ぶくぶくと子供のよくするように、ストローからジュースの中へと空気を送り込み、音を立てて楽しんでいるその小柄な人物には、行儀の悪さという観念がどうやらないらしかった。目の前の男が、てちっと頭をはたいて軽く叱る。
「お前もちっとは礼儀正しく猫士候補としての訓練をだなあ」
「にゃっ」
悪びれずに口をにゃんこの形にして、その少年、イツキとレンジャー連邦の文族、城華一郎とは、しばらくの間、にらみあった。
…ぶくぶくぶく。
てちっ。
「にゃっ」
今度は頭をはたいた拍子にジュースがこぼれた。見詰め合う、気まずさ。
「………」
「………」
こ、こほんと咳払いをしながら華一郎は、すいませーん、ナツメヤシジュースおかわりー、と、何事もなかったかのようにウェイトレスさんへと注文の手を挙げた。
それを胡乱そうに半目で眺めるイツキ。
「と、ともあれだな、俺の調べた限り、この国の創世記にはいくつかのパターンがある。一つは闇蛇と竜の物語、一つは電脳と電影の子供遊びの物語、そして最後に」
「あるいは戯曲の如き、物語、でしょ?」
聞き飽きたよーといった顔でイツキが欠伸。
「僕の名前の人もいるんだよね?それに…」
「わーわーそれ以上は言うなー!」
「?」
「お前も文族付きの猫士候補なら、読者に対するネタバレの配慮というものをだなー」
「勝手に僕を育ててるのは華一郎の勝手じゃない」
なんだよそれ、と、口をとんがらせて文句を言う。
「でも、どれも今ひとつ決定打に欠ける、始まりのための始まりには物足りない。それが華一郎の説なんでしょ?」
「まあな」
「そういえば、グンブが動いてるって話は?」
クリームパフェお願いしまーす、と、唐突に遠慮も隙もなくちっちゃな腕を挙げて頼むイツキ。
「僕らのケンも含めてさー」
「お前…」
「?」
なにさ、と不思議そうに見る少年の鼻の頭をつんと突く。あいたっと不平の声。
「だんだん油断ならん奴に育ってきたなー」
「ペットは飼い主に似るっていうよ」
「人聞き悪いことぬかすな、せめて兄弟といえ兄弟と」
「変にこだわるよね、そのへん、この国の人たち」
「ん…」
まあな、と口を濁しながら、すんません俺もチョコレートパフェ追加でー、と頼む。
「それもこの国の成り立ちが大きく影響してんじゃないかなーって俺なんかは思うわけよ。だから研究してるわけなんだけど」
「知りたいの?」
「自分のけつがどこにのっかってるか知りたくない奴は案外多くても、知らないままの方がいいと思ってる奴なんてのはそれよりかずっと少ないもんさ。それと同じだ」
「知的好奇心、というわけか、ふむ」
「ふむじゃねえよ全然違うし」
二人してパフェをつつきながら、口の周りを糖分と乳脂肪分で汚してしばしもくもく。
「…パフェはパーフェクトの意味らしい」
「日本語おかしくない?」
「だまれやかましい言い直すからちょっと待て。えー、パフェは、フランス語だったかな、パルフェとか発音すんだっけ、ともかく、完璧、の意をこめた、こめられた、デザート中のデザート」
「ふんふんそれで」
「美味いよな」
「雑談ですかっ!」
つっこみと共にバナナがまろやかに二人の口の中でとろける。
「食べながらしゃべるなよ」
「そっちこそ」
「………」
「………」
鏡を見て会話しているようなものだな、と、華一郎は諦めた。
反面教師にしたくても、せいぜい鏡って左右反転しかしないよなー、と、イツキは諦めた。
「「はぁー」」
同時にため息。きっとにらみ合う。
「こんなにうまいものを食べている最中にため息をつくとは何事か!」
「むしろ華一郎さんこそ何事ですか、仮にもルールを守る法官の身でありながら」
「いいんだよルールはゲームのもの守るだけで」
「あ、そういう考え方よくないなあ。他人に迷惑かけてると思いますよ」
「ほう、どこにだ」
「こ、公共道徳?」
「今更誰かがこんなやりとり真似するとでも思ってるのか」
「…しませんよね」
「しないんだよ」
「しないですねえ」
「されたいな」
「されたいですかぁ?」
「されたくないか」
「されたいですけど…」
不毛な会話と共に、アイスクリームが溶けてしまう前に、フレークの香ばしい食感と共にたいらげてしまおう、と、二人の間で合意が生じ、十数秒間の短い停戦協定が合いコンタクトにより結ばれる。
そして破られる。
「すいませーんおかわり」
「こっちも」
「よく食うな」
「育ち盛りですから」
「俺もだ」
「絶対嘘だ!?」
「嘘つきは健康の始まりという諺がある」
「恥を知れ」
「そこまで言う!?」
「Shame on you!!」
「英語かよ!!」
「文族付きですから」
「そんなところだけちゃっかりしなくてもなあ…」
「弟子は師の背中を見て育つものですよ」
「じゃあ、師匠命令」
「ここの払いは常識的に考えて華一郎さんですよ」
「いや財布忘れたんで家からとってきてくれね?」
まさか食い逃げするわけにもいかんしさー、と、悪びれずに頭をかいて笑う男へ、眉間に皺を寄せながら、いいでしょう、と、答えてイツキはスプーンで相手を指した。
「そのかわり、もう一杯食べてからですからね」
(城 華一郎)
最終更新:2010年04月25日 16:34