ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL 第9話 Yellow ――そして黄色の風が吹き抜ける。 少し時間は遡る。 酸素マスクの中での規則正しい呼吸は、久しぶりの実戦で熱くなった思考を冷静にしてくれた。 彼――黄色の13は愛機Su-37のコクピットで、レーダー画面を眺めていた。 画面上では、先ほどまで威風堂々とした編隊を保っていたはずのF-15Cが次々と撃墜されていく。 リボン付きは単独か――いや、違う。 機首のIRST―赤外線探知装置だが、スカリエッティの手により魔力探知も可能になっている―を通して見れば、明らかに航空機とは異なる 反応が四つ。これがあの狂気の科学者の言う"管理局"とかいう連中に違いない。 「なんだ、全滅……?」 レーダー画面に視線を戻すと、すでにF-15Cの編隊は消え失せていた。無人機の実力などやはりこの程度、と言いたいところだが相手がエル ジアを敗戦に追い込んだ"リボン付き"なら仕方ないかもしれない。 胸の鼓動が高鳴る。もう一度、彼と戦うことが出来るのかと思うと、彼は嬉しくてしょうがなかった。戦闘機乗りとしての本能が、強い敵 を求めていた。 行くとするか―エンジン・スロットルレバーを叩き込み、Su-37を猛然と加速させる。相手も気づいたのか、IRSTが捉えた状況を表示するサ ブディスプレイに動きがあった。 「まずは、こいつからだ……!」 不用意に前に出てきた目標をロックオン―黄色の13は知る由もないが、この目標はヴィータだ―主翼下のR-27中距離空対空ミサイルを六 発発射。 放たれたR-27の群れは高速で目標に接近し、着弾。蒼空の向こうで、ちかっと微かな閃光が走るのが見えた。戦果を確認したかったが、前方 より急接近してくる飛行物体を目撃した黄色の13は操縦桿を引き、機体を上昇させる。Su-37は彼の操作に機敏に反応し、空を駆け上って いく。途中で操縦桿を左に倒してハーフロール、天地がひっくり返った状態で視線を上げると、飛行物体―F-22が真正面から突っ込んでく るのが見えた。 互いにミサイルも機関砲も角度がありすぎて発射しても命中しない。黄色の13はまずはこのまますれ違うことにした。 ――面も拝みたいしな。 急接近。F-22とSu-37は数メートルほどの距離ですれ違う。その瞬間、彼はF-22の尾翼に例の"リボン"のマークが描かれていることに気づく。 「やはりな……こうしてまた戦えるのを嬉しく思うぞ」 ラダーを蹴飛ばし、機体を横滑りさせながら反転。黄色の13は上空のF-22を睨む。 「来い、リボン付き!」 目の前の敵機がどれほど幻であった欲しいと思ったことか。海面をバックにこちらを睨んでくる黄色中隊カラーのSu-37を、メビウス1は信 じられないような表情で見ていた。 「何の冗談だよ、くそ……」 ひょっとしたら無人機かもしれないが、すれ違った瞬間に見えたコクピットではパイロットが存在したような気がした。 何より、六課でも屈指の魔導師であるヴィータを軽々と屠るのは無人機では到底不可能だろう。 そのヴィータはと言えば、海面に落ちる前にシグナムに救出されてすでに戦闘空域を離脱していた。 「メビウスさん!」 「援護します、離れて!」 通信機になのはとフェイトの声。ヴィータを目の前で撃墜されて頭に血が上ったのかもしれない。さながら戦闘機のように編隊を組んで、 彼女たちは果敢にもSu-37に挑む。 「よせ、そいつは普通じゃない!」 メビウス1は制止させようと怒鳴るが、彼女たちはその前に攻撃を開始。なのはがアクセル・シューターを放ち、Su-37は桜色の誘導弾から 逃れるべく急上昇。そこに待ち伏せしていたフェイトがプラズマランサーを発射しようとする。 しかし―Su-37は初めからそうされるのを見越していたように、フェイトに向かって機関砲弾をばら撒く。F-22のM61A2、俗に言うバルカン砲 と比較して連射速度は落ちるが、Su-37の装備するのはその分一撃の威力が高い三〇ミリ機関砲だ。 「っく!」 先手を食らったフェイトはたまらず防御魔法を展開。機関砲弾の雨が止んだ時には、Su-37の姿はどこにもなかった。 どこに――辺りを注意深く見渡すフェイトに、メビウス1から警告が飛ぶ。 「ハラオウン、上から!」 「え……!?」 はるか上空から、Su-37が逆落としに突っ込んでくる。Su-37は主翼下からR-73短距離空対空ミサイルを二発発射。再び防御魔法を展開させ るフェイトだったが、発射母機のSu-37が急降下していたため、あらかじめ速力がついたR-73の運動エネルギーは予想をはるかに上回る。 一発、二発と直撃。元より防御魔法は苦手としてたため、あっという間にフェイトを守っていた光の膜は砕け散ってしまう。 「わぁあああ!?」 ミサイルの爆風と破片こそ凌いだものの、衝撃は容赦なくフェイトを吹き飛ばす。 Su-37はそのまま急降下を続行、次なる目標――なのはに狙いを定める。 「フェイトちゃん……っこのぉ!」 親友を目の前で吹き飛ばされたなのははカートリッジ・リロード。ディバイン・バスターの短縮版であるショートバスターでSu-37を迎え撃 つ。桜色の閃光はSu-37に迫り―突如、Su-37はふっと失速。"木の葉落とし"と呼ばれる空戦機動の一種で、機体をわざと失速させることで 敵の攻撃を回避するものだ。失速しても機体のコントロールが可能なSu-37には打ってつけの機動と言ってよい。 Su-37はショートバスターを回避、失速しながらも機首をなのはに向け、R-73を一発、発射。 迎撃――間に合わない! プロテクションを発動し、なのははR-73の直撃を耐え抜く。衝撃が魔力の防壁越しに彼女の身体に襲い掛かる。Su-37はアフターバーナーを 点火させ失速から回復すると、なのはに追い討ちをかけようと機関砲弾をばら撒いてきた。 ――凄い、攻撃がまったく絶えない。 敵機であるはずのSu-37の連続攻撃に感嘆しながら、なのははアクセル・フィンをフルに機動させて三〇ミリの弾丸から逃れる。 ところが、Su-37の射撃は正確だった。なのはの逃げる方向に弾をばら撒いて進路を遮り、本命の弾丸を撃ち込む。それらをかろうじて回避 するなのはだったが、弾丸は正確に彼女を追いかける。いずれ直撃弾をもらうのは目に見えていた。 「このままじゃ……!?」 焦燥に駆られるなのはは、突然銃撃が止んだことに気づく。 はっと視線を上げると、Su-37は急上昇して降下してきたメビウス1のF-22と対峙していた。 「メビウスさん……!」 「下がれと言ってるだろう、馬鹿野郎!」 メビウス1はなのはを怒鳴りつけて、Su-37に向かって二〇ミリの機関砲弾をばら撒く。当てるためではない、なのはとフェイトの後退の時 間稼ぎのためだ。 Su-37は右にロールしながら機関砲弾を回避するが、その結果なのはたちから遠ざかってしまう。メビウス1の目論見通りだ。 「……すみません。フェイトちゃん、下がろう」 「情けない話だけど――仕方ない、か」 渋々、二人は超低空飛行で空域を離脱する。これで空域に残ったのはメビウス1のF-22、さらに黄色中隊カラーのSu-37の二機だけに。 ひとまず高度を高めに取ったメビウス1はSu-37から目を離すことなく、通信機の周波数をエルジア空軍が使用している帯域に切り替えた。 「おい、聞こえているな!応答しろ、黄色の13!」 「……戦闘中に敵に向かって話しかけてくるとはな、何のようだ"リボン付き"」 わずかな逡巡の後、応答があった。やはりこのSu-37にはパイロットが乗っているのだ。それも、幾度となく対峙した宿命のライバルが。 「何故攻撃を仕掛けてくる。この世界はユージア大陸じゃないんだぞ」 「そんなことは知っている」 「なら何故!」 「一度死んだはずの身だからな―エルジアも既に無い。戦闘機乗りとしての本能に従っているまでだ…助けてもらった恩もある」 「スカリエッティとか言う奴か」 「お前には関係のないことだ」 通信は切られた。くそ、とメビウス1は胸のうちで吐き捨て、上昇してきたSu-37との格闘戦を開始する。 まずは後ろを取らなければならないが、闇雲に追い掛け回しても燃料を消費するだけだ。メビウス1はF-22を加速、高度を上げてSu-37に正 面上位から覆い被さるように接近、すれ違った瞬間反転上昇、宙返りの途中で水平飛行に戻るインメルマン・ターンと呼ばれる機動でSu-37 の後方上位に位置する。 兵装、AIM-9短距離空対空ミサイルを選択。AIM-9の弾頭が作動し、Su-37のエンジンから放たれる赤外線を捉える。 「フォックス2……何!?」 ミサイルの発射スイッチを押そうとして、メビウス1はかっと目を見開いた。Su-37は赤外線誘導のミサイルを欺瞞するフレアを大量にばら 撒いてロール、AIM-9の弾頭は突然発生した大量の赤外線に混乱し、その隙に黄色の13はロックオンの範囲外に逃走。 こいつ―ロックオンされる瞬間を読んだのかよ。 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、メビウス1は黄色の13を追う。今度は確実に仕留められるよう、兵装は機関砲を選択。 エンジン・スロットルレバーを叩き込みアフターバーナーを点火させると、F-22はSu-37に急接近。機関砲の射程に持ち込む。 ところが、照準に捉えようにも黄色の13は機体の首を左右に振り、メビウス1を手こずらせる。ジンキングと言う、機体にわざと不安定 な機動をさせることで攻撃を回避するものだ。 歯がゆい思いでメビウス1はラダー、エンジン・スロットルレバー、操縦桿を操作してどうにかSu-37を捉えようとするが上手くいかない。 その直後、黄色の13は機体を半ば強引に捻り込ませ、F-22の後方下位に潜り込む。 「くそ」 短く呟き、メビウス1は操縦桿を引いて急上昇。黄色の13のSu-37も離されまいとついて来る。 身体に圧し掛かってくるGに耐えながら、彼は後方を振り返って黄色の13がどの辺りに位置しているのかを把握しつつ操縦桿を引き続けて そのまま機体を一回転させると今度は急降下。高度計の数値が吹っ飛び、あっという間に眼下に海面が迫ってくる。 その最中に彼の耳に入るのは死神の笑い声――ミサイルアラート。振り返るまでも無い、Su-37がR-73を発射したのだ。 フレアの放出ボタンを叩くと、F-22はフレアを散布しながら急降下を続行。R-73はフレアに惑わされ――すぐにメビウス1に向き直る。 「放出が速過ぎたか……!」 ならば、とエンジン・スロットルレバーを叩き込んでアフターバーナー点火。F119エンジンから炎が伸びて、降下速度はマッハを超えた。 赤外線誘導のR-73からしてみれば、アフターバーナーをガンガン焚いているF-22はさぞ美味そうな獲物に見えるに違いない。 海面が近い。メビウス1はここだ、と言わんばかりにアフターバーナーをカット。フレアを放出させながらF-22の機首を持ち上げていく。 「ぐっ――ああぁぁ……!!」 Gは容赦なくメビウス1の身体を締め上げる。血液が脳に回らなくなって、視界が暗くなってきた。このままではブラックアウトする。 ひょっとしたら、水平尾翼が海面に接触したかもしれない―スレスレのところで、メビウス1のF-22は海面へのダイヴを避ける。直後、フレ アに食らいついたR-73が爆発。衝撃がF-22を襲ったが、爆風と破片はかすりもしていない。 「……はぁ! やってくれたな、13!」 視界は元に戻ってきたが血液不足でぼーっとする頭を叱咤し、メビウス1は後方の黄色の13を確認する。操縦桿を捻り、エンジン・スロ ットルレバーを押し下げる。先ほどSu-37がF-22の後方に回り込んだのと同じ要領で、メビウス1は黄色の13の後ろに捻りこんだ。 今度こそ――兵装をAIM-9に。ロックオンを仕掛ける。 まさにその瞬間だった。突然、Su-37の機首が跳ね上がると空中で静止したような急減速。メビウス1は何が起こったのか一瞬理解出来なか ったが、F-22がSu-37を追い越した瞬間にピンと来た。 「コブラ……!」 Su-37のような特に優れた機動性と失速時の操縦性を持った機体だからこそ可能な空戦機動。速度を一気に失ってしまうことからサーカス芸 と呼ばれているが、黄色の13は実戦の場で活用して見せた。 「やられる――!?」 コクピットに響くロックオン警報。おそらく黄色の13はこちらを確実に撃墜するため残っているミサイルを全弾撃ち込んでくるだろう。 ミサイルの直撃を受けて、木っ端微塵になる愛機の姿が目に浮かんだ。 ――くそ、やっぱりあの時勝てたのは偶然だったか。 エルジアの首都ファーバンティ上空での決戦。あの時も最終的には彼と黄色の13の一騎討ちとなり、勝利したのは自分だった。 だが、今となってはそれも過去の出来事に過ぎない。現に今、自分は後ろを取られているのだから。 「諦めないで!」 突然、通信機に誰かの声が入り込んできてメビウス1ははっとなる。 「援護します、三秒後に右旋回を!」 「――高町? 後退したんじゃ……」 「三、二…… 」 声の主は明らかになのはだった。当惑するメビウス1を無視する形で、なのはが通信機の向こうでカウントを開始。 「一……回避を、メビウス1!」 「……!」 そうだな――俺は"メビウス1"だった。 操縦桿を右に倒し、思い切り引く。F-22は主翼を翻し、右へ急旋回。その直後、水平線の向こうから桜色の閃光が飛び込んできた。 黄色の13はメビウス1を追撃しようとして、桜色の閃光に気づき急上昇。かろうじてなのはの砲撃魔法の回避に成功する。 「……っ! なんという火力だ、まるでストーンヘンジだな」 突然、通信機に黄色の13の声。彼も突然のなのはからの援護砲撃に驚いているらしい。 「――遊びが過ぎた、か。決着はまた次の機会にしよう」 黄色の13はそれだけ言って、Su-37を急上昇させる。メビウス1は追おうとして、機体の残燃料が少ないことに気づく。激しい空戦機動の 代償だった。 Su-37は悠々と戦場を後にしていく――。 「……ロングアーチ、聞こえるか?こちらメビウス1だ。敵機は撤退した、こちらも燃料が乏しい――帰投する、RTB」 疲れたように酸素マスクを外して、メビウス1は通信機に向かって言った。 F-22が機首を翻して帰路に着くと、青空には静けさが舞い戻ってきた――。 [[戻る>THE OPERATION LYRICAL_08]] [[目次>T-2改氏]] [[次へ>THE OPERATION LYRICAL_10]]