project nemo_エピローグ

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project nemo_エピローグ - (2011/01/02 (日) 10:34:21) のソース

戦争、平和、革命。この三つを繰り返しながら、歴史と言うものは積み重なって、今日に至っている。
その日、戦争は終わった。数え切れないほどの屍を築き、空と大地を何万ガロンもの血で染めた末の、終戦。
そしてそれは、物語の終止符を打つことも意味していた。
見届けろ。エースの行く末を。








ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo 



エピローグ



動くものが何一つない、冬に閉ざされた世界。
どこまでも広がる白銀の大地は一見美しそうに見えて、巨大なクレーターが禍々しい存在感を放つ。
この地で核弾頭が起爆したのはもう一〇年以上前だが、それでもかの地の空気は変わらない。放射能もすでに許容値ではあったが、そういう問題ではなかった。
ここは、人が生きていくにはあまりにも寂しすぎる。否、人だけでなくありとあらゆる命ある者にとって、静寂が過ぎたのだ。
唯一、過去にこの地でもかつて人の営みがあったと感じさせるのは、大きな湖の傍にそびえ立つ古城。訪れる者がほとんど途絶えた今となっては、観光名所にもなり得ない。

「とは言え、おかげで誰も来ない。オーシアの秘密警察でさえ、この地には影すら見せていない――」

ギギッと古めかしい音を立てる扉を開け、一人の男は古城に入る。
ユークトバニア空軍の飛行服を着てはいたが、羽織っていたジャケットにはかつての最強空軍、ベルカ空軍のエンブレムが縫い付けられていた。
ブーツに付いていた雪を、石造りの地面に足を叩きつけて振り落とす。入り口付近なら、多少汚しても構わないとの仲間内でのルールに従ったまでだ。そこから先、特に古城の一室を改修して世界中の電波信号を収集する通信情報室は、汚すことを固く禁じられている。
男の目的地は、その通信情報室だった。用件のある者がそちらに入り浸っているため、こうしてわざわざ海を渡って出向いてきたと言う訳だ。

「アシュレイ、入るぞ」

重厚な扉を抜けて――後から増設したものだ。古城の雰囲気にはとても似つかわしくない鋼鉄の扉――男は、通信情報室にいたオーシア空軍の飛行服を着た者に声をかける。
アシュレイ、と呼ばれた飛行服の男は振り返り、ミヒャエルか、と男の名を呼んで迎えた。遠路はるばるご苦労、と同志との再会に儀礼的な握手を交わす。

「怪我の様子はどうだ。いや、見たところ大丈夫そうだが」
「傷は塞がった。あまり療養期間が延びては、オーシアの連中に怪しまれるかもしれんしな――」

アシュレイは手に持っていた書類を渡してくる。
『8492飛行隊命令書』と銘打たれたそれは人事関係のものらしく、飛行隊長がしばらく負傷によって不在とする旨が載せられていた。
一枚目はそれで終わり、二枚目の書類も同じく人事。こちらは、最近部隊に派遣されてきたオーシア空軍の軍人の名簿だ。

「今度やって来た派遣将校だが」

名簿を見ていると、補足するように書類の持ち主が口を開いた。

「頭が切れる上に、祖国への忠誠も高い。上手く誘導すれば、我々の駒になるかもしれん」
「フン……」

ミヒャエルは鼻を鳴らして、興味なさげに書類を返す。ハミルトン、と言う名前が名簿にはあったが、彼のことだろうか。とは言え、すぐに思考の片隅に追いやった。そんなことより、早急に確認しなければならないことがある。

「それで――あの世界で失われた資金や兵力、装備はどうやって取り戻す気だ?」

睨むような視線。しかし、アシュレイに大した動揺は見られなかった。
フムン、と少し間を置き、厳重に保管されていたアタッシュケースから、一枚のディスクを持ち出す。
見た目は至って普通の、何の変哲も無いディスクだった。だと言うのに、アシュレイは見せびらかすように目の前にそれを持ってきせ、口を開く。これ一枚で、取り戻せる。

「……たった一枚のディスクが、か。貴様が持ち帰ったものはそれか、中身は何だ」
「エレクトロスフィアと、ナイトレーベンに搭載されていた"nemo"のデータ、と言うべきか」

瞬間、ミヒャエルは絶句する。どちらも、あの魔法の世界で行われた作戦でもっとも重要となったキーワード。いつの間に持ち出していたのだ。
亡国の戦士は続いて語る。我々の装備は未だ北の大地、もはや彼らの知るベルカ公国ではなくなった売国奴たちの国の軍内部、そこに未だ残る旧公国派からの横流し、あるいはベルカ戦争終結後、国を追われその技術力を買われ、海を渡った先のユージア大陸のほぼ全ての兵器生産を担う一大軍事企業ゼネラル・リソースに身を置くベルカ系技術者たちからの秘密裏な協力によって支えられていた。ディスクと関係があるのは後者、ゼネラル・リソースだ。
ベルカ系技術者たちからの情報によればつい最近、社内に新たな研究開発部門が生まれたと言う。ニューコムとか言うその部門は自由で、かつ先進的な発想を元に様々な技術研究を推し進めており、常に新しいテクノロジー、新しい知恵、新しい知識に飢えているそうだ。
そんな彼らの前に、異世界で得た技術を見せびらかせばどうなるか。おそらくは、何としても手に入れようとするだろう。金や物で済むなら、いくら要求しても惜しむような真似はしないはずだ。

「言ったはずだ。次へ繋ぐ手は、用意してあると」

ディスクをアタッシュケースへ戻し、言葉とは裏腹にアシュレイの顔は、どこまでも無表情なもの。納得していただけたかな、と問われ、ミヒャエルは頷くほかない。
時間は、まだかかる。だが、決して失ったものは多くは無い。それを帳消しにするほどのものを、我々は手に入れたのだから。
元より、あの魔法の世界での作戦はイレギュラーなもの。上手くいかなかったのであれば、当初の予定に戻るだけだ。
五年の時を経て、彼らは再び歴史の表舞台に立ち上がる。祖国を奪った二大国に、鉄槌を下すため。
もっとも、その企みは。新たに現れたエース、漆黒の悪魔から英雄へと昇華した存在によって阻まれるのだが――それはまた、別の話である。





蒼いな、と空を見上げてふと思う。それに、綺麗だ。雲一つない快晴、どこまでも広がる無限の世界。青のキャンパス。
ほんの二ヵ月前はあの空が戦場だったと言うのが嘘に思えてしまうくらい、その日のミッドチルダはよく晴れていた。
だけども。肩を並べて歩く年若い男女の間に、言葉は交わされる様子は無い。ゆっくりと、二本の足で大地を踏みしめ、目的地へと進むだけ。
ユーノ・スクライアは今日、休暇をもらって無限書庫の宿舎から飛び出してきた。
管理局は未だ先日の事件から――まだ公式な名称はついていない――後処理やその後の調査で全体的にゴタゴタとしていたが、事情を話すとすぐに上は二つ返事で申請を通してくれた。仕事仲間に申し訳ないと思いつつも、しかし彼にとって今日は、どうしても外せない日だった。
目指したのは、小高い丘だった。小高いとは言っても、周囲に障害物が何も無いおかげで首都クラナガンと、はるか向こうに見える海まで見渡せる見晴らしのいい丘。頂上に達すればそよ風が頬を撫で、やって来た者を暖かく迎えてくれる。

「着いたよ、なのは。ヴィヴィオ」

隣にいた少女と、幼い女の子に声をかけた。うん、と小さく、綺麗な栗毛色の髪をサイドポニーでまとめた少女は頷き、それまで手を繋いでいた女の子と自然に離れる。
ヴィヴィオと呼ばれた女の子は、何も言わなかった。彼女なりに察するものがあったのだろう。母と慕う少女から一歩身を引き、待つことにした。
丘の上には小さな、本当に小さな碑石があった。黙っていれば誰も気付かないほど、しかし奇妙な形をした碑石。まるで、千切れた戦闘機の垂直尾翼のような――否。本当に戦闘機の垂直尾翼だった。描かれているのは、塗装が霞んだリボンのエンブレム。
あの後。結局彼は、見つからなかった。本局、地上本部は双方が出せるだけの戦力を出して、可能な限り捜索したが、機体もパイロットも見つからなかった。
戻ってきたのはどういう訳か、この丘の頂上にひっそりと落ちていた、一枚の垂直尾翼のみ。
そして、捜索は昨日をもって、打ち切られた。

「――なのは」

ユーノは、少女の名を呼んだ。なのはと呼ばれた彼女は答えず、屈みこんで垂直尾翼の前に。

「……置いていかれちゃったなぁ」

ぽつりと、その日出会ってからようやく、初めてなのはが口を開く。
彼女の視線は、垂直尾翼から青空へと注がれる。ほんの何ヶ月か前は、自身も駆け回っていた無限の世界。今はずいぶん、遠くになってしまった。
医者は黙って、首を横に振るばかりだった。抱えていた"爆弾"は、炸裂した瞬間彼女から翼を根こそぎへし折っていた。日常生活には何も支障ないものの、ボロボロに磨り減ったリンカーコアはもう、元に戻らない。
かつてのエースオブエースは、もう飛べない。にも関わらず彼は、同じ"エース"の名を背負う彼は空に上がったまま、戻ってこなかった。彼女にとってはまさしく、置いていかれたと呼ぶほかなかったのだ。

「私――今更だけど、あの人が"メビウス1"って名前にこだわる理由、分かった気がする」

それは、誰に対してでもなく。なのははポツリポツリと、途切れかけた言葉を繋ぎ合わせるようにして、呟いた。

「あの人にとって、"メビウス1"って名前は、空を飛ぶ上でどうしても、どうしても必要な名前だったんだと思うの。飛ぶことしか出来ない自分に、存在価値を与えるための――自分で感じることが出来る、価値ある名前。それがなくなったら、もう自分は自分じゃない。空を飛べなくなっちゃう、そんな自分に価値なんて無い。そう思ったから、だから、あの人は……」
「なのは……」
「ユーノくん」

立ち上がり、振り返った少女の顔。ユーノは名を呼ばれ、ハッと気付く。彼女の瞳に、光るものがあった。放っておけば、今にも泣き出しそうな頼りない表情。

「飛べなくなっちゃった私に、価値なんて、あるのかな――あの人は命をかけて、守ってくれたけど。今の私に、そこまでの価値、あるのかな……」

違う、と。指で少女の目尻に浮かんだ涙を払い除け、彼は静かな口調で、しかし強く断言した。

「なのは。自分の価値は、自分で見出すものだよ。アイツは、"メビウス1"であることに自分の価値、自分の役割を見出したんだ」
「……だけど、でも」
「でも、じゃないよ」

そっと、なのはを抱き寄せる。いきなりのユーノの行動に少女は泣くことも忘れ、転びそうになるが、どうにか耐えて、彼の胸に頭を埋める形となった。

「今、転ばなかったよね? なのはは翼を失った代わりに、大地を得たんだ。自分の足で、歩いていける――飛ぶことばかりが、君の価値じゃないはずだよ」

それにほら、と。ユーノは、胸に顔を当てる少女に後ろを見るよう促す。
言われるがまま、なのはは栗毛色の髪を揺らして振り返る。何も言わず、優しげな微笑を見せるヴィヴィオの姿が、そこにあった。

「一人が不安だって言うなら、僕がついてる。僕はアイツみたいに戦闘機は飛ばせないし、前のなのはみたいに砲撃魔法を撃ったりも出来ないけど……出来ないけど、君をしっかり、支えることに関しては自信がある」

だから、と付け加えて、彼は言う。自分に価値が無いなんて、言わないでくれ。僕が好きななのはは、そんな人間じゃないんだから。

「――こういう時に、ずるいよ、ユーノくんは」

ぽふ、と再び、彼女は頭を彼の胸に押し当てた。しっかり自分の足で立ちながら、しかしユーノに寄り添うようにして。
離陸前に、僕は彼に頼まれたんだ。ほとんど押し付けみたいなものだけど、それでも頼まれたんだ、僕は。「彼女を頼む」って――もちろん、それだけではないのだけども。
黙ってユーノは、寄りかかる少女を抱きしめた。体温を確かめるように、存在を確かめるように。それは同時に、なのは自身も自分の存在を確かめることでもあった。

「ねぇ、なのはママ」

不意に、それまで黙っていたヴィヴィオが口を開く。とてとてとて、と可愛らしく近寄り、抱き合う二人のすぐ傍に立つ。

「今度からユーノおにいちゃんは、ユーノパパって呼べばいいの?」
「っ、ヴィヴィオ!?」

ユーノの顔が、真っ赤になる。顔を埋めていたなのはもクスッと笑い、そうだよ、と義娘の問いかけに肯定の返事。

「ユーノくん。私、結婚式は故郷で挙げたいなー」
「――あぁ、了解。そうしようか」

もはや観念したように。苦笑いを浮かべる未来の夫に、少女と女の子は親子揃って楽しそうな笑みを見せた。
ちょうど、その時である。突然、よく晴れていた空に、遠雷のような轟音が響き始めた。何だろう、と三人揃って顔を上げてみれば、青のキャンパスの向こうから一つの機影が迫ってくることに気付く。おそらくは戦闘機。確か、F-15ACTIVEと呼ばれる機種だ。
突如として現れた鋼鉄の荒鷲は、丘の上を掠め飛ぶようにして飛来。パイロットにしてみればこれでも失速寸前だったのだろうが、地上の人間にとってはそれでも高速だった。
それでも、尾翼に描かれたリボンのエンブレムは見逃さなかった。コクピットで操縦桿を握るのは、おそらく年下の少女。酸素マスクとヘルメットで顔を覆っていたが、ミッドチルダで尾翼にリボンを描いた戦闘機はもはや、一機しかいない。
ティアナだ、となのはがパイロットの名を呼んだ。頭上を駆け抜けていった時、パイロットは丘の頂上に向けて敬礼していたように思う――自分たちに向けてのものか、それとも碑石となったかつての一番機の垂直尾翼に向けてのものか。答えは分からない。どちらでもいいだろう。
轟音を振り撒き、しかしどこか優雅に、F-15ACTIVEは飛び去っていった。後に残るは、巻き起こった風。柔らかく暖かい、優しさを具現化したような風だった。
ユーノは、空を見上げる。
そこは、どこまでも広がる無限の世界。翼さえあれば、何者であっても束縛されない自由な空。芸術のように美しい、青のキャンパス。
見えているか、メビウス1――彼は、友に向かって問いかける。
これが、君の守ったものだ。
君の守った世界。
君の守った未来。
僕らは、そこを歩いていく。
例え、その先にどんな険しい障害があったって。僕らは必ず、踏み越えていく。
だってそうだろう?
君が守った未来だ。決して無駄になんか、出来ないさ。

ありがとう。グッドラック――メビウス1。














2010年  環太平洋戦争及びベルカ事変勃発。同年終結。オーシア、ユークトバニアは和平条約を結び、旧ベルカ公国残党の破壊活動を阻止する。
"灰色の男たち"と呼ばれる旧ベルカ公国の残党は、この戦いで主要幹部のほとんどを失い以後、目立った活動を見せていない。

2015年  エメリア・エストバキア戦争勃発。2016年に終結。エメリア側の勝利に終わる。
本戦争は、1999年7月に発生した小惑星ユリシーズの落着に伴う動乱を始めとするものである。

2020年  オーレリア戦争勃発。同年終結。オーレリア、レサス間の戦争はオーレリアの勝利となる。
レサス民主共和国が内戦で疲弊していたにも関わらず開戦に踏み切ったのは、一大軍事企業ゼネラル・リソースの支援によるものだと言われるが、真意は不明。

2020年代 ISAFはNUN(新国際連合共同体)の治安維持対策機構として存続が決定。
以後しばらくはISAFの名を維持していたものの、数年後にUPEOと改称する。

2030年代 複合企業ニューコムの技術者、サイモン・オレステス・コーエンにより「Project NEMO」始動。
同年代、ゼネラル・リソースにおいて『X-49 ナイトレーベン』開発計画が本格起動。
いずれも異世界からの技術が投入されたと言われるが、真相は不明。














"心地よく鼻をくすぐったジェット燃料の燃える匂いも、かすれ果てた"


"『黄色中隊』の野戦滑走路も、今ではただの自動車道にすぎない"


"私は今、手紙を書いています"


"あのむなしかった戦争の最後に、あなたのような好敵手と巡り会えたのは、彼には望外の喜びだったに違いない"


"せめてそう信じたいものだと"


"それを確かめる相手は、彼を墜としたあなたしか残らない" 


"だから、こうして、あなたへの手紙を――"













ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo 


END





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