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洗い物をしながら横山は、軒先から伝わる熱い気配の源を時折眺めていた。裏通りの安い宿は砂避けのために台所の窓ガラスのような使用頻度の低い場所ははめこみにしてあり、手元をぼんやりと照らす灯りだけでは、砂漠の街の夜更けに人影を充分に確かめることは出来ない。だが、そこにいるのが誰なのか、横山には確かめるまでもなくよくわかっていた。

相変わらず、休む事を知らない。

しかもその鍛錬には私欲がない。

私欲がないから自分に対する甘えもなく、ただ客観的に積み重ねる。それを、延々と繰り返している。

強くなるわけだ。

道場で毎日最後まで顔を突き合わせていた頃に比べても、もう全然私じゃ敵わない。

かちゃかちゃかちゃ、きゅう。

ぽた、

ぽた、

ぽた、

……

静かにコップや皿を布巾で拭う。その表面に鈍く照り返しが映りこむのを、どことなく寂しそうに微笑みながら横山はずっと見つめていた。

帰ってきたらいつものようにお茶を出してあげよう。ゴントファリアのお茶がいい。薬草茶は、余分な体の熱も払うし、内臓を養う。らしい。

そこまでして強くなって、それでもあの人は、自分に関わるすべてを守ろうとする。

ことん。大き目のマグカップを出して、袋から茶葉を取り出し小鍋で沸かす。

ふと、気配が止んでいるのに横山は気付いた。足音が階段を昇ってくる。扉をあけて顔をのぞかせるのは、よく日に焼けた逞しい、だが、とても誠実そうな男の顔。

「いつも準備がいいな」

ターニは、音で気付いたのか、それとも匂いで気付いたのか、室内に顔を見せるなり、大きく笑ってそういった。

「いつものことですから」

横山は嬉しそうに笑って、そういった。

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砂漠の夜はとても静かだ。

季節を言祝ぐような虫の音も、また、こんな奥まった、ただ寝に戻るだけのような通りには賑やかしい人々の喧騒もない。

そんな静かな夜の中を、ターニと横山は、テーブルで向かい合いながらお茶を飲んでいた。

ずず…

「うまいな」
「どういたしまして」

いつものやりとり。ターニは必ず礼を言う事を忘れない。どこまでも律儀な、忠犬のよう。

ずず…

自分でもお茶をすすりながら横山は、壁にたてかけてある竹刀袋を横目に見る。

「…たまにはお前もやってみるか?」
「いい、いい」

こういうどうでもいい時だけ勘のいいターニに内心を見抜かれ、慌てて横山は否定した。

「そうか。しかし、いつも家事を横山ばかりに任せてしまって、すまないとは思ってる。戦争ばかり続いているせいか、最近はこの辺りも治安が悪くなった」
「私なら大丈夫です、そんなチンピラにやられるほど横山亜美はやわじゃないですよ」
「そうか」

すまんな、とは言わなくなった。進歩だと思う。

強くなった。いい意味で、人として。

私も多分、そうだ。

迷わなくなった。

目の前にある顔をまじまじと見つめなら、ふと思わず小さく吹き出す。

「なんだ、急に」
「ごめんなさい…あれから随分長い時が経ちましたね」
「そんなことか」
「なのに、“谷口”は全然変わってないなと思ったんですよ」
「変わっただろう…変わらんか?」
「ほら、そういうところが」

くすくすくす、こらえきれずに笑いをこぼす。いまいち笑われている理由がわからずに、バツが悪そうにするターニ。

どこまでいっても、“谷口竜馬”は変わらない。

それが横山にはうれしかった。

悲しくなることもあるけど。

少なくとも今はもう、そんな想像だけで悲しくなるようなことは、なくなった。

「まだ見つからないみんなも、きっと変わってないんだろうなと思えて、それでうれしくなりました」
「そうか」

素直に口にした思いを聞くと、ターニも深く、頷いた。ターニは机の片隅においてある、手垢で大分汚れてぼろぼろになった地図を広げると、その上を指で示しながら話し始める。

「明日はもう少し足を伸ばしてみるつもりだ」
「わかりました。私は政庁の方で何か聞けないか、情報を集めてみますね」
「頼む。それで、以前話したこのところの各国の動きの事なんだが、どうやら宰相の用意した遺跡に潜っているらしい…」

真剣に協議するうちに、夜が深まっていく。

今日も、遅くなりそうだった。

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「…………」

床につきながら横山は、ごろんと寝返りを打った。

隣室にいるターニは今、もうすっかり眠ってしまっているだろう。

この日々をしあわせだと感じている自分がいる。

やがて過ぎ去ってしまう今だけのものなら、それに今だけ甘えるのは駄目な事なのだろうか。

暗闇の中の分厚い扉の静寂は、どれだけ見つめても彼女の思いに何も答えはしない。

何度も通り過ぎた自問だった。

今更同じ答えを繰り返したって、詮無い事なのはわかっていた。

ごろん。もう一度寝返りを打って、扉に背を向ける。

私は横山亜美だ。だったら横山亜美らしく、武士らしく、決めた事を貫こう。

それが結局私に出来る一番のこと。

私は私の選んだ道に、責任を持とう。

いつか来るかもしれない、何かのために。

横山は目をつむると、今度はあおむけになって眠り始めた。

不思議なことに眠気はすぐにやってきた。

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「んー、今日はいい洗濯日和ですね!」

すっきりと晴れた空を窓から見上げながら、横山は、ひとつ気合いを入れると、パン!としわを伸ばして干し始めた。

風に、ポニーテイルがなびく。

今日は砂塵が少ない。洗濯物も割合綺麗に仕上がるだろう。

とてもいい気持ちだった。

「ん…ターニ?」

ふと見下ろすと階下には見慣れた巨躯と、幾つかの人影。その中には、よく見知った懐かしい帽子のちびっこいシルエットもあった。

なんだろう。突然の喜びに、驚きが混じっている。

今日は忙しくなるかもしれない。

他の人たちはお客だろうか。とりあえずお茶は、ゴントファリアの薬草茶でいいですよね。

そんなことを考えながら、迎えに階段を駆け下りる。

日はまだ高い、昼下がりのことだった―――

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~小笠原冒険ツアー番外編:レンジャー連邦の日々・横山亜美の場合~

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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎
最終更新:2007年08月26日 01:04