ドランジ歓迎祭:前奏にかえて


 「いよーう、めでてえな!」
 「おう、めでたい!」


今日のレンジャー連邦はパレードであった。あ、いやそれは言い過ぎた。

とにかく、本島の四都市のあらゆるところでお祭り騒ぎが盛大に成されていたのだ。

至る所で男たちが肩を組み合い、女たちがさざめくように笑顔を交わし、子供は走り親を困らせ、老人は揃っていつも通りに日常を過ごす。

展示、展示、展示。吹奏楽団があちこちでにわかに立ち上がり、賑々しく音が紙ふぶきのように街を彩る。これでもまだ本祭には程遠い。


 「やれめでたや、友と語らえ愛を燃やせ!」
 「天地に笑顔を満たしましょー!」


実にカール・T・ドランジ歓迎の祭りである。夜にはアイドレス部隊によるパレード飛行が予定されている。今日という日ばかりは宮廷のにゃんこたちも議事堂でけんけんがくがくの新米護民官たちも仕事にならずに、それこそ猫にまたたび状態だ。もっとも、その裏では勤勉に働く一握りの優秀なものたちがいたことは、忘れてはならないが。

本祭は夜。みなで星を見上げるのだ。
予報によると今日は晴れるという。ことによったらドランジ当人の手になる曲芸飛行が見られるかもしれない。舞踏子たちは今からその話題に花を咲かせてめろりんにゃあであり、また多くの女性が職業と関係なく彼の彫り深く静かなゲルマン系の笑顔をひとめ見たいと胸をときめかせている。

女だけではない。男たちもまた、かくあるべし、その腕前のみならぬ彼の紳士的振る舞いに範を取れと、思い思いの女性への、祭りのどさくさにまぎれた思いのたけを胸いっぱいに詰め込みすぎて躍らせている。あんまり心が踊っているものだから、時折目までが踊るありさまだ。(普段より一層めかしこんだ女性陣の衣装に目のやり場に困っていたのかもしれないが)

また、レンジャー連邦は、言うまでもなく愛の国である。

砂漠にありて無力を嘆かず学問の扉を叩いて開けて自給をし、海洋にありて孤立を嘆かず芸術の扉を叩いて愛を、心にのみならず、形に音に、言葉に刻んだ、それはまさしく情熱の国であった。というより、情熱しかない人たちが集ったともいう。


 「タキガワ一族のこれからの繁栄と、これまでの無事を祈って!」
 「「祈って!」」


街角で唱和が起こる。
古くは瀧川陽平、エルンスト・タキガワ、大カトー&小カトー・タキガワ、新しくは瀧川弘平からキスケ・タキガワ、ビクトリー・タキガワ、チビ、グラム・リバーまで、瀧川一族ほど無名世界観に広く存在する一族はない。

そして金色の昇り龍、カール・ヨウヘイ・ドラケンこと、カール・T・ドランジ、彼もまたこの『エンジンさえついていれば体の一部』と豪語する稀代のパイロット一族の列に居並ぶ男子にして騎士である。

過去幾多のセプテントリオンの魔の手が瀧川陽平らに伸び、そのたびにどれだけの瀧川一族のファンが心臓と胃を悪くしてきたことか知れない。一族消滅の余波をかろうじて逃れたドランジにすら、敵の手に容赦はなかった。第一世界時間2005年12月の大絢爛舞踏祭におけるRB48対3の攻防戦など、その最たるものだ。

今はほとんどのフィクショノートが知っている。セプテントリオンの一部はもはやそれどころではなくなり、自分たちと和平を結んでいることを。それでもなお、ファン心というべきか、彼らの無事を願わずにはいられないのが心情なのだ。

だから人々は、顔を見合すたびやりとりを繰り返す。


 「大好きなキャラクターたちの無事を祈って!」
 「May the love be with you!!」


 * * *


夜には空に星を見上げるものだという。心の夜には、心の星を、心の空で、見上げたいものだ。誰からともなく言い交わされ、想い交わされたその仮想を、フィクショノートたちは現実へと変えるために祭りを企画した。

それがドランジ歓迎祭。

人は、実に酔いやすい。アルコールは嗜まないものでも容易にその心は様々なものに酩酊し、乱痴気騒ぎのお祭り騒ぎをところどころでぶちかます。そこにややこしい情報など必要ない。熱気だけが、あればいい。


 「あとはひとつまみのルールとそれを守る心だけ、ね」


振り返ると、太陽系総軍風の青と黒の腹の開いた衣装。笑顔の素敵な舞踏子が、喧騒を逃れて1人裏路地の階段に座り込み自分の肩を揉んでいた文族の前に、立っていた。


 「独り言の未来予知をするもんじゃないぜ、お嬢ちゃん。そいつぁ力の無駄遣いってもんだ」
 「あら、そーう?
  少なくともここでさぼってる誰かさんを探すのには大事ですよ、未来予知」


言いあって、笑いあう。

アイドレスの祭りは、手間はかからないがひまはかかる。みんなで幾重にも幾重にも、祭りの熱気の情報を、塗り重ねて、塗り重ねて、塗り重ねて、塗り重ねて、やっと出来てくるのがアイドレスの祭りだ。思い思いの想いを仮と想じればいい、だけではあるが、なにぶん現実がそうもいかないとせかしてくる。

そこを切り抜けながらの作業であることは、互いにわかっていた。だから、笑いあった。お疲れさま、まだまだ本番はこれからだな、そういう風に、こうやって。


 「隣、いい?」
 「わかってることは聞かないもんだ」


既に座り始めている舞踏子へむかって肩をすくめる男。2人、並んで世界を見渡せば、砂塵舞う暑い日差しの景色に、空の青が、まぶしいくらいに澄んでいる。

語り合うことなどない。フィクショノート同士に必要なやりとりなんて、笑顔と笑顔を交換しあう、たったそれだけで充分なのだ。

その、笑顔と笑顔を等価に交換し合う中で、確かに何かが途中でプラスされていて、世界はひとつ、そのたびに育っていく。


 「…祭り、楽しみだね」
 「ん、まあな」


だから、こんなやりとりを始めた時は、必ず何か用事があるに決まっている。


 「……あの、さ」
 「なんだよ」


珍しく言いよどむ舞踏子に、文族の男はうながした。言いにくそうだ。だが、別に照れたり未来予知を使ったりしているわけじゃない。

男は文族であった。文族は、文字を操るが、何よりその文字にこめられた心の扉を重んじる。だからまあ、大体その舞踏子が何を言いたいかも、すぐに理解出来た。


 「広くドランジ祭りを連絡して、みんなに来てもらおうって、そんなところか」
 「!!
  わかるの??」
 「別に未来予知は舞踏子だけの専売特許じゃあるまい。顔見りゃわかるさ。書いてある。書いてあるのを読むのも俺は、得意だからな。仕事柄」


バツが悪そうにもじもじする舞踏子へ、男はついと人差し指でつば広の帽子を押し上げながら、笑い目で言った。


 「今、国は貧乏だ。それも大がつくほどの貧乏だ。せっかくの稼ぎになるかもしれない一大イベントを、一般参加OKにしちまってみんなに迷惑がかからないか…だろ?」
 「う、うん……」
 「馬鹿言えぃ」


舞踏子の額をつつく。
きゅー。びっくりして萎縮する舞踏子。


 「共に和するが俺らの心意気、分け合うための笑顔で、分け合うための喜びだろ。だったら別に誰も反対しやしないさ。ていうかむしろ同じことを当然のように前提に考えてる可能性すらあるぜ。未来予知、してみなよ。ん?」
 「あ……」


目を閉じたそこに溢れるヴィジョンに、舞踏子は、思わず顔をくしゃくしゃにして感動した。まぶたを開くと涙がこぼれる。

男は思う。まったく、これだから舞踏子はプライベートに不器用だなんて言われるんだ。それも、想い人たちに似てのことなのかな……

黄色いジャンパーのあの人や、これからやってくるあの人のことを考えながら、男は乱暴に舞踏子の頭をくしゃくしゃ撫でながら立ち上がった。うー。子供扱いされてむくれる舞踏子。こういうところは実に可愛い。ヤガミやドランジが惚れるわけだ。


 「悪い、許せ、仕事だ。この機に乗じて俺も稼ぎ時なんでね、次のところを回らなきゃならん。途中で他のフィクショノートでもつかまえて、話を通しておくさ。あんたの方も他の舞踏子仲間に伝えてやりなよ」
 「う、うん!」


ありがとう! とこっちも立ち上がって手を振る舞踏子に、吏族と猫士のアイドレスをまとい直して男は、砂避けの穴からはみだした黒く細長い尻尾をふりふり冗談ぽく振り返した。やっぱり可愛くない、いー! と、振り返りもしない男の態度にあかんべえをする舞踏子。笑って飛ぶ、今は吏族で猫士な文族の男。

そう。祭りはまだまだこれからなのだ。

いつまでも、幕間劇にもならない前奏じゃ、お客も役者も待ちくたびれてしまう。

黒衣を翻して道化師は飛ぶ。ぴょこんと立った、耳が新たな情報の波をとらえてせかしだす。わかってる、すぐに次にとりかかるさ。

 * * *

今日もまた、仮想飛行士の旅は終わらない。

空に一陣、想い、流れて残るは白い、心の中の飛行機雲―――

 * * *

-The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年01月29日 04:50