ミルク色の髪をした少女に後頭部を蹴り飛ばされながら、いつものように華一郎は戯言をほざいていた。

助走して、ジャンプして、足裏をぴたりと2つ、脊髄に対して垂直に入射角をセットした、全体重~~キログラムを繰り出す、鮮やかなドロップキックであった。専門用語で、サテライト・ドロップ・キックという。飛び上がる際にひねりを加えていて、蹴りつけると同時に反動を得て、くるりと蹴った相手と背中あわせになるように、反対側を向いて着地する、猫科の中でも、若猫にしか許されない、自らに倍する高さを跳躍してのける筋力あっての、芸当だった。

衛星のごとく回るがゆえに、サテライト。相手に対して、蹴りという形で雫するがゆえ、ドロップ・キック。しかし自転するだけでは衛星ではないからしてサテライトという呼称は不適切なのではなかろうかと華一郎は考える。うむであるからには真サテライトドロップキックを開発せねばなるまい。そう、自転しながらに公転する、相手の正面から後ろに回りこむようにして蹴りつけ、蹴り終えた時には再び相手の正面に着地するような、そんな技を。しかしこれを技として実現するためには回り込むようにして走りこんでくる慣性をひねりこむ回転に一瞬にして転化し爆発させる脚力が必要となる。通常の2倍の脚力に加え、通常の2倍の助走距離、さらに途中から回転力を片足だけに集中させることで最終的に回転力は加速し通常の1.5倍、いやさ3倍で1200万パワーどうだこれでオーマも一撃だ早速企画書を提出しなくてはプリントアウトプリントアウトピーガガガ。

「どうしてそう蹴られる間もタイピングを止められないでいられますの!」
「ははは文族に対してダメージを加えられるのはいつでも言葉によってのみと相場が決まっているのだよ」

絨毯敷きの広間に座り込んでたかたかとなにやら怪しげな文言をまとめていた華一郎はそのまま顔面から絨毯に着地し顔面で踏み切ったように跳ね飛び2mほど行ったところでこきりといい音を立てて元の姿勢に戻った。つまり、あぐらをかいて絨毯敷きの広間に座り込み、なおかつ首は90度ほど曲がっている状態だ。

くるりとそのまま振り返る。

「うわ気色悪い」
「どうだい無事だろう」
「頭の中身が大分無事ではないように思えますけど。しかも蹴る前から、ずっと」

レンジャー連邦の猫士、愛佳は、じと目で腕組みしながら目の前の首と頭の中身がすっかり曲がった男を見つめる。

「よく言えますわね、文族は魔法使いだなんて」

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手を叩けば波紋が生まれる。青い光の波紋が生まれる。それはリューンであってリューンでなく、情報子であって情報子でない。

手を叩けば飛沫が生まれる。青い光の飛沫が生まれる。それは光であって光でなく、波であって波でない。

光は波紋し青は飛沫き、白く輝く清冽な瞬間瞬間。

夜に、

手を叩く。

光の波紋が生まれて飛沫く。

青く夜の闇から浮き上がり、白く輝いて飛散する。

その輝きを両の掌で、眼前に最大円を描くようにして広げていく。

ぐるり、天地上下に左右から、光がつながり円を描く。

それは滑らかな白い法円。夜に浮かび上がり消えることなき白の法円。

指が空間に点を穿つ。

白い点が穿たれる。

法円に点が打たれていく。

打つ。

拳で法円の外輪を、思いきり殴りつけるように、打つ。

法円は、まるで中心点に支えられているかのようにその場で回転し、穿たれた点が線を描いて立体を描く。

打つ。

拳で法円の外輪を、また異なる方角へと回転するように、打つ。

法円は球となり、その球の中にまた球が描かれる。

白い光の球体がそこに生まれる。

中心点には、いつの間にか出現しているものがある。

「――座標、090418051919161201250518/0120 /2305021825/09140615-tgh-01182009031205.m/08201312。オープン、m、n、o――」

黒い染みのような中心核。

手は、光の球体を直接掴んで動かし出す。

パン!

と、球体を、掌の間で叩き潰すように、仕草する。

そこに本が生まれる。

押し固められた、革の表紙を持つ書物。

「――――転送」

書物は消える。

夜に静寂が再び戻る。

/*/

比喩とはつまるところ抽象化の能力の一つでありそのものだよ。
数学が抽象化そのものであるならば、文学は抽象化から始まる長い長い道の、その始まりそのものだ。
見えるものを見えざるものに。そこから生まれた見えざるものを、見えるものに。
数学者が世界を律する法術使いなら、文学者は世界を韻する魔法使い。
法そのものではなく、法にあらざる法を扱う異端の法術。
されど道を外れることなき、法と外法の狭間行く狭間の法の使い手なり。
そう、ゆえにこそ、我等魔法の使い手なり。
事実を以て事実とせず、真実を以て真実とせぬ、一切合財の歪め手なり。
我等表裏一体にあらず、螺旋の回廊を行く隣人なり。
我等数を数とせず、彼等文字を文字とせず、されど我等隣人なり、それゆえ我等並び立つものなり。
さて。
如何様なる魔法を、お望みかね?

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… と、ここまでを独白している間に愛佳に見つかり華一郎は蹴り飛ばされたわけだ。

客観的に言えば、夜に外をほっつき歩いて怪しげにくねくね動いて、お城に、戻ってきたかと思えばいかれた電波な戯言をほざいていたわけで、そんな怪しげな電波をあたりに撒き散らすと健全な眠りを妨げるため排除するというのが愛佳がサテライトドロップキックを繰り出した理由だった。ちなみに愛佳がこんな夜更けに起きていたのは、猫が夜行性で、愛佳が若猫だからである。

「いやだなあ、電波だなんて。ちょっとした異世界へのアピールだよ」
「それを電波と言わずに何と言うかー!!」

後ろに回りこんでそのまま踏み切り、身をひねりながら蹴る片足の力をもう片足のための回転力に変えて送り込むことで、強烈な貫通力を持った蹴りが後頭部に炸裂する。地面と水平に曲がっていた首は水平のままさらに90度前方へ曲がり、ナチュラルに左を向きっぱなしになる。その、視界のちょうど真後ろに愛佳は着地、ふん、と鼻息荒くなぜか両手をぱっぱと払う。

「し、真サテライトドロップキック…」
「そのまま眠りなさい!」

ずびし、と曲がった首にチョップ。ぐはっと華一郎、横に倒れる。

「まったく…」

と、傍目には単に寝違えながらだらしなく広間で寝ているだけの華一郎を見ながら、愛佳は呟く。

「この世界を生み出した本物の魔法使いに失礼ですわ」

(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 16:39