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「・・・で、そのロケットが唯一の形見なんだね」
「そうなの。といっても、中が開かないんじゃ何が入ってるかなんてわからないんだけどね」

私たちは木陰で果物を食べながら、私のロケットペンダントについて話をしていた。
ちなみに二人して頭からずぶぬれになったおかげで、服はまたしても木の枝にぶら下がって風に揺れている。
今は二人とも下着同然の姿だけど、不思議と気にはならなかった。

「じゃあさ、開けてみない?何か出生の秘密が!って感じがして気になるんだよね」
「そう?でもこれ、どうやっても開かないから・・・試してみる?」

いいの?という顔をするアンリに、ロケットを手渡す。
受け取り、何やら難しそうな顔をしてロケットを見るアンリ。
太陽に照らし、見る方向を変え、丹念にロケットを検分している。
時折きらりと光る眼鏡が、なんだかかっこよく見える。
でも、アンリはなんだか楽しそうだ。

「・・・なんだか、子供みたい」
「え、何か言った?」
「ううん、なんでも」

そうは言ったが、口元から自然に笑みがこぼれてしまう。
やっぱり、なんかいいな。こういう感じ。

「?・・・まあ、いいか」
「もう、なによう」
「へへへ。・・・と、どうやらこれは留め金が引っかかってるみたいだね。ほらここ。ひしゃげてるだろ?」
「どれどれ・・・?」

アンリが見せてくれた部分を見る。
よくわからない。

「わかんない」
「ここの板さ。本当ならこっちにこう出てるんだけど・・・折れたか切れたかして、ここを曲げたみたいな」
「あ・・・これのこと?」

アンリが空中に指で図を書いて必死に説明してくれる。
おかげでなんとなくわかった。
もともとそんな形だと思って気にしてなかった部分のことらしい。

「そう。本当ならここを押せば開くんだけど、押せないから開かなくなっちゃったんだね」
「そうか・・・私てっきり、こうやってひねって開けるのかとばかり」

ロケットを持って、ひねる手まねをしてみせる。

「そういうタイプのものもあるけどね。これは手の込んだ型みたいだから」
「ふーん・・・」
「直せば開くよ。けど・・・」
「けど?」
「ここじゃあ、道具が足りない。俺の工房なら道具もそろってるし、修理するのは簡単なんだけどね」
「工房って・・・あなたほんとに王子?鍛冶屋とか、細工師の息子じゃなくて?」
「あはは、まあいいじゃない」

そういってウインクひとつ。
うん、アンリのこういういたずらっ子みたいな顔もなかなか・・・って違う違う。今は私のロケットの話。
ぴたぴたと頬を叩く。

「どしたの?」
「ううん、何でも」

ほっ。
また顔が赤くなってそうだったけど、気づかれなかったみたい。

「・・・うん、これはひとつやってみるか。ミル、ひとつお願いがあるんだけど」
「な、なに?」
「このロケット、壊してしまうも知れない。それを、許してほしい」
「・・・いいよ。アンリを信じる」
「ありがとう」

そういうとアンリは、いつものナイフを取り出した。

「それでこじ開けるの?」
「ううん、ちょっと違うよ。これにおまじないをかけて、きれいに開けるんだ。ただ、うまくいかないかもしれないけどね」
「おまじない?」
「そう、おまじない。うちに古くから伝わる、感覚を集中させるおまじないさ」

そういうとアンリはナイフを陽の光に照らし、呪文を唱え始めた。

『私の指は銀の指、宿れ、星の精霊よ』

そのとき、アンリの持っていたナイフが輝き始めた。
太陽の光の反射かもしれない。
でも、私の目には天からの光がナイフに直接宿ったかのように見えた。
その光はどんどん光量を増し、刃先からいまや柄にまで達している。

「すごい・・・光が集まってく・・・」

光がアンリの指まで達したとき。
その銀に輝く指で、アンリはナイフをロケットに当て、留め金の部分を軽くつついた。
すると。
ロケットは音もなく開いた。

「開いた・・・ほんとに開いた!」

すごい。
本当に魔法使いみたい。
まだドキドキしている私の前に、アンリがロケットを差し出してくる。

「何とか開いたよ。また閉じちゃったら、開けるのが大変だけどね。はい、どうぞ」
「うん・・・」

恐る恐る手に取り、中を覗く。
そこには、私に似た、ちょっと年上の女性の絵。
そして、折りたたまれた紙が1つ。

「・・・なんだろ・・・」

紙を開くと、そこにはこう書かれていた。

”ミリエルへ

もしものときのために、この手紙を残します。

この手紙を読んでいるということは、母はもうこの世にはいないのでしょう。
あまり母親らしいことをしてあげられずに先立つ母をどうか許してください。

体が弱い母と違って、元気に生まれてくれたことに感謝します。ありがとう。

母からあなたには何も残して上げられないけれど、身の証としてこのロケットをあなたに贈ります。

困ったときは、このロケットとこの手紙を添えて、アルバート・シュルツ卿を頼りにしてください。
きっとあなたを悪いようには扱わないでしょう。

どうか、あなたの上に幾千の星の加護と、幾万の愛が降り注ぎますように。

愛しいわが子へ
あなたの母、エレニアより”

「おかあさん・・・」

なんだかあったかい気持ちになる。
母の顔も、そのぬくもりも全然知らないけど、その優しい気持ちは伝わってきた。
知らず、涙があふれてくる。

「ミル・・・」
「ご、ごめんね、泣いたりなんかして。どうしてだろ、悲しくなんてないのに・・・」

涙が止まらない。
必死で涙をぬぐう私の肩に、そっと手が置かれる。
アンリが、そのまま私を抱き寄せる。
・・・あったかい。

「・・・人はね、悲しいときだけじゃなくて、うれしいときにも泣けるんだよ」
「・・・そうなの?」
「そうさ」

見上げる私に、微笑を返してくれるアンリ。

「・・・お母さんのこと、何か思い出せた?」
「ううん、あんまり・・・でも、お母さんの気持ちはわかって、それで・・・」
「よかったね、ミル」

ぎゅっ、とアンリが抱きしめてくる。
恥ずかしいけど、今はなんだか心地いい。

「うん・・・ありがと、アンリ・・・」

アンリの胸にすがったまま、私は日が暮れるまで泣いた。

『ありがとう、おかあさん・・・』

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O島の伝説6

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最終更新:2008年05月29日 19:18