「諸君、ミサイルの目標は東海岸だ。我々はホワイトハウスを失うことになる」 地下深くの分厚いコンクリートの外壁、さらには地表に聳え立つ天然の山岳そのものが強固な盾となる司令部で、この国の国防長官はため息を吐いて、そう言った。 彼を囲む閣僚たちも、同様に残念そうな表情を浮かべている。首都を蹂躙され、さらに超国家主義者たちがそこに付け入るかのように弾道ミサイルを撃ってきた。今後の対応が、ますます苦しくなるところだ。 それでもなお、彼らはこの地下司令部から出るような真似はしなかった。そこがもっとも安全だからだ。核攻撃であっても耐えられる地下司令部は、糧食の備蓄も充分にある。国防長官を初めとして、国家の意思決定に関わる重要人物たちはほとんどがこの施設に逃れていた。 しかし、その最中において、顔色を変えない男が一人いた。軍人であるようだが、閣僚たちの前であっても制服は着ず、代わりに灰色の迷彩服を着て、肩から拳銃の入ったホルスターを下げていた。拳銃は大口径のリボルバーであり、実弾が込められている。ここは安全な地下司令部であるというのにだ。 「また建て直せばよいことです」 暗く沈みがちな閣僚たちを前にして、その軍人は平然と言い放った。事実として、ホワイトハウスは過去に一度全焼している。一八一二年、米英戦争の際にイギリス軍に焼き討ちにあったのだ。 余談ではあるが、この際にホワイトハウスは再建され、焼け焦げた部分を白で塗り潰した。そのために『ホワイトハウス』と呼ばれるようになったと言われている。 軍人の発言は危機を前にして不謹慎であったかもしれないが、ともすれば国家存亡の危機にも関わる事態を何日と目の当たりにしている官僚たちにとって、むしろ彼の言うことは力強く頼もしく聞こえたことだろう。次々と彼らの視線が軍人に集まり、しかもその眼は、明らかに救世主を見つけたような色をしていた。 ――貴様らは都合のいい時にだけ軍人に頼るのだな。 軍人は、そんな閣僚たちの視線を受けて、胸のうちでドス黒い炎を燃え上がらせた。だが、決してそれを誰かに悟らせるようなことはなかった。何も言わず、国防長官の前に向かって歩く。 「被害予測は?」 国防長官が軍人に尋ねる。これまでと同じく、彼は表情を変えることなく淡々と答えた。 「三万から五万。あの"悪夢未遂"に比べれば少ないでしょう。ただし、都市機能は全て麻痺するはずです」 悪夢未遂とは、数年前に超国家主義者たちがロシアのミサイルサイロ基地を占領し、あろうことか核ミサイルを発射した事件のことだ。あの時はイギリス陸軍特殊部隊SASとアメリカ海兵隊、さらに時空管理局との共同作戦でどうにかミサイルを自爆させることが出来たが、もし着弾していれば北米は死の大地と化していただろう。犠牲者予測は、四百万人を超えていた。 そう、あの時も世界を破滅から救ったのは『我々』だったのだ――軍人は、国防長官の言葉をじっと待つ。国防長官はため息を吐き、そして言った。 「将軍、我々は君の警告にもっと耳を傾けるべきだった」 「このままでは、我々の名は歴史の教科書に刻まれるでしょう。滅亡を傍観していた者として」 国防長官の顔が、露骨に歪む。彼だけではなかった。閣僚たちは皆、自分の名が不名誉な形で教科書に載るのを恐れていた。 アメとムチだ、と軍人は思う。ここで、彼らに自身の行動の正しさを認めさせなければならない。 「しかし、それを阻止する手はあります。全ての元凶は、マカロフです。奴を表へと引きずり出せば、合衆国の無実はおのずと証明されるでしょう」 「好きにやりたまえ、将軍。君には軍の指揮の全権を委任する――大統領には、私から話しておこう」 これでいい、と軍人は決して口には出さず、国防長官の命令に黙って頷く形で事の流れが思い通りになったことに、ひとまずの満足を覚えた。無論、これで終わりではない。軍の指揮を委ねられたのは、必要な条件をクリアするためのうちの一歩に過ぎないのだ。 部下を呼んだ彼は、至急、Task Force141に連絡を取れと命令を下した。さらに、衛星写真やこれまでの諜報活動の報告をまとめ、マカロフの居場所を突き止めろとも言った。これまでは後手後手に回っていたが、すでに地道な諜報と偵察が実を結んで、奴の居場所を特定するのには充分な情報を得ていた。 あとは、パズルの一ピースを手に入れて、重ね合わせるのみだ――軍人の眼は、一枚の衛星写真に向けられた。グルジアとロシアの国境付近を映したものだ。木が立ち並び、その中でポツンと一軒家が立っている。一ピースは、ここにある。 だが、パズルを完成させるのは最終的に、一人でなければならない。軍人の眼は衛星写真から、別のものに向かっていた。Task Force141の部隊章、自らが創設した部隊だった。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第14話 Second Sun / "曇りのち…" SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1850 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 死ぬはずだった。だが死んでいなかった。暗闇の底から意識が現世に舞い戻ってきた時、最初に感じたのは銃声と怒号、それから手のひらに感じた痛みだった。 何だと思って見てみれば、ボロボロになったグローブの破けた部分から、擦り剥けた皮膚がむき出しになっていた。だが、痛むということは、自分は死んでいないということだった。 「これ持って伏せてろ!」 墜落し、グシャグシャになったヘリの機内に自分はいた。眼を覚ましたのに気付いたのか、外で戦っていた味方の兵士はこちらに振り返り、M4A1を差し出してくる。直後、彼は撃たれて死んだ。周りは敵だらけで、劣勢は明らかだった。 思い出した。ラミレスは、渡された銃のグリップを握ることで、ようやく意識をはっきりさせた。管理局の奴らがアメリカ東海岸に兵を降下させて、好き放題に荒らし回っていた。兵士である彼は戦友たちと共にこれを迎え撃ったが、奴らは次元航行艦なんてSFじみた兵器を衛星軌道にまで下ろしてきて、強力な艦砲で次々と米軍の抵抗を粉砕していった。ラミレスも乗り込んでいたヘリが撃墜されて今、こうして敵の魔導師部隊に包囲されている――。 弾はあまりにも残り少なかった。それでも彼は、ヘリの機内から出来る限りの抵抗を試みた。痛む手のひらでM4A1を構えて、訓練で教わった通りにダットサイトに捉えた敵を撃つ。いくらか連射したところで、カチン、と銃は小さな断末魔を上げた。 「ラミレス、これが最後だ。しっかり当てろ!」 墜落したヘリの外で奮戦していた分隊長、フォーリー軍曹が正真正銘、最後のマガジンを投げ渡してくれた。リロード、空になったマガジンを捨てて新しいマガジンを差し込む。チャージングハンドルを引いて、M4A1に命の息吹を吹き込んだ。射撃再開、五.五六ミリ弾を敵に放つ。これもあっという間に弾切れし、あとは魔導師たちに撃たれるばかりになった。魔力弾がラミレスに襲い掛り、ヘリの装甲がかろうじて彼の身を守っていた。 「曳光弾、残り三発!」 残り少ない弾をせめて全弾命中させようと、副官のダン伍長が前に出る。だがそれが仇となって、魔導師たちの放つ弾丸の一発が彼の肩を掠めた。短い悲鳴が上がり、倒れた彼の体をフォーリー軍曹が必死に遮蔽物の内側へと引きずりこむ。ダンはまだ死んでいなかった。しかし、容赦なく敵弾は飛んでくる。手当てのしようがなかった。 その時、包囲されたラミレスたちの分隊に、強い光が浴びせられた。スポットライトだ。しかしスターの気分にはなれない。ここは劇場ではなく戦場だ。沸き起こるのは拍手ではなく、敵の怒号だった。かろうじて、ラミレスは光を浴びせてくるのが敵の次元航行艦だと分かった。奴らは、こんな低空にまで艦を下ろしてきたのだ。 アレン先輩、いるなら助けてくださいよ――眩い光に照らされて、ラミレスは初めて弱音を吐いた。 SIDE アメリカ航空宇宙局"NASA" 五日目 時刻 1851 北米上空 高度二〇〇〇キロメートル 名も無き宇宙飛行士 コールサイン"サット1" 星を眺めていると、地表で戦争の真っ最中だと言うのが嘘のように思える。あるいは、馬鹿馬鹿しく思えてくる。見下ろせば自らの故郷、地球が足元に広がっているが、一度でも宇宙空間の広大さを味わえば、視界を埋め尽くすこの青の星もなんとちっぽけなことか。 彼が宇宙飛行士になったのは、もちろん子供の頃からの純粋な憧れを忘れなかったからだ。だがそれと同じくらい、いい加減地球での生活が鬱陶しく感じていたという理由もあった。出会う奴らはみんな腹の中に黒いものを隠し持っていて、こういう奴らがいるから人間同士は争うのだな、と感じていたのである。だから、人間に会わなくて済む宇宙に行きたかった。ひょっとしたら人間以外の知的生命体と出会えるかもしれない、という期待も抱いて。 知的生命体は、確かに存在した。文字通り次元を超える形で、彼らは現れた。だが彼らは、宇宙飛行士が期待していたものとは違った。彼らは時空管理局を名乗り、同じ人間で、しかもアメリカに戦争を仕掛けてきた。人間に会うのが嫌で、あるいは戦争に巻き込まれるのが嫌で宇宙に来たというのに、時空管理局の奴らは衛星軌道上に宇宙戦艦を展開している。まったくふざけた話だ、こちらの都合などお構いなし。だから人間は嫌いだ。 幸い、彼と彼が宇宙空間で住処にしている国際宇宙ステーションに、管理局の奴らが手を出してくることはなかった。連中は無差別テロの報復だと言っているが、宇宙ステーションのようにある 程度国際性を持つものには攻撃してこない。管理局はアメリカ以外の地球の国家に対して、この報復は正当なものだということをアピールしたいのだろう。アメリカ人以外の宇宙飛行士も乗り込んでいる宇宙ステーションを攻撃しては、無差別攻撃になってしまう。 それにしても静かだな、宇宙は平和でいい――宇宙飛行士は現在、ステーションを離れて宇宙服を着込み、ヘルメットにカメラを搭載して観測任務に当たっていた。眼下に浮かぶ青の星は、西側が昼間で太陽に照らされている。中央よりやや右、東側に見える北米大陸は夜だった。大陸で光が灯っている部分は、人が住んでいるところだ。 眩しい太陽を見つめていた彼の耳に、通信機を通じてステーションからの指令が飛んできた。ようやく任務開始だ。 ≪サット1、こちらISS(国際宇宙ステーション)管制部。地球の夜側を見て欲しい。ヒューストンが君の頭部カメラの映像を要求している≫ 「了解、夜側だな――具体的にどの辺りだ?」 ≪ステーションの太陽光パネルから一五度東、地平線の辺りだ≫ 首をひねって、宇宙飛行士ことコールサイン"サット1"は言われた場所に視線をやる。視界に映るのは地球の北米大陸と、それから交信中の宇宙ステーション。長く伸びた太陽光パネルよりさらに先を見ろという。地平線の向こうには、何も見えない。 ≪OK、それでいいぞ、サット1。こちらISS、ヒューストン、どうだ?≫ ≪こちらヒューストン、サット1からの映像、良好≫ いったい何を見たがってるんだろうな、ヒューストンは――地球のヒューストン市にあるジョンソン宇宙センター管制室の目的が、いまいち分からない。ヘルメットに搭載しているカメラは固定型だから、否応無しに彼の視界と同じものを捉えることになる。地平線の向こうには、何も無い。 数秒後、彼は地平線の向こうから、何かが打ち上げられるのを目撃した。打ち上げられる、つまりこの宇宙飛行士は、突如出現した物体をロケットか何かと認識したのだ。その認識はステーションの管制部もヒューストンの管制室も同様であり、人工衛星の打ち上げを疑った。サット1が記憶する限りでは、今日はそんな予定は無いはずなのだが。 ≪ヒューストン、確認したい。今日は衛星の打ち上げは無かったよな?≫ ≪こちらヒューストン、確認する≫ 打ち上げられたロケットらしき物体を見ていると、宇宙飛行士はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。何故だ、と自分でも思うが、理由を説明できない。強いて言うならば、予感だ。あのロケットは、人工衛星の打ち上げではない。ほら、見ろ。衛星を積んだロケットがあんな角度で曲がるものか。 北米大陸の、東海岸に向けてまっすぐ飛ぶロケット。この距離では見えないが、確かあの辺りには時空管理局の艦隊が展開していたはずだ。今日になってみんな低高度に降りていったが―― ≪ヒューストン、こちらISS。アレについて何か、あー……≫ カッ、とロケットが突如、北米の東海岸上空で炸裂した。強烈な光だった。まるでついさっきまで見ていた太陽の光のようだった。二つ目の太陽。 その瞬間、宇宙飛行士の戦争が嫌だから宇宙に来たという思いも、人間以外の知的生命体に会いたいという夢も、何もかもが全て吹き飛ばされた。通信機は甲高い高音を鳴らして断末魔を上げ、二つ目の太陽はその凄まじい力を持って、東海岸に灯る光を根こそぎ刈り取っていった。悪夢はそれに止まらず、衝撃波が眼下にあった宇宙ステーションを木っ端微塵に粉砕し、高速で舞い散る残骸が凶器となって周囲に飛び散っていく。宇宙飛行士も、その残骸に巻き込まれてしまった。 いったい何だ。何が起きたんだ。嫌だ、死にたくない。残骸がこっちに来る。嫌だ、駄目だ、来るな。死にたくない。 咄嗟に腕で身を庇うが、何の意味も無かった。吹き飛ばされてきた宇宙ステーションの残骸の群れが、彼の命を奪い去っていった。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1852 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 「何が起こった!?」 誰が言ったか分からないが、その言葉はこの場にいる全ての人間が共通する思いだった。 追い詰められたラミレスたちと、その周囲を取り囲む管理局の魔導師たち。ラミレスたちには低空に下りてきた次元航行艦からの強烈なスポットライトが浴びせかけられ、ついにここまでか、と分隊の誰もが諦めかけていた。 まさにその時だった。はるか天空で、闇夜を蹴飛ばすかのような勢いで正体不明の巨大な爆発が巻き起こったのは。まるで太陽だった。その爆発の直後、浴びせられていた強烈な光がフッと消えた。それだけではない。次の瞬間、次元航行艦がプツリと糸でも切れたかのように、落ちた。運悪く下にいた魔導師たちは次元航行艦の墜落に巻き込まれ、一瞬にして壊滅する。 墜落してきたのは、次元航行艦だけではなかった。OH-6やUH-60、味方のヘリが落ちてきた。F-15らしい友軍の戦闘機はグルグル回りながら高速でビルに突っ込んだ。召喚魔法で呼び出された魔導師たちの竜が、もだえ苦しみながら落ちてきた。空戦魔導師たちが、悲鳴を上げながら手足を無意味にばたつかせて落ちてきた。落ちてきた、落ちてきた、落ちてきた、とにかくありとあらゆる空を飛ぶものが、あの爆発の直後に一斉に空から落ちてきた! 「通りから離れろ、逃げろ!」 次元航行艦の墜落で難を逃れたかのように思えたが、空からありとあらゆるものが落ちてくるようではこちらも危険極まりない。フォーリー軍曹の指示が飛び、慌てて分隊はその場を逃げ出した。 ラミレスも戦友の一人が墜落したヘリから救い出してくれたことで逃げ出すが、そんなことはお構い無しに空からはあらゆるものが落ちてくる。墜落の轟音が、ワシントンの市街地に響き渡る。 何だ、いったいこれは。どうしたんだ、これは。いったい何が――考える暇などないはずなのに、思考は回るのをやめなかった。それでも身体は動く。M4A1を抱えて、走る。ヘリがすぐ後ろに落ちてきた。衝撃で転びそうになるが、耐える。魔導師が三人ほど、目の前に降ってきた。地面に叩きつけられる。死体を踏み越えて、前を行く。安全な場所はどこだ。分隊は走り、空から落ちてくるものに巻き込まれそうになりながら、どうにか壁に穴が空いたビルを見つけた。ここに入れば"雨宿り"できるか。 「止まるな、走れ!」 「冗談じゃねぇぞ、クソッタレ!」 兵士たちの泣き言は、無論墜落の轟音によって掻き消された。何か大きなものが数メートル先に落ちてきて、弾け飛んだ部品が燃えながらラミレスの前を行く兵士たちの足元に滑っていく。「うぉおおお!?」と悲鳴を上げながら、兵士たちは咄嗟にジャンプしてそれを避けた。そのままヘッドスライディングで、ビルに飛び込む。コメディのような光景、だが現実だった。 「何が起きてるんだ!?」 「EMP(電磁パルス)だぁ!!」 それがどうした、今それを知って何の役に立つ! 胸のうちで悪態を吐き捨てながら、ラミレスは他の分隊員より数秒遅れる形でビルの中に飛び込んだ。その直後、背後でドンッと強い衝撃と轟音が響き渡る。次元航行艦が、墜落してきていた。 今日の天気は、曇りのち、様々な飛行物体。 「いったいどうするんです? 管理局の奴らが俺たちを襲うわ、空から何か色んなもんが降ってくるわ、もうしっちゃかめっちゃかだ。これじゃあもう……」 退避したビルの堅牢さに感謝しつつ、ちゃっかり持ち直して生き残っていたダン伍長が、情けない声を上げていた。突如として空からありとあらゆる飛行物体が全て落ちてきたのだから、いかに鍛えられた軍人であろうと、情けなくもなる。 ところが、こんな状況であるにも関わらず、指揮官のフォーリー軍曹は鋼の意思を見せていた。 「落ち着け伍長! 我々の武器はまだ使えるんだ。つまりあのクソどもの尻を蹴飛ばしてやれるんだ!」 そうは言いますけどね、とダンはなおも泣きそうな顔をしている。当然だろう、とラミレスは思った。この状況でまだ闘志を失っていないフォーリーが異常なのだ。 とは言えとりあえず、外の様子は落ち着いたようだった。もう、何も降ってこない。あちらこちらで火災が巻き起こっているおかげで、夜にも関わらず街は異様に明るかった。無論、分隊でそれでは外に出てみよう、という気持ちになる者はいなかった。ただ一人、やはりフォーリーを除いては。 「ここにいろ」 「出るんですか? 正気ですか?」 指揮官陣頭とはよく言ったものだが、フォーリーは文字通りだった。ダンの呼び止める声も無視して、彼は小銃のSCAR-Lを構え、セオリー通り周囲を警戒しながらゆっくりと進む。敵がいないのを確認したところで、ビルの中にいる部下たちに親指を立てて、脅威がいないことを連絡する。 「もう大丈夫だ、来い。戦争は終わってないぞ」 マジかよ、と文句が漏れるが、それでも渋々、分隊は動き出した。航空機や次元航行艦、あるいは竜の死骸でいっぱいになった市街地の道路に展開するが、彼らは弾を持っていない。残弾はごく少数だった。 ともかくも、弾薬調達もせねばならない以上は前に進むしかない。空になったマガジンを差したまま、ラミレスも形だけ銃を構えて前進する。その時、彼は気付いた。さっきまでダットサイトに点いていた赤い光点が、消えているのだ。スイッチが切れたかと思ったが、何度やってもダットサイトは息絶えたままだ。参った、これではろくに照準がつけられない。 「ダットサイト動いてるか? 俺のは駄目だ」 「俺のもだ…妙だな、これもEMPか」 「通信も駄目だ、街灯も消えてる」 どうやら他の分隊員も同じらしい。やむを得ず、切れたダットサイトのままM4A1を構えて前進再開。 市街地は静かだった。さっきの騒ぎで、自分たち以外は敵も味方も全滅してしまったのでは、と思ってしまうほどだ。その証拠に、フォーリーが道路の上に何かあるのを見つけた。それは友軍の兵士だった。駆け寄って容態を見るが、すでに息絶えた後だった。肩を落とす分隊だったが、幸運にもこの死んだ兵士はまだ弾薬を手放していなかった。さらに周囲を捜索すると、投下されたままになっている補給物資が見つかった。食い物でもあればよかったのに、とラミレスは思うが、とりあえず弾薬が補給できただけでも朗報だった。アイアンサイトのM4A1も見つかり、ダットサイトが死んだM4A1よりはよほど頼りになると持ち替えた。 そうしていると、分隊員の一人が近付く影を発見した。彼は咄嗟に敵味方識別のため、合言葉を投げかけた。 「スター!」 返事は無い。なおも影は近付いてくる。分隊に緊張が走った。各々が銃を構える。 「スター! 答えねぇと撃つぞ!」 「合言葉なんて覚えてねぇ! 俺はただの伝令だ、撃つなよ!」 よかった、とラミレスは銃口を下ろした。影が寄越してきた返事は、どう聞いても立派なアメリカ人の発する英語だったからだ。暗闇から影が姿を見せて、米陸軍の兵士であることは間違いないことを示す。こんなところを一人で何をしていたのだろう。 「正しい返事はテキサスだ、兵隊。伝令内容は?」 フォーリー軍曹が前に出て、伝令にやってきた若い兵士に聞く。彼は足を止めず、伝令を伝えながら市街地の奥へと進んでいく。 「マーシャル大佐がWH(ウィスキーホテル)で混成部隊を編成してる、このまま北に行ってくれ!」 「お前はどうすんだ」 「他の奴らにも伝える! さぁ、行ってくれ!」 ウィスキーホテルか、とフォーリーが呟く。そんなホテル(宿泊施設)の名前あったっけ、とラミレスは首を傾げていたが、どうやら指揮官には思い当たる節があるらしい。分隊は彼の指揮の下、再び前進を再開する。 前進の途中、雨が降り出した。確かに曇ってはいたのだが、雨雲には見えなかっただけあって、意外なことだった。それもちょっとやそっとではない、相当な豪雨だった。電灯も消えて通信も駄目で、暗視ゴーグルなどもってのほかとなれば、視界はますます悪くなる。そうでなくとも、身体が冷えるのは厄介なことだった。なるべくなら屋内にいたい。 果たしてそんな分隊員たちの思いを汲み取ったか、それともその道がウィスキーホテルなる場所への近道なのか不明だが、フォーリーはビルを伝って進むことを指示した。ありがたくも思ったラミレスだったが、よくよく考えればそれは敵も同じことだ。ひょっとしたら、扉一枚の向こうで敵の魔導師たちも悪態を吐きながら雨宿りしているかもしれない。そう思うと、扉を開けて進むのが怖くなった。 分隊員の一人が交代で先頭に立った時のことだった。屋内に入った彼らは扉を一枚一枚開けて敵がいないかを確かめながら進んでいた。最後の一枚を、分隊員が開く。「スター」とやや抑えた声で、合言葉を言いながら。味方も、同じように雨宿りしている可能性はあった。 ところが、合言葉の返事は「テキサス」ではなく、激しい魔力弾による銃撃だった。先頭に立っていた分隊員が撃ち倒されて、息絶える。クソ、とダンが漏らして、扉の奥に手榴弾を投げ込みながら叫ぶ。 「コンタクト!」 畜生、こんなところで――苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、ラミレスは銃を乱射しながら扉の奥へ突っ込む。オフィスのようだが、部屋の中は暗く、敵の位置が見えない。壁が大きく崩れていて外には大きな官公庁のものらしいビルが見えた。時折光る雷の光が、ほんの一瞬だけ部屋を照らす。 魔導師たちも、おそらくは混乱していたに違いない。魔力弾が乱射され、オフィスの机や椅子が撃ち抜かれ、書類が宙に舞うが、ラミレスたちの位置を把握するには至っていない。 落ち着け、と兵士は自分に言い聞かせる。敵の位置を把握するんだ。闇雲に撃っても当たらない。 カッ、と雷が光る。暗く見えなかったオフィスの中が、再び一瞬照らし出される――いた! 焦燥に染まった魔導師たちの表情までもが確認出来た。ラミレスは暗くなった次の一瞬を利用して物陰から身を乗り出し、M4A1を記憶を頼りに構えて撃つ。乾いた銃声、弾き出される薬莢。放った五.五六ミリ弾が闇を引き裂き、あっと短い悲鳴が上がる。一方で、敵は無闇な乱射でしか対応出来ないでいた。魔力弾は、なおも空を切るばかりで当たらない。その射撃はやがて、自らの位置を曝け出すことになる。銃声が鳴り響き、分隊は一人、また一人と魔導師を撃ち倒していく。 「全部やったか!?」 「クリア、行くぞ!」 敵の殲滅を確認した分隊は、前進を再開。しかし本当に、こんなところにホテルがあるのだろうか。空になったマガジンを交換しながら、ラミレスはフォーリーの後を追う。彼は、崩れたビルの壁面の前に立っていた。飛び降りても問題ない高さだったが、それにしても向こうに見えるのは官公庁らしいビルだけだ。ホテルなんて、どこにもない。 「アイゼンハワー行政府ビルだ。ウィスキーホテルはあの先だ」 え? とラミレスは自分の耳を疑った。官公庁らしいビルだとは分かっていたが、崩れた壁の向こうに見えるのはアイゼンハワー行政府ビル。ということはつまり、自分はとんでもない思い違いをしていたのではないか。行政府ビルより先にある建物で、ウィスキーホテル。ウィスキーとはNATOファネティックコードでW、Hはホテルと読まれる。行政府ビルより先にある建物で、WH。それはすなわち―― 「この雨の中を行くんです?」 「他に無いだろう」 「最悪だ…なぁラミレス、どっちが悲惨だと思う? 降ってくるヘリを避けたりするのと、雨でずぶ濡れになってケツを凍らせるのと」 「え、いや…さ、さぁ?」 まさかウィスキーホテルのことを本当に宿泊施設のホテルだと思っていたなど言えるはずもなく。曖昧な笑みで、ラミレスはダンの問いかけを誤魔化すことにした。 ずぶ濡れになりながら、途中で敵と交戦しつつ、どうにか分隊はアイゼンハワー行政府ビルへと辿り着いた。フォーリー軍曹は道を知っているらしく、分隊は行政府ビルの地下へと入ることになる。 「雨宿りー、っと」 「助かったぜ」 ダンを初めとする分隊員たちは、ようやく屋根の内側に入れたことを喜んでいたが、フォーリーは「静かにしろ、行け」と休む間もなく前進を指示。もちろん服を乾かすほど待つつもりのない分隊員たちは分かってますよ、と言いながら地下へと降りていく。 先頭は交代制で変わっていたが、この時はラミレスが担当だった。M4A1を構えて、濡れたブーツの感触に顔をしかめながら、階段を下りていく。地下に到達し、行政府ビルにしては何やら物々しい雰囲気の通路を進むと、巨大な扉が目に入った。思わず立ち止まり、扉に描かれた紋章を見る。少々かすれて、しかもカラーではないが、ワシのマークははっきりと見て取れた。これはすな わち、アメリカ合衆国の国章だ。 ここだな、とフォーリー軍曹の声。どうやら、ここが目指すべき場所に繋がる道らしい。しかし、この分厚い巨大な扉はどう見てもただの扉ではない。耐爆仕様の、退避壕に使われている類の扉だ。否、そこはまさしく、退避壕だった。 「ワォ……見ろよ。大統領の退避壕は西棟地下にあると聞いていたけどよ」 「いや、あれは観光用だろう。ダン、開けてみろ」 指揮官の命令で、ダンがわずかに開いた隙間に指を入れて、耐爆仕様の重い扉を開く。中を覗き込んだ彼は、口笛を鳴らす。初めて見る本物の大統領の避難所に、驚きと感銘を受けたのだ。 しかし、ラミレスで覗き込んで見えたのは、荒れ放題の内部だった。果たして、大統領の身はどうなってしまったのか。 「まぁ本物かどうかともかく、とりあえずここは駄目だろうな。ちゃんと逃げれてるといいが」 ダンの言葉を背中に受けつつ、ラミレスは扉を完全に開けて、内部に入っていった。目的地はここではない。さらにこの先だ。 目指す建物の名は、ウィスキーホテル――正しい呼び名は、『White House』という。 [[戻る>]MW2_13] [[目次>T-2改氏]] [[次へ>MW2_15]]