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白いシーツの上に、足を投げ出すようにして身をやすらえている、緑髪の女がいた。
きつい目鼻立ちをしている。頭の後ろで二房に大きく分けられた、長い髪。

霊安室を改造して急設された病室の壁は塗り潰されたばかりでまだ真白い。

自分以外は誰もいないその病室の中で、アララ・クランはまなざしていた。

厳重に外から守られたその病室の中で、身をこうしてやすらわすことしか出来ないベッドの上から、じっと、その、純白の壁を。

小ぶりだが形がよく、艶やかな唇は、堅くつぐまれている。

頭上に輝く白熱灯の無機質な電光が、室内の何もかもを光の色に染めていて、シーツの皺に寄った影さえ薄らいでいる。

死者の安息を保つため、分厚くはめこまれた壁が、何の音も通さない。窓さえも、ないのだ。

しん……と薬の匂いが静寂に漂う。

アララは身じろぎもしない。

時計の針だけが無音に盤上で空間を刻んでいく。

そうして黙っていると、彼女はまるで一輪の花のようであった。

凛々しくも美麗なる面、花一輪のように艶やかで。

やわらかに磨かれた肢体は花弁のように色めいて。

白い光の中に、かざされた、一輪。

ただの、一輪。

気配がした。

厚い壁、扉の向こうで空気が震動している、音にもならない気配。

扉が引き開けられる。

「遅くなりました」

銀色の指を持つ若者が、真摯にアララを見つめた。

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気遣わしげにその若者はアララの横へとやってくる。
今にもかしずきそうなほど、若者が自分を慕っていることは、彼女には一目でわかった。
口を開く。

「だれ?」

言葉に詰まったかのような、一瞬の沈黙。
それでも胸に詰まったすべてを噛み殺し、吐き出される、誇らしげな言葉。

「貴女の手下です。憶えていませんか?」

アララは優しく笑った。

「はじめまして。覚えるも何も、貴方にあったのははじめてかも」

少しずつ、少しずつ。
アララが答えるたびに、若者は、その口調にためらいと戸惑いと、後悔のよどみを増していく。

知らないわ。

ごめんね。

「そうですか……。いえ、俺が軽率だっただけです。申し訳ありません」

気丈にも若者は、知人からまったく忘れ去られた扱いを受けて、なお、動揺をその面に見せようとはしなかった。

けれども、直立不動に立ち尽くしている、その手が、緩く、何かを耐え難そうに握られている。

彼の面を見ながらアララは微笑んだ。

「いいわ。退屈していたところだもの。なにか話なさい」

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奔放に切り裂く相手を求めた時に、こんな風な従僕が忠実にしていれば、きっと、同じくらいの心地にはなったろう。その従僕が、かつての思い出に触れさえしなければ、誉めてあげてもいいくらいだった。

「知らない相手にこういう話をするのもあれなんですが、俺、好きな人がいるんです」

好みと比べてセックスアピールはまだ足りないが、

「もう好きで好きでたまらなくて。たぶんその人がいなかったら今すぐにでも死にたくなるぐらいに好きなんです」

思いつめるほどに、ひたむきで。

「その人を探してきたんです。俺が期待に応えられなかったから、その人はすごい傷を負ってしまって」

その、感情の熱量が、知りもしない相手の、初々しいほどの恋情と勝手な懺悔の話のはずなのに、

「はい。でも、見つからなくてもずっと俺は好きでいよう、って決めてるんです。期待には応えられなかったけど、約束ぐらいは守ろうって」

ちりちりと、心地よい。

アララはだから、微笑んでその若者の話を聞いていた。

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「知らない人にこんなこと聞いてもらって、ほんとすいません」
「いい暇つぶしになったわ」

彼の苦笑に、笑って返し、アララはそう言った。
花、一輪の揺れたような、ほんの微かな笑顔だった。
その面が浮かべればどこまでも華のある、凛と立つ小さな表情であった。

「ありがとうございます」

ベッドの傍らで、自ら用意した椅子に腰掛けていた若者が、つられて浮かべた笑いを収めて、押し黙る。
白熱灯の白が、その沈黙の上に降る。
言葉を交わさなければ、満ちるのはただ、白い分厚い壁に取り囲まれた、薬の香が漂う静寂。
それにももう、大分鼻が慣れてしまっているけれども。

「しつこい男でしょう、俺って。だから忘れられてもずっと好きでいると思うんです」

やにわに彼は語り出した。

また、恋の話だろうか。

不思議を瞳の色に浮かべたアララの前で、彼は心持ち身を乗り出すようにして言い出す。

すいません。
手を、貸していただいてよろしいでしょうか。

差し伸べた手の指先に、若者はありがとうございますと礼を述べてから口付けをした。
軽い、触れるだけの感触。

「――――」
「――――」

唇が、離れていく。
湿り気すらも残さない、淡い口付け。
手を取った、その手がすっと離れていく。

「こうしてもらったこともあるんですけど、ね…」

何故か満足そうに微笑みながら、若者は、清々しく、何かを思い切ったようにもう一度礼を繰り返す。

「すいません! ありがとうございました!」
「……」

アララは、ずうっと彼が自分のことを見つめていたのを承知で、言った。

「人違いかも知れないわよ?」
「幻や作り物でも無い限り、俺は見間違わないと思います」

即答のような早さでいらえは返ってくる。

髪と同じ色をしたアララの瞳を、

じっと、

見つめながら。

「……本当に、覚えていないんですよね」

少し残念そうに表情を翳らせる若者に、アララは微笑んで、首をかしげてみせた。

どこまでも苛烈なほどに凛々しいその面が伝えるのは、同情のような気遣いだけ。

「何度も何度もすいません。ほんとに」

彼は深々と頭を垂れた。

「いえ。
 気をつけて病室に帰ってね」

アララは彼に、そう答えた。

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立ち上がらない沈黙。

見つめ交わされる視線。

影法師は、もう一言だけ、思いをその唇に乗せた。

「……ここにいたらやっぱり、迷惑でしょうか」

苦笑。
けれどもそれは、彼からのものではなくて。

だからアララは、その提案を受け入れた。

「もう少しなら」

ありがとうございます、と、一気に緊張が解けたみたいに腰砕けになった彼を見て、アララは笑った。

その年頃の若者らしい、友人達と馬鹿をやって殴りあったり鼻血を吹いたりするような、彼、本来の雰囲気を見て。

アララは、笑った。

花に露の弾けて揺れたような、凛冽な輪郭を持った、無邪気に綺麗な笑みだった。

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署名:城 華一郎(じょう かいちろう)