかな。その時、なんのために今まで働いてきたのか分からなくなっちまってよ。」
「実を言うとよ、お前に声をかけてもらったときさ、俺よ、死のうかと思ってたんだよ。」
常に前向きな友人の意外な言葉に、マットは息を呑んだ。
「・・・・だからさ、すげー嬉しかったんだ。お前、うちに走りこんできて挨拶もそこそこに『君の力が必要なんだ!!』って叫んでさ・・・・」
「そ、それはだな・・・」
「いい、それが良かったんだよ。さっきも言ってたけど10年だぜ?それこそ普通じゃ出来ないよ。10年も会ってなかったのによ、まっすぐな目でさ・・・・今の俺は、お前に生かされてるんだ。」

夜は更け、そして朝がやってくる。
砂漠の真ん中で、はるか遠くに立ち上る朝日を2人の若者が、いや2人の男が見つめている。

「・・・・・緑の大地・・・・か」

筋肉質の男がポツリとつぶやいた。

「・・・やってやろうぜ。俺と、お前で。・・・・次のやつらのためによ。」

それを受けるようにメガネの男が口を開く。

「・・・・・それに僕達を愛し、育んでくれた人たちのために。」

砂漠に日が昇る。ゆっくりと、だが確実に。

補足
5年後、国は2人の活動を評価し、国庫より支援を行うことを決定する。
その15年後、第3代の統一藩王のもと「大学建設計画」が進められる。
そのまた5年後、西の都に農業大学の設立が決定。初代理事長にマット・フレアー氏が、実地担当教授にフライ・P・マイケルズ氏が就任する。
現在、西の都郊外の緑の農地には2人の功績をたたえる石碑が建てられている。

(文責:青海正輝)

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最終更新:2007年01月29日 04:02