目まぐるしい光の粒がいつもこの瞬間には瞬いて見える。

引き裂くような赤い衝撃の塊。一気に冷たい青へと叩き落され、黒く、沈んでゆく。意識がばらばらに解体されていき、世界が暗転し、やがて引き伸ばされた感覚が情報の粒子をまとって『もう1人の自分』に新しく生まれ変わっていく。

不思議な感覚。新しい世界での新しい感覚。

白く、輝きに満ちた世界の中で、ぽっ、ぽっ、と、緑や黄色の世界に手が触れる。

仮に想じた、もうひとつの自分の居場所。

溢れるような橙の中で、意識が、瞬いて、生まれる………………


 * * *


 『I_Dress、私は飛翔する』


 * * *


色彩の渦から抜けた。


 「――――――」


熱風と陽射しが、もう充分にそれらの色に塗りたくられた肌を焼く。感じたのは、空気。

砂塵避けのマントを翻し、二本の足で砂色レンガの敷き詰められた交易路を目指す。砂塵に埋もれぬよう、少し高めに作られたその街道を、南部からの調査員の一団だろうか、ほろつきジープが走り抜ける。

遠くに陽炎のように立って見えるのは、涼しげな木立。


 「――――――」


そこに佇むシルエットを認めると、その人影は足を速めた。


 * * *


― もうすぐ動員が噂されていますね。

 「いきなりその話題ですか?
  まあ、そうなんですけどね」


― 今回のフライトはそのための軍事演習も兼ねて?

 「あなたが何を考えているかはわかりませんけど、私は純粋にただみんなに星空を見上げてほしかったから今回の主旨に賛同しました。多分、誰に聞いても同じことを答えると思いますよ」


(ここでジープの音。おそらく物資を北部の港から運んできたものと思われる。その音を眺めながら足元の草をなでる舞踏子。砂漠のオアシスの木陰で座りこみながらのその仕草は実に絵画的)


― いい場所に立地していますよね、ここ。

 「うん。今みたいに、休み時間にはちょっと足を伸ばしてオアシスでくつろげますし。いいところですよ、ほんと」


― パイロット志望だった動機は案外そこですか?

 「ううん、舞踏子になるため!
  またふらふらしてるっぽいヤガミに今度こそあんこ投げつけてやるんだから!」


― では、フィクショノートになった動機は?

 「…………。
  みんなで楽しく遊びたかったから、かな。今はよく、わかりません。どうすれば、みんなで楽しく遊べるのかとか、そういう難しいことは」


― フライトに自信はありますか?

 「う……ん」


(しばらく言葉に迷う舞踏子。ここで休憩時間終了のサイレンが鳴る)


― がんばってください。

 「――はい。やれることはなんでもやっておきたいですから。
この国が好きだから」


(インタビューここで終了。情報の記録はここで途絶えている)


 * * *


よく晴れた空だった。Blue,blue,blue。目の覚めるような冴え冴えとした青が粒子も細かく空に広がっている。遠くに霞んで見える青の切れ端が、鮮やかだ。

そこから射す、日差しが、白い亀裂のように、あたりに光を敷き散らしている。

飛行場の滑走路には整然と並ぶパイロットたちと、それを指揮するフィクショノートの舞踏子が1人。がっちりしたパイロットスーツを着込んでいる一団はまるで騎士団のようで、暑い中よくやるなあというのがオアシスに足を浸からせ涼んでいる男の正直な感想であった。

指で双眼鏡のようにわっかを2つつくり、そこから飛行場をのぞいている。レンズを絞るように、その指をきゅっと内向きに絞ると、途端にオアシスと飛行場の間にそびえる整備工場内の様子が目に飛びこんできた。

中ではさきほどジープで先乗りしてきた調査団が、データに間違いがないかどうか、主任に対して逐一チェックを求めている。声は聞こえないが、まじめそうな雰囲気でわかる。

意識を引き締めようキャンペーンに乗っ取り、ここ、レンジャー連邦でも、その手の点検作業はいっそう厳しく行われるようになっていた。こういうのは習慣の問題だ。最初のうちはプレッシャーになるかもしれないが、要点さえつかめば流れ作業で確認できる。

提出、掲載、国民名を使っているかどうか。財政の流れは透明かどうか、計上の時期が前後していないかどうか。基本はこれだ。

つまらんことを考えてしまったな、と、ぼりぼり頭をかく。ゆるんでいるんだろう。試験も終わり、人員徴収もまだ。会計局がそのうち市場取引の具体案の見積りやら会議やらを持ち込んでくるのだろうが、それまではこうしてつらつらとしているよりほかにない。

次は、誰かほかのフィクショノートでも誘おう。そんなことを思い、おおあくび。

電網宇宙の外のように、鳥たちがさえずったりすることも、また、この国が錨を下ろしている土地のように雪が降ることもない、厳しい熱波に包まれた場所だったが、これがこの世界でののどかな昼下がりなのだ。果樹園自慢のフルーツジュースやナツメヤシアイスでも片手にしていれば、極楽ですらある。


 「・・・・・・・・・・・・」


唇が自然にとがる。

インタビューではつっこんだ言葉を引き出すために誘導をかけたが、いざ自分がそれに答える立場になったとして、満足な答えを返せるつもりはなかった。

できることが、ない。

1人では所詮こんなものか。人に頼りきりで満足に国のためにも働けない。ぼりぼりぼりぼりぼり。かいた頭が痛くなるほど、ひっかいた。痛くないのは帽子をかぶってるからと、アイドレスだからだ。

楽しむだけじゃ、駄目なのかな―――

ふと、そんなことを思った時だった。


 * * *


 「電源、よし。エンジン、よし。接続系統、よし」
 「電気系統、よし。燃料系チェックよし」
 「オールグリーンだにゃ!」


コ・パイロットの猫士たちの声にあいづちを返しながら、舞踏子はスロットルを引き起こしていった。

けたたましいエンジン音と震動が始まる。大丈夫。いつも通りに飛べるはず。

黒い文族の男にインタビューを受けてから、集中を欠いていた自分に活を入れるべく、頬を一発ひっぱたいた。


 (大体ようこそドランジ祭りの取材だっていうから時間を割いて受けたのに、なんであんなことばかり聞くのかしら?)


自然、ふくれっつらになる。舞踏子全般が、感情にあけすけで知られているように、この舞踏子もまた例に漏れずに感情がわかりやすかった。


 「…舞踏子、舞踏子」
 「なんか悩み事にゃー?」


気がつけば、コ・パイ席から心配そうに振り返っているにゃんこたち。慌てて


 「なんでもない。さ、行くわよ」


と切り返す。

そうだ、大事な最後のリハーサルなんだ。しっかりやらなくちゃ…

目をつむって、意識を集中させる。未来予知。

いつも見える、自在に機動している自分の機体の姿が、今日は見えなかった。

舌打ち。

しっかりしろ、自分!

どっどっどっどっ、心臓がやかましい。マシーンに乗る時はいつもそう。どんなトラブルがあって事故にあうかわからない。夜明けの船に置いていかれる、行動限界で圧壊する、一手遅れてシールド突撃を食らう、弾薬が切れる。プレッシャーが手を湿らせる。

深呼吸。

ぐ、と操縦桿を握る。


 「…私の指は銀の指、宿れ、星の精霊よ」


つぶやく、おまじない。

あの星の話、大好きだった。

伝説の話。世界は闇ではなく、夜で、夜には星が瞬いていて、それは小さくもはかないけれど、決して真っ暗じゃない。

あの人は言ってた。俺は星だ、って。

だから。


 「私の指は銀の指」


ぐっ、と操縦桿が引き起こされた。

頭の中に続く思い出の言葉。俺は星だ。暗いかも知れないが、星のひとつであることは間違いない。俺が、そう決めたのだから。

そう、言ってた。だから。


 「宿れ、星の精霊よ!」


足がペダルを踏み込む。未来予知が稲妻のように鋼のギアの連動から閃き、そのイメージのままに舞踏子は手と指を倍もあるかのごとく複雑に走らせた。

私もあなたのそばで輝くために、星になるって決めたから…

飛んで、アメショー! みんなに星の輝きを見せるために。夜が闇ではないと、もう一度思い出させるそのために!


 * * *


Blue,blue,blue。空はどこまでも青く、青く、冴え冴えとして青く。白と赤の機体がそこに、鮮やかなアクロバット飛行の軌跡を刻む。

4機の編隊が綺麗に揃って空を自由に駆け巡るその様は、まるで電網世界のこの空が、本当にどこまでも広がっているような錯覚を抱かせた。

鋼の塊が空を飛ぶ。4人の別人同士が、まったく同じ速度で鋼の塊を空に舞わせる。鋼の塊が空を飛ぶようその手をかけて整備をし、それを飛ばすための燃料、資源を、大勢の仲間たちが自分たちの軌跡と奇跡で描いて手にし、支えてくれる。

空を駆け巡る、想いの塊が、この国の空に、想いを刻む。

街道を通る人も、歓楽街で麻雀を打ってた猫も、果樹園で虫とにらめっこしてた人も、船上で釣り上げた魚と格闘してた人も、議事堂で書類を整理してた人も、祭り会場の飾り付けをしていた人も、みんなみんな、手を止めて、空をつんざく音を見上げた。

 * * *

もうすぐドランジ歓迎祭、本番。

アイドレス同様、祭りがどう転がるかはわからないけれど。

誰もが空を、見上げていた――――

 * * *

まぶしい青に、描きぬかれる想いの軌跡―――……

 * * *

―The undersigned:Joker as a Liar:城 華一郎

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最終更新:2007年01月29日 10:10