「鬱物語」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
鬱物語 - (2006/03/14 (火) 11:16:38) のソース
ドミニオンのブリッジで旧連合三人組とこの艦の艦長ナタルが言い争っていた。 「戦争が終わったんなら俺らは必要ねぇだろうが!さっきみてぇな小さないざこざだってスティング達だけで充分だったじゃねぇか!必要ねぇってんなら軍を抜けてもいいだろうが!」 そのオルガの怒声で辺りは水を打ったように静まり返った。だが、まさにオルガの言っていることは正しかった。 戦争が終わった今、このような大きな力は必要無い。現にスティング達、新連合メンバーでもドミニオンは充分すぎる戦力を持っていた。 「軍を抜ける…か。」 その空気を最初に破ったのはナタルだった。 静かだが重い口調で三人に問いかけるように言葉を発した。 「確かにお前達の言っていることは正論だ。だが、だからと言って軍を抜けることは許さん。お前達ほどの大きな力だ。その力はあまりにも危険すぎる。ザフトや他の軍に奪われる危険性もある。」 こちらのナタルの言い分ももっともだった。 彼ら生体CPUは戦争のために生み出された、いわば生きた兵器。それが軍という鎖から解き放たれればどのような事態を生み出すかわからないからだ。 「お前達がここで軍を抜けたいと言うのなら、私はここでお前達を撃たなければならない。」 ナタルは右手に銃を握り締め、三人に向かって構えた。 その手は全く震えておらず目は冷たく三人に向けられていた。 軍の家系に生まれ、小さな頃から軍の規律を学んでいたからであろう。その瞳は真っ直ぐ三人を見据えていた。 「ちょ…なんでさ!僕たちがそんなに信用できないの!?大丈夫だよ!絶対に暴れたり他の軍へ入ったりしないからさ。」 クロトがナタルに向けて自分たちは大丈夫だということをアピールした。 だが、クロトは勘違いをしていた。ナタルが本当に言いたいことはそういうことではなかったのだから。 「…俺らが普通の人間じゃねぇからか?だから普通の人間の人生は送れねえってか?死ぬまで軍で戦い続けろって…そう言いてぇのか!!」 オルガが間違いを正すように銃を構えているナタルに臆する事無く叫んだ。 最も施設では生き残るために毎日殺し合ってきた彼らだ。今更銃ごときでひるむ訳がなかったのだが。 そして、オルガは軍を抜けて自由に生きられない事に腹を立てたのではない。 自分の人生を他人に一生縛られ、使われながら生きていかなければならない。その事実をあらためて再確認させられたのが悔しかったのだ。 それも彼らの数少ない信頼できる人間の口から発せられたことがなによりも悔しかった。 「それはッ…」 ナタルの瞳が揺らいだ。彼女もこんなことを言いたくはなかったであろう。しかし軍人、それも指揮官という立場である以上彼らにはきっちりと言っておかねばならなかった。 「お前達…強化人間は…戦うことから…逃げられない…!」 長い静寂の後にナタルは喉を振り絞って声を出した。しかしその口から発せられた言葉は三人にとってあまりにも残酷な言葉であった。 「…ッ!!」 今までずっと静かに話を聞いていたシャニが初めてその顔を歪めた。やはり彼もこういうことになるのはわかっていたのだろう。しかしナタルからはシャニの横顔は彼の長い髪に隠れていて表情を判断することはできなかった。 そんな事は知らずにナタルは追い討ちをかけるように三人に向かって残酷な言葉を発した。 「だってそうだろう!お前達生体CPUは戦争のため…戦いのためだけに生まれたんだ!なら戦い続けるしかないだろう!今更普通の人生を歩もうというのが無理なんだよ!!」 やっと声を絞り出したナタルはその目に涙を溜めながら三人を睨み付けた。以前三人に銃を構えたまま。その姿を見たオルガは何かを悟ったように言葉を発した。 「わかった…なら撃てよ…もう戦い続けるのは疲れた…ここで死ぬのも悪くねぇしな…」 オルガはどこか自嘲気味に言った。彼の顔からはもう怒りの表情も消えている。そこにあるのは氷のように冷たく暗い眼光だった。 「そういうことね…わかったよ…今度は僕達が滅・殺!される番なのね…」 得意の二文字熟語を交えてクロトが口を動かしたが、そこにいつものような迫力は無くあるのはただ悲しそうにうつむいた少年の姿だった。 「……俺ら強化人間は戦いのために生まれた…だから戦争が終わったら用無しか…」 シャニが初めて声を発した。変声期前の少年のような声はブリッジによく響いた。 ナタルはそんな三人に向けて問いかけた。 「もう一度聞く。これが最後だ…軍に残る気はないか?」 ナタルはいつもの調子で三人に問いかけた。しかし三人の心はもう決まっていた。 「いや…いい…もしこのまま戦い続けても、俺たちに未来はあるのかなって考えちまうから…いっそここで死んじまったほうがいくらか楽かな。何より俺たち死刑囚だし…ここまで生きられて満足かな。」 オルガが三人を代表して言う。その言葉には不思議と周りを納得させる説得力があった。 「そうか…わかった…サブナック小尉、アンドラス少尉、ブエル少尉今までご苦労だった。」 そう言うとナタルは銃を構えなおし、オルガの頭に向けた。 「もし…本当に平和な世界になれたのなら…お前達も…普通にこの世界で生きられたのかもしれないな…」 ナタルは小さくそう呟くと銃の引き金を引いた。 ドミニオンのブリッジに銃の発砲音だけが響き渡った。