長い髪は、白く流れる雪明かりのよう。
 細かい肌は、夜に輝く砂漠のよう。
 瞳の黒は、想いを梳かす夜のよう。
 男性的な顔立ちだけれども、ただただ優しい、その顔つき。
 大きな覚悟に支えられた、揺らぐことない、月のまなざし。
 私はじっとルウを見て、もう一度、今度は短く、繰り返す。

「君が、好き」

 雪のように暖かな君の自分勝手が好き。
 月のようにささやかな君の笑顔が好き。
 あなたの花は、私でいたい。
 だから。

「連れていってください」

 私を置いていかないで。
 罪びとになってもいい。
 空の植木鉢を持っているのを知っていて、私に花の種をくれた君が好き。
 みんなに忘れられない笑顔と思い出をくれた、君が好き。
 自分の力を信じて頑張った君が好き。
 ここに来たのは運命だと、最初にそう答えてくれた君の、愛が好き。
 昔、愛したその人の、昔、暮らしていた場所だったというそれだけで、自身が罪人になるのも構わずみんなを遠回しに幸せにするような君の、愛が好き。
 ここに来たのも運命だと、私を助けてくれた時に、そう答えてくれた君の、優しい、優しい、嘘が好き。
 たとえ、人里離れた村の命脈を保っていた水源目当てでも、偶然私を助けてくれた君の、嘘が、好き。
 だって、もしその言葉を私が本当だと思えたら、
 もう一度だけ、私は運命を信じてみようと思ったはずだから。
 もう一度だけ、私が出会った運命(きみ)を諦めない、きっかけをくれたから。

「ありがとうを君に言わせて」

 さよならを私に言わせないで。

 もう、直に夜が明ける。
 汽車がここに乗りこんでも気づかれなかったことから、泊まりこみの警備員や、警報装置は、やっぱり彼が持ち前の技術力でなんとかしてしまったのだろう。だけど、さすがに朝になれば、誰かが自然に通りがかって、否応なしに、気づかれてしまう。

 今だけが、私たちに、ううん、
 私に与えられた、最後の時間だった。

「……鉢植えは、いいのかい?」
「芽が出たから、家の前に植えてきた」

 最後の別れは、街を巡ったその時に、街へと一緒に、とうに済ませた。

「雑貨屋は?」
「もともとお客なんてあってないようなものだったし、いい」

 客が先生一人じゃ、もはや店とは呼べなかっただろう。

「君が調達していた子どもたちの食べ物は?」
「先生に私の家をあげてきた。
 大丈夫、私もあれくらいの頃から親の手伝い、してたもん。
 ちゃんとした大人がそばにいるから、きっとみんなでやっていけるよ」

 この国で人が真名をすべて名乗る時は、たった二つ。
 自分から、自分にまつわる権利を切り離す時か、自分自身を譲り渡す時か……つまりは、求婚する時か、だ。
 ついでに言えば、人が真名を晒される時は、つまるところ、人権を一時的に剥奪されている時なわけで、私はその覚悟も済ませている。

「もう、ここには帰れないよ」
「帰りたいところなんて、ずっと前になくしてた」

 家族を失くした、その時に。
 私の家も、なくなったんだ。

「…………」
「もしも」

 私は彼の目を、じ、と、のぞきこむようにして見つめる。

「もしも私が帰るなら、
 それは、
 君のところがいい」
「…………」
「忘れられないことを、君としたいよ」

 弟が死んだ時に、なくしたものを。
 ――『笑顔』を。
 君がくれた、この、不思議な感情と、
 悲しみも、諦めもないところから思い出させてくれたものを。

「手放したく、ない、よ」

 手を、
 差し伸べる。

 ルウは、
 その手を、
 握らなかった。

「――――!!」

 抱きしめられて、
 唇を奪われた。
 初めてそこに覚える、やわらかな感触。
 熱くて……冷たい、
 吐息が、体の熱で、熱くて、
 唇が、外気で、冷たい、
 初めてのキスは、
 不思議な感じ。

「……意外と情熱的、なんだね、君って」
「言ったでしょう。
 素直な人は、好きなんだ、って」

 恥ずかしいこと、言うな、と。
 私は久しぶりに心の底から笑って、彼の頭にチョップした。


 さて。
 この後に起こったことは、簡単だ。
 汽車は発車のベルもなく、滑るように発着場を後にするし、白い朝焼けが、雪解け水でそこかしこに砂中から拭い出された黒い大地を、煌々と照らし出すだろう。
 ある老教師は子どもたちを新しい住処に案内し、相変わらず街では人手不足に汲々としながらも、みんな、自分で思ってたよりも結構元気に、政府職員と一緒に復興作業に取り掛かったりなんて、し始める。どこかの家の、軒先では、きっと小さな芽たちが、二つ、寄り添うようにして、すくすくと、水と土と、太陽と月とに育てられ、これからも伸びていくだろう。

 私はもはや遠ざかるそれらに想いを馳せることもなく、ただ、ずうっと昔に弟が言っていたことを思い出していた。

 おねえちゃんの目は惑星(ほし)みたいだねえ。

 なるほど、確かに私が地球なら、月は、そばにいなくちゃおかしいはずだ。
 木箱に並んで座っている、隣の男の、太陽ほどには激しくないけれど、ともすれば、昼には見失ってしまうこともありそうなほどに、やわらかだけど、とても優しい笑顔を見て。
 すごく、すごく、納得した。

 そうそう。
 雪、降ったな、ラァネ。
 お前の言った通りに。
 暖かくて白い雪が、おねえちゃんの唇に、さ。


 これで私の話はおしまい、完結。
 最後に大事なことを、言っておこう。
 この物語はフィクションではありません。
 これを読んでいるフィクショノートが飛ぶための仮想なんかじゃない、
 ちょっと恥ずかしいけれど、ただの私の、ただの平凡な恋物語。
 だから、この物語は、私にとってだけ、現実です。
 これを読んだあなたの心にも、そうであると、嬉しいなあ。

(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 16:25