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どちらが先だったろう。
背中を見ていて、ふと、あおひとは、思ったのだ。

真昼の木陰に、酷暑から逃れるのではなく、逃げ込み、子供たちのするような間近さ、耳元で、今は葉ずれを聞いている最中のことである。

視界は、しゃらしゃらと、近くで聞いたら意外に元気すぎるほどの音を奏でている緑色の天蓋に心地良く和らげられ、日差しの中にありながらにして、程良く暗く、まぶしさがない。目の前の背中も、色調を、ほんのりとグレースケールに染められている。若木のように、細身だが、締まった印象の背中だ。

あおひとは、樹上にあって、掌と、足裏に、それぞれ質感の異なる、乾いた樹皮の感触を得ることで、その身を支えていた。いつでも身動きできるよう、重心を掛けた靴裏からは、力強くしなる、細い綺麗な太みが、バランスを崩さないために手を掛けた幹からは、ぽくぽくと、厚く、面白いでこぼこの頼もしみが、合わせて3つ、跳ね返って来ている。唯一空けた自分の片手を、なんとなく、わき、わき。

この背中、綺麗だなー。

樹に登ったのは、どちらが先か? もちろん、この背中が後で、自分が先だ。

しんがりの大事位、いろはの、い、だし、何より今日は、散歩するつもりだったから、ロングスカートを穿いてきてる。翡翠は、動きがどうしても鈍くなりやすい格好をした母親を、下から見守りながら、しっかりと、地表の偵察も並行させつつ、樹に登ってきた。淡々と、事を運ぶ指示を出してきた佇まいが、忠孝さんとはまた、別の形でだけれども、堂に入っていたのが、忘れられない。

がっちょんがっちょん、足元では、舗装された路面に優しくない音を立てて、二人をよそ様の庭木に追いやった元凶が通り過ぎていった。掌を開けたままの、鼻先でさまよう四本の人型巨腕。獲物を求める殺意が、その、レーダーのように、360度を旋回して探る仕草に、無言のうちに、みなぎっていて、毎度、見るたびに、肩を大きく落とすほどの溜息をしたくなる。

何がしたいんだか知らないけど、もうちょっと楽しいことに使えばいいのに。

自分の掌をちらり見た。
樹皮の細かい塵が、払った後なのに、こびりついていて、ちょっと茶色味がかってしまった。

前に目線を移せば、油断なく、緩やかに五指の押し広げられた、造形のよく出来た、手。なぜだか視線は時たま上を向いているので、手庇を作り、ちらちらと翡翠は木の葉の隙間から空の様子も伺っている。樹上なのに、腕を使わずバランスを取っている辺りも、流石だった。あれは真似できない。しかも、残る片手は、さりげなく、母親を庇える位置に下げられているのだ。

身のこなしもそうだけれど、一番素敵に思ったのは、ここ。
向こうの指の方が細く見える時もある位、爪の形まで整っちゃっているくせに、掌の大きさそのものでは、もう、すっかり上回られているところである。背丈が大体同じ位なのに、さすが男の子だな、と、感じてしまった。

「狙われてるね。お母さん」

うん。
なんでかしらんという疑問も同時進行つつ、頭は、ばらんばらんにいろんなことへ向いている。
何しろ時間がもったいない。せっかくの、息子とのデートなんだから。デートなんだから!

こんな非日常だからこそ、わかることも、いっぱいあった。
さっきまで話題に上がっていた、柘榴のことも、ちらりと思い浮かびつつ、今日のプランとかもちらほら浮かびつつ、虎のビキニパンツのことも、頭によぎり……うわ、いけない。

なんだかんだと、考えているうちに、あっという間に今のシチュエーションに対して不満が膨れ上がってきたので、言葉を交わし続けながら、あおひとは自然と口にした。

「私はただ、家の中で平和にほのぼのと暮らしたいだけなのにー」

もっとも、その、ほのぼのの中身が、息子の隙を突くかのように、プロテイン、と呟く不意打ちなのだから、翡翠がどんな趣味を秘めていようとも、この母親にして、この子あり、なのだが。

もちろん、呑気にしているつもりはない。けれど、息子と比べてしまうと、自分がどうしてもどっしり構える方向に行きがちなのは、結局、どんどん前に行っちゃう翡翠の背中を、見ている自分が好きで、後ろから、追いぬかれちゃったことを実感している自分が、好きで、そんな気持ちの積み重ねの結果なのかもしれない、そう思った。

こんな心境に変わったのは、いつからかしら。
この子を一番間近で見てきたことは、かなりの特権だったよなあと、手を取られ、塀をよたよたと歩きながらに、そんなことを考えたり。

「お母さんには、子供、一杯居るから、一人じゃないよ」

だから素直に、こう答える。大股に、ぐいぐいと進んでいっちゃう背中を、駆け足で追いかけながら。

「ありがと。でも、私に翡翠は一人だからっ」

後ろから伸ばしてつないだ彼の手は、目指すものと虎のビキニパンツに言及した時、結構、なかなか、びくんとしてた。

まったく、可愛い子だ!

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署名:城 華一郎