What a perfect blue world #13
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く、
くくくく、く。
打ち伏せられたアドラが笑う。
音による操作を警戒して、その口を、身振りを防ごうと駆け寄るまどか。
しかしゆっくりとアドラは首を横に振った。
「もう、遅い。もうこの物語は、人の目に触れるでしょう。触れているでしょう。
読まれる事で、読まれた事で、私の願いはついに叶う。
音などもはや取るに足らない。物語こそ、今の私の最大の武器!
私が、私達がここにいる事が、伝わった!!
願いは、成った!!」
雫はアドラの言葉を黙って聞いていたかと思うと、不意にまどかへ振り返った。
その顔に、鮮やかな微笑みがある。
「まどか、済まないな――――」
え? と、まどかは聞き返した。
ウィンクをする雫。その長い灰色の髪が、見る間に青く、染まっていく。
まどかは思った。
ああ、あれは、知っている。
あいつが青くなる時だ。
あいつの心が青くなる時だ。
また、あいつが何かをやろうとしている。
だからまどかは、何も言わずに頷き返す。
にこりと太く、笑って見せて。
雫は敢然とアドラに向き直り言い放つ。
「いいか、物語使い。今日から私は、名を捨てる。
元よりなきに等しい我が名なれど、かけがえのない友がくれた、その名をだ。
名なきものを、物語には組み込めまい。
夜ノ塚雫は、ここで消える」
まぶしいほどに、青い髪。
言葉だけが、空間を貫く。
「我が名は空白、
故に物語を恐れたる由縁なし!!
貴様が物語を武器にするのなら、
私は名乗り続けよう、
物語にあらざる術理で以て物語を制する、
魔なるもの――――
そう、今日より我は、魔術師だ!!
空白の魔術師、それが貴様の敵の名だ!!
貴様の物語は、ここで、終わる!!」
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「…………」
始め、まどかはその笑い声を錯覚だと思った。
くつくつと喉を鳴らすアドラの笑い方は、まるで湿った洞穴の波打つ岩場を裸足で歩いて出るかのような水音に似て、人の肉の尋常に奏でるものとは遠く離れていたからだ。
段々に笑いが酷くなっていく。
ゲラゲラと剥き身の喉肉だけが鳴る、口を大きく開けた、ためらいのない爆発的な空気の解放。
隅々にまで、残響する。
アドラは吼えた。
「名前がないから、物語にならない、だと!?
そんな事、あるわけがないだろう!!
ご大層にまた新しく名乗りを挙げて、一体何のつもりだ、私の敵よ!!」
雫は、いや、“空白の魔術師”は、皮肉たっぷりに頬肉を歪ませて笑ってみせる。
「世界の生み出すバグたる、設定国民のエラー体。それに必ず備わる異能。
貴様には、音がある。
そこの黒いのには、異常なほどの強い肉体が。
キリヒメには、犬猫両方の特性が。
ならば、私には?」
笑っていたアドラの唇が、凍った。
ゆっくりと時が、動き出す。
「まさか」
「そうさ、私にもあるはずだろう、それが。
それこそ我が異能、これこそ我が魔術だ。
私は、私の名前が変わる事と引き換えに、私のこの大きな胸に、閉じ込める!!
『相手の抱く苦しみのすべて』を!!」
「!!」
まどかは理解した。
どうしてああも頑なであった自分が、彼女の言葉にときほぐれたその理由は?
人を殺戮する事、殺戮させる事にためらいのなかったキリヒメが、変わる事が出来たのは?
それが想いの力ではなく、彼女の異端なる力ゆえの現象に過ぎなかったというのか?
だが――――
「馬鹿な――――
それを公言するという事は、お前の、お前たちの……」
「友情を、否定する事になど、ならんさ、音使い」
青い輝きが風もなく長々と乱れ舞う“空白の魔術師”の髪から放たれ続ける。
「これが、私だ。
これこそが私だ。
私は私を否定しない。私は私を肯定もしない。
私が肯定されたのは、私に名をくれた、友の心ゆえにこそ、だ!!
私の力が何であろうと、それは私の一部だ。
私が望んだその先に、私が得た友を、私は決して否定しない!!
さあ――――」
魔術師は、歩き出す。
両手を広げ、大きな胸に、アドラを抱きしめんとするように。
「私の魔術を、受けるがいい」
微笑みで、手を伸ばした。
「今日から君も、友達だ」
「ッ、
うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
眼前に広がる光景に、恐怖で顔を歪ませ絶叫し、
そして、
「キリヒメ、奴を止めろ!!」
まどかが叫ぶのも、
「にゃーあ!」
キリヒメが跳躍するのも間に合わず、
スローモーションのような時間の後に、
「―――――――っっっっ!!!!」
その体を抱きとめようとする雫の前で、
砕けた大鎌の欠片を拾い、アドラは自らの首を貫いた。
鮮血と共に、音使いの白き旋律は永劫に止む。
洞窟中に轟くような、激しい断末魔を最後に残して――――。
最終更新:2018年02月15日 10:31