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「・・・ル、ねえミル、しっかり!どうしたの、ねえ!」
「・・・はっ!?」

私は体を揺さぶられて気がついた。
どうやら意識を失っていたらしい。

「大丈夫?何があったの?」
「えーっと・・・何だろう、衝撃的なことを言われてびっくりしたような気が・・・」

なんだろう。
数時間ぐらい経ったような気がする。
ぼんやりする記憶を呼び起こそうとするが、何かに邪魔されて思い出せない。
なんだろう・・・

「『俺の妻になって』って言ったらミルが硬直したんだけど、覚えてる?」
「あ・・・?」

あああああ。
そうだ。
そうだった。
思い出した!
この人は、王子のくせによりにもよって私に、私なんかに・・・!

「お、覚えてるわよっ!あ、あなたねえ、いきなり何てこと言うのよ!!」
「え、何かまずいこと言ったっけ?」

きょとん、とした顔で聞きなおしてくるアンリ。
・・・わかってない。
この人は絶対わかってない・・・!
私は大きく息を吸い込むと、一気に早口でまくし立てた。

「一緒にいるってだけでいきなり結婚を申し込む人がどこにいますかっ!しかもあなた、仮にも王子なんでしょう?そんな身分の人が、よりにもよって平民の私なんかに・・・!!」

ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ。
言い切って、大きく肩で息をする。
そして、どうだ!とばかりにアンリに向き直った。
が。
アンリは真剣な表情で私を見つめたままこう言った。

「それでも、俺の気持ちは変わらない。俺の妻になってほしいんだ、ミル」

はう。
その言葉で、瞳で、私の精一杯の虚勢は崩れ落ちてしまった。

もうダメ、降参。
動悸が激しい。
顔が熱い。

もし漫画なら、効果音とともに私の顔が真っ赤になったに違いない。
この分だと、たぶん耳まで赤くなってるかもしれない。

それでも、何か言わなくちゃ。
私は必死で言葉を探し、口をひらく。

「で、でもいいの?私なんかで・・・それにもしも帰れたとしたら、私がいるとアンリは困るんじゃないの?」

言ってからようやく気づく。
そうか、これがずっと引っかかっていた部分。
私の気持ちを押しとどめていたもの。

でも、アンリは素直な気持ちをぶつけてきた。

「ミルがいいんだ。ミルじゃなきゃだめなんだ。もし帰れることになったとしても、俺はミルと一緒にいたい」

真剣な口調、真摯なまなざしでアンリが答える。
どうしよう。
恥ずかしいのに、目がそらせない。
でも、どうしていいかわからない。
のどがヒリつく。
何か言わないといけないのに、なんて言ったらいいのかわからない。
どうしよう。どうしよう。

私は金魚のように口をパクパクさせるだけで、声が出せなかった。出てこなかった。
そんな私を見かねてか、アンリが口をひらく。

「・・・ミル、俺のことが嫌いかい?」

ぶんぶん。
首を横に振る。

「じゃあ、俺のこと、好き?」

こくこく。
首を縦に振る。

「よかった」

アンリが微笑む。
私もその微笑みで気持ちが和らぐ。

でも。
やっぱり、気になってしまう。

これから先、ここにずっといることになったとして、アンリと生活を共にするのは悪くない。
むしろ、そうしたいと思ってる。
二人で苦労して、二人で喜んで、二人で笑って。
そんな生活なら、幸せだと思う。

けれど、もし運よく戻れたとしたら。
戻ったら、今の二人では居られない。

アンリは気にしないだろうけど、周りがきっと許さないだろう。
そしてたぶん、私自身も気にしてしまう。

一緒に居たい。
だけど。

いつの間にかうつむいて口をつぐんでしまった私に、アンリが声をかけてくる。

「ミルが悩んでること、わかるよ。戻った後でも一緒にいるためには、身分が邪魔だってこと、だよね?」

優しい声。
私はうなずく。

「それは、俺も感じてた。たぶん、簡単じゃない。でも、何とかする。俺が、してみせる」
「でも」

アンリを信じても周りの人が、と言おうとしたが、その唇はアンリの人差し指によってふさがれてしまった。

「大丈夫。実は、いくつか前例があるんだ」
「・・・前例?」
「うん。貴族や王族が継承権を捨てて平民になる方法と、平民の子が貴族の養子になってしばらく行儀作法を学んで、そこから上にあがる方法」
「・・・つまり、アンリが継承権を捨てるか、私が貴族の養子になればいいの?」
「簡単に言えば、そうだね。ただ、俺が王族直系だからそこはもう少しややこしいかもしれない。でも、不可能じゃない」

道はある。
そう言い切ったアンリの顔は、自信に満ちていた。

「だから、俺は俺に出来ることをやる。それに、アンリのお母さんのツテを使うって方法、あるじゃない」

いわれてはっと気がつく。

そうだ。
お母さんは、困ったらシュルツ卿を頼れって残してくれた。
呼称に卿って付くくらいだから、少なくとも身分としては貴族かそれに準ずるはず。
なら、もしかしたらお母さんはそこの使用人か何かで、それなりに便宜は図ってもらえるかもしれない。
うまくすれば、養子の申し出だって受け入れてくれるかもしれない。
アンリからの口ぞえもあれば、それはより確実なものになるかもしれない。

それは、あくまで希望。
そうそううまくいくことなんて、ありっこない。
けれどいまは、それを信じてみたい気になっていた。
私は、知らずロケットを握り締めていた。

「そう、だね。何とか、なるよね?」
「なるよ。二人でがんばれば、何だって出来るさ。まあ結局のところ、身分がどうとかってのも運よく助けが来たらって仮定の話なんだし、気楽に、ね」

そういってウインクひとつ。
私はアンリを見る。
アンリも私を見つめる。

「・・・ぷっ、あははっ」

耐え切れなくなって、私は笑い出す。

「あ、なんだよー。人がせっかくかっこよく締めたのにー」

アンリが口を尖らせて抗議してくる。
けど、口調は怒ってない。

「ごめん、そうじゃなくって。結構ありえない状況で、ありえないプロポーズされて、あまりありえないことで悩んでって、ありえない事だらけだなーって思ったら、つい」

私は笑いをこらえながら、それだけを伝える。

「それもそっか。まあ俺も、船が難破して、女の子を助けて、無人島に来て、助けた子に一目惚れして、プロポーズして。しかも身分の差で悩んで決断して、なんていう物語みたいなことに自分が実際に遭遇してるなんて信じられないや」

アンリも笑う。

「けど、プロポーズだけは、本気だから。小さいころから、『お嫁さんにするならこんな人』って思い描いてた人が、いたんだから。今ここに、俺の目の前に」
「アンリ・・・」

その真摯なまなざしに、思いに、私の心は再び強く思う。
ああ、私は、この人が好きなんだ、と。
そして、私は。

「もし私でよければ・・・あなたの、お嫁さんにしてください」
「・・・え?」
「さっきの、返事。ちゃんと答えてなかったから」
「・・・ありがとう。応えてくれて、うれしいよ」
「・・・えへへ。なんか、恥ずかしいな。でも、約束だよ?絶対に私を・・・」
「ああ、護る。大切にする。絶対に幸せにする」
「うれしい・・・好きよ、アンリ・・・愛してる・・・」
「俺も好きだ。愛してるよ、ミル・・・」

二つの影がひとつに重なる。
二人だけの、その神聖な儀式はしめやかに、誰にも知られること無く行われた。

ただ月だけが、二人を祝福するように、やさしく輝いていた。

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最終更新:2008年05月29日 19:21