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 嬉しいなあ、嬉しいなあ。

 とりどりのブーケと、その傍らに添えてある個性豊かな沢山のメッセージカードが、控え室代わりに使っている部屋のテーブルに、並んで幸せの色を形作っている。

 挙式に当たっては、自ら親子ともなぞらえてくれた藩王からの言祝ぎも既に戴いた。

 テーブルの上には、今でも楽しみに眺めるだけの目的で開かれている、ドレスデザインの数々が載った手製のカタログブック。式が無事に終わったなら、この中からお色直しで着るものを選ぶことも出来るかも知れない。

 奥羽りんくはずっとにこにこしていた。

 ちょっと贅沢かな、と、薄いリップの乗った唇が穏やかにたわむ。

 バージンロードを歩き出せば、もう、微笑むだけではいられない。

 だからこそ、今だけは。

 思って、首を横に振る。

(ううん、これからずーっと!)

 幸せに、浸りたい。

 扉を開けてもらい、引き袖をつまんで、歩き出す。

 道の向こうには彼が待っているはずだから。

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 普段は近隣の住民だけが足を運ぶような、長椅子のささやかに連なっているだけの教会内を、飾り立てる事もなく、また、参列者で賑わわせる事もなく、粛々と準備は進められていた。

「きますかね?」
「来るね」

 新郎と、立会人であるところの藩王が、言葉少なにやりあった。

 相変わらずの無精ひげも、スマートに仕立てられた衣装とベレーのおかげで洒脱に見える奥羽恭兵。髪より少し濃い色に揃えられたおかげでよく馴染む縁取り・ボタンと、それによって鮮やかなデザインに切り出された純白が、光沢でやわらかに印象をまとめあげているためだろう。これから出てくる花嫁同様、衣装は今日というたった一日のためにあつらえられた、特注品である。

 恭兵と対峙するところの悪童屋も、王たるに相応しい正装で、少し離れたところで控えている伴侶と共に、堂々たる威厳を放っている。流浪の遍歴を重ねたがゆえの、不思議に人を落ち着かせるところのあるような、風格を携えた王であった。

 西国らしい乾いた空気も、厳かな教会内部までには入り込めぬらしく、しんと静謐が垂れ込めている。

 その中での、やりとりだ。

 敬虔なる祈りの少しでも天に届くようにと築き上げられたのかは解らないが、それなりに高い天井に囲われた空間には、よく、響く。

 忙しなく実務的な会話を繰り広げる2人だけではなく、今日という日を取り巻くすべてについて、飄然とした老人がバージンロードの手前で花嫁に付き添いながらこう評した。

「まったくうるさくていかんね?」

 困ったように笑っているりんく。

「こんな日にお呼びだてして、すみません」

 お父様、と、最後に親しく呼び名を添えた相手は帝國の宰相である。

「新婚旅行ができるなら、デートチケットを贈るよ」

 こんな日だからさ。人の価値は、土壇場でわかる。
 そう、宰相は小揺るぎもせずに娘へ告げて、視線を教会中央の道の終着点である祭壇へと向けた。

 晴れやかに射す、ステンドグラスより透かし流れる陽光が、空中の粒子さえも緩やかにしているようだ。

「ありがとうございます、お父様。あなたの娘で嬉しく思います」

 宰相は優しく微笑んだ。

「さあ、いこうか。
 今日のお前は本当に綺麗だ」

 りんくの返事はわずかに通りが悪かった。
 嬉しくて、顔が完全にはまっすぐに向けられなかったからだ。

 秘書官として付き従い可愛がられた日々が、まぶたの内を、巡っていた。

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 1年前の6月26日。
 仕え始めたあの時には、もう既に、青森恭兵と出会っていた。
 そうだ、二度目はここにいるスイトピーも一緒だったのだ。

 子ども扱いされていた時期。
 今となっては、それも懐かしくて暖かい思い出だ。

 青森も、まだまだはしゃいでいた頃だった。
 そういえば最近は昔のような悪戯をする事がない。

 セクハラされたと勘違いをしてつねったり、みんなでじゃれあったり、
 楽しいばかりの日々が続いた時代。

 あの時の仲間は、自分と同じようにその時のACE達と親しくなっている。

 今、悪戯の代わりに恭兵がしてくれるのは……

 ふふ、と思い出しはにかむ。

 昔っから恭兵はひっつくのが好きだった。

 よく鼻の下を伸ばしていた。

 今は抱きしめるのでさえ恥ずかしがるのに、
 けれどもやっぱりくっつくのが癖になるほど二人きりの時にはひっつきあっている。

 目を閉じれば、彼の匂いさえ思い起こせる。
 誰でもない、ただ一人だけの、自分が落ち着く体臭だ。

 秘書官になって、
 オフシーズンになって、
 同僚を助けに駆けつけたりもしてて、
 恭兵を助けに行ったことも一度ではない。

 心配もかけられたけど、
 すごくいっぱいかけられたけど、

 これからも、多分、きっとかけられるんだろうけど。

 でも。

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「悪いな」

 バージンロードのその果てで、向かい合ったまま恭兵は告げた。

 くすんだ瞳がこちらを見つめている。

 人の死を、本か雑誌よりも多く眺めてきた瞳だ。

 人の死を、金によって通り過ぎてきた男の瞳だ。

 相手の命だけを奪い、己の命を差し出さない、不公平な世界を生き抜いてきた、

 そういう男の、優しい瞳。

 巻き込みたくないと思っている居場所を見つめながらも油断をしない、

 その事への詫びを告げる目だ。

 優しいな、と思う。

 このタイミングを望んだのは私なのに。

 この人は、いつでも私を大事に見てくれている。

 きっと、自分自身からでさえ、恭兵さんは私を守ってくれるのだろうと、そう思った。

「いえ。私こそ、無理を言ってごめんなさい、恭兵さん」
「俺の奥さんに勇気があることをはじめて知ったよ」

 いつものようににやりとした口調ではなくて、真顔でそう返された。
 誇らしいと、そう感じた。

 目の前で指輪が取り出されていく。
 それをじっと見つめながら、りんくはしっかりと答えた。

「ここで逃げたら、敵の狙いすらはっきりわからなくなってしまいますから」

 …それに、早く恭兵さんと結婚式したかったのは、私のわがままです。

 小さく続けながら、鼓動が高鳴り出す。

 いよいよ教会内の静寂は二人を取り囲んで深まりを増していた。

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 ささやかに並ぶ長椅子の、その上にある影はたった三つきり。

 新婦側、新郎側、そんな区切りさえもない。

 地位の堂々たるに相応しい礼服と、その地位の背景に相応しい、伸びた背すじで彼らは祭壇を見守っている。

 ぴんと張り詰めた空気。

 洒脱でしかし軽薄のない、凛々しい装いで、新郎が厳かに告げた。

「いついかなる時でも、お前を愛す」

 視線は決して互いの間から離れる事はなく結びついていて。

「いつでもなにがあろうとも、貴方を愛します」

 新婦の小さな唇が、形を変えて、立てた誓いを送り交わす。

「死が二人を分かつまで」

 恭兵が、強い意志を込めて言い切る。

「死が二人を分かったあとも」

 応じたりんくの言葉に迷いはなかった。

 彼女の世界で一番に愛しい人は、笑った後、そうだなと言って、

 こちらが小さく差し出した手を、優しく掬い上げる。

 覆うサテンの滑らかな質感を感じたのか、彼は確かそうにその感触を緩く握りしめ、

 自分の世界で一番に愛しい相手へと、薬指に、指輪を差し嵌めた。

 ウェディング・グローブ越しに、体温を感じる。

 レース状に仕立てられた指の部分からは、きゅっと肌をわずかに締める、心に快い感触。

 ふうわり艶やかに腰のところから広がったプリンセスラインのスカート、三段に分けられて美しく波打つそれを斜めに緩くもう一枚で覆っている花嫁の、二の腕までをも包んだ手袋や、マリア・ヴェール、花寄せられたチョーカーらを、最後に彩り完成させる、静かな輝きが、そこにはあった。

 王をして一番と言わしめた、麗しいその御姿、
 頬にはほんのりと朱が差し、次の、そして最後の儀式を待っている。

「40秒で終わる結婚でも、くいはない」
「ええ。時間は問題じゃありませんから」

 笑って応じる彼女の前から、ゆっくりと靄のようにすべてを霞ませていたヴェールが上げられていく。

 見つめ交わす瞳の距離が、すっ、と、限りなく近くなった時、

 唇の表面に、やわらかな感触を得た。

 目を閉じて、受け入れる。

 長い長い、時を得る。

 今までのすべてと、これからの全部を重ね合わせた、

 それは言葉にならない瞬間の連続だった。

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『ここが、お前達の秘密基地ってやつか?』

-さっきから子ども子どもって…これでも20は超えてますよ!

『へえ その尻で』

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 潮騒がフラッシュバックしてくる。

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-お父さんに、なり損ねちゃいましたね

『まったくだ』

-青森さんなら、いいお父さんになれそうですけどね

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 広がる校庭、子供達の遊び回る遠い喧騒。

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『手に入らないものはまぶしく見えるもんだ どんなものも』

-手に入らないなんて、そんなこと……!

『それに背を向けるのが、まあ、おれが一番好きなことだな』

『思えばずっと、そうだった』

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 体を揺らし続ける波とエンジンの震動。
 初めて抱きしめた彼の感触。

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-たばこのにおいがしますね

『火薬はにおうか?』

-んー……煙草のにおいしか、しません

-あと、青森さんのにおいです

『お前は甘い匂いがする』

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 波打ち際を、裸足で歩いて残した自分の足跡。
 靴を持ってくれていた、隣を歩く彼の微笑み。

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『知ってるか? 俺はずっと、お前さんを子ども扱いしていた』

-それは、知ってましたけど…

-私は、ずっと本気だったのに

『今でも悪い気がする』

『神様だかなんだかに、な』

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 初めて訪れた彼の家。
 何もない部屋に転がっていた、しなびた白い花束と指輪。

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 暗い洞窟。飛び回る妖精。
 襲い掛かってくる山のような黒い塊。

 巨大な祭壇に横たわる、傷だらけの男。

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『……悪くない死後の世界だが……』

『お前までいるのは………』

-死んでません ほら、ちゃんと触れるでしょう?

-一緒に、帰るんです 絶対、一緒に

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 迫り来る敵。
 爆発。
 天井から降る破片。

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『……嫌われていると思っていた』

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 マズルフラッシュ。
 背後で響く、間断のない銃撃音。

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-嫌いなわけ、ないじゃないですか

-嫌いだったら、こんなところまで来たりしません

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 静かな病室。
 うさぎの形に剥かれた林檎。

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-どうしたら、私の本気をわかってもらえますか

-貴方がいなければ、もうここにいる意味がないのだと

『それが分からないから、子供なんだ』

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 皺の寄るシーツ。

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『乱暴だな』

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 見上げてくる、くすんで冷めた鉄色の瞳。

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-青森さんがわからずやだから

-逃げないで、ちゃんと見て

-私、ここにいる! 貴方が絶望するほど、遠いところにいない!

『唇までの距離が遠い』

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 林檎の味の、キス。

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 逞しい胸。
 しがみついた首。
 飛ぶように過ぎていく道程。

 初めて呼ばれた名前の輪郭。

 初めて呼んだ、名前の輪郭。

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『心の中ではずっと名前で呼んでたので気付かなかった』

-もう…心の中じゃ、私には聞こえませんよ

-でも、今こうして呼んでくれたから、いいです

『伝わらないもんだな』

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 息がかかりそうなほど近くにある、幸せそうな、彼の笑顔。

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『ずっと誰かと話すことを、忘れていたのかもしれない』

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 目まぐるしいほどの幸せが、次から次へと過ぎていく。

 引越しに気合が空振りして照れる恭兵。火がつきそうなほどの一杯のキス。夜風のなびくバルコニー。タキシード姿の恭兵と、また、キス。一緒に戦場を駆け抜けて、銃を並んでぶっ放し、抱きかかえられて逃げた地獄。助けられた先で助けに行って、彼の首筋をむきになって消毒した。痩せた彼と、またキス、キス、抱きあい、またキスしかける。ポケットに忍ばせてもらった、自分の写真が載ったお守り替わりの本。みんなで祝ってもらったバースデイ。新しく増えた、二人の家族。

 幸せばかりじゃないけれど、隣には、いつも彼がいてくれた。

 そしてゆっくりと、幸せが、いつもの事になっていき。

 どんどん距離が縮まって。

 思いがついに、満ちた時。

 もっと一緒になろうと、そう願った。

 そして今、

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 もどかしいくらいに、

 いとおしいくらいに、

 長い長い、キスの後、

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 その日その時その瞬間、

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 奥羽りんくと奥羽恭兵は、

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 幸せな夫婦になりました。

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 それから先、宰相を狙ってやってきたセプテントリオンに、屋根が吹っ飛ばされたり、格好良く新郎新婦が刺客の銃を撃ち落したりした事は、まあ、宰相からの娘に対する100マイルの新婚旅行プレゼントと同じぐらいの余禄であって、

 飄々と敵を逃がしてやった『お父様』や、

 威勢良く飛び込んできて企画を請け負った旅行社社長、

 事の成り行きを見守っていたもう一人の父親、悪童屋さんでさえ、

 今日のところは余禄でして。

 美しくも可愛らしい小さな花嫁さんと、とっぽくも照れ屋で寂しがり屋で不器用な新郎さんへ、控え室に並んだ一杯のメッセージカードと一緒にここより言葉を差し上げます。

 ご結婚、おめでとうございます。

 いつまでも、いつまでも、お幸せに。

 二人の未来に、祝福あれ!

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●秘宝館SS:『ある1枚のメッセージカード』

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 署名:城 華一郎(じょう かいちろう)
最終更新:2008年06月01日 06:27