バッジシステムの指令室、サブモニターに突如発生した赤い光点の群れに誰もが我が目を疑った。
レンジャー連邦のバッジシステムの指揮を預かるカール・瀧野・ドラケンは、共和国から送られて来るデータにそんな反応は無いのを素早く確認し、動揺するオペレーター達にシステムに異常が無いかを調べさせる。
「システム異常ありません!」
誰がスキャンしてもシステムはクリア、しかし最近輸入した防空回廊が映し出すレーダーには赤い光が増えるのに対し、芥辺境藩国そしてリワマヒ国から送られるデータはやはり空に敵はいない、と結果を出して来るのだ。
指令部に詰める職員に緊張が走る、これはいったい何なんだ、と。
「あのー、みんな落ち着いてね、バッジ職員が慌てちゃ駄目なのよ。」
その時、彼らの司令官のいる所から突然高くて細い女性の声が聞こえ、又も職員達は驚く。
思わず振り向いて声の主を確かめ、そして皆『なんだ…』と自分たちの勘違いに胸をなでおろした後『…で、このひと誰?』といった風に皆不思議そうな顔をした。
「防空回廊のリンクデータは正しいです、芥さんとリワマヒさんのも。」
カールの後ろからひょっこり顔を出したのは、彼らと同じ銀の髪に白とブルーの軍服を着て眼鏡をかけた一人の女性だった。
司令官の側で何やら所在なげにしていたひとだと職員が気付くまで何秒か、さらに政府関係者でこのバッジッシステム開発に携わったひとで、ここの司令官よりさらに上官相当のひとだ、と気付くまでさらに少しの時間を要された。
彼女はむつき・萩野・ドラケンと言い、数々の軍事開発に係っていながら普段引き蘢って表に出て来ない為、名前以外余り実存在を知られていない第七世界人である。
「すぐに越前さんから連絡来るはずだから、あわてず様子見て下さいね。」
「イエス、アイ・マム」
一同慌てて彼女に敬礼をし、それにむつきも皆さんお疲れ様ですー、と敬礼を返した。
「どうなっているんだ?」
場が何やら落ち着いた所で、詳しい事を知っているだろう自身の妻でもある彼女にカールは短く声をかける。
「うーんと、今この上空で神々が戦闘を始めてるの、人類と敵と味方に別れて。で、蒼龍が敵味方の識別をこれから行う所。この赤い点はあの子が神々を認識するための定義を入力したから出てきたの。」
訳が分からないが蒼龍の名を出されて職員達は動揺を引っ込め、カールも思わず苦笑をする。
そうかあの強く美しい戦闘機が又何かしているのか、と。
「しかし…神々とは理解の範疇を超える…」
「まあねえ…あ、きたきたー越前さんから。」
彼女は来ると分かっていた連絡にわーっと声を上げると、カールがすぐさま内容をチェックし必要部分を職員に、さらに自身の一筆を加えたものを聯合国へと転送をかける。
「総員待機、詳細は各デスクに回した通りだ、目を通す様に」
「アイ・サー」
そうしてサブモニターをメインにオペレーターに切り替えさせ、カールは防空回廊からの次の入電を待つ事にする。
この状況を読んだ彼は帝國の動きを見る事に決めたのだ。
送られ来た文面を見る限り、共和国は下手に動かない方が良いだろう、と。
「わんわん帝國防空回廊より入電在り!」
「これより神々の選別を行う為、攻撃停止願う、とのことです」
「了解した。攻撃停止する旨を返信してくれ。」
「アイ・サー」
カールは戸惑いを見せるオペレーターから伝えられた言葉に、自動迎撃体制に入っていたスクランブル部隊の出撃停止命令を出し、各聯合藩国へも同様にストップをかけると、今度は司令官席に座ると指示を出しながら猛然と赤い光点を共和側のデータに移し始めた。
「あー…他システムとこっちのデータの誤差埋めるシステム入れて無かった。」
その姿を見ていたむつきが声のトーンを落として呟く。防空回廊を輸入してた事を知らなかった以前に、そうなるとは開発時に想定していなかったので、他システムとの誤差を埋める所まで対応してしていなかったのだ。
「なんとかなる。それより味方機がどんどん出てきたぞ。」
冷静さを取り戻した指令室の中、カールはモニターと次々送られて来るデータから目を話さず、隣に立つ彼女に声をかける。
「あ、今皆で味方になる神様の名前集めてるよ。」
「…そっちで入れてるのか?」
「うん。」
カールははたから見れば意味不明な事を話す自身の妻にちらりと視線を動かした後、さらにモニターの赤い点の幾つかが青…味方機を表す色に変わる瞬間を見ていた。
むつきはというと、カールの視線に気づかずぶつぶつ独り言を言いながらその場でウロウロしていたが、ふと顔を上げると空いていたオペレーター席を側に見つけ、そこにすとんと座ると、「ええと、私も入力手伝いますよ。」
と彼に言った。
「お前が?」
カールは彼女の言葉を聞いて思わすそう口にだしてから、心の中であー…となる。
「私も開発者の一人です、出来ますよ…。orz」
つい忘れてしまうが、そうだった。彼女も自分と同じエンジニアなのだ。
カールは笑うと「…頼む」と言ってむつきの座る席に入れ替えの済んだ分のデータを送った。
「味方機に変わった分を入力してくれ。」
「はい。」
夫の言葉にむつきは息を吸い込む。最後まで体力もつかしら…とちらりと考えたが、それを振り払って頭と手をフル稼働させる事にする。
モニターを見れば空を埋め尽くす赤と青、この場にいるものだけが見れる神と神との戦いの痕跡を手入力で入れ込んで行く。
これはある意味戦いの記録を残すものになるのかもしれないなあ…とむつきは思いながら、緊張で軋む体を不便だと思いながら作業に没頭して行くのだった。
(むつき・萩野・ドラケン)
最終更新:2010年04月25日 16:47