「何してるの、華一郎?」

政庁の屋上から、あぐらをかいてぼーっとしているだけのように見える男に、愛佳は声を降らせた。白いワンピースが似合う、きかん気の強そうな少女の頭には、ぴこんと猫型の耳が立っている。無論自前なのがアイドレス世界のおそろしいところである。

「んー?
 星見ててさあ」

男は涼しげなんだかぼーっとしているんだかわからん顔のまま、目線は変えずにそう言った。既に大地は黒に染まっており、寒暖の差が激しい砂漠国であるレンジャー連邦のことなので、華一郎は砂避けマントをぐるり体に巻きつけて、完全防備の姿勢を見せている。普段は軽く結わえてある長い灰髪も、今は無造作に背中へと放っており、さりげなく首のあたりがほこほことマント効果とあいまって暖かい。

星ねえ、と愛佳は相槌なんだか呆れたんだかわからない口調で復唱する。見上げた星空は、のぺーっと黒く、雲が灰色で、月が東にぽつんと浮かぶ、いつもとまったく変わらない、面白みがないほど透明な砂漠の夜の星空だった。

「つまんないんだけど」
「つまんないか」
「面白くはないわねえ」
「そうかー、面白くはないかー」

まったく意味のない会話を交わしながら、するする愛佳は建物のとっかかりを蹴って降りてきた。猫士とはいえ、よくもまあ人型の身でと言いたくなるような動きだった。ゴムボールが弾んで転がり落ちるような躍動感で、いきいき、すちゃ、と着地。中庭は、さすがに憩いの場所か、苦労して噴水と芝生を植え付けてあるので、感触もふりとやわらかく、その倍ほどもやわらかな愛佳の足裏を包んだだろう。

「で、何が見えるの?」

ぺたんと隣にあぐらをかいて自分も座る。愛佳の膝をぺちっと叩く華一郎。渋々愛佳は女の子座りに足を直す。同じ目線で、二人は星を見上げていた。

「いやだから星が」
「星から何を読んでるの?」

初めて華一郎は、隣の女の子の方を振り向いた。

「よくわかるねえ」
「愛佳さんはこう見えて賢いのですよ、えへん!」
「どんなキャラだ。まあいい…」

つっこみ放棄で、空を指差す。

「星を見てさ、何が読めるんだろうかって考えてた。どうしたら、読めるんだろうって、考えてた」
「それでずっと星だけ見つめてたの? 華一郎ってほんと暇よねー…」

暇をもてあましている優雅な文族暮らしですから、と悪びれず答える。

「多分、星の運行を見て、とか、そういう占星術的なものじゃあないと思うんだよね。星を見たら世界の行く末や今がわかるのは、もっとこう…リアルタイムに何かが変わってると思うんだ。本来ありえないはずの動きや、ずれが、星の位置と歪みの場所と、それに対応したワールドタイムゲートのつながる先で起こっている異変を読み解くんだと思う。いや、具体的にはそこから直接異変の内容を知れるわけじゃなくて、それらの相関関係で、どこで何が起きた、今そこはこういう情勢になっていたはずだから、じゃあ展開がこうなったんだろう、と読んで、その流れなら、こうなるな、って、そうやって未来予測を立てているのかな、多分」
「あんた誰だ」

ずこお。

全人格を一言の元に否定された華一郎。

「いや、いやいやいや!
 こう見えても俺、星見司志望ですから!」
「えー?」
「『えー?』じゃないよ! なんだよその顔は! ホラ吹いてる男友達を生暖かく見守ってる女子高生かなんかかよ!」
「愛佳ちゃんはこう見えてぴちぴちの若猫なのですよ、にゃあ」
「『にゃあ』じゃねえよ気持ち悪いな!」
「なんだとー?!」
「あてっ! 蹴るな、爪出して蹴るな! 部分的にそういう時だけ猫に戻らなくていい、こら!」
「じゃあチタン爪グローブをつけつけ…」
「殺す気かよ!?」
「ほんの本気じゃないですかー、いやですねーもー」
「本気なのかよ!!」

あらあら、仲がいいですねえとマグノリアが渡り廊下を通りがかる。マグノリア女史は、この国のオアシスの一人だ。絵に、人柄がにじみ出ているように、温厚なのだ。

どうもー、と手をあげて愛想良く返事する華一郎。こんばんはーと折り目正しく、座ったまま座礼のような形でお辞儀をする愛佳。女史がにこやかに手を振り返しながら姿を消すと、二人は何事もなかったかのように再開する。

「そもそも華一郎は甲斐性がない」
「あるし!! もうバリバリあるし!!」
「どうだかー?」
「聞けよ! 話を!」
「実例が欲しいなー」
「じ、実例か…」

ちなみに愛佳さん、この場合の甲斐性とはどのあたりの性質のもののことをいうのでしょう?

うむ、それはだねごにょごにょごにょ。

はいごめんなさいありませんでした土下座します口外しないでください。

わかればよろしい。

「ところで華一郎くん」
「はっ、なんでしょうか愛佳さん」
「喉が渇いたなあー」
「紅茶をお持ちします!」
「ロイヤルミルクティー、アイスでねー」
「お任せあれー!」

その日は結局、華一郎は星をゆっくり見ることが出来なかった。

(城 華一郎)

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最終更新:2010年04月25日 16:42