猫と農夫と鬼ごっこ


「戦争が近いみたいだね。」
「そうみたいだにゃ。」
「とりあえず準備をしなくちゃいけないね。」
「だにゃ。」
「何が居るかな…武器、弾薬、訓練も気合いを入れないと。後何が必要かな?」
「おなかがすいたにゃ!」
「え、あぁご飯かい。確かに居るかも…」
「おなかがすいたにゃ!!!」
「…ははは。そうだね。ご飯にしようか。腹が減ってはなんとやら…だ。」
―とある猫士と青年の会話。
双樹 真は少しだけ肩を落としながら歩いていた。
その脳裏にはほんの数時間前の会話が蘇る。
「うーん……やっぱり食料が足りないのよねぇ。」
ふぅ。と言った感じでため息を尽く。
その周りでは連邦の名立たる面々がそれぞれの案を提案し、議論している。
―さ、参加しなきゃ~。
最近士官したど・新人である双樹 真も目をぐるぐるさせながら議論に加わろうとしていた。
ちなみにその時の事は双樹の記憶にはあまり残っていなかった。
憧れの蝶子藩王の御前であった事や、議論のレベルの高さに双樹の頭は半ばショートしていたのである。
「よし!とりあえず準備をしなくちゃ。」
議論がある程度固まったところで蝶子藩王がたちあがった。
そして次々と指示を下し始める。
てきぱきと、的確に、迅速に割り振られていく山のような仕事の数々。
それも終わりに近づき、双樹も腹を撫で下ろしかけたその時、蝶子藩王の声が双樹にかけられる。
「それじゃ、双樹さんは農家の視察に行ってきて頂戴。農家のみなさんにも頑張ってもらわないと。…ね!」
にっこりと微笑む蝶子藩王。
そのあまりの可憐さにくらくらしながらも(それどころでは無いはずなのだが)任務を与えられた双樹は慌てて言った。
「わ、私がですか!?いや、無理ですよ!?こんな私に任務なんて!」
目はぐるぐる。口はあわあわ。手は宙をさまよい、猫にまたたびよりもヒドイ状態である。
蝶子藩王は真面目な顔になると双樹の肩に手を置く。
「連邦を…。国民を…。【愛】を守る為なのよ!!」
ぴしゃーん。
雷鳴が辺りに響き渡った。…気がした。
「【愛】…ですか?」
「そう【愛】よ!!」
「わっかりました!不肖この私双樹 真は微力ながら全力を尽くさせていただきます!」
そういってクルリと反転し全力疾走で宮廷から出ていった。
―数時間前の話である。
もうすぐで西の都市が、見えてくるはずだ。
と、言う事は農家が集まって来る場所はすぐ其処のはずだ。
―自分に出来るだろうか。
双樹の心に不安がよぎる。
―いや、やるんだ!
無理矢理不安を押し込めて前を向く。
「退くにゃぁぁぁぁあああ!」
「うわぁ!?」
あわやぶつかるかと思った刹那、突撃してきた黒猫は双樹の膝、腹、肩を踏み台にして天空へと飛翔する。
黒猫は3回転半にひねりを加えて着地し、またそのまま直進して行った。
「なんだったんだ…一体。」
尻餅をつき、惚けたように黒猫が走り去った方向を見つめる双樹。
「どぉぉぉおおけぇぇぇええ!」
「えっ?うぶぅ!?」
どーーん。
走ってきた男とサッカーボールよろしく蹴り飛ばされ、派手に吹っ飛ぶ双樹。
「くそっ。逃げられた。」男は悔しげに呟く。
「ん?」
男は地面に突っ伏しぴくぴくしている双樹に気が付くと近寄ってくる。
―そこで双樹の意識はフェードアウトしていった。


「ん…ここは?」
双樹の目に移るのは煉瓦の天井。
「おお。目が覚めたかい?お役人さん。」
かなり大きな体躯をもつ男が申し訳なさそうに笑っている。
「すまんかったなぁ。」
「あぁ、いえ。大丈夫です。それより…。」
「ん?」
「なぜあの黒猫さんを追い掛けてたんでしょうか?」「ん、あああれか。」
男は少しだけ困った顔をした。
「キーテイルって言うんだが、大地主なんだよ。このあたりの。」
「地主…?」
―だったら何で追い掛けるんだろう?
「あぁ。それで最近食料が必要だって言うんで農場を広くしようと農家の組合で決めたんだが…。」
―すでに状況は各地に伝わっているらしい。
「土地を譲って貰えなくてな。」
「はぁ。」
双樹はよく判らないようだ。
「交渉に交渉を重ねた結果だされた条件がアレなんだ。」
男は肩を落とす。
「鬼ごっこ…ですか?」
「あぁ捕まえられたらって約束なんだ。それでここいらで一番足の早い俺が選ばれたんだが…。」
男の表情をみるかぎり状況は芳しく無いらしい。
双樹は少し決心したように男を見つめる。
「お手伝いします。」
「えっ、いいのか?」
うなずく双樹。
「双樹 真です。」
手を差し出す。
「アール・フログレンスだ。」
かたく握手が結ばれた。


其処からが地獄であった。
アール家を出たすぐそこにキーテイルはいた。
特徴的にカクカクと折れ曲がった尻尾をフリフリと手招きならぬ尾招きで挑発するキーテイル。
「かもーん…にゃ。」
鬼ごっこが始まった。
ただでさえ違う身体能力。
人と猫ではそのスピード、体力の違いは明白だ。
おまけにキーテイルの駆け引きは絶妙だった。
つかず、離れず、休ませず。
あと少し!と言うところで擦り抜ける。
じわじわと削られる体力。
しかも小手先の技が通用しないのだから最悪である。
そうやって五時間が経過した。
すでに日も傾いてきた。
夜は近い。
「アールさん!」
走りながら双樹は叫ぶ。
「なんだ!!」
「少し気付いたことがあるんですが!!」
「なんだ!?」
「止まってくださーい。」………5分後。
アールはキーテイルを一人で追い掛けていた。
相変わらず状況は変わっていない。
―はは~んあの役人脱落したんだにゃ。走るの苦手そうだったもんにゃ~。
少し後ろを伺う。
必死の形相で走るアール。―ふふ~ん。どうやら今日も。私の勝ちみたいだにゃ。
刹那、アールが大声を発する。
―なんにゃ?
「今だぁぁぁぁあああ。」―まさか!
前をみるキーテイル。
飛び出す人影。
伸びる手。
いつかのように膝、腹、肩とを踏み台にして跳躍する。
飛ぶ黒猫。
手を伸ばす双樹。
飛び付くアール。

三者の影が夕焼けをバックに重なった。


「ぬ~私の負けにゃ。」
キーテイルは双樹に抱かれて肩を落としている。
「なんであそこにくるってわかったにゃ?」
恨めしそうに双樹を見上げるキーテイル。
「五時間も走ってれば癖くらいは…。」
苦笑する双樹。
「それに此処を通る回数が一番多かったんです。」
そう言ってアール家を見る双樹。
「まぁいいにゃ。とにかく私のまけだにゃ。」
そこで今まで黙っていたアールが口を開いた。
「だったら土地を貸して頂けるんだろうか?」
アールは中腰になりキーテイルと目を合わせる。
「いいにゃ。好きなだけ使うがいいにゃ。」
目をそらすキーテイル。
「ありがとう。きっとみんなも喜ぶ。」
満面の笑みを浮かべるアール。
ちらっとみて赤面するキーテイル。
―あれ?もしかしてキーテイルさんって…。
双樹は咳払いを一つする。
「夜ですね。もう遅いですしキーテイルさんも疲れてるでしょうしお腹もすきましたね~。」
アールが徳心したように頷く。
「そうだな。今日は世話になったし晩飯を食ってかないか?」
「そうですね~。キーテイルさんもお腹、すいてません?」
「…すいたにゃ。」
「あぁ。だったら地主さんもくるか?」
「…いくにゃ。それと私の事はキーテイルでいいにゃ。」
「あぁ。わかった。なら行こうか。」
アール家へ歩きだす三人。「あー!そういえば俺、仕事終わってませんでしたー!すいません。ご飯は今度と言う事で!」
そう言ってキーテイルを下ろし走りだす双樹。
「あ、おい!…行っちまった。まぁその内会うこともあるか。よし。飯にしようか。」
「…わかったにゃ。」
二人はアール家へと入っていった。


それを見届けて西の都市へと歩きだす。
今日は疲れた。
視察は明日にしよう。
なかなかおもしろい一日だった。
これを話したら蝶子藩王やみんなは喜んでくれるだろうか。
これで農地も広がるだろうし。
「ん~。」
呻いて体を伸ばす。
とりあえずホテルを探さなきゃ。

(3140文字 文章:双樹真)

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最終更新:2007年01月29日 04:22