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「すいません、英吏さん…ありがとう。」

赤星はうつむいた。何かを祈るような、姿だった。

「こんな事になるつもりではなかったのです。いつかもっと良い形でお会いしましょう。英吏さん、奈津子さん、クイーン。」

潮騒が、人々の確かにそこにいた余韻をかき消していく。今夜は月夜だ、水面が青い。

波に散る、月の姿を見ながらに、思うのは、今宵の顛末。思いもよらないすれ違いが、それでも最後には、気持ちを、理解を半ば押し付ける形にはなったけれども果たされて、そうして最初の英吏たちは元の世界に帰っていった。

緊張していた。警戒していた。

当然のことだった。自由意志も同意もなく、自分の置かれた状況に対する、知識も、心構えも、何もない人間が、突然に理解を求められたのだ。

だが、それでも―――

一方的ではなかったと思う。最後には、対話が出来ていたと、そう信じている。

なぜなら最後に英吏は笑ったからだ。

あれだけ威圧を怠らなかった英吏が、自分たちの、精一杯積み重ねた言葉を聞いて、最後には笑って去っていったからだ。

思いは、伝わる。

信じてつかんだそのことを胸に、赤星は、二人が去った余韻を断ち切って振り返る。

亜細亜ちゃん。

思えば、気持ちは伝わるよ―――

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~祭囃子:後編~

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英吏たちが帰りの合図を呟きこの世界から姿を消した頃、もう一組の、愛鳴藩国から到着した英吏と斎藤の警戒もようやく解けていた。

導かれて殺しあう、真なる一を決めるための戦いの、合図となる同一人物同士の共存が、最初の二人が帰っていったことで解除されたからだ。

敵の気配がなくなったと感じられた英吏たちは、船着場に迎えに行った面々と共に戻ってきて、介護テントに待っていた亜細亜たちと合流。

そこでもう一度アクシデントが起こった。

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あああああああ。

口からエクトプラズムはみだしながら、火足は夫婦のコンビネーション攻撃に悶絶していた。

亜細亜はわんわん泣いている。

火足は思った。どうしてこんなことになったんだろう。

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違った。

頭が真っ白になった。

違う。

「?」

泣いている亜細亜を不思議そうに、だが泰然と笑みながら見ているのは、英吏。

今、

目の前にある、

この笑顔は、

私が欲しかったものじゃない……

『今から来る、英吏さんは、さっきの英吏さんとは別の人だから、大丈夫だよ』

目が覚めて、英吏たちが戻ってきたと聞いて、

きっと、みんなが怒った英吏さんをなだめて連れ戻してくれたんだと思った。

でも違った。

『さっきの英吏さんとは別の人だから』

『別の人だから』

「わぁ……」

わんわん、まるで自分の歳の半分くらいもない子供みたいに亜細亜は泣いた。

泣いて、泣いて、泣いた。

全部頭の中から飛んでいった。

「呼んでもらったのに……」

ひぃ、と、喉を鳴らしながら空気を吸う。

「せっかく呼んでもらったのに……っ」

遠いところで英吏がしゃべっている。

『騒がしい祭りだが、あの子は?』

違う。

そうじゃない。

そんな、風に、

あなたに話されたかったんじゃない……

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罪悪感も、なにもかも振り捨てて、

その場の何もかもが耐え切れなくなって、

亜細亜は、

逃げた。

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「あああああああ!」

安心させるつもりで言ったのが悪かったなー、と火足は、ものすごいいい笑顔で自分にアキレス腱固めをしている吹雪先生と、アームロックをかけているその奥さんとに絶叫させられながら反省していた。

『今から来る、英吏さんは、さっきの英吏さんとは別の人だから、大丈夫だよ』

気付けなかったなあと思う。

あの子があの英吏を呼んだのは、あの英吏が好きだからで、自分たちが誰かを好きになる時そうであるように、かわりなんていなかったんだなあ、と。

「そのようだな」

トーゴがエクトプラズムでしゃべる彼に同意した。回りでは、ぷかぷか幽体離脱している藩王を必死に体へ押し戻そうとみんながてんやわんやしている。

英吏も斎藤も何が起こったのかよく理解していない。

ある意味で、さっきの英吏と斎藤たちと、同じ状況だ。

呼ばれたけど、何が起こっているかわからない。

考えると一つずつ亜細亜の反応が腑に落ちていく。いくら内気な彼女でも、ただ誰かと会うだけであんなに緊張するはずがなかった。

まだまだだなあ、と思う。

二組の英吏たちに対しても、そうだし、亜細亜に対して、もっともよく、そうだった。

気がつけば、二人でロメロスペシャルをかけられている。地獄の釣り天井とも呼ばれる技で、両手を後ろからつかまれ背中を足で押し上げられ、空中に固められる技だ。既に関節技の域を越えている気もする。

うれしそうだなー、うれしそうだなー。

くそー師匠め。

心の中で吹雪先生を師匠と呼びながら、その師匠からさっきのお返しとばかりにガッチリホールドされつつ、やっと魂が肉体に復帰した火足は、逃げていった亜細亜をまた仲間が追いかけてくれたことに安堵しつつ肩周りの筋肉をほぐした。ふー、しんどかった。

追いかけよう。

素直に火足は、先行して追いかけた二人を追った。

それを見てか、見ずしてか、一つの人影が彼らの前をあてどなく横切る。

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吟遊詩人はふらりと踊る。

少女と語らい雑踏を抜け。

太い腹をまあるく揺らし、吟遊詩人はふらりと踊る。

さて望むものはなんだろう。

望む、代価は君にはあるか?

さて望むものはなんだろう。

望む、覚悟は君にはあるか?

いよいよ天高くに月を迎えた祭りは深く、社を祭って騒々しく宴を謳う。

満ち満ちたように見える月はだが、いまだ満月ならず、時を待ち―――

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「………」

戻りたくない、と、亜細亜は思った。

戻りたく、ない。

あの二人の、ううん―――英吏のいる場所には、戻りたく、ない。

それに、さっき、とうとう口にしてしまった。

せっかく呼んでもらったのに、と。

……今度こそ、みんなにわかってしまっただろう。

嫌だな。

戻りたく、ないな。

重たい気持ちの中に、ぽうっとリフレインしてくる、通りすがりの男の言葉。

『君が欲しいものがある』

「…………っ」

ぎゅうっと心を内に固めて亜細亜は身を固くする。唇は、周りとの対話に費やされているけれども、心はもう、そこにはない。心はもう、ここにはおけない。

心のありかは、ではどこか。

戻りたくない。

けど―――

思い返すのは一つの言葉。

『好きな人にはせめて本気の想いをぶつけたいじゃない』

今日の自分は、どうだったろうか。

英吏に、みんなに、ちゃんと想いを伝えていた、だろうか……

「―――――」

後藤亜細亜は空を見上げる。そこを月が上らんと、丸い姿をさらしていた。その月を、見上げながらにいつしか涙は乾いてゆく。

これから、どうしよう?

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どうするべきか、と火足は考えた。

今、ふらりと現れた吟遊詩人の言に従って、亜細亜を広島ゲームに誘うべきか。

そのために、自分はどこまでやっていいのか。

落ち着いたら戻ろうか、と亜細亜に話し掛けて、戻りたくないと返された。

今日は失敗してばかりだな。

それでも―――

真面目に、彼女のことを見守りたい、導きたい、と思うから。

火足は最後の瞬間まで、考え続けていた。

見つめるのは己の手。視線へと、問い返すかのように掌はある。

自分がどうするべきなのかを。

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夏祭り。

一組の、夫婦は仲良く腕組みしながらどこかへ消え、一人の男は今日もまた新たに世界の小さな仕組みを知る。

少年の持つ飴に、少女はためらい、いつものようにおねだりをし損ねる。

祭囃子のただなかで、人の思いが雑踏のようにすれ違い、立ち止まり、交錯する―――

小笠原……

いつでも時は流れ、そして去る。

今振り返る、この時をすら。

祭囃子は月夜に高らか。

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-The undersigned:Joker as a Clown:城 華一郎
最終更新:2007年10月25日 23:42