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その日の夜。
食事も終わり、今は二人で星空を見上げて、とりとめもない話をしている。

「じゃあ、そのシュルツ卿については何も知らないんだ?」
「そうなの。何せ物心ついたときから商家のお手伝いだったんだもの。お母さんがどんな人だったかなんて教えてもらえなかったし、その日を生きるのに一生懸命だったから、あまり深く考えなかったし」
「そうなんだ。ミルは偉いな」

そう言うとアンリは私の頭を撫でてくれた。
・・・なんだか気恥ずかしいけど、うれしいな。

「えへへ・・・あ、アンリは知らない?仮にも王子様なんだから、名前くらいは聞いたことないかな?」
「それが・・・うーん、聞いたことあるようなないような、って感じかな」
「どっちなのよ」
「いや、俺あんまり宮廷の行事とか苦手でさ。あまり出てなかったから・・・」
「あ、不良王子だったのね」
「まあね」

二人で笑いあう。
・・・なんだろう。
出逢って間もないのに、アンリとこうしているとすごく落ち着く。
気持ちが楽になっていく感じがする。
こういう雰囲気って、いいな・・・

「もし戻ったら、調べてあげるよ。それで、一緒にそのシュルツ卿のところに行こう」
「いいの?」
「任せてよ。家に戻れば、名前から何か掴めるかも知れない。ちゃんと調べて、ちゃんとつれてってあげる」
「じゃあ、約束ね?」

右手の小指を立てる。

「ああ、約束だ」

アンリが小指を絡めてくる。
約束の、おまじない。

「・・・ちょっと、こわいな」
「何が?」
「お母さんのこと、調べるのが」
「大丈夫、俺がついてる」
「ありがとう」

絡めた指を解き、二人で夜空を見上げた。

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「・・・ところで私たち、この島から出られるのかな?」

話が途切れたのをいいことに、私はふと思いついたことを質問してみた。
アンリなら希望的な回答を言ってくれる、と勝手に思ってた部分もあるかもしれない。
だけど、返ってきた言葉は冷静だった。

「自力で脱出、は難しいかもね」
「・・・どうして?」

私は、アンリの真剣な口調にびっくりした。
月光を受けてか、眼鏡が鋭く輝く。
なんか怖い。

「まず、脱出に使える船がない。いかだを作れるほどの木材やそれに代わる材料もない。今日まで見てきた中では、ね」
「そんな・・・」
「それに、仮に船が確保できたとして、今度は方位や距離がわからない。この島から本土がどの位置にあるか、どのくらいの距離があるのかが、まったくわからないんだ」
「・・・」

アンリの顔が沈む。
眼鏡に月の光が反射して、よく表情が読み取れない。でもなんか、苦しそう。
とても悔しそうな声だった。

「無事に着けるには、どれくらい食料を確保しなければいけないかがわからない。だから、自力でここからでるのは難しいんだ・・・」

アンリの口から事実が語られていく。
なんとなくは感じてたことだけど、改めて言われると恐ろしくなってくる。
何も今はっきり言わなくても、と文句のひとつも言いたかった。
だけど、言ってるアンリの顔が今にも泣きそうだったから、私は我慢した。
そのかわり。

「・・・気にしないで、アンリ。それはアンリのせいじゃないんだから」
「ミル・・・?」

そのかわりに、アンリを後ろから抱きしめることにした。
アンリが昼間、私にしてくれたように。
でも恥ずかしいから、後ろから。

アンリを抱きしめる私の腕に、アンリの手が添えられる。
その手は、かすかに震えている。

「ごめん、本当はこういう言い方をするつもりじゃなかったんだ。ミルを不安にさせるつもりはなかったんだ。なのに俺・・・」
「もういいよ。アンリは十分やってくれたもの。これ以上がんばらなくても、いいよ」
「でも、このままじゃ二人とも帰れない・・・ミルを無事に帰してあげられない!」

アンリの震えが強くなる。
腕に、熱いものを感じる。
・・・涙。

泣いてる。
アンリが泣いてる。
どうしよう、どうしよう。
私が、何とかしないと。
今度は、私がアンリを助けないと。
それだけを考えて出た言葉は、私にも意外な言葉だった。

「帰れなくても、いいよ」
「・・・え?」
「帰れなくてもいい。アンリと二人だったら私、帰れなくても、いいから」

言った。
言っちゃった。
まだ頭の中では早すぎるとか気の迷いだとかいろいろとごちゃごちゃしてるけど、気持ちだけで言うなら、まぎれもない真実。
『アンリと一緒にいたい』
この気持ちだけは、ほんとうのこと。
でも、怖い。
返事が、怖い。
どうしよう、どうしよう・・・

頭の中がぐるぐるし始めたとき、私の腕をアンリの手がぎゅっと握ってきた。

「ありがとう、ミル・・・そう言ってもらえて、うれしいよ」
「アンリ・・・」
「ごめんね。本当ならこういうことは男の俺から言わないといけないのに」
「ううん、いいの」
「いいや、ちゃんと言わせてくれ」

そういうとアンリは顔をぐしぐしと拭い、ご丁寧に眼鏡まで拭きなおすと、私に向き直った。
跪いて、私の手を取る。
え、なに?どういうこと?
アンリは私の手の甲にキスをすると、まっすぐ私を見てこう言った。

「ミル、君を一生大切にする。何があっても君を全力で護る。だから、俺の妻になってくれないか」

・・・はい?
私の思考回路は、その場で凍りついた。

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O島の伝説7

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最終更新:2008年05月29日 19:20