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三人の昼 - (2006/07/17 (月) 19:03:49) のソース

 アウルとクロトは息を殺していた。 
 彼らは実感していた。恐怖こそが、己を殺すのだと。 
 2人は多少のことでは恐れなど感じない。 
 アウルは精神操作を受けてきた強化人間であるし、クロトは薬物投与などを受けてきたブーステッドマンだ。 
 数多の戦場を駆け、命を奪うことで生きてきた。故に、恐怖を感じたことは少ない。 
 だが、あることに関しては別だ。そして彼らはその「あること」に直面していた。 
「僕はステラが泣いた時はビビるね」 
「僕はフレイだな。あとオッサンがマジな時も」 
「じゃあネオがマジな時もビビる」 
「なら・・・」 
 そっと壁から顔を出す。しかし、その顔は次の瞬間鷲づかみにされていた。 
「ブエル! ニーダ! ・・・何故逃げる!」 
 そう、我らが艦長ナタル=バジルールによって。 
「これは無理だな」 
「僕も無理」 

 事の始まりはこうだ。 
 ドミニオンに下された指令。それによって近くの基地に一泊することとなった。 
 しかし、その指令は直前になってから撤回され、別の命令が彼らには与えられたのである。 
 問題はアウルとクロトがその作戦を居眠りで聞き逃したという事であった。 
 当初「スティングかオルガに聞けばいーや。シャニとステラも聞いてるし。イザとなったらオッサンかネオに聞けばいいよね」と思っていた。 
 だが、スティング+オルガ+フレイは熟睡して目覚める気配もない。 
 シャニ+ステラ+オッサンはいない。何故かネオは医務室でうなされていた。 
 頼るべき相手はいない・・・。 
 で、怒りの形相のナタルを見つけたのだ。逃げる以外の選択肢があったろうか。 
 いや、無いだろう。 
 その結果、数多の戦場を駆け生き抜いてきた2人はその能力をまったく活かすことなく捕まってしまったのである。 
「とゆーことです」 
「ゴメンナサイ、ホントにゴメンナサイ」 
 2人はとりあえず頭を下げた。これで駄目なら土下座でもしよう。とにかく、怒ったナタルは存在そのものが恐怖なのだ。 
 つまり、艦長室の中でナタルを前にする羽目になった2人にとって今こそが地獄なのである。 
「・・・まあ、作戦会議を居眠りしていたのは確かに悪いことだ。だが今回怒っているのはそういうことではない」 
 2人の予想に反してナタルはその事実に怒りを向けなかった。つまり怒りの標的は彼らではないのだ。 
 では、今回の不幸な怒りの対象は誰だろうか? 
 またネオが軽口を叩いたのか? アズラエルが変なことを言い出したのか? オルガ達が起きないから? それとも・・・ 
 2人の頭には様々な過去が蘇る。その都度脳内で再生されるナタルの怒りは未だに恐ろしい。 
「まあお前達を呼び止めた理由を話すついでにもう一度今回の作戦を説明する。今回の標的はここから南西に位置するザフト軍基地だ」 
「ザフトかぁ・・・」 
「とは言っても軍の基地としての機能はほとんど成していない。戦場は宇宙へと戻ったからな」 
 そういえば、とクロトは思い出す。 
 ヘブンズベースは陥落し、ジブリールとかいう名前だけが大層なオッサンが宇宙へ上がったことを。 
 確か今はレクイエムとかいうトンデモ兵器で大暴れをしているらしい。 
「地球上には義勇軍アークエンジェルもザフトの切り札ミネルバ隊もいない。皆の目が宇宙にいっている間、悪さをする者が出てくる。 
連合側としても、戦後の復興のことを考え余計な犯罪の温床を今の内に叩いておきたい。故に今回はこの基地を攻撃することとなった」 
 ナタルはそこで地図を広げた。そこにあったのは小さな島を一つ丸ごと基地に改造したものが描かれている。 
 そして周りの島々との距離から、この島が物資運搬の要であることは2人にも一目で理解できた。

「2人ともこの基地の役目は理解できているようだな。この基地はその役割上、多数の物資が行き来する。 
しかし性格の悪いジャンク屋組合や犯罪組織がここを利用しないハズがない。 
実際ここには多数の麻薬や異様なまでの火器、そして連合やオーブのMSパーツがあることが諜報部員の調査によって判明している。 
これらは戦後、犯罪の温床になりうる可能性を秘めている。我々としてもここを放置するわけにはいかない」 
 そこでナタルは一度息を吸い、吐いた。 
「しかし、当然ながらザフト兵達も熾烈な反抗を行うだろう。・・・ザフト軍が戦後兵士の引き上げ作業を順調に行えなかった場合を想定して、 
コーディネーター達も何らかの拠点を地球上に残しておきたいだろうからな。そこで我々の出番というわけだ」 
 ナタルの指がこの島の真っ正面を指さす。そしてそれをゆっくりと動かしながら話を続けた。 
「とにかく、相手に反撃の暇を与えたくない。その為、今回はMSと空軍、陸軍、歩兵部隊を動員した電撃作戦を行う。 
まずはガイアとレイダーの高機動形態による急襲し敵航空戦力をおよび通信施設を破壊する。この際、レイダーの背にガイアを乗せることとなる。 
ブエル、お前の責任は重いぞ」 
「了・解!」 
「そして間髪を入れず航空戦力を投入し爆撃を行う。これで敵を混乱させる。次にフォビドゥンとアビスは敵基地港にある海上戦力を叩いてくれ。 
敵水中用MSも哨戒しているだろうがレイダー、ガイアが突入後なら混乱の隙を突ける。ニーダ、アビスには海中地図を入れてある。しくじるなよ」 
「まかせて!」 
「そうしてこの隙にこちらの艦で歩兵と陸上戦力を上陸させる。その間にMS等の戦力が出てきた場合、それはカオス、カラミティに担当してもらう。 
ジャンク屋組合が絡んでいる以上、想定外の兵器が出てきてもおかしくない。 
この二機に関しては明日合流するガーティ・ルーに艦載し敵の反撃に対する切り札として運用する。 
なおガーティ・ルーは大気圏戦用に改造されているので航行に問題はない。 
あとは陸上戦力と歩兵による基地占領を行い、作戦の終了とする。 
とにかくこの作戦は最初の一撃から速やかに軍を展開する必要がある。防衛に徹されると面倒だからな。質問は?」 
 一気に話し終えたナタルはゆっくりと2人を見た。そしてその2人は納得したように頷く。 
「作戦については問題なし」 
「でもまだ何かあるんでしょ?」 
 問題が、と付け加えるクロト。ナタルはそれを聞いて溜息をついた。 
「ああ、面倒なことに基地内に保護の名目で囚われている島民が数十名いる事が判明した。彼らに罪はない。 
そこで彼らを脱出させてから攻撃と言うこととなった。担当は大西洋連合軍諜報部。腕は確かだ。既に脱出ルートの割り出しまで完了している。 
だが・・・」 
 そこでナタルは一時忘れかけていた怒りを噴出させる。 
「理事がその部隊と共に行動すると言い出したのだ! 敵司令官と交渉し脱出時間を稼ぐと! いくらあの人が交渉上手とは言っても 
訓練も受けていない一般人だ! そんな人間が行ったところで足手まといに過ぎない!」 
 ダン! とナタルの拳が机を叩く。相当、お怒りだ。 
「あの人に何かあればドミニオン隊は勿論、連合の中に多数存在する穏健派ブルーコスモスの人間もその行動を制限されるだろう。 
ファントムペインやブーステッドマンの保護を行っている団体もあの人の息がかかったところだ。 
研究施設もあの人が今は保護している。つまり軽率な行動で大多数の人間が迷惑を被るということだ!」 
「でもオッサンは話を聞かなかったんでしょ?」 
「うむ、逃げられた。しかもロアノーク大佐までその案に反対しなかったのでな。口論になってしまった」 
 その結果が医務室でうなされるネオである。 
「ともかく! 今は理事ともう一度話し合い、潜入を諦めて貰わねばならない。 
しかしここの基地で理事に意見が出来るのは私と大佐、リー艦長くらいだ。仕方がないので追いかけたのだが・・・ 
逃げられた。しかもどこにあったのかバイクでな」

 2人は顔を見合わせた。その表情には「あー、アレね」と書かれている。 
 ムルタ・アズラエルはどこか子供な人間だ。 
 悪さを思いつけばすぐに実行するし、悪びれた様子もなく悪戯を繰り返す。 
 そうかと思えば優れた経営手腕を発揮し、卓越した交渉術を持って戦闘以外の交渉を一手に引き受けている。 
 要は・・・「困った大人」なのである。 
「で、追いかけるの?」 
「そうだ。というわけで車を出すぞ。2人とも手伝え」 
 あ、そういう事で探されたのか・・・と2人は納得した。 
 この人も、なかなかに「困った大人」である。 

「いってらっしゃいませ!」 
 門兵は敬礼をする前を一台のジープが走り出す。三番倉庫にあったヤツだ。 
 運転はクロトが行っている。アウルが助手席でナタルは後ろに乗っていた。 
「で、この道まっすぐで良いの?」 
「街まではこの道しかない。海に落ちない程度で飛ばしてくれ」 
「直・進!」 
 ぐっ、と踏み込まれるアクセル。こちらはAT車であり、アクセルを踏み込むだけでドンドンと速度が出る。 
「で、正直オッサンが時間稼ぎしないとマズイの?」 
「そんなことはない」 
 アウルの問いにナタルは即答した。 
「大西洋連合軍諜報部の腕は確かなものだ。ザフトの潜入部隊のような慢心がないからな。 
 彼らだけでも十分だ。それなのに理事は何故・・・」 
「あの島って・・・」 
 そこでクロトが口を開いた。 
 珍しく、落ち着いた口調で。 
「オッサンにとって何かあるのかなぁ」 
「かもね」 
 アウルがすぐに答えた。 
「僕はオッサンとは付き合いが長いんだけどさ。オッサンって負ける勝負しないっぽいけど違うんだよね」 
 クロトの声。前をまっすぐに見据えながらも、懐かしむように目を細めた。 
「レイダーくれた時も結構適当だったし。君に使って貰いましょう!っていきなり指さしてきただけしね」 
「なんと適当な・・・」 
「あのオッサンにはまず目的があって、その過程は実力と勢いで突・破するような所があるんだよ」 
 確かに、とナタルは頷いた。 
 三隻同盟との戦いの時も核ミサイルを使用した時も、過程はすでにすっ飛ばされている感じがしていた。 
 ジェネシスを目の前にした時もそうだった。 
 彼の目には「地球を狙う悪魔」しか映らなくて、その他の判断はどこかへと飛んでいた。 
「ホントは熱い男なんだよ。ムルタ・アズラエルはね」 
 だから許してやってよ、とクロトは笑った。それに釣られてアウルも笑う。 
「だってさ、艦長」 
「・・・知っている。そんなことは」 
 すう、と息を吸いナタルは前を見た。 
「あの人がどれだけ無鉄砲で、無計画で、直情的で、自分勝手で・・・思いの外に思慮深いのは知っている。 
故に、あの人の支えを必要とする人間が大勢いるんだ。だから、私は今回のことが許せない」 
 死んでは何にもならない、と続ける。 
 だが、そこにアウルが笑って言った。

「死なないよ。あのオッサンはね」 
「・・・何を根拠に?」 
「僕たちがいるからさ。なあクロト」 
「そうだね。僕たちがいれば大丈夫さ」 
「・・・お前達は何を」 
 言っているのか、と言葉が出る前にクロトが続けた。 
「あのオッサンはね、周りの人間に恵まれてるから。 
あのヤキン・ドゥーエの戦いだって、俺達と艦長がいたからあのオッサンは生きて帰れたんだよ? 
いつだってそうだよ。あのオッサンは、周りがフォローしてやればそれだけ仕事が出来るオッサンなのさ」 
 ふぅ、とナタルは溜息をついた。 
 クロトは前を見ながら満足げな顔をしているし、アウルはこちらを見ながらニヤニヤしている。 
 腹立たしい奴らだ、と思いながらも空を見上げた。そして、言葉がこぼれ出る。 
「知っているさ、そんなこと」 
 あの人は我々が助けようとすればするほど、力を発揮し生きて帰ってくるだろう。 
 だが、だが、 
「そうやっていつも振り回されるのが気に入らないんだ!」 
 少し顔を赤らめながらナタルはそう叫んだ。久しぶりの、本音が外へ吐き出されたように思える。 
 前の2人も、笑いながら前を見て気付いた。 
「あ、前にバイクとオッサン達がいる」 
「何!? ブエル! 速度を上げろ!」 
「ひゃっほー!」 
「加・速!」 
 アクセルが踏み込まれ、車が加速する。 
 大慌てでバイクに乗り込み逃げ出す三人を追いかけながら、クロトとアウルは笑った。 
 そいてナタルが立ち上がり、叫ぶ。 
 そう、ありったけの本音を詰め込んで。 
 ありったけの想いを詰め込んで。 
「理事ぃっ! 貴方の思い通りには、させませんよぉッ!!」 

(完) 
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