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漁業:巨大鯨との戦い


「・・・・・きた・・・・・・!!」

長年コンビを組むオートン爺が短く叫んだ。

―あいつの声は低いくせに良く通るよなぁ・・・・・。

「・・・・急げ・・・・・!!」

―分かってるって。俺を誰だと思ってんのよ・・・?

「俺様は漁の天才!ブッカ―だぜ!!!」

やれやれ、と首を振るオートン爺を尻目に、彼は一気に手に持った竿を巻き始めた。
今の今まで、竿を自堕落に肩にかけて寝ていた男とは思えないほどその手つきは鋭い。竿の先にかかった大物の動きを確実に先読みし、竿と糸にかかる圧力を最小限に殺している。
「・・・・・っふ・・・・・・」
一瞬、ブッカーが声にならない声を上げ、船上の雰囲気が一気に緊張感を増した。
今まで飲み込んだ糸を外すため横に走り回っていた獲物―大型の回遊魚―が、その体重と筋肉の限りを尽くして潜水を開始したのだ。

「・・・ビショフ!モリだ!!」
「了解!!」

オートン爺の鋭い言葉に反応し、大学の水産科卒のビショフがすかさずモリを打ち込み獲物の動きを抑えるべく、その照準を合わせた。
が、それが飛び出るより早く、ブッカーの怒号が飛んだ。

「打つんじゃねぇ!これは決闘だ!!」

顔を真っ赤にしたその顔は赤鬼のようでもあるが、キラキラと輝く瞳と自然にわきあがってくる笑顔が、まるで何度も何度も逆上がりに挑戦する子供のようでひどく魅力的だった。

「・・・・出るぞ、ビショフ。よく見とけ・・・」

左右に激しく揺れていた竿が、今はときおり小刻みに縦に振られている。
一見釣りにおける基本の動き、なんでもない動きに見えるがその奥の深さはそこが知れない。彼は、獲物が動き出す瞬間を狙って竿を縦に動かし、獲物の出鼻を挫くことでその体力を奪い、さらに移動距離を短くして糸の消耗を極力減らしているのだ。
一瞬間違えれば糸を切られてしまうこの作業を、彼は全身全霊をかけて行っていた。
それはありとあらゆる経験と、経験に裏づけされた勘。そして圧倒的な才能と、戦う相手への敬意がなければ出来ぬ芸当であった。
やがて、ゆっくりと銀色の物体が水面に姿を現した。


北の都は藩国最大の都である。
交易港、漁港、職人街、そして藩国最大の歓楽街と、様々な顔を持つこの街は、一日中活気に満ちた藩国経済の中心地でもある。

「聞いたぜ兄弟!また今期の最高重量記録を塗り替えたんだって!?」

漁とセリを終えた3人は歓楽街にある漁師仲間行きつけの酒場で心を癒していた。店は今日も荒くれ漁師で満席である。
と、そこに騒々しい店内でも一際存在感を放つ大男が入ってきた。

「いやぁ、かなわねぇなぁお前には!がはははは!!」
「よっしゃ!ナッシュ!!今夜は俺のおごりだー!!ノメノメー!!」

金使いの荒いブッカーと、同じく一本釣り派のナッシュは昔から気があう親友である。どちらかが大物を釣り上げればこうしてバカ騒ぎに明け暮れるのが常であったが、今夜は事情が違った。

「・・・???? どうしたナッシュ?」
「いやと、いつもみてえにグイグイいきたいところなんだが・・・・。」

いつもと違うナッシュの態度に、横で相伴していたビショフ、向いでチビチビと飲んでいたオートンまでもが顔をあげ、何事かとナッシュを見つめる。

「・・・・実は、今日もヤツがでたんだ・・・」
「なに!?・・・・・・やられたのか・・・・?」
「あぁ・・・・3艘やられた。乗ってたやつらは全員・・・・。」

クソ!!っとブッカーが机を叩いた。

実は北の都の漁業界は今、重大な問題に直面している。
連邦では捕鯨も行われている。とはいえ、連邦近海の鯨はどれも小型(3~5M)であり、船を転覆させたり海を荒らしたりといった行為を働くようなものではない。

だが、一匹だけ例外がいた。

その鯨は突然変異か大型の鯨並みの体格を持ち、その体長は優に20Mを超える。普段プランクトンを主食としている鯨の常識を超え、大型の魚を喰らう怪物とかしていた。
無論、怪物にとっては人間とて例外ではない。やつが現われてからというもの、連邦水産業は甚大な打撃を受け、貿易船すら襲われるようになってしまった。
食料の増産指令を受けた国はようやくこの怪物の本格的な討伐に乗り出すことを決意。懸賞金を賭けハンターを募ったが、この狡猾な怪物は強い相手と見ると戦わず、全く効果は上がっていなかった。

「今日は、どこの海域に現われたんですか?」
「・・・・ちょうどお前らとは逆のポイントだ。」

ビショフの問いに暗い表情でナッシュが答え、さらにブッカーの顔が曇った。
ブッカーたちは、未だこの怪物と対峙したことがない。それは神の思し召しか、はたまた単なるめぐり合いか。
4人の周りにはいつしか店中の仲間達が集まってきたが、一様に下を向き口をつぐんでいた。

場を重苦しい沈黙が支配し、やがてブッカーが口を開いた。

「・・・・俺達がやるしかない。」

みんながブッカーの顔を見た。

「俺達がやるしかないんだ。俺達はこの海で生まれ、この海に育ててもらったようなもんだ。国のお達しだからとかじゃない。俺達が生きるためにも、この海のためにも、今、俺達が立ち上がらなきゃいけないんだ!!」

ナッシュが立ち上がった。

「そうだ!俺達の海だ!!俺達が守らなくてどうするんだ!!」

「そうだ!」「そうだ!!」・・・・・・・・。

店を熱情が駆け巡った。
海の男たちは団結し、怪物に戦いを挑むことを決意したのである。


翌日から作戦が展開された。
各漁船は必ず連絡のとりあえる距離で航行し、怪物を見つけたらすぐさま港で待機しているブッカーの船に連絡を入れる。
怪物を発見した海域には大型の漁船が急行し、距離を縮め戦いを避けるであろう怪物をブッカー、ナッシュ、そしてもう一人熟練の一本釣り漁師が待ち受ける海域に追い込み、勝負を仕掛けるのである。

連邦水産業の命運をかけたこの作戦は、しかし、当初から苦戦を強いられた。
異常な危機察知能力を持つこの怪物は、漁師達の通常とは違う動きをみて警戒し、全く姿を見せなくなったのである。
事態は持久戦の様相をていし始めた。ブッカーたちはじりじりと時を待った。
そして、10日目。ついに、その時が来た。

港から北西部の海域に出ていた漁船郡から連絡が入った。
怪物はついに根競べに負け、その巨大な姿を現したのである。
すぐさま現場に大型の漁船が急行。漁船群が流した撒き餌に夢中だった怪物の周りを取り囲むと、網を一杯に流し港のほうへといざなった。
怪物はこの動きを警戒し、網の途切れている方へと移動。そして、いよいよブッカー達との対決となった。

「くそ!!こっちもラスト一本だ!!」

隣の船からナッシュの叫びが聞こえてきた。
最後の戦いにブッカーたちは3艘の船、そして一艘ごとに3人のベテラン一本釣り師を用意し、計9本の釣り糸を束ねたものを大型回遊魚につけて怪物を狙った。
その作戦は功を奏し、怪物にまんまと9本の特性釣り針を打ち込むことに成功。あとは引き上げるだけのはずだった。だが・・・・。

「ブチン!!」
激しい音を立ててオートン爺の持っていた竿の糸が食いちぎられた。
これで7本目。
ブッカーたちの作戦ミスではない。
ただ、怪物が凄まじすぎただけなのだ。

残るはブッカーとナッシュの竿のみ。
そして。

「ちくしょう!!」

既に死闘を開始してから5時間。怪物にもようやく疲れが見えてきたが、こちらも限界だった。ナッシュの竿が徐々に怪物の横の動きに対応できなくなり、ついに深く沈んだその時、竿ごと持っていかれてしまいあやうくナッシュも連れて行かれるところだった。

「すまねぇブッカー・・・頼む!!」
「ブッカー頑張ってくれ!」
「ブッカー!!」

周りを囲んだ船から次々にブッカーへと言葉がかけられた。ブッカーは常に彼が望むとおり、一対一の決闘となったのである。

ブッカーは、かつてないほど集中していた。
長い年月を海で過ごした漁師は、やがて自分が獲物たちの気持ちが読めるようになるという。
彼は目前で戦いを続ける巨大な鯨と、糸という道具をかいして会話を行っていた。
周りを埋める船は見えず、仲間たちからの歓声も届いていない。
彼の心にあるのは、糸と、其の先にいる鯨だけだった。

やがて、会話の果てに彼は巨大な鯨の心にあるものが見えた気がした。

それは哀しみだった。
彼は好んで巨大になったわけではない。好んで魚を食うのではない。好んで船を襲うのではない。
ただ、生きたかったのである。
自然、ブッカーの頬を涙が伝った。それは何の涙か、彼にも分からなかった。
やがて日が沈むころ、鯨はその巨体をブッカーの船に並べ目を閉じた。

ブッカーと仲間達は鯨を見つめ、静かに涙を流した。
ブッカーの胸には古い戦友を失くしたような、酷く哀しい気持ちが広がった。

巨大鯨の遺体は港に回航されたが、漁師たちの希望により海に流された。
連邦の水産業は再び活気を取り戻し、国は海産物の増産に成功した。
その後、連邦の漁師たちはその日の漁の無事を、鯨の神に祈るようになったという。

(3613文字 文章:青海正輝)